第23話「きのう天国、きょう地獄」 作画監督 田中英二・西城隆司
前回、忍と吉次とが相思相愛の間柄であると思い込んだ紅緒、吉次と直接会って話そうと、女学生でありながら芸者遊びを行い、吉次を座敷に呼ぶ。
だが、二人の関係は紅緒が想像したようなものではなく、吉次から初めて詳しい経緯を聞かされた紅緒は、忍の人柄に改めて惚れ込み、上機嫌でどんちゃん騒ぎをしたまでは良かったが、金が足りず、身ぐるみ剥がされて蘭子たちと一緒に夜道を歩いて帰る羽目になった……と言うところからスタート。

紅緒「たぁだいまぁー!」
蘭子「紅緒さん、こんな姿見られるとまずいからさ、早くお部屋へ……」
屋敷に帰ってきた二人だが、紅緒はまだベロベロに酔っ払っていて蘭子の忠告など耳に入らない。
なお、今回は作画監督・作画ともに、タマプロの西城隆司氏が担当しておられるので、

前回とはうってかわってキャラクターの顔が活き活きしている。
紅緒「なんら、なんら、もっと飲まなきゃ! あたし、嬉しくって……うっふっふっふっふっ」
蘭子「もー、紅緒さんてばー」
紅緒「固いこと言うんらないの、少尉があんな人だなんて……おまけに」
紅緒は、さきほど「恋敵」である吉次から、忍のお相手として太鼓判を押されたことを思い出し、とめどなく笑いが込み上げてくる。
紅緒「さぁ、乾杯らぁーっ!」
蘭子「もう紅緒さんたらぁ」
よこざわさんお得意の酔っ払い巻き舌しゃべりが死ぬほど可愛いのである!
そこへ如月があらわれて、二人のあられもない格好に目を白黒させるが、

紅緒「わらし、この家の人、だぁい好き! らんら、らんら、らんら……みんなみんな良い人ばかりよーん! 如月さんも大好きよーん」
すっかりハイになった紅緒にキスをされ、

如月「ギャーッ!」
悲鳴を上げるとその場にマネキンのように硬直してひっくり返ってしまうのだった。

だが、そんなことお構いなしにひたすらハッピーな紅緒なのであった。
何度も言うが、西城氏や水村氏の描く紅緒はほんとに可愛い。
……と言う訳で、今回はどうやら「いつもより余計に貼っております!」状態になりそうな予感がする。
ま、書いてる本人がそう言ってるのだから、そうなるに決まってるんだけどね。
紅緒、ふらふらした足取りで忍の部屋に入ってくると、「わーい、あらぁ、世界中で一番良い人!」と、壁に掛けてあった忍の軍服に抱き付く。
忍はまだ起きていて、なにやら本を読んでいた。

忍「ご機嫌ですね、紅緒さん」
紅緒「あれえ、少尉、いたの? ヒック」
忍「どうしたんですか、下着姿で……迫るんならネグリジェの方が僕は好みですよ」
紅緒「ああっ!」
紅緒、忍から珍しくアダルトな冗談を言われ、ハッとして後ろを向く。

忍「冗談ならともかくとして……」
紅緒「だ、誰が冗談! 少尉こそこんな遅くまで何の本、読んでるの?」
忍「ロシア語の本ですよ」
紅緒「ロシア語? ロシア語……」
忍「ロシアで革命が起こっていること知ってるでしょう?」
忍、優しく紅緒をソファのところへいざないながら説明する。

忍「ニコラス皇帝が処刑されて、いまだに内乱が続いているのを?」
紅緒「あ、はぁ、まぁ……」
しつこいようだが、ほんと、この紅緒の顔、好きやわぁ。
毎週こうだと良いのだけれど……。
ちなみに「ニコラス皇帝」と言うのは、ロマノフ朝最期の皇帝ニコライ2世のことで、殺されたのは7月17日のことである。原作では「ニコライ」とロシア風の発音になっているのだが、何故かアニメでは英語風の呼び方になっている。

