第37話「いとしの少尉いまいずこ」 作画監督 田中英二・水村十司
残すところ僅かである。頑張ろう。
すっかり雑誌記者が板についた紅緒、今月の特集が歌舞伎と決まったので、蘭丸とのツテを生かして、早速、青江と二人で歌舞伎座に取材に行く。

青江「意外なところに繋がりがあるもんだ、若手歌舞伎役者が幼馴染とはなぁ」
紅緒「まあね、うふふ」
入り口の前に立ち、歌舞伎座の建物を見上げている二人。
ちょうどそこへ、環たち紅緒の学友三人が現れ、紅緒との再会を喜ぶ。

紅緒「今日は歌舞伎見物?」
環「そうなの、紅緒は?」
紅緒「私は仕事、取材なのよ」
環「えらいわねえ」
今回も、タマプロの水村・西城両氏が参加しているので、作画はとても良い。
なんか思っていたよりタマプロの作画担当回って多いんだな。いや、後半になると増えるのかな。
これは原作にないシーンだが、紅緒たちが話している間、青江は挨拶もせず、離れたところに突っ立っているのが、いかにも女嫌いの青江らしくて良い。
二人は真っ直ぐ楽屋へ行き、ちょうど化粧をしていた蘭丸と会う。こちらも久しぶりの再会だった。

蘭丸「紅緒さん!」
紅緒「久しぶり」
蘭丸「紅緒さん……」
じっと紅緒の顔を見詰めていた蘭丸、やがて両目からポロポロと涙を流し、手放しで泣き出す。

紅緒「あらあら、お化粧剥げちゃうじゃない」
蘭丸「だって、だって、紅緒さんに会えたの何ヶ月ぶりだろう。嬉しいんだもん」
紅緒「蘭丸が立派な役者になれて嬉しいわ。随分頑張ったわねえ」
蘭丸「うん、僕、あれから猛稽古の末、やっと遅れを取り戻したんだ。紅緒さんこそ雑誌記者になったんだって」
紅緒「まだ駆け出しよ、今日は取材できたの。あ、こちらは編集長の青江さん」
青江「よろしく」

蘭丸「うっ」
挨拶する青江を一目見た蘭丸、激しいショックを受けて固まる。
紅緒「どうしたの?」
蘭丸「あ、あの人、ひょっとして凄いハンサムでしょう?」

紅緒「あんった、よく分かるわねえ、髪に隠れて見えないのに」
蘭丸「うふ、僕、美に関してデリケートなの」

蘭丸「少尉と言い、僕と言い、どうして紅緒さんの周りはハンサムだらけなんだろう?」
それは、これが少女漫画だからです! 蘭丸「本人は破壊されてるって言うのに……心配だなぁ、あの人」
原作では蘭丸の失礼な慨嘆に、紅緒が「るせー、余計なお世話だ」と反応しているが、珍しくアニメの方でカットされている。
と、そろそろ蘭丸の出番が迫ってきたので、蘭丸は慌てて鏡台の前に座り、化粧の仕上げを行う。
紅緒「ところで今日は何をやるの」
蘭丸「弁天娘女男白波(べんてんむすめめおのしらなみ)」
紅緒「は?」
蘭丸「うっふふ、弁天小僧菊之助の話だよ」
蘭丸、刺青柄の襦袢を取ってくれと紅緒に頼み、それを受け取ると、衣紋かけにかけた着物の裏で、それを着込む。

その後、弟子たちの手でお姫様のような衣装を着せられる蘭丸。
蘭丸「気をつけてよ、紅緒さん、何故かもてるんだからぁ」
紅緒「うっふふ、OKOK、私には少尉しかいないって」

蘭丸(紅緒さん、まだ信じてないんだね、少尉の戦死を……でも忘れないで、どんなになっても僕、紅緒さんのことを思ってる)

紅緒「……」
幼い頃からの付き合いで、お互いを知り抜いている二人、何も言わずとも、見詰め合えばその気持ちは手に取るように分かるのである。
原作では、蘭丸の独白は、実際に声に出して紅緒に語られているのだが、アニメの様に心の声にしたほうが正解だったと思う。
なお、くどいようだが、蘭丸がつぶやいていたように、この世界では、蘭丸たちはハンサムで、紅緒はチンクシャ(不美人)と言うことになっているのだが、この二枚の画像を見る限り、まったく説得力のない設定である。
やがて拍子木の乾いた音が響き、舞台の幕が上がる。

