第24話「陸軍さん許せない!」 作画監督 田代和男
気が付けば、ヤケクソに間が空いてしまいましたが、久しぶりの「はいからさん」のお時間です。
さて、この24話はシリーズ中でも異色の回で、なにしろ、ほぼ、
「ストーリーがない」のである。
言ってみれば、「ドラゴンボールZ」で、(連載に追い付きそうなので)時間稼ぎとして多用される「悟空と○○が戦っている様子を、亀仙人の家のテレビで見ているヤムチャたちの様子が延々映し出されるシーン」だけで構成されたような感じなのだ。
つまり、原作ではたったの1ページにしか過ぎない話を、30分のアニメに拡張している訳だ。
前回、愛する少尉を遠く九州に転属させた張本人があの印念中佐だと知った紅緒が、悲嘆を憤激に変えて、なぎなたを片手に印念中佐のいる陸軍第一師団の官舎に乗り込もうと言うシーンからスタート。
当然、伯爵夫人や蘭子(蘭丸)は必死になって紅緒を引き止めようとする。

紅緒「止めないで! 少尉は悪巧みにかかって九州へ飛ばされるんです。許せることじゃありません」
今回の紅緒は妙に凛々しい顔立ちで、ほとんど男みたいである。
それでも、この作品の作画としてはそれほどひどい水準ではない。良くもないが……。
天丸・地丸を引き連れて、勇ましく屋敷から出て来る紅緒、今度は牛五郎と行き会う。
牛五郎も、相手が陸軍では分が悪いと、尻込みして同行を拒否する。

大通りを闊歩する紅緒と天丸・地丸を、好奇の目で見る通行人。
この、左端のキャラクターだけ、妙に個性的と言うか、その他大勢のキャラとは明らかに違う雰囲気である。
無論、原作にはこんなキャラは出て来ないのだが、作画スタッフのお遊びで、何か別のアニメのキャラでも入れたのだろうか?
紅緒の歩いているシーンと交互に、牛五郎が紅緒のばあや、芸者の吉次、環たち女学校の同級生、及び女学校の先生に会って、紅緒の突撃のことを言い触らして回るシーンが描かれる。
それぞれのキャラに、牛五郎がいちいち同じようなことを説明するシーンが続いて、見ているこっちは実に虚しい気分になる。
一方、伯爵夫人は陸軍師団の紅緒の父・花村少佐に電話する。
伯爵夫人は、忍に紅緒を説得して貰って殴り込みをやめさせようとするが、あいにく、忍は戸山ヶ原へ部下を連れて演習に行っていると言うことで、不在だった。

で、その演習の模様までわざわざ描かれる。
その後、いろいろとどうでもいいシーンが続き、環たちが紅緒の加勢に第一師団に乗り込むと言うことになる。女教師も、急に「軍国主義反対!」などと言い出して、環たちに同行する。
さらに、吉次とその手下たち、ばあや、そして伊集院伯爵、伯爵家の使用人たちまでが第一師団へ向かって歩き出す。
それでもまだ尺が埋まらないので、途中、紅緒が警察に(天丸・地丸のことで)職質されて、一時的に牢獄にぶち込まれる、などと言うシーンが付け加えられる。

結局、紅緒が第一師団にやってきた頃には、既に環たち助っ人が勢揃いして、門の前に列を作っているような状況になっていた。
紅緒「あーら、皆さんお揃いでどうしたんですか、今日は何処かのストライキ?」
吉次「お嬢さん、私たちは殴りこみの助っ人に来ました!」
紅緒「ひえっ、なんですってーっ!」
紅緒、みんなの義侠心に涙を流して感謝するが、彼らまで巻き添えにすることは出来ないと、あえて自分ひとりで乗り込むと押し切り、遂に第一師団の門前になぎなたを構えて立つのだった。
第25話「行かないで!少尉」 作画監督 富永定義
続く25話になって、やっと従来のペースで物語が進み出すが、作画の方は前回と大差ない。
紅緒はなぎなたを振り回しながら、門衛や面会受付の兵士たちを押し退け、印念の名を大声で叫びながら、敷地内をあちこち探し回る。

印念中佐、原作では1コマだけの登場だが、アニメでは例によって必要以上に活躍する。
なぎなたを振り回している紅緒の勇姿にビビリまくり、荷物をまとめて建物から脱出しようとする。
が、既に紅緒が建物の中を歩き回っているのを見て、慌てて便所に逃げ込み、個室の中に隠れて息を潜めて嵐が過ぎ去るのを待とうとする。

一方、紅緒は偶然、白いヒゲを生やした高官、大河内中将と出会う。
印念と違って話の分かる大河内は、紅緒を取り押さえようとも追い払おうともせず、自分の部屋に連れて行く。彼らの声が近付いているのを聞いて、個室の中の印念は再び恐慌を来し、結局トイレからも出て、第一師団から逃げ出そうとするが、