忍「その内乱を抑える為にアメリカや日本が参戦するかも知れないんです」
紅緒「ええーっ! じゃあ、少尉もロシアに行くの?」
忍「さぁ、東京からは兵は出動しないと思いますが、地理的に見て出動するのは九州とか北陸の部隊でしょうね」
当の忍は大して危機感を抱いているようには見えなかったが、紅緒は、不意に酔いが醒めたように陰影が濃くなってシリアス顔になる。

紅緒「行かないで……」
忍「えっ?」
紅緒「あ、あの、あたしを好きですか?」
窓際に立つ忍に背中を向けたまま、唐突にそんな質問をする紅緒。
忍「紅緒さん!」

紅緒(うわっ! 私、なんてこと言っちまったんだろ! お酒飲んで変になっちゃったんだわ)
紅緒、言った後でギャグ顔になって激しく動揺する。
なお、原作の同じ場面では、紅緒の内心の台詞は、(お酒飲んで
気がふれてるんだわ)と、若干コードに引っかかりそうな表現になっている。

忍「好きですよ」
紅緒「私みたいに粗忽で美人じゃなくてそれで酒乱でもぉ?」
忍「好きですよ」
体中から汗を飛ばしながら聞き返す紅緒に、忍は優しく同じ言葉を投げかける。

紅緒(わぁっ、こんな近くに少尉が……少尉が近付いてくる……)
紅緒、内心では感激して目を潤ませていたが、

紅緒「あっそう! じゃあお休みなさい……」
態度に出しては実に素っ気無い返事をしただけで、そのまま忍の前から立ち去ってしまう。

忍「紅緒さん! あの子、わかってんのかなぁ? 僕は今、愛の告白をしたのに……あの反応のなさ、自信失うよ全く」
取り残された忍は、紅緒の反応に当惑したように首を傾げていた。

紅緒「うーん、変だなぁ、わらし今、何か重要なことを聞いた気がするんだけどなぁ……」
蘭子「あら、紅緒さん、まだそんな格好で」
紅緒「うーん、何を聞いたのか思い出せないよー」
一方の紅緒も、すっかり酔いが回ったのか、自分が忍に何を尋ねたのか思い出そうと必死になっていたが、やがて真っ赤な顔をしてぶっ倒れてしまう。
蘭子「わあ、凄い熱だ。大変だ、誰か来てーっ!」
深酒と忍の愛の告白のせいか、紅緒は高熱を発してベッドに担ぎ込まれる。
メイドたちの会話でそのことを知った忍は、「やれやれ」と額に手をやるのだった。

ぐっすり快眠を貪った紅緒、翌朝、小鳥のさえずりで気持ちよく目を覚ますと、ベッドに起き上がって思い切り伸びをする。
紅緒「良く寝たぁ、ああ気持ち良いわぁ。えーっと、ところで昨日、何があったんだっけ?」
吉次との会話を思い出し、ますます機嫌が良くなる紅緒。

紅緒「そうよ、そうよ、昨日は素晴らしい日だったんだわ! わーい!」
嬉しさのあまりベッドの上でポンポン飛び跳ねてから、

紅緒「あーらせっとー!」
そのままベッドから飛び出し、体操選手のように床に奇麗に着地する。

かつてないほど上機嫌の紅緒は、掃除をしに部屋に入ってきたメイドたちに「はい、この絹の靴下、あげる」と、幸せのお裾分けをするのだった。
ナレ「この当時、ナイロンはまだなく、絹靴下は若き女性の憧れの的だった」
うーむ、今回は作画が良いので、メイドまで可愛くなってる。
紅緒はまた、伊集院伯爵夫妻のところに行き、忍のことを褒めちぎって、二人が近いうちに結婚するかのような印象を二人に与える。
紅緒、学校に行く途中、実家に立ち寄る。
突然の訪問に、花村少佐はまた娘が何かやらかしたのかと心配する。

