第67話「雪の降る街に」(1967年12月24日)
の続きです。
再び自殺を図った山内の妻を、「早まったことをしてはいけない」と、切々と説いている時実。

時実「折角助かった命なんだよ、それを窓から飛び降りして死のうなんてとんでもないことだよ。そりゃ杖とも柱とも頼む亭主があんな死に方をしたんだ。思い詰めてしまうのも無理はない。でも、もうすぐあなたは一人じゃなくなるんだよ。生まれてくる子供の為にも頑張ってくれなくちゃ困るじゃないか」
妻「刑事さん……お腹の子供、始末したいんです」
時実「何を言うんだ、あなたはもうすぐ母親になるんだよ!」
時実は親身になって山内の妻を励ますが、彼女は、強盗犯の子供として生まれてくる子供の将来を不憫に思い、せめて子供だけでも……と、時実に何度も嘆願する。
時実「バカなこと言っちゃいけない。生むんだよ、生んで幸福に育てるんだ」
妻「いいえ、強盗に押し入って警官に撃ち殺された男の子供を幸せにしてくれるほど甘い世の中じゃありませんわ。それは身寄りのない私たち夫婦がイヤと言うほど味わってきてるんです。お願いします、刑事さん、生まれてくる子供に母親としてやれることは、今のうちに始末してやることだけなんです」
山内の妻の嘆きを見て、時実は、せめて山内の罪を軽くしてやろうと、自ら遠井を取り調べる。

時実「お前が誘って惨めな死に方をさせた山内の女房子供なんだ、な、大手を振って世間を歩けるようにしてくれ、頼む、この通りだ」
遠井「旦那、あっしが主犯で山内が従犯だったといやぁ、山内の女房子供は大手を振って世の中を歩いていける、そう仰るんですかい」
時実「そうだ、頼むから本当のことを言ってくれ」
遠井「ふん、とんでもねえ話だ。主犯だって従犯だって強盗の子に代わりはねえや。大手を振るなんてとんでもねえことだ」
時実「遠井!」
遠井「旦那、私のオヤジはね、たった一度コソ泥をやらかしたために、死ぬまで世間様から爪弾きだった。お陰でこのあっしまでこのざまでさぁ。はっはっはっはっ」
時実「遠井……」
時実は、ありのままを打ち明けて遠井の良心に訴えるが、遠井自身、父親の罪のせいで世間から排斥されてきたと言う苦い経験が、その心を完全に歪ませており、その口を割らせるのは到底無理のようだった。
ちなみにこの二人が、後の「男はつらいよ」のテレビシリーズでは、今回の配役とほぼ真逆のキャラとして共演することになるのだから面白い。
井川さんはテレビシリーズでは、寅の義弟・博役をやっていたのである。
遠井の説得を諦めた時実は、自宅に帰ってしばらく考え込んでいたが、やがて意外な言葉を口にする。

時実「母さん、頼みがあるんだ」
幸子「何ですか、急に改まって……」
時実「うん、もう一人、子供を生んでくれないか?」 幸子「え? もうひとり子供を?」

時実「そうなんだよ、どうしても承知して欲しいんだよ」
幸子「ダメですよ、もう一人、この上、子供だなんて」
管理人、幸子にそんな高齢出産を迫る時実を見て、思わず
「なんと言うドスケベなおっさんだろう」と呆れたものだが、実はこの夫婦における「子供を生む」と言うのは、世間とは全く別の意味が込められていたことが後に判明するのである。
幸子はさすがにこの生活難の上に、新たに子供を育てるのは経済的に厳し過ぎると、夫の申し出を拒絶する。

幸子「お父ちゃんがこんなこと言い出したのはよくよくのことだと思う、でもねえ、今の状態じゃ私もほんとに諦めて貰うより仕方ないのよ」
幸子がふと庭に目を向けると、白いものがちらついていた。

幸子「あれからまあ20年経ちましたねえ、あんたが北男を生んでくれって仰った時から……あの時はほんとにびっくりしましたよ。
私が子供を生めない体だってお医者さんに言われたばっかりの時だったからねえ」

