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「天国と地獄の美女」~江戸川乱歩の「パノラマ島奇談」 その3


 引き続き応接間で話している明智と千代子。

 と言っても、事件の手掛かりになるような新事実は出て来ず、

 
 千代子「明智さん、何故姉と結婚してくださらなかったんですか?」
 明智「何故といわれても……私はご覧のようにしがない探偵稼業でしてね」

 千代子は再びその話を蒸し返して、逆に明智に尋ねる。

 千代子「では、今もお一人?」
 明智「ええ……それより、あなたの結婚について伺いましょう。菰田氏とはどういう馴れ初めで?」

 明智、その話には触れられたくないらしく、とってつけたように話頭を転じるが、千代子は遠くを見るような目で淡々と、

 千代子「一種の略奪結婚ですわ」 
 明智「え?」
 千代子「無論、私のほうも山林王の後妻と言うのは魅力的でした、莫大な財産に目が眩んだのかもしれません、何不自由なく贅沢な暮らしが出来ると思ったんですけど、現実はこんな田舎に閉じ込められて……主人はレプティリアンですし」
 明智「え?」
 千代子「え?」

 じゃなくて、

 千代子「……主人はしまり屋ですし」
 明智「お金持ちと言うのは誰でもそうですよ」

 普段はそんな悩みを打ち明ける相手もいないのだろう、明智にあけすけに自分の日頃抱いている不満をぶちまけるが、明智はいかにも「大人」らしく、当たり障りのない返事で応える。

 
 千代子「私、姉に似てますかしら?」

 千代子、唐突に、改まった口調で明智に質問する。

 
 明智「そっくりです」

 一瞬驚いた明智だったが、それでもはっきり答える。

 千代子、その言葉に嬉しさと恥ずかしさを綯い交ぜにしたような笑みを浮かべる。

 結局、明智は菰田には会えないまま、房枝たちと一緒に引き揚げることになる。

 わざわざ日本一の名探偵が西伊豆くんだりまで足を運んだと言うのに、あまりに失礼なあしらいであったが、明智は気分を害した素振りも見せず、素直に車に乗り込む。

 玄関先で見送る際、千代子は瞳に気持ちを込めて明智の顔をじっと見詰めていた。

 
 房枝「ふん、なによ、虫も殺さぬような顔をして……心の中は欲で一杯よ」
 明智「……」

 しかし、天知先生と久美さんが並ぶと、実に絵になりますなぁ。

 いかにも大人のカップルと言う雰囲気で……

 明智が帰ったあとも、一人ピアノを弾きながら、明智と再会した時の様子や、細かいやりとりをひとつひとつ胸の中に繰り返しては、物思いに耽る千代子であった。

 図らずも同時刻、東京に戻った明智さんも、琥珀色に染まった事務所のデスクに座り、千代子の顔やその言葉をひとつひとつ思い返していた。

 
 文代「先生、先生、煙草の灰が落ちますよ」
 明智「あ、ああ」
 小林「何を考え込んでるんですか?」
 明智「いや、別に……」
 文代「いやぁねえ、うっとりしちゃって、また綺麗な人に会ったんでしょ?」
 明智「……」

 相変わらず千里眼の文代であった。

 と、そこへ波越が興奮した様子で入ってきて、菰田が例の誘拐未遂事件に100万円の懸賞を出したと告げる。

 
 文代「100万円?」
 波越「俺は公務員だから応募できないけどね、君なら出来るからね、賞金は山分けってことで、協力体制をつくろうじゃないか」
 文代「また、人のふんどしで相撲取ろうと思ってえ」
 波越「ふんどしだぁ? 女の子の癖にはしたないな」

 ……

 管理人、たった今、上は普通のスーツで、下は白いふんどしを締めただけの五十嵐めぐみさんの姿を想像して、思わずコーフンしてしまったことを取り急ぎご報告いたします。

 
 人見「今に見ろぉ、いつか必ずお前らの目ん玉くり抜いてやるからな」
 英子「恨まないでよ、あんたの夢を実現させるためじゃない」
 人見「騙されるか、俺を利用して菰田の財産乗っ取る気だろう。出て行け!!  パノラマ島作るのにお前の手は借りん」

