第28話「男の戦い 女の戦い」 作画監督 田中英二・西城隆詞
前回、シベリアの駐屯地で些細なことから部下たちと乱闘を演じ、そのことを上官に厳しく叱責されている伊集院忍。乱闘の原因を問われ、部下たちが固唾を呑んで見守る中、忍の答えは……と言う、実に中途半端なところからスタートする。
忍「なんでもありません、少佐殿、実線に備えて訓練をしていただけであります!」 やがて決然と瞳を上げると、忍はきっぱりと返答する。

鬼島「なんだか風向きが違うようだな……」
鬼島、てっきり忍がありのままを告げて自分たちを営倉送りにするのかと思っていたのだが、逆に自分たちを庇おうとする忍の態度を見て、意外の感に打たれて仲間と顔を見合わせる。

忍「なにしろずっと後方勤務で、腕がむずむずしておりますから」
少佐「そうか、実戦の訓練……喧嘩ではないのか」
忍「絶対に違います」
少佐「ようし、お前たち、そんなに腕がむずむずしておるのなら、望みどおりにしてやろう。近いうちに貴様の部隊を最前線に移動させる! 分かったな?」
上官は、忍の何気ない一言をとらえて、その場で彼らの最前線行きを決めてしまう。
原作とは異なり、アニメでは彼も印念中佐の息がかかったワルモノと言う設定になっているので、この突然の命令も納得しやすい。

色黒「最前線へ……」
ならずもの部隊と言われている兵士たちも、さすがに顔色を失う。
どうでもいいが、ひとりだけ日サロに通い詰めてそうな奴がいるぞ。

忍「すまん、こんなことになってしまって……」
鬼島「……良いってことよ」
忍「なに?」
鬼島「みんなー、この少尉と一緒に地獄の底へでも何処へでも付き合おうじゃねえか!」
兵士たち「おおーっ!」
忍、項垂れて部下に謝罪するが、鬼島の返答も、また意表を衝くものだった。

忍「みんな……」
鬼島「小隊長殿、自分たちは小隊長殿を誤解しとったであります。東京から転任してきた将校など、自分たちのことをバカにしていると思ってました」
忍「しかし、俺の一言でみんなを最前線へ……」

鬼島「なーに、腕がむずむずしてたってのは本当であります。不肖鬼島軍曹、小隊長殿のお供なら何処へでも行きますぜ!」
鬼島の熱い叫びに続いて、他の兵士たちも次々に同意の声を上げる。
忍、理由もなく最前線に送られると言う悲運に見舞われながら、部下たちの信頼を勝ち得たのは不幸中の幸いであった。特に、鬼島とは強い友情で結ばれ、これ以降のストーリーにおいても鬼島は重要な役割を果たすことになる。

その夜、焚き火を囲んでささやかな酒宴を開いている忍たち。
忍「やれやれ、紅緒さんと言い、部下と言い、どうも私は酒飲みと縁があるようだな」
一方、忍が片時もその面影を忘れられない紅緒も、彼女なりの「戦い」に挑んでいた。

伯爵夫人自らの手で点てられたお茶を喫している紅緒であったが、
紅緒「結構なお手前で……おほん」

紅緒「うっ……」

紅緒「くわっ、苦ーい!」
口に含んだお茶の苦さに、たちまち取り澄ました顔もメッキが剥げてギャグ顔になる。

伯爵夫人「ご無理はなさらないことよ、紅緒さん」
紅緒「いいえ、なんのこれしき、うひひひ」

紅緒「少尉が戦場で戦っておられるのですから、私もめげずに花嫁修業ぐらい……そして見違えるほどに美しくなって、少尉の無事なお帰りを待つのです。女らしくなるのだわ。無事にお帰りになったその暁には……うっふふふふ、女らしくなるのだ!」
理想とする女らしさ全開の美貌になる紅緒。
他にも華道、美容パック、お琴など、およそ紅緒らしくない様々なことにチャレンジするが、結果はどれも惨憺たるもの。