幸子「あんたが北男を生んでくれって言った時も、函館の町は粉雪が降ってましたねえ。うふふふ、まああの時は人様の目を誤魔化す為に随分苦労しましたわねえ。私のお腹に産み月に合わせて、さらしだの色んなものを巻き付けて……」

時実「しかしみんな、かわいそうな女たちだったなぁ」
幸子「私たちの子供だと信じて貰う為に、随分、方々渡り歩きましたわよねえ。北男を生む為に、函館から鹿児島、島子の時はその鹿児島から広島、広代の時は広島から東京と……その度に無理に転勤お願いしちゃって、ね、あなたとうとう、出世の機会なくしましたよね」
時実「私はあの頃も若かった。国民を忘れてしまった政治のひずみを自分ひとりで尻拭いするつもりで、随分、気負っていたよねえ」

幸子「でも、あんな良い子たち授かったんだから、部長や警部には代えられませんよ」
時実「しかし、不思議なもんだねえ、こうして話していてもうちの子供たちのような気がしないんだよ。誰か他の噂を聞いてるような気持ちだ」
幸子「私も時々見るんですよ、陣痛で苦しんでる時の夢、おかしなもんですねえ」
時実「もし私たちの子供にしていなかったら島子たちはどうなっていただろうかねえ。島子を産んだ女は麻薬患者、北男のときは強盗の片割れ、広代の母親は街角に立つところまで追い詰められていた。母親たちの後を追うようなことになっていたかもしれない」 長々と書いてきたが、そう、時実の言う「子供を生む」と言うのは、山内の妻と同じく子供をまともに育てられない境遇の女たちからその子供を、自分たち夫婦の実の子供と言うことにして引き取ることを意味していたのだ。つまり、彼らの三人の子供たちも、実は全く血の繋がりのない赤の他人だったのだ。
彼らが日本中を転々としていたのも、北男が邪推したような目的ではなく、その事実を周囲から隠す為に、やむえず行っていたことだったのだ。
無論、北男たちは自分たちが貰い子などとは、夢にも思っていないのだ。
その夜、幸子は布団を並べて横になっている夫が、なかなか寝付けずに呻吟している姿を見ているうちに考えを変え、もう一人「子供を生む」ことを承知するのだった。

時実は妻の承諾を得ると、早速山内の妻に会いに行き、それが自分たちのことだとは伏せてそういう夫婦がいるのだと言って、ちゃんと子供を産み、産んだ子供をその夫婦の養子に出すことを納得させる。
やがて訪れたクリスマスイブの夜、時実夫婦は子供たちにそのことを率直に告げて、理解を求める。
ただし、今回は年齢的に不自然なので、子供たちには、幸子が産むのではなく、産んだことにして子供を引き取るのだと正直に打ち明けている。

幸子「その子供、おかあちゃんが産んだ子どもとしてあんたたち承知して欲しいのよ。お母ちゃん出来るだけやりくり一生懸命してね、あんたたちにこれ以上不自由かけないから」
時実「お父さんはタバコをやめる。お父さんはどうしてもあの子供をうちの子にしたいんだ。な、お前たちもひとつ力を貸しておくれ。頼む」

広代「おかしいわ、頼むなんて、私、お小遣いなんか一円も要らない。早く赤ちゃんが産まれて欲しい」
時実「広代……」

島子「私、嬉しいわ、こんなに良いお父さんやお母さんを持つことができて」
時実「島子、ありがとう」
だが、二人が説得するまでもなく、善良な両親の薫陶を受けて育った娘たちは嫌がる素振りひとつ見せず、むしろ喜びを見せながら、その提案を受け入れてくれる。

時実「お前も賛成してくれるな」
北男「僕は……反対だな」
だが、長男の北男は、明確にノーと答え、一瞬場が静まり返る。
広代「どうして反対なの、お兄ちゃん」
島子「そんなことは政治の責任だって言いたいの? 言いたければ勝手に言うが良いわ。でもね、私たちはその赤ちゃん、うちの子にするわ。お兄ちゃんに邪魔なんかさせやしない」
妹たちは強く反発するが、北男が反対したのは別の理由からだった。