 さて、片目を失った人見は、当然、大野たちに恨みを抱き、物騒なことを口走るが、

 大野「私が心を鬼にして手荒な真似をしたのもあなたの芸術を愛するあまりです。勿論、ボスはあなたです、あなたがいなければこの計画は成り立たないんだから……」

 大野はあくまで低姿勢を貫き、心にもないことを言って人見をおだて、宥める。

 しかし、「心を鬼にして」って、こういう時に使う言葉じゃないと思うんですが……

 菰田夫妻の寝室。

 
 菰田「お前も近頃元気がないようだな、お袋や房江に何か言われたのか」
 千代子「言われても仕方ありません、私の努力が足りないんです」
 菰田「お前には済まんが菰田一族にはしかるべき跡取りが必要なんだ。養子の件は考えていて欲しい」
 千代子「それはあなたがお決めになることです」

 千代子、いささかわざとらしいほどに、謙虚でしおらしく、ひたすら夫にかしずく妻としての態度を示していたが、

 
 菰田「納得してくれ、なぁ、千代子」

 菰田が半身を起こして、のしかかるように顔を近付けたので、菰田が左目に嵌めた人形のように動かない義眼がまともに視界に入り、

 
 千代子「……」

 声にならない悲鳴を上げて、思わず顔をそむける千代子。

 
 菰田「どうした、この目か?」
 千代子「すみません……」

 だが、次の瞬間、菰田は何者かに首を絞められているかのように激しく苦しみ出し、救急車が駆けつける事態となる。

 
 そして、手当ての甲斐なく、菰田はあっけなく自宅で息を引き取る。

 千代子「先生、死因はなんでしょう?」
 医者「典型的なガーナー氏症候群の発作です」

 ちなみに彼らの言うガーナー氏症候群、実際にある病気なのかと思って調べたが、それに該当するような病気は見付からなかった。

 とにかく、子供が作れず、心臓発作を起こす病気なのだろう。

 持病の発作と言うことで死体の解剖も行われず、盛大な葬儀が執り行われるが、参列者の中には明智は勿論、大野の姿もあった。

 
 で、何故か棺が火葬場に運ばれず、直接お墓に埋められるのだが、それについてその場の誰も疑問を呈さないのは、見ていてちょっと歯痒い。

 明智「土葬なんですか」
 房枝「ええ、この地方の風習なんですの」

 などと言う会話を織り込めば簡単に説明がついたのに。

 まあ、戦前の乱歩作品においては、土葬と言うのがストーリーやトリックに重要な役割を果たすことが多いが、これはその最たるものである。

 その後、大野が人見の工房に行くと、人見が英子に掴みかかって暴れていた。

 肝心の菰田が死んでしまい、目を潰されたことが全くの無駄になったので激怒しているのだ。

 大野、二人の間に割って入ると、

 
 大野「諦めるのはまだ早い、あんたが死んだ菰田源三郎に代わってくれさえすれば全てはうまく行くんだ」
 英子「ええっ?」
 人見「ふざけるな、菰田源三郎はとっくに死んだんだ」
 大野「そのとおり、ただし、あの地方の風習に従って土葬にされただけだ」
 人見「それがどうした」
 大野「わからんか、死んだ人間が生き返ってきた例はいくらもあるんだ」
 人見「ええっ?」

 大野の突拍子もない言葉に、人見も怒るのを忘れて茫然とする。

 そう、これも原作どおりなのだが、大野は菰田の遺体を別の場所に移し、人見が菰田に成りすまして墓の中で生き返ったように見せるという、最初の計画以上に奇想天外な計略を思いつき、その夜、早速実行に移すのであった。

 しかし、乱歩の原作が書かれた当時ならともかく、1982年のドラマで、医者が死亡判定を間違えるなどと言うことはまず考えられないことで、さすがにリアリティーがなさ過ぎる。

 それに、主治医は(菰田として蘇生した)人見の体を診察するだろうから、さすがにその時点で「あれ、別人じゃね?」って気付くよね。

 つーか、葬儀会社の人たちが、遺体に死に化粧したりする段階で死後硬直が始まっているのは見ている筈なので、どう考えてもバレない筈がないのである。

 まあ、葬儀会社はともかく、原作でもその点については乱歩も気になったのか、「医師は彼自身の誤診ということで、心がいっぱいになり、それの弁明にのみ気をとられて、患者のからだに多少の変化を認めても、それを深く考えている余裕はないのでした」と、言い訳してるんだけどね。