紅緒、ひとりで楽屋に残って物思いに耽っていたが、ふと、自分が手にした布切れこそが、刺青柄の襦袢だと気付き、一挙に青褪める。
紅緒「うわーっ!」
紅緒、慌てて舞台袖へ飛んで行き、舞台にいる蘭丸に知らせようとするが既に遅く、

蘭丸「しらざあ言って、あ、聞かせやしょう……弁天小僧菊之助たぁ、俺の……」
有名な決め台詞を放ちながら、パッともろ肌脱ぎになって刺青を見せた……つもりの蘭丸であったが、客席からドッと笑い声が聞こえてきたので、キョトンとする。
蘭丸(ここは笑う場面ではない筈……うっ、お父さんのらくだのシャツ!)
ここでやっと、紅緒がとんでもない間違いをしていたことを気付く蘭丸であった。
しかし、普通、着替える時に気付くよね?(意地悪)
紅緒、とことん芝居や劇場と相性が悪いようで、序盤のオペラと言い、この歌舞伎と言い、紅緒がそういうところに行くとろくなことが起きないようだ。アニメの終盤にも、蘭丸に無理を言って歌舞伎のエキストラとして参加しているが、そこでも大失敗をやらかすことになる。
さて、
ナレ「大正8年、インフルエンザ、通称、スペイン風邪が大流行、15万人が死亡した」 と言うナレーションのとおり、この年(正確には1918~1919年)はスペイン風邪が世界規模で猛威を振るった年でもあった。
世界全体で推計2500万人、日本でも38万人あまりが亡くなっており、それは、日清・日露戦争の戦死者の合計を上回る数字であった。
有名人も多数犠牲となり、いつか言ったと思うが、劇作家の島村抱月もそのひとりで、大正7年の11月に亡くなり、2ヵ月後の大正8年1月に愛人の松井須磨子がその後を追って自殺したと言うニュースは、広く世間の関心を集め、原作でもその後追い自殺について言及していると思われる台詞も見られる(時期的には矛盾しているが)。

紅緒の通っていた跡無女学館でも、罹患者が続発し、出席しているはほんの一握りの生徒だけと言う状況だった。
……って、とっくの昔に学級閉鎖になってると思うが。
少ない出席者の中には環もいたが、おもむろに立ち上がり、
環「先生、もうすぐ卒業式だというのに風邪で一ヶ月も二ヶ月も長期欠席する人ばかりですけど、出席日数が足りなくても卒業できるんでしょうか?」
教師「う、はい、規定どおりですと大部分の人が卒業できませんがー、本年は特別の計らいによって卒業を許可します」
環「だったら私たち、お願いしたいことがあります。実は……」
環が何をお願いしたのかは、すぐに分かる。
この学校での一連のシーンは全てアニメオリジナルなのだが、華族のお嬢様である環が、こんな状況下で登校しているのはどう考えても変である。環の両親が、スペイン風邪が大流行している最中に、学校などへ行かせる筈がないからである。
それはさておき、紅緒がいつものように社に行くと、一人を除いて社員は風邪で休んでいた。
そのひとりから、青江からのメモを渡される紅緒。それには、他でもない跡無女学館へすぐ来るようにと言う指示が書かれていた。
紅緒、てっきり何かの取材だと思って、久しぶりに学校へ行ってみる。
その門前に立って、初めて、今日が卒業式だと言うことを知る紅緒。
学校に未練はないつもりの紅緒であったが、さすがに、自分だけ卒業証書が貰えないのかと思うと、憂鬱な気分になるのだった。

紅緒が学校に入ろうと正面の石段を上がり掛けると、環たち級友、牛五郎、さらには父親の花村少佐までもが、紅緒の前に走って集まってくる。
紅緒「お父様、どうしたの」
環「紅緒、早く早く、早く着替えるのよ」
紅緒「えー?」
環「急がないと卒業期が始まっちゃうじゃないのよ」
紅緒「卒業式? え、私が?」
花村「そうなんだ、本年は出席日数も足らんものも卒業させて貰えることになった」
紅緒「だって私、退学届けを」
環「そんなもん撤回させたのよ」
花村「青江編集長にお前を学校へ寄越すように電話しといたが、それで来たんだろう?」