紅緒「お父様、おはようございます」
花村「お、おい、紅緒、今度はなんで追い出されたんだ?」
紅緒「あーら、よして、今朝は良い知らせで来たんです」
花村「信じられん、何があったんだ?」

紅緒「お父様、私、お父様にお礼を申し上げます!」
紅緒、急にその場に正座すると、畳に手をついて、改まった口調で、
花村「お、おい、紅緒、どうしたんだ」
紅緒「お父様はいつでも少尉のことを信ずるに足る人物だと仰っていましたが、確かに少尉は立派な人だと分かりました。お父様の慧眼、恐れ入りました!」
花村「そうか、じゃあお前、少尉とはうまくやっていけそうか?」
紅緒「はい!」
ここで紅緒、学校に遅刻してしまうとバタバタ行ってしまうが、花村少佐とばあやは、これでやっと紅緒の花嫁姿を見られると、二人揃って紅緒の母親の遺影に手を合わせて報告するのだった。
なかなか感動的なシーンだが、紅緒が朝起きてからの出来事はすべて原作にはないアニメオリジナルのエピソードである。
でも、アニメーションの出来が良いから、いつもと違って興醒めさせられることはない。
CM後、東京上空を飛ぶ複葉機の姿に、「大正7年7月」と言う字幕が重なる。
これは原作そのままの演出なのだが、その前に忍と紅緒の(7月のニコライ2世の処刑についての)会話があるので、(まるでそれまでのシーンが7月以前だったかのように思えてしまうと言う意味で)若干の違和感を拭えない。それは原作も同じなんだけどね。
さて、帝国陸軍第一師団の屯所。
常にアヤヤ、オヨヨなどの奇声を発している大河内中将に呼び出された忍は、いきなり第十二師団歩兵第十四連隊第三大隊第二小隊長への転属を命じられる。
第十二師団は九州の小倉にある。

忍(遠いな……転属か、しかし、何故こんな急に?)
大河内「一週間以内に転属先に向かって出発するように」
忍「はっ」

忍に身にそんな転変が降りかかっているとも知らず、紅緒は女学校でも忍との結婚のことを仄めかし、環たちから手荒い祝福を受け、

紅緒「ありがとう……」
こんな顔になっていた。
紅緒は、結婚の前祝だとばかりに、友人たちを自宅のパーティーに招待する。

士官「おい、九州に転属だって?」
士官「随分と急な話じゃないか」
忍「うん……」
忍が同僚たちと話していると、印念中佐が現れる。

印念「よお、貴様、小倉に行くそうだな、あそこの連中は玄界灘の荒波に揉まれているから東京のお行儀の良い連中と違って猛者揃いだそうだ。華族のお坊ちゃんが何処まで持つかな、はっはっはっ、まあ、せいぜい気をつけるんだな」
印念、「ざまあみろ」とでも言いたげに、いかにも小気味よさそうに笑いながら立ち去る。

士官「イヤミな言い方だな」
士官「どうもあの人は虫が好かん」
忍「まさか……」
忍、ここで不意に、かつて吉次から「印念中佐にはお気をつけて下さい」と忠告されていたことを思い出す。
そう、そのまさかであった。才能と人望がない割に陸軍省に顔の利く印念中佐が手を回して、忍が(近いうちにロシアに出兵する可能性の高い)小倉の第十四師団に転属になるよう働きかけたのだ。その詳しい手口については原作にもアニメにも描かれていないが。
印念(思い知ったか、長髪族、目障りな奴は早いところ消すのが一番だわい、あの女学生もどんな顔をするか……)
印念、ひとりほくそえんでいたが、気がつくと目の前にその女学生の父親である花村少佐が立っていたので、思わずギョッとする。

花村少佐、忍に会いに行き、転属命令のことを尋ねる。
花村「小倉に転属って本当かね」
忍「はい」
花村「そんな馬鹿な! うちの師団から小倉へ転属になるのは君ひとりだ。人事異動など他にありもしないのに」
忍「しかし、さきほど師団長から命令を」
花村「うむ、今朝紅緒から吉報を聞かされたばかりだというのに……なんてことだ」
花村少佐、突然奈落に突き落とされたようなショックを受け、壁に手をつく。
忍「少佐殿、どうしました? お父さん、大丈夫ですか?」

