第18話「受験シーズンの幽霊」(1975年2月9日)
の続きです。
竹造、初子に散々文句を言われたので気になって、例の質屋を訪ねて問題のカメラの前の持ち主がどんな人だったか聞いてみる。

おやじ「それがね、はじめのうちはね、ちゃんと利息払いに来てたんだ。ところがばったり音沙汰がなくなってね……随分後になって分かったんだけど、そのひと気の毒に、ノイローゼで首吊って死んじまったんだ」
竹造「ええっ、自殺?」
おやじの言葉に、喉になにか詰まったような妙な声を上げるタケさん。
おやじ「何でも失恋らしいんだけどね、えー、まだ若いのにさぁ」
竹造「……」
竹造、恐怖のあまり右手をぶるぶる震わせながら、倉皇として質屋を後にするのだった。
堀内家を辞した甲介は、早速「心霊写真」にまつわる逸話を滝代に語って聞かせる。

甲介「高校出てね、浪人してたらしいんだよ。ところが、あそこのご主人、役所務めで堅い人だろ、それの尻馬に乗って奥さんもやいのやいの言ったらしいんだよ、勉強しろ、勉強しろって……それでとうとう」
滝代「まぁーお気の毒に……でも別に死んだって訳じゃないだろう、こんな写真ぐらいでさぁ」
甲介「しかしなぁ、母さん、間違いねえんだよ、俺もアルバム見せてもらったけどね、何から何までそっくりなんだよ。さすがに俺もゾッとしたなぁ」
滝代「へえー、不思議なことがあるもんだね」
滝代が暢気に感心していると、
甲介「母さん、他人事じゃないぜ」
滝代「えっ」
甲介「チャミーさ……俺もつくづく考えちまったよ」
滝代「……」
甲介の分別臭いぼやきに、針でチクリと刺されたような顔で黙り込む滝代。
やがて二階から輝夫が降りてきて、もぞもぞとコタツに入り込む。
滝代「朝美、どうしてる?」
輝夫「部屋に閉じ篭りっきりなんだけどね……」
滝代「マコちゃんから聞いたけどお前また怒ったんだって?」
輝夫「うーん」
甲介「ほんとかお前」
輝夫「だってあいつ生意気なんだもん」
甲介「テル、お前……」
何か言おうとした甲介の声にひっ被せるように天板を叩くと、
輝夫「ここで甘やかしたらどうなるんだよ、兄貴、みんなね、命懸けで勉強してるんだよ、ちょっとでも気を緩めたらね、たちまちパーになっちゃうんだから」
甲介「お前ねえ、今更ねえ、わーのわーの言ったってしょうがないじゃないか」
輝夫「チャミーのことはね、兄貴よりも俺のほうがよく分かってるんだよ」
自信たっぷりに断言してそっぽを向いた輝夫に、甲介はすかさずあの写真を突きつけ、

甲介「この家の奥さんもそう言ってたよ、でもね、何かあってからじゃ遅いんだぞ、お前」
輝夫「なんだ、この写真」
甲介「この塀の上を見てみろよ、この子はね、あんまりギャーギャーギャーギャー言うんでね、家出しちまったんだよ」
輝夫「へー」
初めて「心霊写真」を見せられた輝夫、しげしげと写真に見入っていたが、

輝夫「この顔ね……えーっと」
滝代「知ってんの?」
輝夫「確かに会ったよつい最近……」
ほどなく、輝夫が仕事で行った喫茶店で見たバイト青年だということを思い出すと、甲介は輝夫を急き立ててその喫茶店へ飛んでいく。
と、二人がいなくなるのを待っていたのように、チャミーが二階から降りてきて、不機嫌そうな顔で何処かへ出掛けてしまう。
竹造、鬼子母神の境内で、忠助に質屋で聞いてきたことを話している。