紅緒「うわー、そうだったの、そういうことだったの……」
紅緒、代わる代わる事情を説明され、友人や父親、さらには青江たちの温かい思い遣りに涙ぐむ。

こうして、制服の袴姿に着替えた紅緒は、諦めていた卒業式に出席することがかなったのだった。
アニメのお約束だが、青い髪の女学生がいるぞ。

父親と同じ声の校長から卒業証書を授与され、涙をこぼして喜ぶ紅緒。
紅緒(少尉、卒業できたのよ、今日の晴れ姿を見せたかったわ)
しかし、パッと見、感動的なシーンではあるのだが、そもそも紅緒、学校自体別に好きでもなく、おまけに出席日数が全然足りないのにスペイン風邪の特例のどさくさ紛れに卒業できただけなので、涙ぐんで喜ぶようなことでも、そんなに誇らしく思うようなことでもないと思うんだけどね。
式の後、学校の中庭で、しっかり手を握り合って別れを惜しんでいる紅緒と環。
こうして紅緒は名実ともに女学生時代に別れを告げたのだった。
春、満開の桜並木の下を紅緒が身も心も軽そうに、くるくる回っている。

紅緒「ああー、うっふっふっふっ、春、4月、うふ、卒業しちゃったーっ」
この、紅緒が髪を揺らしながら回るアニメーション、最高だ!
続いて、桜並木の道を風のように駆け抜ける。

紅緒「なんか、いいことありそうなー!」

紅緒「うふっ」
この紅緒の顔、最高だ!
なんでDVDやブルーレイのパケに、こっちの顔を使わないのか、理解に苦しむ。
走っているうちに、当然のごとく思い出されたのは、第1話での紅緒と少尉の運命的な出会いの場面であった。初対面の少尉の印象は、最悪だったが……。
紅緒(あれから一年、少尉はいない……そうだ、私はいたずらに感傷に浸っていられる場合ではない)
げっ、そう言えば、まだ会ってから一年しか経ってないのか。
長いことレビューしてるから、劇中でもなんか3年くらい経ったような気がしていたのだが。
感傷を振り切り、またキャリアウーマンとしてバリバリ働き始めた紅緒。
ある日、出社すると、三人の社員が集まって何やら熱心に話している。
ちなみに風邪はみんな治ったようだが、実際には、この年の春から秋に掛けての流行で、日本で最もスペイン風邪の被害が出たのである。

紅緒「何の話ですか」
社員「うん、満州の馬賊なんだがね」
紅緒「馬賊? ああ、馬に乗ってるかっこいい集団のこと?」
なんでも、満州のとある馬賊の首領が日本人で、しかもシベリア出兵の脱走兵らしい。
それだけならまだしも、それが、小倉十二師団歩兵大隊の将校だったと聞いて紅緒は愕然とよろめく。
紅緒「まさか……」

紅緒「少尉が……いいえ、可能性はある。行方不明になった人、そんなに多くはないんだもの」
真っ白に塗り潰されたさきほどの桜並木を、ひとり歩く紅緒。
桜がまるで雪のように舞って美しいのだが、これは、シベリアの雪原をイメージしているのだろう。
紅緒、その馬賊の首領こそ忍に違いないと、勝手に決め付け、

次の場面では、早くも青江に辞表を提出している。
紅緒「行きたいところがあるんです」
青江「旅行かね」
紅緒「満州です」
青江「満州? 日本から流れ込んだならず者がうようよいるところだぞ。女の身でそんなところへ行ってどうしようと言うんだ?」
紅緒「あの、編集長にお話しても分かって頂けそうにありません」

