第67話「雪の降る街に」(1967年12月24日)
管理人にとって今年一番の収穫は、
「好き!すき!!魔女先生」と言う素晴らしい作品、そしてその主演女優である菊容子さんとの出会いであった。
平たく言えば、惚れちゃった訳ね。いい年こいて。
で、代表作「魔女先生」に飽き足らず、菊容子さんがその短い芸能活動の中で残した仕事を、見れる範囲で片っ端から見て回っているのだが、今日紹介するのもそのうちのひとつである。
もっとも、これは菊容子さんが出ているからと言うより、作品そのものが実に素晴らしかったので、それを紹介したい気持ちの方が強いかもしれない。
「泣いてたまるか」は、1960年代にTBS系列で放送された1話完結の1時間ドラマだが、役柄は違えど、渥美清(あるいは青島幸男、中村嘉葎雄)が毎回主役を務めると言う設定がユニークな売りになっていて、この作品が、後の「男はつらいよ」のテレビシリーズに繋がったらしい。
現在は、渥美清が主役を演じたエピソードだけが独立して「渥美清の~」と言うタイトルで、DVDも発売されていて、容易に見ることが出来る。
そしてこの67話(他の二人が主演した回も含めた通算話数)は、ちょうど50年前の今日、放送された作品なのである。……と言うより、この日に合わせてずっと前に書いた記事を公開してるんだけどね。

OPクレジットが流れる中、既に強盗発砲事件に端を発する物語は動き始めている。
主題歌は、渥美清の歌う「泣いてたまるか」である。まんまである。

中谷「今夜は冷えるよな、宿直の日は決まって事件が起こりやがって……」
時実(ときざね)「ごくろうさん、どうだったね、撃たれた男は」
慌しく警官やマスコミ関係者が走り回っている、とある警察署の刑事部屋に、中谷一郎刑事演じる刑事がコートの襟を立てて帰ってくる。
渥美清は、その同僚の刑事、時実一平役である。

中谷「病院に運んですぐだったらしい。肺をぶち抜いた弾で動脈をやられていたそうだから……」
風車の弥七でお馴染み、中谷一郎さん、当たり前だがめちゃくちゃ若い!
なお、役名が分からないので、そのまま中谷刑事と呼ばせて貰う。
事件の概要は、とある会社重役の屋敷に二人組みの強盗が押し入ったが、パトロールの警官と鉢合わせになり、強盗のひとりが発砲。警官も応戦してそれが山内と言う強盗の一人に命中し、当たり所が悪くて死んでしまったと言うものだった。
もうひとりの強盗の遠井は捕まったが、前科のある男で、山内とは競輪場で知り合っただけと言う。
山内の身重の女房は署に呼び出されて死体を確認し、刑事から事情を聞かれるが、取調べ後、悲痛な叫びを発してその場に泣き崩れる。人情家の時実刑事は、優しく彼女の体を肩を抱いて、家まで送っていく。

時実「二人とも戦災孤児でねえ、身よりも何もないそうだ」
幸子「かわいそうにねえ、お家が近かったら私も話相手に行ってあげるんだけど……ぐすっ」
時実「ほら、またお母さんの貰い泣きが始まった」
幸子「そんなこと言ったって、その奥さんの気持ちを思うと……」
島子「お兄ちゃん遅いわねえ」
夕食の席で、山内夫婦のことを家族に話して聞かせる時実。
その妻を名優・左幸子さん、長女の島子(志摩子?)を我らが菊容子さん、次女の広代(比呂代?)を深沢京子さん。妻の名前は分からないので、こちらも便宜上、幸子と呼ばせて貰う。

時実「お母さん、少々無理しても北男を大学に入れてやろうと思うんだ」
幸子「お父ちゃん」
島子「ほんと、わぁ嬉しい! 広代、良かったね」
広代「お兄ちゃんのような秀才、大学まで行かせなくちゃ国家にとっても大損害よ」
菊さん、当時まだ17か18でまさに女子高生と言う感じだが、既にしっかりした演技力を身につけている。
と、署から電話があり、山内の妻が自殺を図ったと言うことで時実はすぐ病院へ出掛ける。

それと入れ違いに部屋に入って来たのが、高校3年の長男・北男であった。
広代「お兄ちゃん、大学に行けるらしいわよ」
島子「ほんとよ、お父さん、決心したらしいの」
北男「……」
妹たちが兄を喜ばせようと口々にそんなことを言うが、北男はぶすっとした様子で、味噌汁をご飯にぶっ掛けて流し込んでいる。

広代「お兄ちゃん、聞いてるの?」
北男「うるさい! 高校出たら、すぐ働く勤め口を見付けてあるんだ、万年平刑事のおやじの脛を齧って大学なんか行けるもんか」
北男を演じるのは、これまた笑っちゃうほど若い、渡辺篤史の建物探訪でお馴染みの渡辺篤史さん。
さて、幸いにも、山内の妻は発見が早かったのか命に別条はなく、静かに病院のベッドに寝かされている。お腹の子も無事だと医者から聞かされ、時実は我がことのように喜ぶ。

