※この記事は、以前のブログに書いていたものを再編集したものです。
おやおや、またお会いしましたね。毎度お馴染み「美女シリーズ」のお時間です。
今回紹介する
「浴室の美女」は、1978年1月7日放送の、シリーズ第2弾。
原作は「講談倶楽部」に昭和5年(1930年)7月号から、昭和6年(1931年)5月号にかけて連載された「魔術師」である。読者からの圧倒的な支持を得た快作「蜘蛛男」に続く作品と言うことで、乱歩の通俗長編の中でもテンションが高く、世評も高い。自作に厳しい乱歩も、
「やや纏(まとま)りがよいものの一つ」と控え目ながら評価している。
だが、率直に言わせて貰えば、管理人、乱歩の通俗長編の中ではこれが一番嫌いである。
理由は、以前レビューした時に詳しく書いたが、要するに動機が不自然過ぎること、なにより、ラストの犯人の扱いがあまりにひどいことである。
だから初読以来、ほとんど手に取ったこともなく、今回のレビューを書く為に、実に10数年ぶりくらいに通読したほどである。
で、あくまで流し読みだが、やっぱり面白くない。面白くないと言うか、好きになれない。明智のやや浮わついたキャラや、子供じみた小ずるいやり口(犯人の自殺をあくまで阻止するとか)に、改めて嫌悪感を覚えた。
……って、まあ、あまり書く前にくさしてもあれなので、この辺にしておく。
ただ、それを下敷きにしたこのドラマでは、管理人の溜飲を下げてくれるかのように、原作とは異なり、犯人に対して人間らしい配慮がされている。だから、逆にこのドラマ版は、シリーズの中でも特に好きな作品として記憶に刻まれている。
残念なのは、まだ2作目と言うことで正味70分(90分枠)ちょっとしかないこと。そのせいで、かなりストーリーが急ぎ足で進むのが、いささか物足りないのだ。ミステリーの肝である密室トリック(○○○少年でも使われていた)も、綺麗さっぱり省略されている。
まず、予告編から。
ハイライトシーンに、明智の台詞が重なる。
「私に挑戦しようと言うのか、お前は何者だ? 不気味な笛の音と共に、連続殺人事件の始まりだ。謎を残す花びらに埋もれた死体がひとつふたつ、見えない犯人の笑い声が私を嘲るように暗闇に響く。どこまでも逃げる敵を私は追い詰める。しかし妖しい魔術のトリックで敵は私の手をすり抜けようとする。私を取巻く美しい女たちは敵か、味方か? 江戸川乱歩の不思議な世界に皆様をご案内しよう。
私、天知茂、探偵の中の名探偵、明智小五郎! この難しい事件を見事に解き明かし、意外な犯人を暴いてご覧に入れます。江戸川乱歩の『魔術師』より、『浴室の美女』、御期待下さい!」
わおっ、天知茂って言っちゃった。
そして、本編。
いきなりコレである。 一瞬でテレビの前のお父さんたちのハートを鷲掴み。同時に、子供たちが茶の間から追い出される様子が目に浮かぶようだ……。
もっとも、この尻はヒロインの夏樹陽子さんのものではなく、名もない脱ぎ女優さんのものである。

そして夏樹さんの入浴シーンに、タイトルが重なる。
誰だって、夏樹さんのヌードが見れるものだと思ってしまうじゃないか。
OP後、ホテルの階段を優雅に降りてくるその夏樹さんの姿に、明智のナレーションがかぶさる。
明智「その女の名は玉村妙子、東京の富豪の娘である。そのゆるやかな足取り、そしてスプーンを持つ手の動き、その瞬きひとつに、気品の中に不思議な美しさを撒き散らしていた。その妖しいまでに神秘的な美しさは一体何処から生まれてくるのであろうか?」 榛名レークホテルのラウンジで、妙子(夏樹陽子)に熱い視線を送っている明智さん。明智さんも、珍しくひとりで休暇を楽しんでいるところなのだ。