 ただ、以前も言ったように原作では二人は同い年だが、ドラマでは菰田49歳と人見36歳と、年齢にかなりの開きがあるので、やっぱりどう考えても無理だよね。

 話が先走ったが、大野たちは「善は急げ」とばかりに、その日の深夜、こっそり西伊豆の菰田家の墓所へ行き、

 
 罰当たりにも、埋め立てほやほやの墓を掘り起こし、棺から仏様を取り出して、

 
 その体から経帷子を脱がすという、とんでもないことをする。

 さらに、ご丁寧にも菰田の体が死後硬直でカチカチになっていて、その関節を無理やり動かすたびにボキボキッと骨の折れるような音がするという、悪趣味極まりない演出まで行われており、視聴者が「あれ、今、正月だよな、確か?」と、思わずカレンダーを確かめてしまうこと受け合いの、非現実的なドラマ的亜空間を作り出すことに成功している。

 大野、一体前身はなんだったのか得体が知れないが、そんな恐ろしい仕事を、人見と英子を叱りつけながら鉄の意思で淡々と推し進め、遺体から義眼を外して人見につけさせることさえ忘れないプロフェッショナルなまでの冷徹ぶりを見せ付ける。

 で、最後は大きな袋に菰田の死体を詰め、みんなで担いで運ぶのだが、

 
 途中まで、その菰田の格好をした人見が手伝うというのが、幽霊が自分の死体を運んでいるように見えて、ドリフのコント顔負けのブラックな爆笑シーンとなっている。

 大野「ここでいい、あとは俺ひとりで担いでいく。お前はあの墓の近くで倒れてろ」
 英子「後の手順は分かってるわね」
 大野「抜かるなよ」
 人見「ああ」

 「案ずるより生むが易し」と言う言葉をこんな場合に使うべきではないと思うが、彼らの大胆と言うか、アホな計画は見事に成功し、人見は生き返った菰田としてまんまと菰田家に「帰還」するのだった。

 で、ここまでが第1部であり、次のシーンから第2部「エロスの園」となるのだが、何日経過したのか不明だが、既に年が明けて正月になっている。

 菰田家の大広間に、源三郎に化けた人見以下、家族、使用人が勢揃いし、新年を祝う会が厳かに執り行われている。

 
 角田「新年、おめでとう存じます」
 千代子「今年も傾いてるわね、この部屋」

 じゃなくて、

 千代子「今年もよろしくね」
 母親「源三郎や、三途の川から追い戻されたんじゃ、これほどめでたいことがあろうか」
 人見「……」
 釘谷「まだ意識が朦朧としておられますな」
 房枝「もうほんとに、あの薮医者、思いっきりとっちめてやらなくちゃ」
 角田「慌てふためいて平謝りでしてね、心臓はまったく停止していて瞳孔は開いておったと……これは奇跡であって死亡認定の誤りではないと」
 房枝「冗談じゃありませんよ、これが火葬だったらもう一体どうなってると思うの」
 母親「もういい、これで菰田家も安泰じゃ」
 角田「町中ひっくり返るような大騒ぎですよ」
 太郎「町だけじゃありませんよ、新聞やテレビも伯父さんのことでもちきりです」

 彼らのやりとりで、大野たちの企みが気味が悪いほど上手く言っていることが窺える。

 さっきも言ったように、実の母親にも見破られないというのはほとんどありえないことなのだが、母親にしてみれば、それがニセモノだということより、真実の息子であるということのほうが遥かに幸せなので、心の奥底では真相に気付いていても、表面的には気付かない振りをしているということはありうる。

 人間は時として、苦い真実よりも、甘い嘘を信じたくなる生き物なのである。

 
 房枝「中には思惑が外れて、がっかりした人がいるでしょうね」
 千代子「……」
 釘谷「そんなこと言うもんじゃない」

 房枝、小気味良さそうに、露骨な当てこすりを千代子に示すが、夫の釘谷がそれをたしなめる。

 その釘谷がしきりに煙草を吹かしているのを見て、人見は生唾でも飲みそうなモノ欲しげな顔で見つつ、無意識に右手の人差し指と薬指を伸ばして、口の前に持ってくる仕草をする。