中谷「おい、いい加減に泥を吐いたらどうだ、職安で出会った山内をお前が唆したことくらいこっちにはちゃんと分かってるんだ」
取調室では中谷刑事が遠井を取り調べていた。
彼は遠井が主犯で、山内は彼に唆されて加担したに過ぎないと見ているのだ。
ちなみに私、最初見た時、あまりに昔の作品なので、咄嗟にはこれが中谷一郎さんだと言う確信が持てず、
「ひょっとして井川比佐志さんかなぁ」とアホなことを考えていたのだが、

その向かいに座っている遠井を演じているのが、他ならぬ井川さんだったので思わず吹いてしまったと言うのも今となっては懐かしい思い出である。
よりによって、なんでこんな似たような顔の人を刑事と犯人にキャスティングするかね。
まぁ、良く見れば、全然違う顔なんだけどね。雰囲気がね。
中谷「押し込んだ時、ハジキをぶっ放しのはお前だろう。騒がれてガイシャに怪我させたのもお前だろ。山内はただ表で見張りをしていただけだ。そうだろう、遠井?」
遠井「しかし、旦那、捕まった時ハジキを持っていたのは死んだ山内ですよ」
中谷「バカヤロウ! 足を挫いて逃げられっこねえと思ったお前が山内に拳銃渡してぶっ放させたんじゃねえか。死人に罪をおっ被せようったってそうはさせねえぞ」
遠井「……」
中谷刑事は、警官に発砲したのも遠井の仕業で、遠井はさらに警官に撃たれた山内の手に銃を握らせ、その罪を山内に押し付けようとしているのだと睨んでいた。

北男がコタツの中で寝ていると、妹たちが花束とケーキの箱を携えて帰ってくる。
幸子「まあまあ綺麗なお花、高かったでしょう」
広代「150円。200円だって言ったけど負けさせちゃったの」

島子「広代って心臓よ、このバースデーケーキまで値切んのよー」

幸子「おやおや、お菓子屋さんも大した災難だったねえ。それで負けてくれたの?」
広代「う、うん、ダメなの、あのお菓子屋さん、大したケチンボよ」
島子「ケチンボは広代! バースデーケーキ値切ったりする人、あんたより他にないわよ。顔から火が出るほど恥ずかしかったわ」
そこへ歳末助け合い運動のお金とバザーに出す品物を集めに赤十字の人が来る。
真面目で善人ぞろいの彼らは、へそくりや貯金まで快く差し出そうとするが、それに北男が鋭く異議を唱える。そんなことをしても無駄だと言うのだ。

北男「よしなよ、そんなこと」
幸子「え?」
北男「無駄だよ、母さんのへそくり恵んだってなんにもなりゃしねえよ」
幸子「何にもなりゃしないって……たとえ困った人にお餅の一切れでも食べて貰えれば……」
北男「餅の一切れじゃ世の中良くなりゃしないよ。困ったものの世話は政府がやるべきなんだ。僕たち貧乏人が余計なお節介する必要はないんだ」

幸子「だって、政府が面倒見切れないから助け合い運動ってのがあるんじゃない? そりゃ私たち貧乏よ、でもそれ以上に貧乏な人に出来るだけのことして上げるのが人情ってもんじゃない?」
北男「……」
常日頃から胸に燻っていた思いをいかにも若者らしく理詰めで説く北男だったが、母親の善意の塊のような反論に、背中を向けて黙りこくってしまう。

島子「どうしたの?」
幸子「お兄ちゃんねえ、助け合い運動なんてやめろって言うんだけど」
島子「ま、どうしてなの、
お兄ちゃん?」
広代「呆れたー、お兄ちゃんてヒューマニストだと思ってたのに」
菊容子さんに「お兄ちゃん」とか言われたら、その場で死んじゃうだろうな俺様。

北男「助け合い運動なんか単なるセンチメンタリズムだ。政治の貧困を我々の生活に皺寄せさせるのは御免こうむるべきだよ」
島子「じゃ、寒さに震えてる人や飢えてる人がいても、手をこまねいて見てろって言うの? すべて政治に責任を負わせて黙ってりゃ良いの?」
菊容子さんみたいな妹にこんな風に面と向かってなじられたら、その場で死んじゃうだろうな俺様。
北男「そうだよ、それが出来ない政府なんてぶっ潰してしまえば良いんだ!」
だが北男は死なず、ヤケ気味にそう叫ぶと、部屋を出て行く。

