第7回「愛が欲しい」(1985年5月28日)
前回、うっかり慶子の形見の着物を実の娘(かもしれない)しのぶに与えてしまい、それを知った千鶴子が怒り狂ったのをなんとかなだめようと、自らその着物を焼却炉で燃やしてしまった剛造。つまり、それは形見の着物ではなく、単にそれに似せて作られた着物なのだと言いたかったのである。
第4回で、千鶴子が、しのぶたちの為に仕立ててやった二着のドレスを丸焼きにしていたように、大丸家では、今、焼却炉で服を燃やすのが大流行なのデス。
一旦は剛造の詐術に引っ掛かった千鶴子だったが、すぐ剛造の誤魔化しに気付く。

千鶴子「さっき私は、私を思ってあの着物を焼却炉に投げ込んだお父様の激しさに感極まって泣いたわ。でも冷静になってみるとどうしても納得できないの。見て、慶子お母様の写真よ!」

雅人「……ぷっ」
千鶴子「何がおかしいのよ!」 雅人「いや、まぁ、ちょっと……」
じゃなくて、
千鶴子「お父様が大切にしてるものなの、着物を見て、さっきお父様が燃やしたものと同じでしょ?」

千鶴子「あの着物は新しく買い求めたものなんかじゃないわ。間違いなく慶子お母様の形見よ、それをお父様、嘘をついてまでどうして否定するの? 分からない、私、お父様の心が分からないわ」
雅人「……」
千鶴子「ねえ、教えて、雅人兄さん!」
雅人「……」
さすがに聡明な雅人にも、この時点で、剛造がしのぶのことを実の娘ではないかと考え始めていることには気付けず、無言を貫く。
まぁ、仮に気付いていたとしても千鶴子に言えることではなかっただろう。
一方、しのぶも珍しく、自室のベッドの上でメソメソと泣いていた。しのぶはしのぶで、千鶴子より先にあの着物を着てしまったから、千鶴子が怒っているのだと自分を責め、さらには、何か特別な温もりを感じたあの着物を燃やされたことへの悲しみからだった。
耐子「そんなのおかしいわよ、だって、鈴子さんを通して着物を届けてくれたのは旦那様なんでしょ? 旦那様は何を考えてるのかしら」
しのぶ「分からない、私には旦那様の本当のお心が分からない……」
無論、剛造も娘たち以上の深い懊悩に囚われ、苛まれていた。
その剛造の元へ、余所行きの支度をした千鶴子が来て、刺々しい態度で、さっきの慶子の写真を剛造に返却する。
そのまま出掛けようとした千鶴子に、しのぶが玄関の前で会い、なんとか和解の糸口を探ろうとするが、千鶴子は終始冷たく荒々しい態度を崩さず、
千鶴子「あなたのすることは何もかも気に食わないの! あなたがそこにいるだけで私の癇に障るのよ、耐子さんと一緒にここを早く出てって!」
最後には自分の本心をぶちまけ、飛び出すように家を出て行ってしまう。
千鶴子、友人たちと一緒に六本木のディスコに行き、むしゃくしゃを振り払うように踊りまくっていた。

傍目には、強烈な便意に耐えながら、トイレが空くのを待っている人のようにしか見えなかった。
千鶴子(何故、慶子お母様の着物をしのぶに与えたの? しのぶはお父様の何だと言うの? 何だと言うの?)
そんな苦しそうな千鶴子を、離れたところからじっと見ている連中がいた。渡り鳥連合、別名、「路男と愉快な仲間たち」である。
路男「時々お忍びで現れると言う噂は本当だったようだな」
路男、ずかずかと踊りの中に踏み込むと、千鶴子の手を取り、有無を言わさず物陰へ連れて行く。

千鶴子「また、あなたねえ、私に何の用なの」
路男「遠い昔、俺はあんたに一度会ってる」
千鶴子「くどき文句にしては常識的ね。いつ私があなたに会ったって言うのよ」
路男「あんたが初めて海を見た日だよ……俺とあんたは同じ海を見てたんだよ」
ホールの喧騒をよそに、なにやら深刻な話を一方的に語り始める路男。
路男「抜けるような青い空、真っ白な砂浜、何日も荒れ狂った嵐が通り過ぎたその海はどこまでも静かで、遠い水平線には無数の光のうさぎが飛んでたよ」
千鶴子「……」
ディスコで、ほぼ赤の他人の女の子を掴まえて、朗々と自作のポエムを読み上げる路男の頭の中のキャベツ畑には、モンシロチョウが飛んでいるに違いない。
生まれた時から自分を見失っている路男の暴走は止まらず、
路男「だがその海には、女の悲鳴が凄まじい海鳴りとなって木霊した怒りの海だ。真っ白な砂浜を朱に染めたものは赤い血じゃねえ、血の色をした女の涙だ!」 千鶴子「なるほど」
路男「いや、なるほどじゃなくて……」
千鶴子「何を言ってるのかさっぱり分からないわ」(ごもっとも)
路男の精一杯の詩的表現を、ばっさり斬り捨てる千鶴子。
千鶴子「一体私をどうするつもりなの? 私をものにしようって言うのならやめたほうがいいわ。私は」
路男「大丸コンツェルン総帥・大丸剛造の一人娘、俺が地べたを這いずり回る虫けらなら、あんたは天上に咲く赤い花とでも言いてえのか? 笑わせるな」
いや、むしろ笑わせて貰ってるところなんですけどね……。