花村「お父さんと呼んでくれたね? お父さんと……なんてことだ」
忍から初めて「お父さん」と呼ばれ、花村少佐は悲嘆と歓喜をこもごも味わうのだった。
この花村少佐と忍のやり取りも原作にはないのだが、そのまま原作に入れても良いような名シーンである。
さて、紅緒、屋敷でパーティーの用意に采配をふるっていたが、忍からの電話で転属のことを知り、当然、足元が崩れ落ちるようなショックを受けていた。

紅緒(行ってしまう、少尉が行ってしまう……そんな馬鹿な、そんな馬鹿なことが……)
この後、落ち込んでいる紅緒に蘭子が、「嬉しいなぁ、僕にチャンスが増えるもんな」と、手放しで喜び、カッとなった紅緒がバケツの水をぶっ掛けるシーンとなる。
それに対し、蘭子は「ひどいよ、紅緒さんだってあいつの顔なんか見たくないって言ってたくせに」と文句を言う。
原作では違和感のない台詞だが、アニメでは既に、蘭子は、紅緒が忍のことを深く愛していることを承知していることになっているので、ちょっと辻褄が合わなくなっている。
一方で、約束どおり屋敷にやってきた環たち(何故か女学校の先生まで来てる)からお祝いされた紅緒がたまらなくなって自室へ駆け込むシーンでは、蘭子が「紅緒さん、かわいそう、もう見てられない」と、紅緒に同情しているので、見ている方はますます混乱してしまう。
無論、パーティーどころの騒ぎではなくなり、友人たちが帰った後、紅緒に父親から電話が掛かって来る。

花村「伊集院君の転属、聞いたろ?」
紅緒「ええ」
花村「そのことでちょっと気になることがあっての、お前、何か印念中佐に恨みを買うことはしなかったか?」

紅緒「印念中佐? 覚えがないけど……印念……あらららら!」
父親に聞かれて記憶をまさぐっていた紅緒、やがて以前、飲み屋で酔っ払って印念中佐といざこざを起こした時のことを思い出し、思わず奇声を発する。
キャプでは分からないが、驚いた紅緒が口の中で舌をレロレロさせるところなんか、実に可愛く描けている。

紅緒「あ、あの、お父様、もしや印念中佐ってさ、らっきょうを逆さにしたような顔で、陰険そのものの目付きをした、加えて富士山型のおちょぼ口に、いやらしいヒゲ、とどめが恐怖の点々眉、でしょう?」
紅緒の説明に合わせて、絵描き歌のように印念中佐の顔がモンタージュされて行く。

印念「きついな~」
イメージの中の印念中佐、ややコミカルな声になってつぶやく。
これは原作そのままの演出。考えたら、このキャラクターとスネ夫を、同じ人が演じていたというのが不思議である。……ま、どっちも陰険な性格ではあるが。

花村「う、我が子ながら描写力が優れておる。ま、そう言った顔の人だな」
紅緒「やっぱり、じゃあ、その人が少尉の転属を決めたって言うんですか? 根に持って」
花村「ま、まあ、そういうこともなきにしもあらずと言う話だが……ところで、こうなった以上、結婚の時期についてだが……」
紅緒「うう、そんなこと言っているばやいではない!」
紅緒、皆まで聞かず電話を切ってしまう。
あんな些細なことをネチネチと根に持って復讐しようとする印念の狭量に遂に怒りを爆発させた紅緒、襷掛けに鉢巻、手にはナギナタと言う勇ましい格好で、印念中佐に因縁(シャレじゃ、笑えよ)を付けに行こうと屋敷を出て行く。

で、最後は特にストーリーとは関係ないが、単行本2巻の表紙に使われているイラストを写したイメージカットとなるのであった。
(C)大和和紀・講談社・日本アニメーション