門の外には、依然、伊集院伯爵や牛五郎たちが厳しい表情で居並んでいて、忍を九州に追いやった印念を見るや、敵愾心剥き出しで睨み付けてくる。
で、印念は出るにも出られず、またさっきのトイレに駆け込むのだった。
……なんで、中年男がトイレから出たり入ったりしている姿を逐一見なきゃならんのだ。
紅緒はそんなことは露知らず、大河内手ずから淹れてくれたコーヒーを飲んでだいぶリラックスしていた。
そして、聞かれるまま、印念中佐の所業について大河内に説明する。

大河内「ほー、印念中佐がそのようなことを?」
紅緒「そうなの、あたしだけに恨みを持つのなら当然でしょうけど、でも、少尉には何の責任もないことなんですもの」
大河内「あんたの言うことは分かったが、もう決まったことなんじゃ」
紅緒「もう決まったことでも何でも、このままじゃ収まらないわ! もっと偉い人を出してよ!」
話にならんと金切り声を上げて机を叩く紅緒であったが、たまたま大河内に電話が掛かってきて、その会話から、相手が他ならぬ第一師団長、つまり、この中で一番偉い人だということを知る。

紅緒「大河内……中将? あややっ」
さすがの紅緒も恐れをなしてこっそり部屋から出て行こうとするが、ちょうどそこへ忍が入ってくる。

忍「閣下、失礼します」
大河内「おお、伊集院少尉、待っておった」
忍「申し訳ありません、自分の許婚が大変失礼致しました」
中将の前に立って敬礼を施す忍の顔が凄く変である。

大河内「如何に陰で工作されたこととは言え、このたびの人事はもう決まってしまった。行ってくれるな、伊集院少尉?」
忍「勿論であります、閣下!」
大河内「うむ、いやー、貴様も良い許婚を持ったな、大切にしなければいかんぞ」
忍「はい、ありがとうございます」
大河内「いやー、我が帝国陸軍に将校多しと言えども、緩急に対し、単身陸軍へ殴り込みをかけてくる、これほど男らしいお嬢さんなど、そうざらにいるものではない」

大河内に誉められて、文字通り満面の笑みを浮かべる紅緒。
しかし、「男らしい」と言われて、紅緒が素直に喜ぶだろうか?
ちなみに大河内の最後の台詞は、原作にはない。

と、ここで、急に紅緒が険しい顔になって、

紅緒「カーッ!」
いきなり悪魔超人っぽい目になって、大喝する。

それに続けて、唖然とする忍の顔。
……
はい、何がしたいのかさっぱり分かりません! CM後、遂にシベリア出兵が開始される。
ナレ「大正7年、ロシアの共産主義化を恐れて8月2日に日本が、翌3日にアメリカが、相次いで出兵を宣言した。特に日本陸軍は北方進出のチャンスとばかり、独断的に派遣軍の増援を繰り返した。大衆は、夫や息子たちが戦場に駆り出される不安をひしひしと感じていた」
原作では「革命を圧殺するための干渉戦争」と、もっと露骨な表現が使われている。

そして、伊集院家でも、とうとう忍が九州に出立する日がやってきて、家人は沈んだ表情で忍と最後の食卓を囲んでいた。
伯爵夫人「大丈夫でしょうね、忍さん、あなたまでシベリアに行くことになったら」
忍「大丈夫ですよ、第一陣は名古屋第6連隊からですし……」
伯爵「しかし、お前は伊集院家の一粒種じゃしのう」
忍「おじさいまらしくもない、そんな弱気を」
伯爵と伯爵夫人の料理の皿が、それぞれ横にずれてるんですが……。
その後、原作とは順序が逆だが、忍の見送りに高屋敷など数人の友人がやってくる。
ところが、肝心の紅緒の姿が何処にも見当たらず、総出で屋敷中を探し回ることになる。
で、このシーンがまた無駄に丁寧に描かれていて、うんざりするのである。原作には全く無いのに。

一通り探した後、一階の大広間に集まる人々。

伯爵夫人「念には念を入れたんですか」
蘭子「はい、隅々まで……」
急にアゴが尖る蘭子。
さらに、忍の「紅緒さんが行きそうな場所をみんなで考えてみましょう」と、紅緒の行方を推理する会議みたいなシーンとなる。
案の定、牛五郎→居酒屋、蘭子→あんみつ屋、伯爵→お百度参り、伯爵夫人→千人針、と言う推測に、いちいちその想像図が出てきて、管理人を苛立たせるのであった。
おまけに、伯爵夫人の「街頭に立って千人針を作っている」と言う説に、ナレーターが千人針について説明までする至れり尽くせりの細かさ。
温厚なワシも、そろそろ切れるで……。

