第38話「馬賊恋しや少尉殿」 作画監督 永木たつひろ
紅緒は、うわさの日本人馬賊の正体が忍かどうかを確かめる為に、取材旅行の名目で牛五郎と共に大陸へ渡り、満州の広野をひた走る蒸気機関車の一隅に座っていた。
と、駅もないだだっ広い荒野のど真ん中で、汽車が急停車する。
何事かと車内は騒然とするが、紅緒の耳に懐かしい日本の言葉が聞こえてくる。

兵士「静まれーっ!」
紅緒「わぁ、懐かしい日本語」
兵士「我々はこの地方の治安を預かっている日本の駐在部隊である。この先の村が馬賊に襲われた。危険なので軍命令によってこの列車を一時停める」
今回は作監が永木のたっちゃんと言うことで、早くも紅緒のアゴが尖りだす。
紅緒(馬賊……ついてるわぁ、こんなに早く馬賊にぶつかるなんて)
普通なら災難だと思うところだが、今回の目的はあくまで日本人馬賊の頭領の素性を確かめることなので、それを聞いた紅緒はむしろ自分の幸運に感謝する。
紅緒と牛五郎は、兵士の制止の声も無視してとっとと汽車から降り、馬賊が現れたと言うその村へ。
さいわい、歩いてもさほど時間の掛からない場所に、城壁で囲まれたその村はあり、紅緒は真っ直ぐ日本軍の駐在本部を訪れる。
最初はけんもほろろに追い返そうとした番兵であったが、紅緒がマスコミ関係者だと知ると急に態度を改め、駐屯部隊の責任者に取り次いでくれる。

兵士「司令官殿、お客様であります。東京から雑誌社の記者が……」
司令官「なになに、取材とな? ほう、この際宣伝にもなることだし、応じても損はないな」
司令室の机に座り、後ろを向いたまま取材を許可する司令官。

印念「遠いところをご苦労、わしが責任者の印念だが……」
紅緒「うわっ」
立ち上がり、既に部屋に通されていた紅緒たちに向き直るが、誰あろう、それは、紅緒や忍と因縁浅からぬ、印念中佐その人であった。

紅緒「印念中佐……」
印念「ほう、良く知っておるな、わしも有名になったもんだ。はっはっはっ、しかし中佐ではないぞ。今は昇格して大佐になったんだ」
しばらく見ないと思ったら、こんなところに転勤になって、おまけに階級が上がっていた。
なんか、シャアみたいな人である。

紅緒「へえ、そうですか、満州に転任になったと聞いたけど」
印念「……? ぬぅーっ! お前は伊集院の許婚のじゃじゃ馬娘!」
紅緒「こんなところでお会いしようとはにぃー」
白い歯を剥き出して、両手をわなわなさせる紅緒。
印念もすぐ相手が誰か気付き、紅緒の恐ろしさを思い出してぶるぶる震え出す。

紅緒(印念! 少尉が死んだと聞かされたときは……)
印念「いや、その節は失礼したね、君、いや、そんな怖い顔を……」
紅緒(殺してやりたいとまで思った。でも……)
愛しい忍と自分を引き離した諸悪の根源である印念を前に、紅緒は腸が煮えくり返る気持ちだったが、雑誌社に勤め出して少しは辛抱強くなったのか、

紅緒「実は満州における日本軍の活躍を取材したいと思いまして……」
過去のことは一切触れず、取材メモを取り出して、おざなりな取材を始めるのだった。
印念「そうか、そうか、いやー、君もなかなか人間が丸くなった」
紅緒の態度を見て、心の底からホッとする印念。
もっとも、紅緒は駐屯部隊の活躍などは興味がなく、すぐ問題の馬賊について尋ねる。
紅緒「それで、相手の馬賊ですが、日本人とかの噂」
印念「うん、ロシア戦線からの逃亡兵と言う噂もあるが、はっきりとはわかっておらん」
紅緒「じゃあやっぱり、その人だわ」

印念「このあたりでは黒い狼とあだなされておる。何故か日本軍の警備している村ばかり襲うんだ」
印念の説明に合わせて、そのイメージが映し出される。
紅緒「じゃあ日本軍に恨みでも?」
印念「かもしれん。我が軍としても手を焼いておる。手口は残忍にして陰険、まったく狼のような奴じゃ」
紅緒「あら、あなたには負けますわ」
印念「なぬっ?」
さりげなくイヤミを言うと、聞きたいことは全て聞いたのでさっさと取材を切り上げようとする。

紅緒「では、ここでお写真を撮らせて頂きます」
紅緒がどこからかカメラを取り出すと、印念、見栄っ張りなので、軍服じゅうに勲章をぶら下げて、ポーズを取る。
しかし、印念、そんなにたくさん勲章を貰うほど、軍人として活躍していたのだろうか?

