アニメ「はいからさんが通る」 第35話「美しき嘘」
- 2018/07/03
- 18:18
第35話「美しき嘘」 作画監督 富永貞義
深夜の伊集院伯爵邸。
如月が正面玄関に自ら鍵をかけている。
経費節約の為、使用人たちを全員解雇したので、メイド頭の如月ひとりの肩に伊集院家のほとんどすべての家事がのしかかってきて、一日が終わると如月はクタクタになるのだった。

自分の部屋に戻ろうとして、如月、紅緒の部屋から明かりが漏れているのに気付いて覗いてみる。
見れば、紅緒、机に突っ伏して眠り込んでいた。
なお、如月の足元に広がっているのはクソでかい布団のように見えるが、恐らく絨毯のつもりであろう。

如月(紅緒様は学校の宿題とお家の仕事と二人ぶんのご苦労を……せめて私に出来ることはお手伝いしてあげねば……)
疲れ切って熟睡している紅緒の寝顔を見ているうちに、如月はそんな使命感に駆り立てられ、机の上にあった着物と裁縫道具を抱えて静かに部屋を出て行く。

紅緒の女学校の課題である着物を、疲れた体に鞭打ち、夜なべをして代わりに縫ってやる、まるで母親のような姿からは、当初紅緒を目の仇にして追い出してやろうとしていた意地悪な如月の面影は片鱗も窺えないのだった。

翌朝、小鳥の声で目を覚ました紅緒、いつの間にか着物が縫い上げてあるのに気付き、驚く。
紅緒「誰がやってくれたのかしら? おばあさまかな、如月さんかな?」

翌日、いつものように牛五郎の人力車で、矢車模様のはかま姿で屋敷内の小道を走っていた紅緒であったが、途中で止めさせ、座席におおいをかけてから、その上でモダンな洋装姿にチェンジする。
牛五郎「また学校さぼろうってんですか?」
紅緒「学校なんて暢気に行ってる場合じゃないでしょ。働かなくっちゃ。就職探しよ」
……と紅緒は言うのだが、既に前回、吉次から紹介状を貰っているのだから、「就職探し」と言う表現は少し変である。
原作では、紹介状を貰ったその足で冗談社へ行っているので、当然、上記のようなシーンはない。

紅緒、牛五郎に町まで送ってもらうと、アドレスを頼りにごみごみした裏通りに入り、その一角のみすぼらしい雑居ビルに、こんな看板がかかっているのを発見する。
「冗談社」と言うのが、「講談社」のもじりであることは言うまでもない。

紅緒「どうなってんの、このドア……開かない!」
寒々とした階段を上がって、「冗談社」と書かれたドアのノブを掴み、渾身の力で押したり引いたりするが、何故か全然動かず、遂にはその剛力でドアを引き剥がしてしまう。

ドアを担いだまま中に入り、責任者らしい長身の男に話し掛ける。

紅緒「あの、ごめんください」
青江「なんだね、君は?」
紅緒「あの、ドア外しちゃったんです」
青江「なに、あのドアを開いたのか?」
紅緒「あ? あ、は、はぁ」
青江「ははーっ、ははははははっ……」
それが、原作では後半の主役と言っても過言ではない青江冬星との出会いであった。
青江の声は、「ルパン三世」の五右衛門の声でお馴染み、井上真樹夫さん。
忍にも匹敵する美男子で、紅緒も本気で結婚しようとしたほどの魅力的なキャラクターであるが、あいにく、アニメ版ではろくに活躍する間もなく番組が終わってしまう。

青江はとりあえず、外れたドアを元通りに直す。
青江「これはこうして横に開ける」
紅緒「なんか、変わった出版社みたい……」
そのドアは、ノブこそついていたが、引き戸だったので、いくら押しても引いても開く筈がないのだった。
青江「ところで何の用かね、カフェの集金なら今日は都合が悪い」
紅緒「ああ、花乃屋吉次さんの紹介で……その就職に」

青江「なにぃ、就職? 女の分際でか?」
紅緒「ええっ」
青江、紅緒の言葉を聞くなり、態度を硬くさせる。

青江「断る! 俺は男を紹介しろと言ったのだ。女ごときにさせる仕事はない」
紅緒「失礼だわ、女だって立派に仕事はできます。現に私の亡くなった母は、女性記者でした!」
頭からそんな断り方をされては、紅緒も引き下がっていられない。
しかし、いきなり明らかになった紅緒の母親の職種だが、さすがにちょっと不自然ではないだろうか。
母親は紅緒が幼い頃に亡くなっているのだから、当然、花村少佐と結婚する前のことだろう。だとすれば、20年くらい前の話だろう。この大正8年の時点でさえ、女性記者が珍しかった時代である。1900年初頭、すなわち明治30年代に、女性記者をやっていたなどと言うのは、いかにも嘘っぽく聞こえる。
ちなみに、だいぶ前、環が引用した平塚らいてうの「元始、女性は実に太陽であった~」と言う有名な言葉が載っている「青鞜」が発刊されたのが、明治44年である。
仮に、紅緒の母親が記者だったとしても、そもそも、旧弊な花村少佐の性格からして、そんないわゆる「新しい女」と結婚しようと思っただろうか?