湖畔を散策していた妙子、靴の踵が取れて困っていると、近くからその様子を窺っていた明智が、
「待ってました!」とばかりに駆け寄るのだった。
それがきっかけで、一緒にお酒を飲み交わすほど親密になるふたり。
妙子「お仕事、何してらっしゃいます?」
明智「何でしょう? 当てて御覧なさい」
妙子「普通のお仕事じゃないわね、人を探したり、謎を解いたり……」
明智「ほぅーっ、こりゃ驚いたな、そうです、私は探偵です」
妙子は、自分には未来のことを予知する力があると言う。
「私は、ますます妙子に心を奪われるようになった」と、率直に吐露する明智さん。
その後も、ホテルの前の湖でボート遊びをしたりして、まるっきり恋人気分。
明智「あなたに会えて良かった。週末まで、滞在を延ばすことにしましたよ」
妙子「なんだか、二、三日前にお会いしたとは思えないわ。でも、もうお別れね」
明智「えっ、帰るんですか」
妙子「ええ、また妙な予感がしてきたの……東京から叔父様に呼び戻されるような……」
原作にも同じようなシーンがあるが、原作の明智は、妙子に惹かれて行く自分の気持ちに気付くが、
「おいおい、しっかりしろ、お前は何を甘い夢を見ているのだ。(中略)お前はもう四十に近い中年ものではないか。それに妙子さんは由緒正しい大資産家の愛嬢だ。お前のような一文なしの浪人ものに、どう手が届くものか」 と、やたら謙虚と言うか、卑屈なのである。
ちなみに原作では、ボートを遊びをしている時も、妙子が連れてきた進一と言う10才の少年が一緒である。進一は、玉村家の実子ではなく、玉村家で養われている孤児であるが、妙子が弟のように可愛がっているのだ。ドラマには出てこない。
さて、二人がホテルに戻ると、妙子の予感が当たったか、叔父の福田(妙子の父の弟)から電話がある。
福田氏は、殺害を予告するような、奇妙な数字の通告が来ていると怯えた様子で話し、妙子にすぐ来てくれるよう懇願する。
妙子は一笑に付すが、結局東京へ戻ることになる。
妙子「先生、近いうちにきっとお目にかかれるような気がしますわ」
明智「是非それも当たって欲しいですね」
東京に戻り、叔父の家に来ている妙子と、弟の一郎(志垣太郎)。
そこには波越警部たちの姿もあった。
……って、最初気付かなかったけど、これが荒井注の波越警部の記念すべき初登場シーンなんだよね。1作目は恒川警部(稲垣昭三)だったから。

波越「あと1日って意味かな」
田村刑事「これが今朝、郵便受けに入ってたんですね」
福田「明日の朝になれば、0が来ますよ。どうか私を守って下さい、お願いしますよー」
波越「まだ、事件が起こった訳でもないしねえ」
福田「警察は私が殺されるのを待ってると言うんですかっ」
いかにも気のない波越の言葉に、声を荒げる福田氏。
彼は原作同様、妻も子もなく、甥と姪に当たる一郎と妙子を頼りにするほかないのだった。
なお、原作では、玉村には一郎の他に二郎と言う息子がいる。また妙子は彼らの妹になっている。
ドラマの一郎は、原作の一郎と二郎のキャラを足したような感じである。
波越「どうですか、民間の専門家に警備でも頼んだら?」
妙子「明智先生……」
波越の言葉に、反射的につぶやく妙子。
波越もそれを耳にして、「明智君、ご存知ですか?」と朗らかな笑顔になる。
妙子「レイクホテルで一緒でしたの。とても良い方で、親しくさせて頂きましたわ」
波越「そりゃ偶然だなぁ、あの名探偵と私は親友でしてね、私がちょっとここ薄いもんだからね、いや、中身の話なんですけど、いつも知恵借りてるんですよ、あの男なら最適だわ」 プライドの微塵もない警部の発言に、福田氏や一郎はいささか呆れ顔である。