が、紅緒がシャッターを切ると同時に、牛五郎の掲げたフラッシュが文字通り爆発し、印念は真っ黒焦げになってしまう。

紅緒「まぁ、このくらいの復讐は許されるだろう。えっへへっ」
悪代官と悪徳商人のように顔を見合わせてほくそ笑む紅緒と牛五郎。
この後、銃殺刑になったそうです(註・嘘です)。

そこへ印念の部下が息せき切って飛び込んでくる。馬賊が身代金を要求してきたと言うのである。
印念「馬鹿な、こんな大金どこにあるって言うんだ?」
兵士「しかし、7時までに身代金を届けないと人質の命を保証しないと」
紅緒「人質?」
印念「ああ、村長の娘をさらって行きよった」
紅緒「まあ、かわいそう。身代金出してあげなさいよ」
印念「気軽に言ってくれるな、この不況下にどこにそんな大金があるというんだ?」
印念が渋い顔で言うと、部下が明日支払われる予定になっている自分たちの給料を充ててはどうかと進言するが、
印念「いやー、いかん、あの金を渡したならわしの月給はどうなる? 貴様や兵隊たちの生活はどうなる? いかん、とんでもない」
この給料のくだりは原作にはないが、より印念のセコさを強調するやりとりとなっている。

兵士「あの山に潜んでいることは分かってるんですがねえ」
窓から、視界一杯に連なる山並を指差す兵士。
この画像をじっと見ていると、体が右側に傾きそうになるのは私だけだろうか?
印念「いや、下手に刺激すれば人質どころか我が軍を襲ってくる」

紅緒「あの山の中に……馬賊たちがいる……」
再び紅緒のアゴが尖る。

紅緒「少尉かも知れない人がいる……それが本当に少尉なのか……」
ついでに、イメージの中の忍のアゴまで尖る。
一度、永木のたっちゃんの描くアントニオ猪木の横顔を見てみたいと思う管理人であった。
窓際に立ち、山々を見ながら考え込んでいた紅緒、やがて決然と、自分が村長の娘の身代わりになると言い出す。
それは「虎穴にいらずんば虎児を得ず」と紅緒が言うように、直接馬賊たちに接触してそのリーダーの正体を確かめたい気持ちもあったろうが、村長の娘を助けたいと言う義侠心からでもあった。

と言う訳で、早速、紅緒は印念たちと一緒に、馬に乗って馬賊のねぐらに向かって出発する。
ちなみに、事実は小説よりえなりかずき、いや、奇なりと言うように、当時、「満州お菊」と呼ばれる日本人女性の馬賊のリーダーが実在したそうである。しかも、シベリア出兵の際の慰安婦を経て馬賊になったと言うから、時期的にも設定的にも今回のケースに似ている。
さて、なだらかな山道を進んでいくと、ほどなく馬賊の支配領域に到達する。見張りに人質交換の申し出をすると、ねぐらにいるリーダーはそれを了承、即座に村長の娘を解放してくれる。

紅緒(良かった、これで心配ないわ)
馬賊「おい、代わりの人質こっちへ来い」
印念「では、よろしく頼むぞ」
紅緒は馬を下りると、見張りに連れられて馬賊のねぐらへ。

印念「ふっふっふっ」
だが、それを見送る印念が、薄気味悪い笑みを浮かべているのが気になる……。
紅緒「ねーねー、あんたたちのリーダー、日本人じゃないの?」
馬賊「そうだ」
紅緒「じゃあ、ひょっとして小倉の部隊にいたロシアからの逃亡兵じゃない?」
馬賊「詳しいな、お前」
紅緒「うわー、じゃあ、その人、ハンサムで背が高い?」
馬賊「まあな」

紅緒「やったーっ! やっぱり少尉に違いないわー!」
ねぐらに着く前に、紅緒は自分に銃を突きつけている馬賊から話を聞いて、もう彼らのリーダーが忍に違いないと決め付けてしまい、飛び上がって喜びを爆発させる。
だが、彼らの住処に着くと、紅緒はそのまま独房のような汚い建物にぶち込まれてしまう。

紅緒「ねえ、リーダーに会わせてくれないの?」
馬賊「ばーか、頭が人質なんかに会うか」
紅緒「なんですって、そんなバカな、ここまで来て顔を見ずにおめおめと引き下がれっての?」
一方、印念はそのリーダーと直接会っていた。