千鶴子「あなた、私を憎んでるのね。私があなたに何をしたって言うの? 何故私を憎むのよ?」
路男「悲鳴だよぉぉぉっ!」 千鶴子(やべぇ……)
そのイッちゃった目を正視できず、思わず目を逸らす千鶴子。
路男「今でも海鳴りとなって海を彷徨い続ける女の悲鳴が、俺にあんたを憎ませるんだ!」
もっとも、その「女」は、路男の言葉とは裏腹に、とっくにそんなことは忘れて、裏社会の顔役にのしあがって割りとセレブな暮らしを、今この瞬間、してるんだけどね。
要するに、路男、生まれてこの方、ずっと全力で空回りをし続けているような男なのである。
こんな男に目を付けられちゃった人は、不幸である。

路男、いきなり千鶴子のブラウスの襟を掴み、

引き裂く!
モナリザの、いや千鶴子の汚れなきブラが豪快に露出する!
「乳姉妹」って、前回もそうだけど、割りとエッチなシーンが多いよね。

突然のことに、一瞬固まる千鶴子であったが、

思わず路男の顔をビンタして、胸をかき合わせる。
千鶴子「何するのよ!」
路男「今はいい気になってろ、そのうち必ず天上から引き摺りおろして、泥水をたっぷり飲ませてやる」
泥水好きやねえ。
路男がそう捨て台詞を吐いて立ち去ると、すぐに千鶴子の取り巻きたちが寄って来る。
まなみは、すぐ大丸家のしのぶに電話して、着替えを持ってくるよう頼む。

しのぶの来るのを座って待っていたが、不意に千鶴子は立ち上がる。
まなみ「千鶴子さん、どうしたの?」
千鶴子「私、帰るわ」
まなみ「そんな、今しのぶさんがタクシーを飛ばしてここに向かっているのよ」
千鶴子「外見なんてどうでもいいわ、私は大丸千鶴子なの、虫けらのような男に辱めを受けてこんなところにいられるもんですか」
千鶴子、そう言うと、取り巻きたちの制止も聞かず、人込みを掻き分けて堂々と店を出て行く。
まぁ、服が破れたと言っても、おっぱいが露出してる訳じゃないし、何しろ暗闇のことなので、大して客たちの注意も惹かないのだが。

千鶴子、ブラを出したまま最寄の交番へ駆け込む。
千鶴子「私は……」
警官「痴女かね?」
千鶴子「ちがうっ!」 じゃなくて、
千鶴子「私は南部開発会長・大丸剛造の娘です、今そこのディスコ・クィーンで不良たちに暴力を受けました。即刻逮捕してください」
こんな時にもいちいち親の名前を出すあたり、千鶴子の人間としての卑しさが良く出ている。
と、その直後、着替えを持ったしのぶがタクシーで店の前までやってくる。だが、何故か千鶴子はしのぶに声を掛けようとせず、しのぶは気付かずに店に入ろうとして路男と鉢合わせする。

路男「そーか、あんたが千鶴子の替え着を持ってきたと言う訳か。泣いて逃げ帰るのなら少しは可愛げがあるが、あんたを呼びつけるなんて、なんて高慢ちきな女なんだ」
しのぶ「あなたが千鶴子さんの洋服を破いたの?」
路男「ああ、そうだ」
しのぶ「なんてひどいことをするのよ! 女の洋服を破くなんて男として最低よ!」 路男「男として最低か、あんたにそう言われると、胸の小骨にドスンと来るぜ」
痴 漢が開き直って、なんか訳の分からないこと言ってます。