幸子「どうしたんだろうねえ、ぼんぼんぼんぼん当り散らして」
島子「大学の問題よ、きっと、夜間部じゃなくて昼の方に行きたいのよ」
幸子「だって、自分で決めたんじゃないの。少々無理しても昼間の大学行ったほうが良いってお父ちゃんが決めてんのに、自分で働き口まで見付けて来るんだからねえ」
島子「だから余計もやもやしてんのよ。お父さんだってもう年だし、お兄ちゃんだってうちのこと考えない訳にはいかないわ」

家に電話がないので、近くの店の電話から署の時実に電話している幸子と娘たち。
幸子「そうなんですよ、お花を一杯、それからね、大きなお菓子を……」
島子「バースデーケーキ」
幸子「そうそう、その大きなお菓子を買って……」
広代「バースデーケーキ」
幸子「バースデーケーキですよ、ええ、ええ、それからね、島子がねアルバイトで貯めたお金と広代の小遣いであんたまぁ、プレゼントがあるって言うんですよー!」
受話器に顔をくっつけあうようにして、父親に報告している三人。
管理人は、このシーン以上に、
「幸せ」と言うものが端的に表現されたシーンを知らない。

時実「ありがとう、今日はね、病人も落ち着いたし、久しぶりに早く帰ろうと思ってたんだよ。はい、じゃあ楽しみにしてるよ」
渥美清と言えば、反射的に騒々しい寅さん的キャラクターが思い浮かぶが、無論、ここでのキャラは寅さんとは違い、対照的なまでに実直で物静かな男である。
こちらの方が、渥美清の素顔に近い人物像なのではないだろうか。

中谷「時実さん、随分、良い電話だったようだね」
時実「今日はワシの誕生日でね。自分じゃ忘れてたけど、子供たちがお祝いしてくれるそうだ」
刑事「時実さんとこは、子供たちが揃って出来が良いから、羨ましいねえ」
だが、案の定と言うべきか、帰る間際にまたしても一大事が出来し、時実は自分の誕生会に出られなくなってしまう。入院中の山内の妻が、今度は飛び降り自殺をしようとして看護婦に取り押さえられたと言うのだ。

「我が父は暗き夜空の星~♪ 白い銀河のほとり、ひそけく愛は輝く~♪ その光、小さくとも月よりもうるわし~♪ その光、小さくとも月よりもうるわし~♪ 我が父は夜空の星~♪」
そんなこととは露知らず、親孝行な娘たちは父親にささげる自作の歌の練習をしていた。
60年代のことなので、まるで賛美歌のように厳かな歌であった。
ちなみにここでは菊さんが実際にギターを弾きながら歌っているように見える。
聞き終わると、幸子は思わず拍手する。北男も寝転がったまま、悪くないと言う顔で聞いていた。
幸子「ほんとに素晴らしい。お姉ちゃんの作曲も良いけども、まぁ広代ちゃん、ほんとに良くこんな上手い詞作れたわね」
広代「失礼しちゃうわねえ、私、これでも学校では文芸サークルのリーダーよ。お母さんのお誕生日にはもっと素晴らしいの作ってあげる」
幸子「うふふふ、お母さんは良いわよ。月よりも綺麗だなんて言われちゃったら、照れちゃってもう何処に隠れて良いか分かんないもんねえ」

広代「そんなことないわよ、お母さんは我が家の太陽だもん」
幸子「怖い怖い、お正月から小遣い上げてくれってんじゃないの」
母親の言葉に二人がクスッと顔を見合わせた時、7時を打つ時計の音が鳴り響く。
島子「遅いわねえ、お父さん」
北男、がばりと起き上がって料理に手をつけようとするが、妹たちにたしなめられる。

島子「お腹空いてんのあんただけじゃないわよ!」
北男「ちぇっ、一体いつまで待ちゃ良いんだ」
菊さん、渡辺さんより3つくらい下なのだが、妹と言うより、むしろお姉さんのようなしっかり者の印象を受ける。
ふと、広代が思い出したように「でも、うちの兄弟って変わってるわね」とつぶやく。

幸子「何が?」
広代「だってお兄ちゃんが北海道生まれだから北男、お姉ちゃんが鹿児島で生まれたから島子、私が広島で生まれたから広代、みんな何百キロも離れたところで生まれてんだもん」

広代の何気ない言葉に、急に真剣な顔つきになる幸子。
島子「素敵じゃない、北から南まで日本中を歩き回るなんて、お父さんあれでなかなかロマンティストなんだなー」
島子はむしろそれを誇らしげに瞳を輝かせるが、北男は天井を見上げたまま、
北男「何がロマンティストなもんか、あそこへ行けばもっとマシな生活が出来るかもしれない、そう思って這いずり回っただけさ」

島子「まあ、何てこと言うの、這いずり回るだなんて!」
広代「失礼よ、お兄ちゃん!」
妹たちの反発に、北男、再び体を起こすと、
北男「本当のことだからしょうがないじゃないか。その結果がご覧のとおりの万年平刑事じゃ世話ねえや」
後編に続く。