第34話「芸者紅千代こんばんは」 作画監督 田中英二・西城隆司
ストーリー的には、もう最終回まで大した盛り上がりはないので、いささか時間を掛けすぎたこのレビュー、以降はなるべく手早く片付けよう……と思っていた矢先、この34話がまたタマプロの西城氏と水村氏のゴールデンコンビが麗筆を振るっているエピソードで、端折る訳にもいかず、管理人の目論みはあっさり外れてしまうのだった。
さて、前回の続きから、花乃家(屋?)の吉次をたずね、突然、芸者になりたいと言い出して、吉次をびっくりさせている紅緒。
紅緒、傾きかけている伊集院伯爵家の財政をなんとか立て直そうと仕事を探しているのだ。

紅緒「お願いします、吉次さん」
牛五郎「お、親分、本気で言ってるんですかい?」
紅緒「私、どうしても仕事を見付けなければ」
吉次「でも、よりによってどうして芸者など……」

紅緒「だってさ、芸者になればレコードも吹き込めるし、モデルになれるし……踊りを踊ってそれでお給金を頂けるなんて……サイコー!」

吉次「……」
いかにも紅緒らしい能天気な発想に、呆れて声も出ない吉次。
紅緒、今の感覚で言えば、アイドルやタレントにでもなって一山当てようという気持ちなのだろう。
紅緒「うふふ」
牛五郎「凄いイージーな人間」

紅緒「ね、お願いします、このとおり……」
畳に手をついて吉次に頭を下げてお願いする紅緒。
この横顔も、実に良く描けている。
牛五郎「わかってねえなあ、親分、芸者なんてそんな甘いもんじゃないしねー」

牛五郎に茶々を入れられて、背後を見る紅緒。
この横顔も実に良く描けている。あ、さっきも言ったか。
牛五郎「それにぃ親分のポスターなんぞ、どう間違っても一枚も売れっこねえって」

紅緒「ううっ!」
牛五郎のきつい一言に、思わず目が星になる紅緒。
もっとも、車夫と言う底辺に近い仕事をして世間を知っている牛五郎の指摘は当たっているだろう。
そもそも芸者なんてなろうと思ってそう簡単になれるものではなく、厳しい修業が必要なことは、紅緒自身、22話で下地ッ子の少女の境遇を聞かされて知ってる筈なんだけどね。もっとも、その辺は原作にはないエピソードだったが。

牛五郎「おまけに第一、芸者は女がなるもんでー」
紅緒「ぐぅ~」
調子に乗ってそんなことまで口走ってしまい、当然、頭にゲンコツを落とされる。
紅緒「お願いします」
吉次「でもお嬢さん、芸者と言っても傍で見るほど楽なもんじゃないんですよ、それに……」
おかみ「いいじゃないか、吉次」
吉次がなんとか説得してやめさせようとしていると、ふすまが開いて料亭のおかみが顔を出す。
おかみ「良家のお嬢さんならお茶、お花は勿論のこと、諸芸百般は教わってらっしゃることだろうし」
知らないと言うほど怖いものはない。おかみは紅緒のことを、令嬢出身の芸者として売り出そうとさもしいことを考えたのか、反対する吉次を押し切って、紅緒をあっさり芸者として採用してしまう。
紅緒は早速黒い振袖に着替え、頭も芸者風の髷……と言ってもカツラだが……に変える。
見かけだけはいっぱしの芸者のようであったが、おかみにとりあえず踊ってみろと言われた紅緒、何を思ったか、手ぬぐいで頬かむりをしてどじょうすくい(安来節)を披露してたちまちメッキが剥げる。
もっとも、実際には大正時代、芸者がレコードに吹き込むなど、安来節は一大ブームを巻き起こしていたらしい(と言っても、芸者がどじょうすくいまでしたかどうかは知らないが……)。
紅緒がそのレコードに吹き込むなどと言っていた歌も、おかみが卒倒しそうなほどひどい音痴であることが判明し、おかみはたちまち自分の軽率さを悔やむことになる。
が、今更断るわけにもいかず、「おしゃく」(半玉)として吉次と一緒にお座敷へやることになる。
牛五郎、どう考えても失敗するに違いないと考え、例によって蘭丸に助力を頼み、