忠助「なんだって? 自殺?」
竹造「だからね、そいつの恨みがねえ、カメラに篭ってるんですよう」
忠助、竹造の顔に鼻を近付けると、
忠助「おめえ、また酔ってんじゃねえのか」
竹造「これが飲まずにいられますかってんだ、おお、おっかね」
忠助「ばかやろう、つまらねえ迷信にびくびくしやがって、てめえそれでも江戸っ子かよ」
竹造「こちとら江戸っ子は江戸っ子でも北多摩の生まれですからねえ、端くれもいいとこだ」
忠助「はははははっ」
竹造の情けない言い訳に豪傑笑いをしてみせる忠助だったが、その直後、足元から鳩が一斉に飛び立ったので、思わず竹造の体にしがみつくのだった。
一方、甲介たちは例の喫茶店に押し掛ける。
さいわい、客もマスターもおらず、問題のバイト青年ひとりだったので、すぐにあの写真を見せる。

甲介「これ、君んちの前だよ、堀内竜太郎君」
竜太郎「……」
自殺して幽霊になったどころか、ピンピンしていると知らず、初子と「心霊写真」についてしみじみ話している忠助たちのシーンを挟んで、再び喫茶店。

甲介「帰る気はないのか、竜太郎君」
輝夫「お母さん、心配してるぞ」
竜太郎「帰ったら、また毎日お説教ですよ、大学なんか出なくたって立派な人間はいくらでもいるんだ。それが分かんないんだから……」
甲介「いや、もう分かってると思うよ。この時、君、お母さんの顔見に行ったんだろ?」
竜太郎「……」
輝夫「君、入試に失敗した言い訳にしてるんじゃないのか、それとも勉強の苦しさに負けたのか」
竜太郎「違います」
輝夫「じゃあ逃げるなよ、もう一度チャレンジしてみて、見事パスしてみろよ」
なにしろ毎日やってることなので、受験生への説教なら堂に入った輝夫であった。
甲介「
幸か不幸か、君はこの写真で一度死んだんだ。それこそ死んだ気になって、もう一度ぶつかってみる気はないか?」
輝夫(いや、兄貴、それは違うと思う……) どさくさ紛れに、冷静に考えたらめちゃくちゃな理屈で竜太郎を説得しようとする甲介に、輝夫は心の中で優しくツッコミを入れたと言う。
さて、家を出たチャミーが向かった先は、例の秀才のアパートだった。
さいわい、杉本は部屋にいた。
杉本「ええっと、今日は何をやりますか、英語?」
朝美「いいえ、勉強は良いんです、今日は杉本さんに抱かれに来たんです」
……と言うような妄想を日々たくましゅうしている管理人に、ハゲ増しのお便りを送ろう!
朝美「いいえ、勉強は良いんです。今日はモーツァルトだけ聴きに来たんです」
杉本「いいでしょう」
思わず後頭部を便所のスリッパで叩きなるほど爽やかなナイスガイの杉本、チャミーの頼みに破顔一笑すると、すぐにステレオにレコードをセットする。

朝美「なんて曲?」
杉本「交響曲第41番ハ長調ケッヘル551、ジュピター! ……って、き、君っ、なにを?」
朝美「杉本さんに私の生まれたままの姿を見て欲しいの……お願い、抱いて! むちゃくちゃにして!」
などと、杉本がレコードをセットしている間に、チャミーがコートだけじゃなく、セーターもGパンも下着も何もかも脱ぎ捨ててすっぽんぽんになっていたと言う妄想をして、ついニヤニヤしてしまった管理人に、ハゲ増しのお便りやアマゾンギフト券を送ろう!
実際は、朝美はコートを脱いだだけであった(当たり前だ)
杉本「コタツに入って」
朝美「私の悩み、聞いてくださる?」
杉本「悩み?」
朝美「兄たち、私に命令するんです、保護者みたいな顔して……私はもう一人で何でも出来るって言うのに」
杉本「……」
杉本が続きを促すように黙っているので、

朝美「私、家を出ることまで考えたの……」
杉本「……」
思い詰めた様子の朝美の顔をじっと見ていた杉本、不意に、
杉本「モーツァルトの話を少ししましょう」
朝美「え? ええ……」