 人見「……」
 千代子「どうかなさいました?」
 房枝「あなた、兄さん、煙草嫌いなのよ、前で吸わないでって言ったでしょ」
 釘谷「あ、こりゃどうも、すみません」

 そう、人見はヘビースモーカーだが、菰田が煙草嫌いであることを、さすがの大野もうっかりしていたのである。

 その後、会話の最中に、房枝がぽつりと「この人、ほんとに兄さんかしら」と、ドキッとするようなことを口にする。

 
 房枝「なんだか若返ったみたいだし、食べ物の好みも変わったそうじゃないの」
 人見「……」
 房枝「千代子さん、あなたどうなの?」
 千代子「は?」
 房枝「毎晩一緒に寝てるんだから分かるでしょ、何か変わったところなぁい?」

 房枝のからかうような問い掛けに、困ったような顔になる千代子であったが、

 千代子「いいえ、別に……」

 はっきりと否定する。

 と、そこへいきなりカラスの勘太郎が飛び込んできて、釘谷などは大声を出すが、カラスは何事もなく人見の肩の上に止まる。

 
 母親「どんなに源三郎が変わったと言っても、勘太郎にはあるじが良く分かるんだ」
 釘谷「カラスが一番喜んでますなぁ」

 それこそ、彼が本物の菰田源三郎である証だと母親は嬉しそうに言い、釘谷も調子を合わせて笑う。

 無論、彼らは、事件前から勘太郎が人見に懐いていたことを知らないのだった。

 一方、明智探偵事務所では、

 
 文代「あーっ、残念でした」
 小林「9はね、これなんだよ」

 明智さんが、ワイハにも行かず、珍しく着物を着た文代たちと一緒にトランプの「神経衰弱」をしているという、エログロなドラマの中では一服の清涼剤的ほのぼのシーンを演じていた。

 自信満々の小林少年だったがすぐ間違え、明智さんのターンとなるが、

 
 文代「あ、いや、もう先生に全部やられちゃう」
 明智「……」
 文代「あーあ、ほらね、あぁあああ……あー、駄目駄目」
 小林「やられちゃった」
 文代「先生にはかなわないわ」

 明智さんがその類まれな記憶力で一気に全てのカードを揃えてしまうという、ひたすら明智さんカッケー的な結果となる。

 それが分かってるなら、最初から別のゲームにすればいいのに……と思いがちだが、無論、文代さんたちは、後で明智さんから貰うお年玉のためにあえてそんなゲームを選んでいるのだ。

 などとやってると、波越警部も顔を出す。

 ……ひとりぐらい、帰省しろよ。

 波越、新年の挨拶を交わしてからどっかとソファに腰を下ろし、

 
 波越「いや、何がめでたいってねえ、一度死んだ人間が生き返るほどめでたいことはないよ」
 明智「菰田源三郎ですか」
 波越「ああ、何しろ棺桶をこじ開けて出て来たんだからねえ。文字通り死に物狂いって奴だね」
 文代「警部、どうですか、お祝いにひとつ」
 波越「いやぁ、勤務中だからねえ……この大きいんで頂くか」

 新年早々、お約束のギャグをかます波越。

 
 文代「生きながら葬られるってどんな気持ちかしら?」

 波越に酌をしながら、正月らしからぬ不吉な疑問を口にする文代。

 しかし、この頭に、着物姿は正直、似合わないなぁ。

 かと言って、日本髪は文代さんの顔に似合いそうもないしなぁ……

 小林「医学の進んだ現代にこういうこともあるんですかね」
 明智「うん、外国では埋葬された妊婦が墓の中で出産した例もある」
 文代「あたしたちが担当した白髪鬼事件もそうじゃない?」