波越警部の紹介で、福田氏から事件を依頼された文代さん、まだ榛名湖でくすぶっている明智さんに電話する。
原作では、言うまでもなく、「魔術師」の娘として文代さんが初登場することになっているが、ドラマでは、「魔術師」の娘は綾子と言う、まったくの別人として設定されている。
明智「とても静かでねえ、のんびりしてるよ。変わったことはないかい?」
文代「ないと言いたいんですけど、波越警部がいらっしゃってましてね、手伝って欲しいと……」
明智「だめだめ、こちら命の洗濯中だ。断ってくれ」
珍しく、仕事よりプライベートを優先させる明智さん。
だが、電話に出た波越警部の口から妙子の名前を聞いた途端、明智の態度が一変する。
明智「なにっ、妙子さん?」
たちまち前言撤回し、依頼を受ける明智さん。
原作でも、「蜘蛛男」事件を解決したばかりで、働きたくないとだだをこねるが、妙子さんの名前を聞くや否や、
「ええ、よござんす」 と、豹変する姿が描かれている。
妙子、明智が午後8時に上野駅に到着すると、叔父たちに知らせに来る。
屋敷に留まっていた田村刑事(宮口二郎)は、それをしおに引き揚げようとするが、不安でしょうがない福田氏は、屋敷に泊まってくれと、強引に口説く。
田村が一郎に寝室へ案内されていったあと、福田氏は隠し金庫を開き、5億円はするという大粒のダイヤを自慢げに見せる。福田氏は、犯人はそれを狙っているのではないかと警戒していた。
妙子は依然、いたずらに過ぎないと楽観的で、上野へ明智を迎えに行く。
その明智に、見知らぬ若い男が話しかける。
男「明智先生ですね。福田家からお迎えに参りました。車はあちらです」
明智「ありがとう」
明智は何の疑いも持たず、車に乗り込むが、いきなりクロロフォルム的なものを嗅がされ、意識を失う。
明智にしては珍しい迂闊さだった。
明智と出会えず、妙子は駅から波越警部に電話する。
妙子「そちらにいらしてませんか? 明智先生の姿見当たらないんだけど」
波越「いやぁ、こっち(署)には寄りませんよ。事務所の方へ行ったんじゃないですか」

その夜、1時を過ぎた頃、邸内に奇妙な笛の音が流れる。
一郎も田村刑事も、怪しんで廊下へ出てくる。笛の音がやんだ後、妙子も2階から降りてくる。
なんとなく気になって一郎が福田氏の寝室をノックして呼びかけるが、いくら呼んでも反応がない。
慌てて妙子が鍵を取りに走る。時ならぬ騒ぎに、召使たちも起き出して集まってくる。
鍵を開けて踏み込むと、ベッドの上に福田氏の体が仰向けに倒れていた。その体の上に、たくさんの白菊の花がばらまかれていた。
一郎「叔父さん、叔父さん……はっ!!」
福田氏の体に近寄った一郎、思わずのけぞる。
それもその筈、福田氏の首が、無残にも切り落とされていたのだ。
しかも、首が何処にも見当たらない。
さらに、隠し金庫が開けられていて、昼に妙子が見せて貰った5億円のダイヤもなくなっていた。
この辺は、ほぼ原作どおり。
ただし、原作では、密室状態に加え、現場に残された手形から、7尺(212センチ)もの大男が部屋にいたと推測されると言う、不可解な状況設定がされている。
ドラマでは、進一少年がいないこともあり、この密室トリックは全く問題にされていない。要するに、親しいもの(犯人)が福田氏に中から鍵を開けさせ、殺害後、合鍵で外から鍵をかけたと言う無味乾燥な解釈で片付けられている。
悲嘆に暮れる妙子。
妙子「明智先生、どうして来て頂けなかったんですか?」
翌日、現場検証を終えた後だろう、波越警部と田村刑事が車で移動している。
波越「全くひどい、あんなひどい現状見たのは初めてだ」
田村「犯人はあすこにダイヤがあることを知っていた人間でしょう。宝石関係を洗いましょう」
波越「ダイヤ盗むだけならあんな残酷な殺し方をする訳ないだろう。菊の花を散らしたり、横笛吹いて死者を弔うようなことしたり、手が込み過ぎててさっぱり分からない。こりゃ明智小五郎の領分だな」
田村「どーっしたんですかねえ、明智さん、昨日のうちにホテル出てるんですがねえ」
ちょうど、沿道の川べりに大勢の人だかりが出来ている。波越は車を止めさせ、何事かと覗き込む。