杉本「彼は子供の頃から天才だった、でも、その音楽の才能を見つけたのは父親のレオポルドです。父親は子供の彼を連れ、オーストリア国内は勿論、イギリス、フランス、オランダ、イタリア、大演奏旅行をしました。と言うのは、それまでは一部の貴族の召使同然だった音楽家が、その特権階級の没落により、新しいパトロンを広く見つける必要があったからです。彼は父親の愛情のお陰で大作曲家になりました」
朝美「……」
タバコを吹かしながら、まるで大学の講義のようなくちぶりで、モーツァルトの生涯について語り出す杉本さん。
クラシック音楽を愛好しているだけでなく、音楽史全般にも造詣が深いのだろう。
同じ頃、竜太郎は甲介たちに説得されて、遂に我が家に帰ってくる。
二人に背中を押されるようにして庭にまわり、廊下を歩いていた信子とばったり会う。
信子「竜ちゃん!」
竜太郎「ただいま、かあさん」
信子「……」
竜太郎「入ってもいいかな?」
信子「なに言ってんの、お前の大好きな熱湯風呂じゃないか」
竜ちゃん「押すなよ、絶対押すなよ!」 と言うのは嘘だが、信子が死んだと思っていた息子の出現に驚喜して、涙ぐみながら竜太郎と和解したことは言うまでもない。
一方、冬場の頃なので、杉本の部屋は早くも薄暗くなっていたが、杉本はなおもモーツァルトの話を続けていた。

杉本「1781年9月、モーツァルトは父親の反対を押し切って故郷や家を捨て、独立してウィーンで生活するようになります。その頃から金に困り、健康を害し、創作力も衰えて、悲惨な死に方をするんですよ、たった10年で……彼の葬式は数人の友達が集まっただけ、それもひどい雷雨で墓地まで見送ったものはひとりもいなかったんです。この天才の墓は、未だにどこにあるのかその場所も分からないんですよ」
朝美「……」
杉本、ここでやっと部屋が暗くなっていることに気付き、手を伸ばして電球のスイッチを捻る。

杉本「退屈でしたか、僕の話?」
朝美「……」
俯いて押し黙っている麻美の顔を覗き込むようにして尋ねると、

朝美の目にはひとつぶの涙が光っていた。
そう、下手な教師よりよっぽどクレバーな杉本は、親から独立したモーツァルトが悲惨な晩年を送ったことを話すことで、朝美に、口やかましい保護者のありがたさや、世間の荒波を一人で生きていくことがどんなに大変なことかを分からせようとしたのである。
同じように、甲介たち、特に輝夫は、堀内家の「お家騒動」を目の当たりにして、自分の行き過ぎた態度を深く反省していた。
家の近くまで来て、高架を走る都電の音を聞きながら、

甲介「テル……」
輝夫「分かってるよ、兄貴の言いたいこと、チャミーのことだろ」
甲介「ケッ、お前は頭いいからな、俺と違って」
輝夫「どんなバカだってわかるさ、あれだけ目の前で見せ付けられちゃなぁ」
甲介「勉強勉強って押し付けんのも考えもんだな」
ところが、滝代によればチャミーは昼に出たきりまだ帰ってないと言う。
二人は夕食後、銭湯にも行かず、酒を飲みながら土間でチャミーの帰りを待つことにする。

時計が8時40分を差した頃、輝夫がおもむろに口を開く。
輝夫「なあ、兄貴……」
甲介「チャミーのことか?」
輝夫「う、うん……大学のことなんだけどさぁ」
だが、甲介は輝夫が皆まで言う前に、
甲介「やめさせるか、やっぱり」
輝夫「えっ、兄貴も?」
甲介「考えることは一緒だな、やっぱり」
チャミーが帰って来たのは、ちょうど二人がそんな話をしている時だった。

輝夫「進学のことはね、本人の意志に任せるべきだったんだよ。それを無理やり押し付けちまったからな、俺ぁ」
甲介「お前だけじゃないって」
格子のガラス戸の外に立ち、兄たちの声に耳を傾けているチャミー。
甲介「しかしなぁ、女の子ってのは勉強もいいけど、もっと大事ななんかあるはずだよ、今ノイローゼになってせっかくチャミーの素直な性格が歪んじゃったら大変だからな」
輝夫「良い子だからね、チャミーは」