鬼島「いいか、7時までに身代金を持ってこないと、これだからな」
あ、鬼島って書いちゃったけど、声(安原義人)を聞けば一発だし、顔もほとんどバレてるようなものだから、いいよね。
そう、紅緒には気の毒だが、リーダーの正体は忍ではなく、忍と同じく行方不明になっていた鬼島軍曹だったのだ。
印念「分かった、必ず持ってくる」
鬼島の迫力にビビりまくりの印念、そう約束して逃げるように帰って行く。
さて、牛五郎、紅緒の身を案じながら駐在本部で待っていたが、帰ってきた印念が、最初から身代金など払うつもりはなく、紅緒を見殺しにするつもりだったと知って怒り狂う。
机を持ち上げて印念に襲い掛かるが、場所が悪かった。あっさり駆けつけた兵士に身柄を拘束されて、紅緒と同じように小屋に監禁されてしまう。

印念「あの小娘、伊集院の一件を勘付いているらしい。馬賊に片付けさせよう。イッヒヒヒヒ」
印念、見殺しと言うより、その絶好の機会を利用して、何かと目障りな紅緒を馬賊たちの手で始末させようと、より一層悪辣なことを企んでいたのだ。

一方、牢獄の中の紅緒。
鉄格子の嵌まった小窓から見える空には、早くも夕陽が傾きつつあった。

その紅緒の目の前を巨大なゴキブリが横切るのだが、

わざわざそれをアップで、その手足や触覚の動きまで細かく再現すると言う、今ではまずありえないビジュアル。

もっとも、紅緒は元々ゴキブリごときを恐れるほど繊細な神経は持っておらず、ゴキブリより雑に描かれた顔でそれを眺めるだけ。
紅緒「あーあー、これじゃしょうがないわ。苦労してやっとここまで来たのに……」
そこで紅緒、思い切って服を脱ぐと、
紅緒「ねえ、番兵さんったらぁ……おなか痛いの、押して下さるぅ?」 スリップ一枚のセクシーな姿になって、精一杯しなを作って見張りの馬賊を誘惑する。
意外なことに、男はホイホイそれに引っ掛かり、何の躊躇もなく扉の鍵を開け、中に入ったところを紅緒に蹴り飛ばされて気絶する。

紅緒「うっははぁっ、ちょっと蘭丸の真似しただけなのに……私ってほんとは色っぽいのね」
変なところで自信を持つ紅緒であった。
もっとも、原作では、その番兵、実は女嫌いで、しかも近視&乱視、紅緒のことも男だと思っていたことが後に判明するのだが。

紅緒「ちょっと大き過ぎたかしら?」
紅緒、その番兵の服を着て、馬賊の一味になりすまして彼らの住んでいる建物へ侵入する。
この、ぶかぶかの服を着た紅緒がなかなか可愛いのである。

酒盛りをしている下っ端たちの目を盗んで、そーっと壁際を歩いて頭領の部屋へ入ろうとする紅緒だったが、真正面から来た男とぶつかってしまう。
紅緒「うわっ!」

ここで、初めてその顔がはっきり描かれるが、紅緒は無論、鬼島の顔などは知らない。

紅緒「ニ、ニ、ニーハオ! ランラン、カンカン! これしか中国語知らんもんね!」
念の為、ランラン、カンカンと言うのは、当時、上野動物園にいたパンダのつがいの名前である。

鬼島「失礼しましたお嬢さん」
紅緒「いいえ、どういたし……あっ、しまった!」
適当に誤魔化して通り過ぎようとした紅緒、「お嬢さん」と呼ばれてつい返事をしてしまい、女であることがバレてしまう。
鬼島「バカモノどもーっ、人質が逃げ出したのに何をしとるかっ」
部下「これはおかしら、どうも気が付かなくて」
部下「すいません、おかしら」

紅緒(おかしら? お、狼ってこの人?)
部下たちの言葉に、紅緒は目の前にいるその男がリーダーだと知り、愕然とする。

紅緒「違う、少尉じゃない、この人じゃない……バカ、バカ、バカ! 顔が違うったらーっ!」
忍が生きているのではと言う望みがあっけなく破れ、紅緒は目に涙を浮かべながら、錯乱したような叫び声を上げつつ、鬼島の分厚い胸板を拳で何度も叩く。
ここ、割とシリアスなシーンなんだけど、なにしろ作監が永木のたっちゃんなので、キャラクターの頭身が小さくなってギャグっぽい絵になっているのが遺憾である。
紅緒は再びさっきの小屋に押し込められると、部屋の隅に積んである藁の山に顔を伏せて、身も世もなく号泣するのだった。