 明智の言葉に、文代が昔手掛けた事件のことを口にするのが、シリーズでは極めて珍しい例である。

 と、そこへ波越警部に電話が掛かってきて、鉄橋から飛び降りて自殺したと思われる顔なし死体が発見されたという、これまた縁起でもない一報が舞い込む。

 波越、ブツブツ言いながらも現場へ駆けつけるが、

 
 波越「うぅわ、こりゃひでっ」

 またまたとんでもないグロ映像をお正月の茶の間にお届けする、至れり尽くせりのスタッフなのだった。

 その焼け爛れた顔を見て、物慣れた波越さえ吐きそうになったほどひどい死体だった。

 刑事「死後だいぶ経ってますね、これがポケットに入ってました」
 波越「ふーん、書置きか」

 
 英子「間違いありません、主人です」
 波越「ポケットに書置きが入ってましたよ」
 刑事「かくし芸大会を録画しておいてくれと言う内容です」

 じゃなくて、

 刑事「将来に望みを失ったという内容です」
 波越「と言うことは、自殺ですな」
 英子「あんた、なんでこんなことをーっ!!」

 で、そこにあらわれてその死体を人見広介のものだと認め、アカデミー賞ものの名演技で夫の死を嘆いて見せたのが、死体をそこに落とした張本人のひとりである英子なのだった。

 言うまでもなく、その死体は本物の菰田源三郎の変わり果てた姿だったのである。

 ちなみに原作では、大野のような優秀な協力者はいないので、人見は棺から出した菰田の死体を、同じ墓の別の棺桶の中に隠すという方法を採っている。

 自分が社会的には死んだことになったのを知ってか知らずか、菰田に化けた人見は、大野の指示を忠実に守って、記憶を失った振りをしつつ、油断なく周囲に目を配り、聞き耳を立て、菰田家の習慣や内情を学び取って、本物の菰田として振舞うための準備をしていた。

 当然、千代子とのセックスは厳禁で、

 
 千代子「何も思い出せないんですか、あなたは菰田家の当主ですよ」
 人見「……」
 千代子「そして、私はあなたの妻よ。結婚してもう何年にもなるんですよ」

 千代子、人見の手を握って全身で訴えるように語りかけていたが、

 
 さらに大胆にも人見の胸に顔をくっつけ、「もうどうにでも好きにして!!」と言う、女としての意思表示をする。

 なんてったって、あーた、相手は叶和貴子さんである。

 人見もその芳しい肌の匂いを間近に嗅いではもう辛抱たまらなくなり、いとおしそうにその小さな肩や柔らかい頬を撫で回し、

 
 最後は両手でその京人形のような顔を掴んで、唇を奪おうとするが、やはりパノラマ島実現の夢は捨て難く、寸前で己の欲情を押しとどめて、千代子の体を邪険に突き放す。

 人見「分からん、何も分からないんだ」
 千代子「……」

 ある意味、人見にとっては千代子との禁欲的な「夫婦生活」こそ、最大の苦難であったかもしれない。

 だって、あーた、毎夜、叶和貴子さんが「抱いて!!」って、体を寄せてくるのですよ。この誘惑に打ち勝てるのは、世界中を探してもあんまりいないと思われる。

 人見、その苦しさを紛らすためでもなかろうが、程よい頃を見計らって、角田に命じて自分の地所や山林を巡察することにする。

 あらためて菰田家の途方もない富の大きさに圧倒される人見であったが、

 
 人見「……」
 角田「旦那様? 本橋!! 煙草!!」
 本橋「失礼しました」

 角田、主人の煙草嫌いを知っているのでぷかぷか煙草を吸っている本橋を叱りつけるが、

 人見「私にもくれ」
 角田「えっ」
 人見「吸ってみたいんだ」

 とうとう我慢できなくなったのか、運転手に煙草をねだり、慣れた手つきで一服吸いつけて、いかにもうまそうに煙を吐く。

 
 人見「すーっ、だんだん思い出して来た……あの岬も、そう、あの山も全部私のものだ」
 千代子「あなた」
 角田「旦那様」

 さすがに千代子も角田も不審を抱いてしかるべきだったが、周囲を喜ばせるように人見がそんなことを言ったので、二人ともあまり気にせず、素直に記憶の回復を喜ぶのだった。

 と、人見の目が、沖合いに浮かぶ、平べったい、まるで猿島のような小さな島をとらえる。

 人見「あの島は?」
 角田「鬼島でございますよ」
 千代子「名がないとかわいそうだと仰ってあなたがお付けになった名よ」

 人見、なかなか大した役者で、桜の花が咲き零れる頃には、すっかり菰田源三郎の物腰を身に付け、記憶喪失の全快祝いの席でも、堂々と房枝たちからの祝福を受けて収まりかえっていた。

 だが、彼の真の目的は財産の横領などではなく、パノラマ島の建設であり、その席に大野を国際的芸術プロデューサーと言う触れ込みで呼び寄せ、みんなに紹介したのが、その手始めであった。