青江「随分とまたこき下ろされたもんだなぁ、えっ?」

紅緒「だって、編集長は大の女嫌い、従って恋もしたことのない朴念仁で到底分かってもらえないと……あっ、すいません」
相変わらず、モデル並みにスタイルの良い紅緒と青江。
青江、紅緒の失礼な言い草に別に腹も立てず、しみじみとした口調で、
青江「意外だなあ、あんたから恋なんて言葉を聞こうとは……いいから話してみな、案外分かるかも知れんぞ」
と言う訳で、紅緒は忍のことを一部始終、青江に話す。

青江「なるほど、要するに戦死と伝えられた婚約者が生きてるかもしれないと言うんだな?」

紅緒「こ、これは私の女としての発言ですからクビにしてもらうより手はありません」
青江「クビに?」
紅緒「だって、この会社にいる間は、自分を女だと思うなと言う条件でしたから」

青江(女の身で必死に職を探したのも男並みに働いたのも恋しいフィアンセゆえか)
なんか、誰か別の人の手で頭を押さえられているように見えるが、

カメラが引くと、それは青江自身の右手だったことが分かる。
青江、しばらく考えていたが、やがて決然と、
青江「ようし、満州への出張を命じよう!」
紅緒「へ、へ、編集長!」
青江「あんたねえ、その、へ、へ、へってどもるのやめてくれないか。気分が悪くなるんだ」
紅緒「あ、すいません」
青江「ま、あんたみたいな女はその婚約者に死なれでもした日には、一生行かず後家になっちまうだろうからな。行って来ーい」
憎まれ口を叩きつつ、根は優しい青江、紅緒に満州への出張を命じてその希望を叶えてやるのだった。

と言う訳で、早くも紅緒は、牛五郎を共にして満州へ旅立つことになる。
紅緒「おじいさま、おばあさまには内緒にしてね、もし人違いだったらお気の毒だから」
如月「はい、雑誌の取材旅行と申し上げておきましょう」
出発の際、紅緒は如月にそう頼んでいたが、例によって伯爵夫妻は紅緒の目的を既に知っていて、知らないふりをしているのだった。
で、次のシーンでは早くもフェリーの上に立っている二人。
恐らく、下関まで列車で、下関から関釜連絡線で、ひとまず朝鮮半島に渡っているのだろう。

ナレ「満州とは現在の中華人民共和国東北部のことである」
ナレーターが簡潔に説明するが、現在の感覚では、そんなに簡単に行けるようなところではないのだが、当時の日本は、朝鮮半島および台湾を植民地にしており、満州にも日露戦争などで得た様々な権益を持っていたので、外国に行くというより、現在の我々が沖縄や北海道に旅行に行くような感じで行けた……のだろうか? その辺は全然知識がないので、パスポートが必要だったのかどうかも分からない。

紅緒「わっ、すごい、地平線が見える。ひろいなぁ大陸は」
続いて、蒸気機関車の中の紅緒。
紅緒の台詞から、既に彼らは朝鮮半島を北上して通過し、満州に入っていることが窺える。
(あるいは、直接、大連に上陸し、そこから長春経由でハルビンに向かっているのかもしれない)
当然、彼らが今いるのは、有名な南満州鉄道、通称「満鉄」の路線の上だろう。
さて、汽車の中で、紅緒たちは金髪のロシア人女性と出会うが、彼女こそ、忍ことサーシャ・ミハイロフ侯爵の妻であるラリサであった。
紅緒がラリサの連れとも会っていれば、マンチューリまで足を伸ばす必要もなかっただろう。

だが、紅緒たちは、とある駅で乗り換えのために降り、結局、ミハイロフ侯爵には気付かないまま別の汽車に乗ってしまう。
紅緒(もうすぐマンチューリ、もうすぐ少尉に会える)
紅緒の台詞から、彼らがいる駅はチチハルあたりだと思われるが、はっきりしない。
しかし、南から北西に向かっている紅緒たちと、逆に北(すなわちシベリア方面)から南東の朝鮮半島、あるいは日本を目指しているラリサたちが、同じ列車に乗り合わせるというのは少し変じゃないか?
別々の列車でチチハルに到着し、プラットホームで擦れ違った……と言うのなら分かるが。

とにかく、走り出した夜汽車の中、並走している車両に愛しい少尉がいるとも知らず、紅緒は一路、マンチューリを目指すのだった、と言うところで「つづく」。
(C)大和和紀・講談社・日本アニメーション