青江「とにかく、俺は徹底した男尊女卑なんだ。従って女は雇わん、帰れ!」
青江、斜めになりながら紅緒を追い払おうとする。
紅緒「なによ、女、女って馬鹿にしてぇ!」
青江「お前に構ってる暇はない。俺は忙しいんだ」
紅緒「ははーん、分かった」
青江「ドキッ!」
紅緒「要するに恐れてんのよねえ、女に仕事が出来るとなると男の権威は失墜すると思ってねえ」
青江「な、なんだとぉっ!」
紅緒「なぁによ!」
さすが紅緒、初対面の、まだ互いに名前も知らない相手に本気で口論を始めてしまう。
もっとも、青江が女性を寄せ付けないのは、男尊女卑と言うより、母親に対する根強い不信感が原因で女嫌いになっていたことが(原作では)後に分かる。
と、机の上の電話が鳴る。

青江「なに、牛込で主婦が、米屋を打ち壊した? 誰か……ようし、女」
紅緒「え」
青江「お前、試しに取材して来い。見事記事を取ったら、採用してやる」
青江、何を思ったか、紅緒に「米騒動」の取材を命じる。
口で言っても聞きそうにないので、実際に痛い目にあわせて諦めさせようとしたのだろう。
紅緒は小躍りせんばかりに喜んで、さっさと取材に向かう。しかし、女学校の成績オール1で、劇中で勉強や読書をする姿などほとんど見せたことのない紅緒が、何の訓練もなしに記者になること自体、かなり無理があると思うんだけどね。
紅緒が出掛けた後、他の三人の編集者たちも、女性に「米騒動」の取材など無茶だと危ぶむ。
ちなみにクレジットでは、彼らには「鉢巻」「眼鏡」「和服」と言う、「見たまんま」の名前が付けられている。

さて、牛込では、主婦を中心にした群衆が、米屋の前に集まって、一揆でも起こしそうな殺伐とした雰囲気で、溜め込んでいる米を出せと叫んでいた。
ナレ「折からの不景気に大正7年8月から米価高騰、庶民の怒りは米騒動となり、全国で70万人が騒動に参加した」
と、永井一郎が言うとおり、「米騒動」が起きたのは大正7年の7月から9月にかけてである。しかるに、現在は大正8年であり、明らかに時期が合わない。
そもそも、米価高騰には紅緒と忍の運命を大きく狂わせた「シベリア出兵」が大きな要因になっているのだから、実際は、忍がシベリアに行っている間に起きていないとおかしいのである。
しかし、それを描こうとすると紅緒の就職を前倒ししなければならなくなるので、やむなく、原作者は史実を無視して、大正8年の出来事としたのだろう。
しかし、女性記者である紅緒が、「米騒動」を取材していると言うのは皮肉である。
何故なら、主婦層を中心に起きたこの全国的な騒動(10万人以上の軍隊が派遣され、逮捕者2万人以上、2人が死刑、12人が無期懲役となっている)に当局は神経を尖らせ、後に高等女学校令を改正して、お上に逆らうことのない従順な女性の育成により一層努めるようになるからである。
学校教育は社会批判などを知らない「無学な低級者」を育てなくてはならなかった。生徒を新しい女にしてはならなかった。(清水孝著・「裁かれる大正の女たち」より)

紅緒「あー、これが打ち壊しかぁ」

紅緒「あの、どうしてこういうことになったんでしょうか」
主婦「どうしたもこうしたもないだろう、戦争に金がかかって国内が不景気で、みんなが困っていると言うのに、米屋の奴らと来たら、米を押さえて値を吊り上げようって言うのさ。米倉には米が唸ってるって言うのに……」
紅緒の質問に、理路整然と答えてくれる主婦。
紅緒、とりあえずその話をメモしていたが、主婦の子供たちが腹を空かして泣いているのを見て、例によって正義の血がふつふつと滾ってくる。

で、荷車に丸太を二本括りつけて即席の衝車となし、
紅緒「力を合わせて、門を破るのよ!」
群衆を扇動し、なおかつその上に乗っかって米屋の頑丈な門に激突させてぶち破り、米蔵に雪崩れ込むのだった。
更に、ほどなくやってきた警官隊から主婦たちを守ろうと、警官の顔面にドロップキックなどをかましたりする。

青江「はい……こちら冗談社……はぁ、うちの記者ですか? なにぃ、打ち壊しに参加して捕まった?」
警察からの電話を受けた青江、驚きのあまりギャグ顔になる。
青江、すぐ警察に引き取りに行く。紅緒はあっさり釈放されるが、実際にそんなことをやってたら、とてもそれくらいでは済まなかっただろう。
それにしても、前にも書いたけど、少女漫画のキャラクターでこれだけ何度も警察の厄介になる人もいないだろう。アニメ版では、これで3度目になるかな?
警察署から出て来た紅緒を、大勢の庶民が感謝の眼差しで出迎えてくれる。