蘭丸はあっという間に芸者風の身なりになって、牛五郎の車でそのお座敷へ急行するのだった。
その美しさは、道行く人々が思わず嘆声を上げたほどであった。
さて、二人が呼ばれたのは大和屋と言う料亭であった。無論、原作者の大和和紀先生の名前から取られたものだろう。
座敷へ向かう途中、紅緒は庭を見ていて縁側の柱にぶつかってしまう。

紅緒「誰よう、こんなところに柱を立てたのは……くの、くの、くのーっ!」
怒り狂った紅緒、その柱にパンチの雨を叩き込んで頭突きでへし折ってしまう。
吉次「まあ、呆れた」 紅緒も紅緒もだが、それを見てその一言で済ます吉次も吉次である。
座敷には5人ほどのあぶらぎった中年男性が座って待っていた。多くはいかにも成金と言った風情だったが、ひとりだけ、ヒゲも厳しい軍人が混じっていた。
紅緒「これがお座敷かぁ、こんなところで飲めるなんて気楽な商売! サイコー!」
相変わらず世間知らずと言うか、楽天的と言うか、座敷の雰囲気を見て小躍りする紅緒。
早速、客のハゲが紅緒を呼んで酌をさせようとする。
客「新顔のようじゃな、名前はなんと言うのかね?」
紅緒「はぁ、紅千代と申します」
客「可愛い名じゃないか、顔に似合わず」
紅緒「むっ」
ハゲの一言に、たちまちカッとなって客を威嚇する紅緒。くどいようだが、この世界では、紅緒は不美人……少なくともそれほど美形ではないと言うことになっているのである。吉次が慌てて紅緒を廊下へ連れ出し、
吉次「お客様のことをいちいち気にしちゃいけません、いいですか、気に食わないお客様は札束だと思えばいいんです」
紅緒「あ、なーるほど」

吉次にアドバイスされた紅緒、改めてハゲの前に戻ってしおらしく手をつき、
紅緒「ただいまは失礼いたしました、お金様……おっはははははっ」
ハゲの顔に札束をだぶらせながら、酌をするのだった。
と言う訳で、上機嫌であっちこっちのお客にお酌をしてまわる紅緒だったが、目立たない席に座っていた軍人に呼ばれ、初めてその存在に気付き、ギョッとする。

紅緒「軍服! ああ……」
紅緒、途端に憎むべき印念中佐との一連の出来事がフラッシュバックして、真剣な表情になり、体を細かく震えさせる。
しかし、こうして見るとさっきの蘭丸と大差のない美しさで、ますます紅緒が「ちんくしゃ」(by鬼島)だと言う設定が嘘っぽく思えてくる。

CM後、さっきとはうってかわってびくびくしながら、軍人に酌をしている紅緒。
だが、体の震えが止まらず、徳利の縁と盃の縁が当たって、カタカタと音を立てている。
軍人「おい、どうかしたのか」
紅緒「いいえ、別に……うう、ぶえっ」
頑張って注ごうとするが、我慢し切れずに思わずえずいてしまう。
紅緒(まじぃ、私、少尉が行方不明になってから軍人を憎むあまり、軍服アレルギーになってしもうた)
自分を心理分析する紅緒であったが、その忍だって軍服を着ていることが多かったのだから、軍服アレルギーになるとはおかしな話である。軍服と言うより軍人アレルギーと言うべきだろう。

ともかく、紅緒、気がついたらその軍人にプロレスの関節技をかけてしまっているのだった。
その後、場を和ませようとした吉次の優雅な舞いに機嫌を直した軍人、紅緒の肩に手を回し、「よう見ると可愛いのう、どうだ、紅千代、今夜付き合わんか?」と、けしからぬ誘いをかける。

紅緒、その腕を掴むと、思いっきり投げ飛ばす。
紅緒「何すんのよ、いやらしいわね!」
軍人「何をするか、貴様、芸者の癖に逆らう気か」
紅緒「芸者だっていやなものはいやですよ、ベーッだ!」
紅緒、そう言うと、子供っぽくアカンベーをして見せる。
しばらくして、やっと蘭丸と牛五郎が駆けつけたときは、いつの間にか酒を飲んで酔いが回っていた紅緒が完全に酒乱モードになって、軍人相手に乱闘を繰り広げているところだった。