波越「なんだね」
警官「水死人です!」
宮口二郎さん、貫禄あり過ぎ。どう見ても波越より偉そう。
それはともかく、
それこそ、紛失した福田氏の生首だった! 板に首を乗せ、獄門舟と言う高札のようなものまで添えられてあった。
首はすぐ引き揚げられ、人が入れそうな台の上に乗せられる。
知らせを聞いて、妙子と、その父親で、福田氏の兄の玉村善太郎が駆けつける。
玉村「間違いありません、弟の福田得二郎です」
波越「福田さんは生前否定してらしたんですけども、誰かにひどく恨まれていたと思うんです。何かお心当たりありませんか」
玉村「得二郎は母方の福田姓を名乗っていましたが、実の兄弟に違いありません。人から恨まれるようなことはしてませんよ!」
登場人物の名前は、文代→綾子、ミサオ→ミサコ(後述)になっている以外は、ほぼ原作そのままである。
妙子、父親の肩にすがりながら、
妙子「警部さん、明智先生は一体どうなさったんですか?」
波越「それがねえ、行方不明なんすよ。何処へ潜ってるのか全く連絡がないんですわ」
その明智さん、やっと意識を取り戻し、自分が全く見覚えのない部屋にいることを発見していた。
一方の壁にはベッド、反対側の壁にはたくさんの仮面が飾ってあった。
どうやら、船の中らしい。
明智さん、とりあえずドアに向かって歩こうとするが、いつの間にか鉄の鎖が足首に巻きつけられていて、つんのめりにそうになる。

明智が目覚めるのを待っていたように、チャイナ服を着た可愛い女の子・綾子(高橋洋子)がスープを盆に載せて入ってくる。
綾子「お目覚めになりました?」
明智「ここは船の中ですね。あなた誰です? 今日は何日ですか」
綾子「……」
明智「何も言うなと言われてるんですね?」
綾子、小さく頷いて、「ひとつだけお教えします。丸一日眠っておられました」
明智「そう、すると17日の夜か……」
綾子「さ、あったかいうちに飲んで下さい」
明智、一口スープをすすってから、「足が痛んだけど、この鎖外してくれないかな?」
綾子さん、反射的に「はい」と、鍵を取り出してしゃがみかけるが、やっと気付いて「駄目です!」
この天然ぶり、萌えるわぁ。
明智、にっこり笑ってスープを下に置くと、猛然と綾子に飛びついてその鍵を奪い、鎖を外そうとする。
が、ピストルを突きつけられ、
綾子「待って! 逃げられません。お願い、あたしを困らせないで!」 綾子は哀願するように叫ぶと、逃げるように部屋から出て行く。
が、我らが明智さんは少しもめげずに、今度はスーツに隠していたヤスリを取り出し、鼻歌でも歌うようにのんびりと足首にはめられた鎖を削り始める。
原作では、数時間かけてやっと鎖を切断したと思ったら、「魔術師」の手下が入り込んできて台無しにしてしまうのだが、ドラマでは即座に覆面をつけた二人の男が入ってきて、ヤスリを取り上げてしまう。
明智「おかしいな、誰か見張ってるな」

明智、立ち上がると仮面で埋め尽くされた反対側の壁に近付き、ひとつひとつ丹念に見て行く。

その中のひとつの仮面の前で立ち止まり、凝視していたが、やがて低い笑い声を上げる。
明智「いやぁ、どうも誰かが見張ってると思ったら、君だったのか」
明智の言葉に、その白いピエロの仮面が歪む。そう、人間が顔だけ出して仮面のふりをしていたのだ。