主婦「お嬢様、お陰さんで子供たちにご飯を腹いっぱい食べさせてやれました」
あの主婦も、紅緒に感謝の言葉を捧げる。
ちなみにその右側にぬぼーっと立っている老人、明らかにボケている。

紅緒「うふ」

真っ正面から礼を言われ、紅緒のほっぺが赤くなる。
赤面の、前衛的な表現技法である。
再び編集室。

壁には、冗談社の冗談のような社訓が貼られている。
いかにも大和和紀さんらしいシニカルな文句である。
青江、紅緒が困っている人たちを見てられなくてついカッとなってしまったと弁明しているのを聞いて笑っていたが、不意に真剣な口調で、

青江「記者は常に冷静な客観性を失ってはならん。それでなきゃ記者は失格だ」
紅緒「どうせ私はおっちょこちょいです。さよなら!」
青江の言葉を「不採用」と取った紅緒、青江が呼びとめるのも聞かずにさっさと出て行ってしまう。
紅緒、途方に暮れながら町を歩いていたが、青江が走って追いかけてくる。

青江「まったく君って人は、女とも思えん!」
紅緒「イヤミを言う為に追いかけてきたんですかー」
青江「そうじゃないよ、君のその激しく対象にのめり込む気性に俺は賭ける。もしかしたら君は二人といない個性的な記者になれるかも知れん。自分が女だと言うことを忘れられるか。うん、あんた?」
紅緒「え、ええ」
青江「俺のところで働く気なら、女扱いはしない。それでいいか?」
紅緒「……」
青江「採用だ。俺の名は青江冬星、よろしく頼む」

紅緒「ええーっ? あはははっ嬉しいーっ!」
青江「ぎゃおうっ!」
嬉しさのあまり、紅緒、いきなり青江の体に飛びつく。
青江、実は極度の女性アレルギーであり、女性に触られるとジンマシンが出ると言う、難儀な体質の持ち主なのだった。
恐らく、またジンマシンが出てしまうと焦ったのだろうが、何故か、紅緒に限ってはアレルギーが発症しないことが後に判明する。
よって、ここでは、単に公衆の面前で抱きつき、抱きつかれて、周りの通行人の注目を浴びた二人が気まずい思いをするというだけで済んでいるのだが、その通行人と言うのが……、

……

……
あの、スタッフの皆さん、労働条件が死ぬほど厳しいのは分かりますが、もう少し真面目に描いて貰えませんかね?
ともあれ、青江と別れ、(とうとう自分の道を見つけちゃった!)と、叫び出したいような喜びに包まれて、紅緒は家路を急ぐのだった。
ストーリー的にはこれで終わりにしたほうがいいと思うが、最後に、サブタイトルにも書いてあるような小エピソードが付け加えられる。
紅緒が外出中、伊集院家に女学校の担任の先生から電話が掛かってくる。
如月が受けたのだが、それによると、紅緒は最近全然学校に来ず、このままでは卒業も危ないと言うのだ。

ちなみに、教師の持っている出席簿がチラッと映るのだが、紅緒の苗字がまだ結婚してないのに既に伊集院になっているのは、明らかに変である。
如月や伯爵夫人たちは、その電話で紅緒が学校に行くふりをして家計を助ける為に働いてるのだろうと察する。
だが、彼らは自分たちに余計な心配をかけまいとしている紅緒の気持ちを慮って、自分たちも知らないふりをして紅緒に接しようと決意する。
夕方、紅緒は行きとは逆に途中ではかま姿に着替え、何食わぬ顔で玄関のドアを開ける。

紅緒「ただいまー、あの、放課後、クラスメイトとテニスをしていたので遅くなってしまって……」

伯爵夫人「ではすぐにお風呂にでも入って夕御飯をたくさん召し上がるのですね」
紅緒「あ、はいっ」
就職したなどとはおくびにも出さず、伯爵夫人にありもしない学校生活のことを話す紅緒と、それを知りながら自然体で聞いている伯爵夫人。
互いが互いのことを気遣い、ついている、これが「美しき嘘」なのだった。
ちなみに原作では、紅緒は別に就職したことを隠していないので、このくだりは最初から存在しない。
そもそも原作では忍の死後(生きてるけど)は、一切学校のシーンはなかったと思うが、アニメ版では妙に拘り、この後も卒業式などがわざわざ描かれることになる。
やっぱり、いくらフィクションでも女子高生を中途退学させるのは、当時としては教育上よろしくないという配慮があったのだろうか?
なお今回の作画は、タマプロの西城・水村氏とは比較にならないが、シリーズ全体の平均からすれば、まだマシな方である。
(C)大和和紀・講談社・日本アニメーション
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