大和屋のおかみに呼ばれて、花乃屋のおかみがやってくると、座敷はめちゃくちゃになっていて、カツラの取れた紅緒がボーゼンと座り込んでいるのだった。
当然、軍人は激怒して帰っていき、おかみも憤怒の表情で紅緒を叱り飛ばす。

おかみ「大変なことをやってくれたよー、紅千代ぉ」
紅緒「ごめんなさい、おかみさん、私、私、どうしても我慢できないんです、あの手の男! 私って駄目な芸者! ごめんなさい、おかみさん! あ、あ、ああ……」
紅緒、両目からぽろぽろと涙をこぼすと、おかみに抱き付いておんおん泣き叫ぶ。
おかみ「まぁ、そんなに泣かなくても……そりゃあ最初だから誰でも失敗は……」
そのしおらしい態度につい表情を和らげるおかみであったが、紅緒が単に大酒を食らって泣き上戸になっているだけだと知って、再びあきれ返る。
紅緒、そのままおかみさんの膝の上で気持ち良さそうに寝息を立てていた。

翌朝、正体なく眠りこけていた紅緒、小鳥の囀りにふと目を覚ます。
目の前には、布団のそばに座っている吉次のにこやかな顔があった。

吉次「おはようございます、お嬢さん」
紅緒「あ、おはよう、あの、吉次さん、私……」
吉次「良くお休みになりましたねえ」

紅緒「あの、私、昨夜大暴れしたような夢を……」
吉次「いいえ、夢じゃありません」
紅緒「しまった! 夢なら良かったのに!」

吉次「うふ、おかみさんがクビですって……羽振りのいい軍人相手の客商売が軍人嫌いじゃしょうがありませんしねえ」
紅緒「吉次さん、ごめんなさい、迷惑かけて……」
この紅緒の申し訳なさそうなギャグ顔、めっちゃ可愛い。
吉次「いいんですよ、お嬢さんには無理だってこと最初から分かってましたから……それにお嬢さんが芸者になんてなったら若様だってどんなに悲しませるか……」
紅緒「少尉……」
吉次のさりげない一言に、紅緒の瞼に懐かしい忍の姿が浮かび上がる。
しばしの沈黙の後、
吉次「さ、元気を出して吉次がお嬢さんにふさわしい仕事を紹介しますからね。小さな出版社ですけどね、社員をひとり紹介してくれと頼まれてたんです」

紅緒「私、当たってみます、がんばります!」
吉次の親切に、たちまち元気を取り戻して笑顔になる紅緒。

紅緒「お世話になりました」
吉次「頑張るんですよ、若様の為にも」
普段の服装に着替えた紅緒を、吉次が送り出している。

紅緒「少尉の為に……」
そうつぶやいた紅緒の髪を、さわやかな風が吹き抜けていく。
この風に乱れる髪の表現ひとつとっても、他の作画監督ではまず無理であろう、繊細なアニメーションである。

歩き去る紅緒のスカートが、風を受けてはためくところなども。

前方を照らす太陽のもと、断髪を風に揺らしながら空を仰ぐ紅緒。
ほんと、何度も言って来たけど、この紅緒の顔、大好き!
全話とは言わないが、せめて2/3くらいを西城、水村氏が担当してくれていたらなぁと今更ながら思う管理人であった。

芸者になる夢はかなわなかった紅緒だが、新たな希望を胸に、清新な未来へ力強く歩き出すのだった。
原作ではその足で出版社を訪ねており、ストーリーの流れとしてもそちらの方が断然、紅緒にはふさわしいと思うのだが、アニメでは時間稼ぎの為か、紅緒は一旦伯爵邸に帰り、そこで伯爵夫妻とあれこれやるシーンが挿入される。
以上、芸者騒動に関しては、蘭丸が出張ってくること以外は、原作にかなり忠実なストーリーであった。
(C)大和和紀・講談社・日本アニメーション
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