奥村「やっと分かったようだね。だが、名探偵・明智小五郎にしてはちょっと遅過ぎたようだね」
明智「遅過ぎる? それじゃ、君はもう福田さんを?」
奥村「ああ、もう首と胴とを別々にしてしまったよ。ところが俺の仕事は始まったばかり。俺には先祖から伝わった大使命がある。俺はこの50年間、その使命の為に計画してきた。ただ一番怖いのは君だ。この世の中で俺と真正面から戦えるのは君だけだ。
その君が登場しそうになったので、ここへ来て貰ったと言う訳だ」
「魔術師」こと、奥村源造を演じるのは、名優・西村晃さん。
しかし、「登場しそうになったので」と言う台詞は、ちょっと辻褄が合わない気がする(後述)。原作のように、福田氏自身が明智に依頼したいと言い出した訳ではないからね。
それにしても、乱歩の作品には、30年とか40年とか50年とか、非常識な年月を費やして復讐事業を企む犯罪者がたくさん出てくる(原作では、50年ではなく40年だが)。
なお、このドラマはかなり原作のシーンを省略されているので、
50年もかけてこれだけなの? と言う物足りなさが拭えない。

奥村「俺の親父はそれはそれは残忍な方法で殺されたんだ。だから俺はそれ以上の残酷なやり方で復讐してやるんだ。復讐こそ、俺の生涯をかけた大事業なんだ」
明智「私は君に挑戦するよ。私の知恵と、君の50年の陰謀のどちらが勝つか、試してみようじゃないか」
明智さん、そんなこと言ってないで、そこから奥村の顔面を思いっきりパンチしてれば、それで事件解決してたような気がしないでもない。
奥村は、別に明智の命を取るつもりはないようで、しばらくここで大人しくしてくれと頼むが、明智はあくまで脱出してみせると断言する。
奥村「これほど言っても分からんのか!」
奥村、態度を硬化させ、顔を引っ込めて代わりの仮面で穴を塞ぐ。
そして、部下と綾子を引き連れドアから入ってくる。
奥村「俺がどんな怖い男か、見せてやる」
奥村、ハンカチでピエロのメイクを落として素顔になると、そのハンカチをぐるぐる振り回し、一匹の蛇に変えてしまう。
明智「君は魔術師かっ」
奥村「これくらいは序の口さ」
続いて、そばにあったアフリカ現住民風の盾を構え、その後ろからさっきの覆面の部下のひとりを出現させる。
明智「お見事だよ」
奥村「おい、準備は出来てるか」
部下「大丈夫です」
奥村「綾子、寝て貰いなさい」
綾子「はい」
覆面男が、ピストルを押し付けて明智をベッドに戻す。

ここで、綾子が鎖の鍵を持った手で明智の肩を叩き、注意を向けさせる。
で、明智の足首の鎖を、割と堂々と外してしまうのである。さすがに奥村たちが気付かないというのは変である。
奥村は麻酔薬の入った注射器を持って明智に近付くが、寸前で、綾子がランプを叩き割り、室内は真っ暗になる。
明智は部下たちの手を振りほどいて脱走を試みる。
船上へ出ると、手近の荷物を海へ投げ捨て、奥村たちの注意を反らす。

物陰に潜んでいると、綾子が背後から現れる。
綾子「しばらくじっとしていて」
明智「綾子さんと言ったね、どうして私を助けるんだ?」
綾子「父にこれ以上罪を犯させない為です。私、あの男の娘なんです」
明智「えっ」
だが、すぐ奥村たちに見付かってしまい、明智は咄嗟に海へ飛び込む。
奥村たちは水面に銃を撃ちまくる。