建物の外へ出て、夕陽が沈むのを見ながら身代金が届けられるのを待っている鬼島たち。
しかし、印念は最初から払うつもりがないのだから、いくら待っても来る筈がない。
鬼島の懐中時計が午後7時を差すが、近付いてくる人の気配すら感じられなかった。
鬼島「どうやらおめえさんは見捨てられたらしいな」
紅緒「そんな筈はないわ、身代金が来ないと私、どうなるの?」
鬼島「ふっふっふっ、おめえら、適当に処分しろ」

部下たち「へーい、毎度ありがとうっす、おかしら、頂きまーす!」
鬼島の言葉に、フォークやナイフを手によだれを垂らして紅緒に襲い掛かる部下たち。
これは、言うまでもないが、彼らが紅緒を輪姦することを、その手にフォークやナイフを持たせることで、紅緒を食べると言う寓意に見立てて婉曲に表現しているのである。
そう言えば、「北斗の拳」の8巻か9巻で、ユダの囲っている女性のひとりが顔に傷を負ったとして荒くれの部下たち下げ渡されるシーンがあったが、その後、その女性がどんなスケベな目に遭ったかと想像するだけで、つい股間が熱くなってしまう腐れ外道の管理人でした。

紅緒「あっ……」
紅緒、貞操の危機を迎え……たかに見えたが、

紅緒「そう、簡単に、美味しく頂かれちゃって堪るもんですか!」
あっさり馬賊どもをぶちのめしてその死体(註・死んでません)で京観を作ってしまう。

鬼島、ならばと、自分の部屋に紅緒を連れてこさせて二人きりになると、
鬼島「俺はどっちかって言うとグラマーで美人好みなのだが」
紅緒「な、何する気よ」
鬼島「ま、この際だから、なっ!」
紅緒「うわっ」

言いながら、鋭く紅緒の足を払って紅緒を床に押し倒す。
このままでは、とてもお茶の間に流せないような過激なシーンが展開されるところであったが、

紅緒「あっ……いや、やめて! 少尉、助けて! 少尉!」
必死で抵抗し、泣き叫ぶ紅緒の口から「少尉」と言う言葉を聞いた途端、鬼島が顔色を変える。

鬼島「少尉だと? 少尉と言ったのか、今?」

紅緒「そうよぉ、少尉は私の許婚なんだからぁ、もし乱暴すると承知しないんだからぁ」
起き上がり、泣きじゃくりながら駄々っ子のように声を張り上げる紅緒を見ていた鬼島、パチンと指を鳴らし、

鬼島「そう言えば、おお、見事なチンクシャ!」

鬼島「それに加えて美しいナインペタン!」
紅緒「ううっくくっ」
その後、鬼島は紅緒を椅子に座らせ、改まった口調で話し掛けている。

鬼島「もしや、あんたの許婚と言うのは、伊集院忍少尉殿では?」
紅緒「え、伊集院? あなた、少尉を知ってるの?」
鬼島「元帝国陸軍、第12師団所属、鬼島軍曹であります! 伊集院少尉殿の小隊におりました!」
相手が間違いなく、かつて忍に写真を見せられた婚約者だと分かると、鬼島は急に威儀を正して軍隊式の敬礼をし、自分の名前を明かす。
紅緒「なんですって……」
こうして一転、紅緒を鬼島の客人として下にも置かぬもてなしを受けることになる。

なにしろ列車の中で肉まん喰って以来、一物も口に入れていなかった紅緒、ホッとすると共に食欲が戻ってきて、テーブルに並べられたご馳走に思いっきりかぶりつく。

鬼島「それで伊集院少尉殿を探しに満州まで?」
紅緒「ええ、日本人らしい馬賊がいると聞いて……」
鬼島「人違いだった訳だな」
紅緒「鬼島さん、少尉の行方をご存知なら教えてください。最後まで一緒にいた部下と言うのは、もしやあなたでは?」
鬼島「……」
紅緒の問い掛けに、鬼島は急に険しい顔になり、無言でワインを何杯も飲み干していたが、やがてその脳裏に、忍と一緒に戦った最後の激戦の情景がフラッシュバックし、
鬼島「むごい、むごすぎて俺には話せねえ!」
額に脂汗を浮かべた鬼島が、つらそうな顔で沈黙しているのを紅緒が見詰めている……と言うシーンで終わりです。
今回、作画は可もなく不可もなくだったが、話の進み具合が妙に早く、原作では実に25ページ以上消化した計算になる。
やはり、これを作っている時には既に打ち切りが決まっていて、せめて、残された回数で少しでも話を進めておきたいということだったのだろうか。
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