 人見「今度私が始めようとしている新事業の責任者になってもらおうと思っておる」
 釘谷「ほう、新事業?」
 人見「そうだ、私は300億を投資して鬼島にユートピアを建設するつもりだ」
 房枝「300億ですって?」
 釘谷「なんですか、そのユートピアって言うのは?」
 人見「一種のパノラマだ、今まで誰も見たことがないような壮大な別世界を創造するんだよ」
 釘谷「観光事業ですか」
 人見「まあ、そう思ってくれても構わない」

 しかし、いくら見破られない自信があるにしても、この切り出し方はいかにも乱暴で、あまり上手いやり方とは言えまい。

 最初は30億円くらいとか言っておけば、房枝たちもそんなに強くも反発しなかっただろう。

 で、とにかく事業を開始させてしまえば、後からいくらでも金をつぎ込めると言う寸法である。

 うん、自分で書いてて、これどっかで聞いたことあるなと思ったら、東○オリンピックの進め方とクリソツだね。

 
 房枝「でも、そんな大金どうやって作るの?」
 人見「不動産の50パーセントと全ての有価証券を今年中に処分する」
 房枝「ええっ、なんですって?」
 母親「角田さん、あんたこのこと知ってたのかい」
 角田「いいえ、初耳でございます」

 この、菰田家を食い潰すためとしか思えないめちゃくちゃなプランには、釘谷夫妻も激しく反発するが、

 母親「源三郎のしたいようにさせておやり」
 房枝「ええっ? お母さん……」
 母親「一度死んだ人間が生き返ったんだから、それだけでもありがたいと思わなくちゃ」

 息子の可愛さのあまりか、母親はあえて反対せず、房枝の力にはならない。

 房枝「次郎はどうなるの? 財産を使い果たした菰田家に養子に来いって言うの?」
 人見「養子にするといった覚えはないぞ」
 房枝「なんですって」
 人見「菰田家は俺一代で終わりだ」

 
 房枝「そんなこと言わせませんよ、兄さん、誓約書書いたの忘れたの?」
 人見「誓約書?」
 房枝「次郎を菰田家の跡取りにするって、お母さんも弁護士も立ち会ったでしょ」

 房枝、ここで切り札を持ち出して反撃に転じるが、

 
 千代子「何時ですか?」

 ずーっと無言だった千代子が、目に異様な光を宿しながら尋ねる。

 房枝「兄さんの死んだ、いえ、あの、発作を起こした前の日」
 千代子「そうでしたの……」
 人見「俺は知らん」
 房枝「いくら昔のことを忘れたからって知らんじゃ済みませんよ、公正証書作ってあるんだから」
 人見「そんなことはどうでもいい、俺は自分の好きなようにやる、誰にも文句は言わさん!!」

 人見、暴君のように怒鳴り散らすと、あれだけ嫌いだった煙草をみんなの前でぷかぷか吸って見せる。

 その4へ続く。
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コメント

死体掘りが死体に

菰田の義眼を取り外すシーン、経帷子を脱がせた後で大野が「おおっ」とか言うもんだから初見の時はその後「・・・・・・負けた」とか一ボケかますのかと思ってしまった、流石にそれやったら悪ふざけが過ぎるか

それはさて置き義眼を付けるのはせめて洗ってからにしたらどうだろうか、ここで感染症で死んだらいくら悪人でも気の毒すぎる

Re: 死体掘りが死体に

> 菰田の義眼を取り外すシーン、経帷子を脱がせた後で大野が「おおっ」とか言うもんだから初見の時はその後「・・・・・・負けた」とか一ボケかますのかと思ってしまった、流石にそれやったら悪ふざけが過ぎるか

一応真面目なドラマですからね。

羨ましい

千代子役の叶和貴子さんがそばにいるから人見のオッさんも羨ましいですね😅小生が代わりになりたいですね😅

Re: 羨ましい

代わりたいですよね。

正月早々

正月早々にグロい💀を見せつけられる視聴者の身にもなって欲しいものですね😅千代子と久美の2人の美女の並びは壮観ですね😄

Re: 正月早々

まあ、それもウリのひとつですからね。

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Author:zura1980
70~80年代の特撮、80年代のドラマを中心に紹介しています。

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