第3話「水恐怖症の秘密」(1989年4月24日)
さて、引き続き原因不明の「水恐怖症」にさいなまれて、シンクロどころかアキレス腱を完治させることもままならないミカであった。
もっとも、この時点ではミカは別にシンクロをやろうなどとはこれっぽっちも考えていないのであるが。

ある夜、ミカは、バレリーナとして活躍していた頃のことを思い出し、アキレス腱に残った傷跡を撫でているうちに、ふと、仙台から後生大事に持ってきた愛用のトウシューズを取り出して愛しそうに握り締める。
同じ頃、事務所で仕事をしていた翔子のもとへ、一時帰国したミカの父・節也から電話がかかってくる。
節也は一度ミカに会わせて欲しいと頼むが、翔子は約束が違うときっぱり拒絶する。

翔子「あなたの励ましは何の力にもなりませんわ。ミカさんを駄目にするだけです」
そのミカは、ひとり、スイミングクラブのダンス練習場に行き、トゥシューズを履いて、久しぶりにバレエを踊ってみる。
無論、宮沢りえちゃんにはそんな芸当は出来ないので、

それらしい動きをしているミカの上半身と、プロの足の動きのクローズアップを組み合わせて表現しているのである。

全身が映ると、急にカメラが遠くに行っちゃうことには気付かないふりをしてあげる優しさが欲しい。
それはさておき、長い間舞台から遠ざかっており、足も完全に治っていないミカであったが、さすが天才少女と呼ばれただけのことはあり、見事なパフォーマンスを披露する。

だが、最後に大きくジャンプして着地した際、怪我をした足が耐え切れず、その場に座り込んでしまう。
ミカの踊りを見ていた翔子がつかつかと歩み寄り、
翔子「本気でアキレス腱を治す気があるの?」

ミカ「あるわ、アキレス腱を治して私はバレエの世界に戻ります。私はバレリーナなんです……」

翔子「私の指示があるまで、バレエのレッスンをしてはいけません!」
ミカ「ちょっと試してみただけです」
翔子「勝手なことをして……一生アキレス腱に爆弾を抱えて生きるつもりなの? 本気で治す気があるんなら、私の指示に従いなさい」
あくまで上から目線の翔子の言葉に、ミカは不服そうに顔を背ける。
翔子「トウシューズを脱ぎなさい」
ミカ「イヤです! トウシューズは私の命です!」
だが、翔子はいきなりミカの体を突き倒すと、力ずくでトウシューズを脱がそうとする。

ミカ「やめてください、何の権利があってこんなことするんですかっ」
翔子「こんなものは単なる思い出の品に過ぎないわ、あなたの命はここにあるわ、あなたの体の中にほんとの命を漲らせなさい!」 訳の分からないことを言った後、ドヤ顔になる翔子。

ここで初めてミカは、
「ひょっとして、この人、なんか変な宗教に入ってるのでは?」と、微かな恐怖を覚えるのだった。
翔子「傷が完全に治るまで、このトウシューズは私が預かります」
トウシューズを手に行きかけた翔子は、ふと立ち止まって、何気ない風に「さっきお父様から電話があったわよ」と知らせる。
翔子「ノルウェーやデンマークを裸で駆け回って大変寒い思いをなさっているようだわ」
ミカ「そりゃ、そうでしょうね……」
じゃなくて、
翔子「ノルウェーやデンマークを駆け回って大変なご苦労をなさってるようだわ」

翔子「お父様が帰国するまで治療に専念することね」
ミカ「専念してやるわよ! 一日でも早くアキレス腱を治して、こんなところ出てってやるわ!」
翔子、父親が帰っていると知れば、すぐにミカが父親のもとへ行こうとするだろうと考え、電話のことは話すが、既に節也が帰国していることは教えてやらないのだった。

それはそれとして、翔子の背中に怒りと憎しみのこもる眼差しを向けるミカが綺麗なのでした。

順子「私たち、間違った選択をしたんじゃないかしら?」
OPタイトル後、ミカがバレエを踊っていたと聞かされた順子は考え込む顔になり、「ミカはバレエ界に帰すべきではないか?」と、人として当然の疑問を口にする。
だが、人として何か大切なものが欠如している翔子は、
翔子「私たちの悲願は、私たちが育てた選手を少なくとも三人はナショナルチームに入れるということの筈ですわ、それにはどうしてもミカが必要なんです!」 と、自分たちの悲願の為なら、いたいけなバレエ少女のひとりやふたり、どうなっても構いやしませんと、堂々と言ってのけるのだった。
さらに、
翔子「一日も早くミカの水恐怖症を治さないと、あの子の将来はありませんっ!」 自分でミカのバレリーナとしての将来を奪おうとしておきながら、おためごかしの台詞をぶちかますのであった。
バレリーナとして復帰するんなら、水恐怖症なんて関係ないんだけどね。
翔子「あの子の心に清らかな水を溢れさせて上げたい、そうすれば必ず、世界の桧舞台で活躍できるシンクロ選手になれる筈なんですぅ!」 翔子の妄想的放言はとまらず、最後にこんなことを言い放つ。
順子、
「いや、そもそもミカは別にシンクロ選手になりたい訳じゃ……」と言いかけるが、下手なことを言うと翔子に窓から放り出されそうな気がしたので、翔子の希望を容れて、しばらく現場を離れてミカの治療に専念したいという翔子の希望も認める。
プールサイドで準備運動をしているシンクロの生徒たち。