しのぶ「どう言う訳があるか知らないけど、もう二度と千鶴子さんに乱暴しないで下さい」
路男「そいつは約束できねえな、今夜は洋服で済ませたが、俺は千鶴子の心をずたずたに引き裂くまではやめるわけにはいかねえんだ」
しのぶ「何故そんなにまで千鶴子さんを憎まなければならないの?」
路男「……」
改めて聞かれると、答えに窮し、固まってしまう路男であった。
しかし、まさか「別に……」と、エリカのように答える訳にも行かず、何とか答えを搾り出そうとする。
路男「海……」
しのぶ「海ぃ?」
路男「あの女は俺の海を根こそぎ奪いやがった」
要するに路男は18年前の誘拐事件の際、犯人だった父親を剛造たちに殺された(直接手を下した訳ではないが)ことへの復讐で、剛造を付け狙っているのだが、はっきり言って、それは千鶴子には何の関係も責任もないことではないだろうか。
つーか、千鶴子は田辺夫妻に誘拐されてるんだから、その息子である路男に恨まれると言うのは、誰がどう見てもお門違いであろう。
このドラマを見てて、どうにも納得できないのはその点なのである。
それはさておき、そこへ長田猛たちが現れる。

猛「ここが俺たちの縄張りだと承知で現れたのか」
路男「長田とか言ったな、俺たちはちっぽけなシマに縄張りを持つつもりはねえ、俺たちは渡り鳥だ、好きな時に好きなところへ飛んで行くさぁ」 とてもついさっき痴 漢行為を働いた人の口から出る言葉とは思えないカッコイイ台詞を吐く路男。
さて、ワンパク揃いの双方、ディスコで喧嘩を始めるが、ちょうどそこへ、千鶴子が呼んだ警官たちが到着する。
路男はしのぶに逃げるように言って自分もスタコラサッサと逃げ出すが、

時々見てて腹が立つほど要領の悪いしのぶは、何も悪いことしてないのに捕まり、手錠を掛けられてしまうのであった。

千鶴子は千鶴子で、それを眼前に見ながら、しのぶを助けようともしない。
それどころか、
取り巻き「きっと暴走族の仲間と間違われたんだわ、いい気味ね」
千鶴子「間違いではないわ、しのぶは私を辱めた暴走族のリーダーの友達よ」
取り巻き「ねえ、そのことを警察に知らせてあげたらどうかしら。そうすれば学校は退学、千鶴子さんのお父様だってしのぶさんを見限るんじゃないかしら」
「鰯は頭から腐る」と言うように、千鶴子の取り巻き連中の性根も、いまやすっかり腐りきってしまったようで、学友の危難を助けるどころか、千鶴子に迎合する為にそんな入れ知恵までする始末。

しのぶ「私は暴走族の仲間なんかじゃありません。私を信じて下さい!」
当然、しのぶは取り調べに対して、全面的に潔白を主張するが、それが認められるのは容易なことではないように見えた。何故なら、

彼女を取り調べているのが、露口茂や小林桂樹のような名刑事とは程遠い、いかにも無能そうな刑事だったからである!
このボールペンの持ち方ひとつ見ても、ダメ刑事と言うことが分かりますね。
無能刑事「私たちはお前が暴走族リーダーの情婦だと言う、確かな情報を得てるんだ!」
しのぶ「誰がそんなひどいこと言ったんですか、私は情婦なんかじゃありません」
しのぶ、大丸家に迷惑が掛かると黙っていたが、そこまで言われては仕方なく、自分の素性を明かし、ディスコには千鶴子の着替えを届けに来ていただけだと説明する。
しのぶに言われて刑事が雅人に電話して確認すると、あっさりしのぶの嫌疑は晴れる。

しのぶ「雅人さん、ご迷惑をかけてすみませんでした」
雅人「迷惑なんてことないよ、君こそ、つらい目に遭ったね」
しのぷ「……」
雅人「少し歩こうか」
雅人がしのぶにそんなことを言うのは初めてのことだった。

雅人「こんな時間に街を歩くなんて何日ぶりかな」
しのぶ「雅人さんは、いつも勉強してらっしゃるから」
雅人「勉強することを父や母に期待されてるからね、本当は遊びたい時だってあるんだよ。しのぶさん、僕のこと、かたっくるしい男だと思ってるんじゃないか」
しのぶ「堅苦しいだなんて……でも、雅人さんはいつも緊張してらっしゃるように見えます」

雅人「物心ついたときからの習性なんだ。僕は養子だからね、父が期待するものを見極めて即座に答えなければいけないと思うと、どうしても緊張してしまうんだ」
しのぶ「でも、旦那様も奥様も雅人様を可愛がってくれたんでしょ」
雅人「そりゃあ十分過ぎるほどね。でも、手を伸ばしても届かない一定の距離があったんだ。僕が三つの時、千鶴子が生まれた。父の愛情がいっぺんに千鶴子に向けられたことを幼いながらも感じてね、無性に悲しくて……実の父と母の家に走って行ったことがあったよ」
しのぶ「……」
雅人「僕はずっと孤独だった。ほんとはね……」
しのぶ「雅人さん……」
雅人の口から初めてそんな飾り気のない本音を聞かされ、意外に思うと同時に、その距離がぐっと縮まったようで嬉しくなるしのぶであった。