甲介「よし、もう何も言うな、いいな?」

輝夫「ああ、兄貴もだぜ」
甲介「何も言うなといっただろうがっ!」 輝夫「へぶっ!」
時折、鬼軍曹のように厳しくなる甲介であったが、嘘である。

朝美「……」
甲介「ああ、だけど俺はあんまり関係ねえんだよな……なんてったってチャミーはお前の一言で喜んだり悲しんだりするからな」
輝夫「大学なんかどうでもいいんだよ、あいつが自分自身でこう幸せを掴んでくれたら」
兄たちの思いやりに溢れた真情に触れて、思わず落涙しそうになる朝美であったが、口を強く結んで耐えると、涙を払い、気持ちを落ち着けてから、わざと大きな足音を立てて戸の前に立ち、さも今帰ってきたかのように装う。

朝美「ただいま!」
甲介「……」
輝夫「……」
朝美の屈託のなさそうな笑顔を見て、ホッとする甲介たちであった。
と、台所にいた滝代が出てきて何か小言を言おうとするのを二人が止めて、あえて何も言わずに朝美を二階に行かせる。
滝代「どこ行ってたんだって?」
甲介「さあね」
輝夫「いいじゃないの、どこだって」
甲介「たまには息抜きしなきゃな」
輝夫「そう、人生は楽しむためにあるんだからな」
滝代「ま、どうだろうね、二人とも酔っ払っちまって」
それまでと真逆のことを言う輝夫たちに、滝代は呆れたように台所に引っ込む。

二人はさらに二階の自分たちの部屋に行くと、ジュースや果物、お菓子などを山と積み、輝夫がギターを掻き鳴らし、それにあわせて甲介がコップを太鼓代わりに箸で叩きながら民謡を歌い、わざとチャミーの気を散らそうとする。
いまさら彼らのほうから大学進学をやめろとは言えないので、チャミーを誘惑してなし崩し的に大学進学を諦めさせようと言う、二人の苦肉の策であった。
なんとなく、天岩戸にこもったアマテラスを宴会で誘い出そうとしている時のようでもある。
輝夫「反応ねえな」
甲介「よし、もっと続けろ」
だが、最初に戸を開いて入ってきたのは、チャミーではなくまことだった。
彼らが頓珍漢な会話を交わしていると、背後からチャミーがあらわれ、

甲介「お、チャミー」
輝夫「食べない?」
まこと「お菓子?」
甲介「お前じゃない、お前じゃない、お前じゃない」
チャミーの前でことさらに楽しそうに浮かれてみせる二人だったが、チャミーは冷ややかな声音で、
朝美「いつまでやってんの、それ?」
甲介「は?」
朝美「うるさくて、さっきからちっとも勉強できないじゃないよ、もーっ」
甲介「えっ、勉強?」
朝美「私、絶対にやるわ。パスしたらうーんと素敵なお祝いふんだくってやるから、覚悟しといてね、二人とも!」
朝美の意外な宣言に、思わず満面の笑みを浮かべて互いの顔を見遣る甲介と輝夫。
チャミーも少し照れ臭そうに微笑んで見せると、障子を閉めて自分の部屋に戻る。

甲介「良かったなぁ、おい、さすがチャミーだよ」
まこと「……」
甲介「お前もさすがだなぁ……」
二人が手を握ってバンザイしている間に、まことは抜け目なくプリッツのようなお菓子を口の中に放り込んでいるのだった。

朝美「バカみたい……ああ、さ、もういっちょうやるか」
兄たちの奇抜な発想に含み笑いしつつ、気合を入れ直して鉛筆を握るチャミーが可愛いのである!
しかし、これだけ髪が長いというのは、もはや生活に支障が出るレベルだよなぁ。
さて、ドラマはこの後も二、三のシーンが続き、最後はすっかり心霊写真に凝ってしまった敬一が墓地でしきりにシャッターを切っているところで幕となるのだが、特にどうでも良いのでこれで終わりにしよう。

かわりに、甲介が堀内家の前を通り掛かった時にあらわれて甲介をびっくりさせたニャンコの画像を貼ってお開きにしよう。
なんとなく、石立さんに似てるな、この猫……
以上、「心霊写真」騒動にからめて、受験勉強の真っ只中で揺れ動くチャミーの心情と家族との和解を描いた、実に後味の良い佳作であった。
これでも、酒井家の様子などをほとんど削って省略しているのだが、やっぱりこの手のドラマは台詞が多く、書くのに時間が掛かって大変であった。
それに、コメディタッチのホームドラマと言うのは、あまりギャグを入れる余地がないから、余計つらいのである。
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