蘭子「しっかし、まぁ、この頃の紅緒さんの変わったこと、あーあ、昔の面影、今、いずこだもんねー」
失敗続きでも、花嫁修業に邁進する紅緒の姿を、溜息をつきながら見守っているのが蘭子こと蘭丸であった。

紅緒「それも恋ゆえ、少尉ゆえ」

蘭子「それほどまでに少尉のことを……ぐ、ぐ、ぐ、ぐ」
忍に負けないほど紅緒を愛している蘭子、思わず悔し涙を流す。
そしてそぱにいた牛五郎に抱きついて、「いやいや、そんなのいやーっ!」と絶叫する。

蘭子「私、オカマの道に入ってしまいそう!」
最後は何故か蘭子がゲイっぽいセクシー衣装になってしまうのだが、これは原作を見てないとちょっと戸惑うかもしれない。
原作には、大和和紀氏がお気に入りだったジギー(デヴィッド・ボウイのアルバムに出てくるコンセプトキャラクター)をイメージしたイラストが、ストーリーとはあまり関係なくコマの中に描かれていることがあって、これはそれをそのまま写したものなのである。

そんなある日の晩、紅緒は伯爵夫妻から「舞踏会へ行って見ないか」と誘われる。
伯爵夫人「たまには気晴らしをしなくては……」
紅緒「ぶとう会?」
伯爵夫人「ええ、あなたのお披露目と忍が帰ってくるまでに華族の世界を見ておくのも良いし」
伯爵「そうじゃ、盛大に社交界にデビューするのじゃ!」

紅緒「そうですわねぇ、もう秋ですものねえ、ブドウもそろそろ、美味しい頃ですわね」
伯爵夫妻「はあっ?」
紅緒「ぶどう狩り、久しぶりだわ」
伯爵「ダメじゃこりゃ」
紅緒の乙女らしからぬ勘違いに、思わずコケる伯爵夫妻であった。
そう言えば「うる星やつら」で、舞踏会だと思ったら武闘会だったと言うエピソードがあったな(知るか)。

伯爵夫人「まあお似合いよ、紅緒さん、これは私が鹿鳴館華やかなりし頃のお気に入りのドレスですよ」
伯爵夫人のお古のドレスを身にまとい、ご機嫌の紅緒。
よくサイズが合ったな、などと言う不粋なツッコミはご遠慮願いたい。
伯爵も燕尾服を着て、二人でお抱えの車で舞踏会の会場へ向かう。
その頃、忍たちの小隊が最前線へ向かって出発していたとも知らず……。

さて、二人が会場へ着くと、既にフロアは盛装した男女で一杯で、あちこちで大輪の花が咲き零れているような華やかさであった。
こんなところに来るのは勿論初めての紅緒、思わず目を輝かせる。
少し遅れて、蘭子も慎ましやかな水色のドレスを着て会場にやってくる。原作では最初から二人にくっついてきているが、アニメでは二人だけでは心許ないと、蘭子が勝手に押しかけてきたことになっている。

なお、楽団が生演奏しているのだが、それを指揮しているのは、序盤で、紅緒と忍が浅草でオペラ見物をした時にオーケストラを指揮していた指揮者と同一人物である。あの騒動でオペラ館をクビになって、ここに再就職していたのだ。
声は永井一郎さんだが、今回は台詞はない。

蘭子「明治の鹿鳴館の頃は、もっと華やかだったのでしょう、殿様?」
伯爵「うむ、そう言えば、ドジョウすくいとはちと違うようじゃの、この踊りは」
伯爵のおよそその場の雰囲気に似つかわしくない言葉に、二人ともずっこける。

紅緒「あ、あの、おじいさま、もしかして舞踏会に来たのは初めてだったりして?」

伯爵「あったりぃーっ!」
紅緒「ひぃーっ」
蘭子「やっぱり!」
むしろ誇らしげに答える伯爵に、思わずのけぞる二人。

紅緒「せめて女らしくと、無理してこんなドレス着てきたけど……あーあ、歩きにくいったら」
蘭子「ぶわっ、べ、べ、紅緒さん、足が二本! ああ!」
着慣れないものを着て窮屈でたまらない紅緒、ついスカートの裾を捲り上げて大股で歩いてしまい、紅緒に注意される。
それにしても、少女漫画だから当然だけど、紅緒、モデル顔負けのスタイルだよね。
これも少女漫画のお約束だが、この紅緒、この世界では「ちんくしゃ」(要するにブス)と言うことになっているらしい。何処がじゃ。