しかし、毎回普通に美少女たちの水着姿が思う存分見られると言うのは大変嬉しい限りです。
これがもっと露出度の高い水着だったら、視聴率も40パーくらい行ってたんじゃないかと思う。

ミカは、プールサイドの隅にぽつんと立って、ぼんやりと選手たちを眺めている。

冴子「見てるわよー、私のほうがずっとうまいなんて思ってんじゃないかしら」
涼子「どう思おうと関係ないわ。バレエとシンクロは全然違うもの」
加奈子「涼子さんだったら、バレエだって彼女の上を行くわよ」
冴子「当たり前よ、涼子さんは5歳のときからクラシックバレエもやってたのよ」
典子「ぼけっとしてないでさぁ、練習始めたら良いのにね」
涼子とその取り巻き連中が、聞こえよがしにそんな会話を交わしつつ、ミカに敵意と反感剥き出しの視線を送ってくる。

針の筵に座っているような居心地の悪さを感じるミカであったが、休憩時間になると、高校の同じクラスで、ただ一人彼女と親しい千絵が走ってきて、気さくに声をかけてくれる。

千絵「アキレス腱の具合はどうなの? 私たちと一緒に体を動かせばいいのに」
ミカ「……」
と、クラブの年少組4人が、プールサイドの端に一列に並んでペンギンのような動きで歩いて、順番にプールに飛び込んでいくというパフォーマンスを見せて、みんなの笑いを誘う。

それを見て、クラブに来てからほとんど初めてと言えるような明るい笑いを見せるミカ。
そこへ翔子がやってきて、突然、ミカに旅行の支度をしろと言う。アキレス腱の治療に最適の場所が見付かったから、二人でしばらくそこへ行こうと言うのである。
当然、横で聞いていた涼子たちが不満を鳴らし、猛然と抗議する。

冴子「葉月さんの為に、私たちを見捨てるんですか?」
加奈子「先生は、私たちのチーフコーチの筈です、それなのに何故葉月さんの面倒を見なければならないんですか?」
典子「アキレス腱の治療なら専門家に任したらいいじゃないですか」
だが、翔子は「ミカの才能を惜しむから」とだけ答えて、さっさと行ってしまう。

典子「どういうこと、まるで私たちに才能がないみたいじゃない!」
冴子「バレリーナはバレエ界の人間に任せたらいいのよ」
涼子「葉月さん、一日も早くアキレス腱を治してここから出てって頂戴、あなたのような人の為に、私たちの練習を邪魔されたくないの!」 普通、そこまで言うか? と言うような台詞を登場人物がマシンガンのように連射するのが大映ドラマの醍醐味なのです。
いたたまれなくなったように、ミカはプールサイドから走り去る。
で、翔子の運転する車で二人が向かったのは、伊豆の、海の近くにある別荘風の建物であった。
ミカは知らなかったが、そこは草薙家の所有する別荘だったのだ。
翔子はまず、それによってカムバックしたプロ野球選手がいると言う、お酒を傷口に擦り込むという治療法を始める。

翔子「良いと言われてることは何でも試してみなければ……」
ミカ「明日からはどんなことをするんですか?」
翔子「そうねえ、土の上をはだしで歩くことから始めるわ。ほんとは海辺の砂の上を歩くことが一番良いんだけど、海を見て泣き叫ばれても困るし……」

ミカ「海辺を歩くくらいなら平気です」
翔子「そう?」
ミカの負けん気の強さを熟知している翔子はわざとそう言って、ミカ自らそう言い出すのを待っていたのだろう。

翌日、波打ち際から少し内側の砂の上を歩く二人。
翔子「姿勢を正しなさい、そんな歩き方しか出来なくて、良く天才バレリーナなんていわれたものね」
その後、今度は波打ち際を軽くランニングする。
しかし、宮沢りえちゃんの走り方が、いかにもちょっとドン臭い女子高生風で、とてもアスリートには見えないのが逆に萌えるのであった。
その晩の夕食は、ミカ手作りのカレーライス。
翔子「いただきます……うん、おいしい」
ミカ、少し心配そうに翔子がスプーンを口に運ぶのを見ていたが、