北男「その生まれてくる子をうちの子にしてしまったらその女の人はどうなるんだ?」
幸子「だってねえ、お前、女手ひとつで……」
北男「そんなこと言ってんじゃないんだ! その子をお母さんが産んだことにしてしまったら、その女の人から永久に子供を取り上げてしまうことになるじゃないか!」
時実「しかし、北男」
北男「僕はね、そんな小細工はせずにその女の人がしっかりした生活の基盤が出来るまで、預かってあげるべきだと思うんだ。勿論、その女の人が望むなら永久にうちの子にしたって良い。しかし、その女の人から母親であることまで奪ってしまうのは親切の行き過ぎだと思うよ」
時実「でもな、北男、お前が考えてるみたいに世の中ってのは甘くないんだぞ。その冷たい風に晒すよりも、世間に知らせずそっとしといた方がその子のためになるんじゃないかな」
北男「世の中の奴らがなんと言おうと、僕たちさえしっかりしていれば、その子を守ってやることが出来るんだ。そのために母さんが産んだことにして世間を誤魔化すなんて間違ってるよ。うちで預かることにするんだな」
北男の筋の通った提案に、広代と島子もたちまち賛成の声を上げる。
広代「お父さん、そうしましょうよ。私たちがスクラム組めば、どんな冷たい風だってへっちゃらよ」
島子「ごめんなさい、お兄ちゃん、私、そんなことまで考えてるなんてわかんなかったもんだから」

時実「しかし北男、その子を預かってしまったら、お前、昼間の大学に行くなんて望みは全然なくなってしまうんだぞ。それでも良いんだな」
北男「そんなこと問題じゃないよ、それより、僕は今夜ほど、お父さんとお母さんの子供に生まれたことを誇らしく感じたことはないよ」 時実「……」
幸子「……」
血の繋がっていない子供にそんなことを言われ、二人は胸が詰まって何も言えなくなる。

北男「ちょっとキザな台詞だなぁ」
島子&広代「あっはっはっはっ」
照れ隠しにそんなことを言って混ぜっ返してから、北男は今から山内の妻を迎えに行って来ると言い出す。
北男「もうすぐ自分の可愛い子供を預けるうちだ、山内さんだって少しでもよく知っときたいだろう」
島子「グッドアイディア、お兄ちゃん、すぐ行って来ると良いわ」
広代「お兄ちゃん、見直したぞ」
北男「こいつぅ、お兄ちゃんだって、お父さんやお母さんの血がちゃんと流れてるんだぞ。根はとっても優しいんだから。あっはっはっはっ」
北男が山内の妻を迎えに行き、娘たちも何かの準備の為に部屋を出て行った後、夫婦は二人だけの思いを込めて互いの顔を見詰める。

時実「お母さん」
幸子「そうです、そうですよ、みんな私たちの血を分けた子供たちです」 親子の情愛の深さに、血の繋がりなど何の関係もないのだと、何度見ても思わず目頭が熱くなるシーンである。

やがて、ギターを抱えた島子と広代が二人の前に戻ってきて、誕生祝いの時に聞かせられなかった、あの自作の歌を歌い始めるのだった。
清らかな娘たちの歌声に耳を傾けているうちに、時実の目には涙の粒が……。
外には森々と降る雪。

最後にもう一枚、菊容子さんの画像を貼って締め括りとしよう。
……以上、コテコテの人情ドラマでありながら、優れたミステリーのような意外性を内包した、見事なストーリーだったと思う。
しかし、書き始めて気付いたが、こう言う真面目なドラマは、レビューするのがとてもつらいのである。長台詞は多いし、その上、ギャグやツッコミを入れられる余地がないし、菊さんにしてもあくまで脇役だから、彼女の画像を貼って楽しむということも存分に出来ないし。
そうそう、余談だが、次の68話には、渥美清の子供役で、ゴーグルイエローの藤江喜幸さんが出てるんだよね。つまり、「魔女先生」で共演している菊さんと藤江さんは、どちらも渥美清の子供役を演じたことがあると言う共通点があったのだ。
ついでに、藤江さんは「魔女先生」では、タコ社長こと太宰久雄氏の息子役である。すなわち、藤江さんは寅さんとタコ社長、両方の子供役を演じたことになる訳で、なかなか凄い子役だったのである。
……と言う訳で、来年からは、本格的に「魔女先生」のレビューを始めたいと思っている次第である。