雅人「……」
しのぶ「……」
少し潤んだ目で見詰め合う二人。
いかにもキスしそうな雰囲気になるが、直前で、しのぶが目を伏せてしまう。

雅人も、まだそこまでしのぶに惹かれている訳ではないので、少し躊躇したものの、結局、手を触れさえせず、しのぶから離れてしまうのだった。意気地なし!
雅人「しのぶさん、千鶴子を許してやってくれよな。千鶴子は君のことを目の仇にしてるけど、僕が必ずやめさせる。千鶴子もいつかきっと心を改めてくれると思うんだ。だから千鶴子を憎まないでくれ」
しのぶ「雅人さん、私は千鶴子さんを憎んだりしません、いつかきっと分かり合える日が来ると思います」
しかし、取り巻きたちの入れ知恵があったとはいえ、自分のことを「暴走族のリーダーの情婦」などと、とんでもない通報をした女と、「分かり合える日が来る」とは到底思えないのだが……。

一方、帰宅した千鶴子は、不自然にも、破れた服のまま着替えようとせず、

千鶴子「しのぶさんが暴走族に頼んで私を襲わせたのよ」
心配してやってきた両親の前で、警察にしたのと同じ出鱈目を並べて、しのぶの評判を地の底まで引き摺り下ろそうと画策する。
……
ね? こんな性根の腐った人と、「分かり合える」わけないでしょ?

剛造「そんなバカな」
千鶴子「お父様は騙されてるのよ、しのぶさんは大人しそうに振舞ってるけど、心の底では私を憎んでるの!」
……ま、憎まれても仕方のないことやってるんだけどね。
千鶴子「私はもう一刻もしのぶさんと同じ屋根の下に住むなんて御免だわ。あの人を早くこの家から追い出して!」
則子「千鶴子さんにこんなことをするなんて、もうこの大丸家に置いとく訳に行きません」
千鶴子「しのぶさんに早くこの家から出て行ってもらって!」
則子も千鶴子の尻馬に乗ってしのぶ追放運動に加担し、千鶴子はまるってきり駄々っ子のようにしのぶ追放を声高に唱える。
結局、まだねんねの千鶴子、父親の愛情を独占したいがために、しのぶを追い出そうとしているだけなのではないだろうか。まぁ、剛造はしのぶが自分の実の娘かも知れないと考えている訳で、千鶴子が危惧するのも分かるような気もするが。
だから、くどいようだが、剛造が採るべき一番良い方法は、しのぶたちを千鶴子の目の届かないところに住まわせ、経済的援助をすること、だったと思う。
そうすれば、しのぶたちもお手伝いとして肩身を狭くして暮らさずに済むし、千鶴子のストレスも大幅に緩和されていただろう。それに、どうせ二人は高3で、もう少しすれば進学なり就職なりして、別々の道を歩き出すのだから。
結局、実の娘かも知れないしのぶを手元に置いておきたいという、剛造のある種のエゴが、このごたごたの全ての元凶と言えるのではないだろうか。
……もっとも、過去の秘密をネタに剛造をゆすろうとしている龍作と言うトラブルメーカーがいるので、しのぶを遠ざけたところで、千鶴子の出生にまつわる秘密が明るみに出て、千鶴子の不良化と言う問題は避けられなかったかも知れないが。
閑話休題、千鶴子が頑張って組み立てた「しのぶ極悪人説」も、しのぶを伴って帰ってきた雅人の明快な説明で、あえなく土崩瓦解する。

剛造「千鶴子、やっぱりお前の誤解だったんじゃないか。今後、暴走族に教われるようなところには二度と近付かないことだ」
千鶴子「お父様、私を辱めた男は田辺路男と言うの、その男は大丸家をひどく憎んでるんです」
剛造「田辺路男? いや、知らんな」

千鶴子「知る筈がないわ、しのぶさんがあることないこと吹き込んで私たちを憎ませようとしてるのよ」
剛造「千鶴子、もうやめなさい」
剛造、千鶴子を黙らせると、あえてしのぶには何も言わず、部屋を出て行く。

則子「しのぶさん、あなたのけなげさにはみんな騙されるけれど、私は騙されませんわよ」
則子は、去り際、しのぶに敵意剥き出しの言葉を投げ付ける。
則子はしのぶが憎いと言うより、しのぶのことで千鶴子が情緒不安定になって、しじゅう家庭内がギスギスするのが、何よりも嫌だったのだろう。
後編に続く。