翔子の言葉を聞くと、嬉しそうに笑い、

自分も食べ始めるところがとても可愛いのである!
このささやかな「合宿」には、アキレス腱の治療の他に、ミカとの距離を縮めようという翔子の狙いがあるのは言うまでもない。
その後、緩やかな林道を歩いたり、低い山を登ったり、ミカのトレーニングは徐々に厳しさを増していく。

山登りの最中、へばったミカが道端に座り込んでいると、頭の上から冷たい水が落ちてくる。
ふと顔を起こすと、小さな滝の水が、岩や草に当たって撥ねて、優しい水滴となって降り注いでいるのだった。
水恐怖症の筈のミカであったが、春の息吹を感じさせる森の雰囲気に心がいつになく落ち着いているせいか、全く取り乱すことなく立ち上がり、

自らその滝に近付くと、流れ落ちる水を両手で受けて美味しそうに飲む。さらに水を自分の頬に触れさせると、その清新そのものの冷たさに晴れ晴れとした笑顔を見せるのだった。
ミカ自身は、そのことをあまり意識しているようではなかったが、翔子の目には水恐怖症を克服する第一歩のように映った。

やがて二人は山頂に到達し、しばし休息を取りながら、眼下に広がる街並みとその向こうに横たわる海を見詰める。
翔子「あなたに、ここに座って海を見て欲しかったのよ」
ミカ「どうしてですか」
翔子「あなたの心の中に海を溢れさせて欲しいから」 
ミカ「……」
そのうち、翔子が、
「命のきらめき水」などと言うペットボトル入りの飲料水を、選手たちに高値で売りつけ始めるのではないかと一抹の不安を覚えるミカであったが、嘘である。
翔子「帰りは違う道を通るわよ」
ミカ「はいっ」
このまま行けば、ミカの水恐怖症も遠からず治りそうに思えたが……、どっこい、そうは問屋と大映ドラマの陰険なスタッフが卸してくれないのであった。

別の道を辿って帰る途中、ミカは小さな水溜りの前で、固まって動けなくなってしまう。
ミカの脳裏には、幼い頃、「お母さん」と叫びながらタクシーを追いかけて、水溜りに突っ込み、さらにそのそばをトラックが猛スピードで通り抜けていく……と言う、自分でもはっきり説明できない恐ろしい記憶がまざまざと蘇っていた。
翔子「怖いことないわ、さぁ、飛び越えてらっしゃい。こんな水溜りがどうして怖いの?」
翔子はいつものスパルタ方式で、無理矢理ミカを立たせ、嫌がる彼女を水溜りの中に立たせる。
実際に立ってみれば、ミカの恐慌状態もふっと収まったが、ここで翔子が何気なく漏らした「あなただってお母さんの胎内にいるときは羊水の中に浮かんでいたわ……」と言う台詞が良くなかった。

「お母さん」と言う言葉を聞いた途端、ミカの目が恐怖ではなく憎しみに近い色に変わる。
翔子「どうしたの、水をお母さんだと思えばいいじゃないの」
そんなトラウマがあることなど知る由もない翔子の発言が、追い討ちをかける。
ミカは再び恐慌状態に陥り、翔子の体を突き飛ばして水溜りから必死で逃げようとする。

ミカ「やだ、やだ、水なんか大嫌いだ。やだーっ! やだーっ!」
翔子「水に恐怖感を持って一生生きるつもりなの? 渡るのよ」
ミカ「やめてっ、私がイヤだって言ってるんだから、それでいいじゃないの!」 まるっきり駄々っ子のように喚き、騒いで抵抗するミカ。
それでも翔子は強引にミカに水溜りを渡らせようとするが、

水溜りの中で翔子ともつれ合うようにして倒れると、そのまま地面にしがみつくようにして、「やめてー、もうやめてー、もうやだーっ! やめてーっ! いやーっ!」と、頑是無い子供のように泣き叫ぶばかりのミカであった。
さすがの翔子もこれにはお手上げとなり、残念そうにミカから離れる。
無論、今の翔子には、ミカが何故それほど水溜りの泥水を恐れるのか、皆目見当もつかないのだった。

その夜、それぞれの屈託を抱えて、座り続ける二人の姿があった……。
なお、この3話は、

予告編に、宮沢りえちゃんと五十嵐めぐみさんが登場し、劇中の刺々しい雰囲気とは異なる和気藹々としたムードで掛け合いすると言う趣向になっている。
劇中の翔子があまりに厳し過ぎるので、視聴者に対する五十嵐さんの悪印象を緩和したいとスタッフが考えたのだろう……か?
なにしろ、そろそろハッピーでマイルドな90年代が間近に迫っている時期だったしね。大映ドラマそのものが時代遅れになりつつあったのかも知れない。
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