蘭子「しっかりしてよ、ほんとにぃ!」
一方、忍は小隊を率いて荒涼とした岩山の上を行進していたが、途中で点呼を取ると、いつの間にか小林二等兵が脱落していたことが判明する。
よほど影の薄い奴だったのだろう(違います)。

忍は、迷うことなく馬首を返して、鬼島に後を任せて小林を探しに来た道を逆戻りする。
忍は、ほどなく、周りを崖に囲まれた荒野のど真ん中で倒れている小林を発見する。

体調を壊して気弱になっている小林を励まして馬に乗せようとしていると、その尻をぽんと押し上げたものがいる。鬼島であった。
鬼島「へっへっ、小林は俺のダチ公でね。見殺しには出来ねえ」
忍「鬼島、後の指揮をお前に任せた筈だぞ!」

鬼島「ふん、俺は承知したなんて返事をした覚えはねえよ」
いかにも鬼島らしい人を喰った台詞だが、鬼島の飾らない義侠心が良く出ているシーンである。
もっとも、原作にはこの小林二等兵脱落のくだりは一切ない。
再び舞踏会会場。

紅緒はそこで、久しぶりに親友の環と会っていた。
環「そう、忍さんが帰ってくるまでに……でも、こんなところに来なくても良かったのに。あなた、みんなからギンギンに睨まれてるのよ」
紅緒「なんで、どうして?」
環「どうしても何も紅緒、忍さんは社交界のアイドルだったのよ。つまり、忍さんと結婚したいと思っていた人はそれこそ、わんさといた訳よ」
紅緒「うわー、そうか」
環「それに華族ったって、見掛けほど上品じゃないんだから」
環の溜息交じりの忠告を聞いたそばから、高貴な女性たちが紅緒に対する聞こえよがしのイヤミを口にする。

女「ご覧遊ばせ、あの環さんとご一緒の方……」
女「まあ、なんて時代遅れなドレスをお召しになってるのかしら」
女「大方どこか、田舎からでも出てきたのでしょう、おほほほほほ」

そのうち、忍の婚約者としての紅緒に気付くものも出て来て、嫉妬と憎悪と軽蔑の交じり合った視線が紅緒の華奢な体に集まり始める。
紅緒(なるほど、ギンギンのお目目)
ここで紅緒、ウェイターに勧められたシャンペンをジュースだと思ってつい飲んでしまう。
紅緒「あら、美味しいジュース!」

蘭子「これ、お酒じゃないの! 紅緒さん、酒乱!」
紅緒「これはジュースだから、どうってことないわ、ね、ヒック!」
蘭子が気付いてやめさせようとした時には既に手遅れで、紅緒は知らず知らずのうちに禁酒の誓いを破り、すっかり良い心持ちに酔っ払ってしまっていた。
一方、シベリアの荒野には、早くも夜が訪れていた。忍は、鬼島に小林を託して馬で先に行かせ、自分は歩いて小隊に合流しようとしていたが、夜のことでもあり、道に迷ってしまい、途方に暮れていた。
そこへ馬に乗った何者かがやってきたが、それは敵ではなく、忍を迎えに来た鬼島であった。

ほんと、今回の作画は出来が良い。特に鬼島のこの凛々しい顔など、原作よりもカッコイイくらいだ。
二人乗りで駆けていた鬼島と忍であったが、いつの間にか敵兵に囲まれていたことに気付く。

鬼島「少尉、お客さんですぜ」
忍「うん、囲まれたか!」

ラスト、愛する少尉の身に危険が迫っているとも知らない紅緒のご機嫌な顔を映しつつ、29話へ続くのであった。
……と言う訳で、今回は、ストーリーとも作画ともほぼ完璧に近い内容であった。
(C)大和和紀・講談社・日本アニメーション