などとやっていると、花村少佐が姿を見せる。
忍「あ、お父さん!」
花村「少尉、体だけはくれぐれも気をつけてな」
忍「はい」
忍の「お父さん」に対し、花村少佐の「少尉」はいかにもよそよそしい呼び方である。
ここは「忍君」の方が妥当だったろう。原作では、花村少佐は見送りには来ないんだけどね。

で、やっと忍が、庭の高い木の枝に腰掛けている紅緒を発見する。
忍「紅緒さん! 何をしてるんです、紅緒さん、危ないですよ」
第1話の、忍と紅緒、2回目の出会いのシーンの再現のようになる。

忍「そんなところに登っていないで、さ、降りていらっしゃい!」
この上空からのアングルや、

紅緒「だ、だって、少尉、あたしのせいで九州に行かされて!」
この、正面から見た紅緒の顔など、時々良く描けているカットが出てくるのが、今回の作画の特徴である。

忍も、靴を脱いであっという間に紅緒のところまで登ってくる(註1)。
忍「泣いているの、紅緒さん?」
紅緒「だって、私のせいなんですもの……こんなことになるなんて思っても……」
顔をぐしゃぐしゃにして、激しく自分を責める紅緒。
(註1……忍の瞬間移動は、原作でもややコミカルに描かれている。ぶっちゃけ、原作者が、忍が木を登るシーンを描きたくなかったからであろう)
紅緒とは対照的に、忍はあくまで物静かな笑みを絶やさない。

忍「いいんですよ、そんなこと……僕が選んだあなただから、あなたの受けた運命を僕も一緒に生きていくんです」
紅緒「しょ、少尉! 冗談!」
紅緒、忍の「愛の告白」に、驚きの色を隠せない。
ここの紅緒はやや少年っぽい顔立ちだが、なかなか良く描けている。
忍「好きでしたよ、もうずっと前から……」
続く忍の言葉に、頬を赤くしたり、目をハートマークやサイコロにしたり、百面相状態になる紅緒。
忍「九州と言っても、今ではそんなに遠いところじゃないんですよ。それに転属だってそんなに長いことじゃないかもしれない。学校がお休みになったら是非遊びにいらっしゃい」
紅緒「ええっ?」
忍「そうそう、九州はお酒の美味しいところですよ、球磨焼酎なんかもあるしね……」

紅緒「うんうん、いくいくいく!」
お酒に目のない紅緒、忍の言葉を聞いて途端に目を輝かす。
ここだけ、原作のコマをそのまま写したような絵になっている。

忍「やっと笑いましたね、その方が似合いますよ、ハイカラさんには」

かつてないほど乙女チックな気分になって、目をウルウルさせる紅緒。
そのまま行けば、口付けさえしかねない雰囲気だったが、ふと足元を見れば嫉妬に狂った蘭子が野犬のような唸り声を上げていた。

そして、原作にはないが、蘭子が忍と二人きりで話し、忍が九州に行っている間は、紅緒に対する恋の戦いは「休戦」しますと誓う。
……しかし、もっと前ならともかく、完全に紅緒と忍が相思相愛になってるこの段階で、蘭子がそんなことを言うのはなんか違和感がある。
もっとも、蘭丸が紅緒のことを諦めていないのは事実で、原作でも少し後に、蘭丸が自分の紅緒への気持ちを環に告げるシーンが出て来る。
蘭子「お留守中は僕が命をかけても紅緒さんを守ります。これは男と男の約束です」
忍「……」
蘭子の差し出した手をしっかり握り返す忍であった。

そして遂に、忍が屋敷を出発する時が来る。
忍(紅緒さん、僕がいない間、おじいさまとおばあさまを頼みますよ、それから、天丸と地丸……)
心の中で語りかけた後、忍は「じゃ!」と、紅緒の肩を軽く叩いて友達のところへ挨拶に行く。
原作はともかく、アニメ版では、紅緒と(普通の状態の)忍が顔を合わすのはこれが最後になってしまうんだよね。そう考えると、哀れである。

紅緒(照れ臭くって言い出せなかった。ゆうべ、寝ないで考えたのに……今までつまんない意地なんて張ってごめんなさい、ほんとは私もあなたのことを……好きだったんです。どうぞ一日も早くお帰りになって……あなたが帰ってくるまでに……うふっ、いひひひっ、あたし、うーんと女らしくなっておく!)
見送りの人たちの歓声を背に、忍は紅緒の前から去って行く。
紅緒(どうかご無事で……今度あなたが帰ってきたら、その時こそ私は言うの、だから、どうかご無事で……その時こそ私は言うの、私は心からあなたの花嫁です!)

ラスト、柱に縋って忍を見送る紅緒と、その手前に大勢の不気味な人たちが並んでいるという、前衛的なイラストが出てくる。
なんじゃこれは? ま、全体の水準はタマプロの西城氏や水村氏担当回とは比べものにならないが、そこかしこにアニメーターのセンスが感じられるカットが散らばっていると言う、評価の難しい作画であった。
(C)大和和紀・講談社・日本アニメーション