で、例によって明智さんの死亡記事が新聞に躍る。
見慣れた光景だが、1作目「氷柱の美女」では明智さん死んでないので、シリーズではこれが初めてになる。
沈痛な面持ちで記者会見を開く波越警部。
波越「本日午前10時、明智小五郎氏が東京湾月島海岸に水死体となって発見されました。遺体には銃弾を受けた跡があり、(中略)私と明智君とは、知能指数において月とスッポン、太陽とナメクジほどの差がありますが、この10年来、彼とは親友の付き合いをして参りました。ここで彼を失ったことは、誠に悲しみに耐えません」
「ブーッ! 失礼」 最後に派手な音を立てて鼻をかむ波越警部。以降、定番のギャグとして多用される。
ちなみに今回は、波越警部も明智が生きていることを承知で、偽装に協力している。
シリーズ全体では、明智ひとりで死んだふりをして、波越も知らなかったと言うケースが多い。
2作目にして早くも明智を喪い、悲しみに沈む文代さん。
今回は小林少年もおらず、ひときわ寂寥感が強い。
そう言えば今回、まだ二人は顔を合わせてさえいないんだよね。
と、チャイムの音がして、妙子が花束を抱いて現れる。
文代「あたし、明智の助手の文代です」
妙子「私が、先生にあんなお願いさえしなかったら……申し訳ありません」
文代、黙って首を横に振る。

妙子、明智の
ブロマイドみたいな遺影に目を転じ、花を供え、手を合わせて冥福を祈る。
妙子「あなたはこれからどうなさるの?」
文代「まだ残務もありますし……あたし、先生が亡くなったなんてどうしても信じられないんです」
妙子「でも、ご遺体とお会いになったんでしょう」
文代「見ない方がいいって、波越警部が……それより妙子さん、先生に代わってこの仕事、私に調査させて下さい」
妙子「それは駄目、相手は明智さんに打ち勝つほどの恐ろしい力を持った犯人ですもの」

文代「でもあたし、きっと犯人を探すわ。先生の仇を討つわ……」
健気な決意を語りながらも、女の子だもん、つい涙声になってしまう文代さん。
妙子「あなたって先生思いなのね」
文代「先生……」
その後、事件の舞台は、妙子たちの住む玉村家の屋敷に移る。
立派な時計台が目を引く広大な西洋館であった。
原作ではずばり、「幽霊塔」(涙香の小説から)とあだ名されていると言う描写がある。乱歩が涙香に傾倒していて、「白髪鬼」や「幽霊塔」などの翻案小説まで書いているのは周知の事実。
朝食の席で、主人の玉村氏が、一郎と妙子を前に、数枚の紙切れを手に怯えた声を上げている。
(ドラマの)時間的余裕がないので、既に彼の元へ数字のメッセージ(一日ごとに数字が減っていく)が何枚も届けられたことになっている。
そこへ、牛原と言う得意先の資産家から電話があり、素晴らしい宝石が手に入ったので、玉村一家をディナーに招待したいと言ってくる。それどころではない玉村氏は「いずれ日を改めて……」と電話を切る。
家政婦の佐伯さんが朝刊を持ってくるが、今度は大きな「2」がその中に仕込まれてあった。
一郎「誰だ、こんなもの貼ったのは……まさか佐伯さんじゃ?」
一郎、咄嗟に家政婦に疑いの目を向ける。
佐伯「とんでもございません。あの、私はただ、音吉さんから受け取っただけなんです」
妙子「音吉さん?」
佐伯「ええ、一郎さんにお願いしましてお庭のお掃除に雇って頂きました」
その音吉、ちょうど窓の外で掃き掃除をしていた。

弟の惨死、そして今度は自分が狙われているという恐怖で、玉村氏の神経はかなり過敏になっていた。
玉村「あれが犯人かも知れんぞ! おい、君、ちょっとこっち来なさい」
音吉、仕事の手を休めて、家族に挨拶する。
音吉「音吉と申します。旦那様に、お嬢様でございますか。この通りの年寄りでございますが、宜しくお願い致します」
明智さん、じゃなかった、音吉を演じるのは、シリーズで色んな役を演じている北町嘉朗さん。
次の日の夜、外で食事をしようと玉村氏と一郎が車に乗り込む。
が、運転席の一郎、ヘッドライトが前方を照らすと、驚きの声を上げる。
玉村「どうしたい」
一郎「お父さん、あれ!」
見れば、ヘッドライトの光の中に、「1」と言う数字の影が浮かび上がっているではないか。
ライトに黒い紙を貼っただけの単純なものだったが、効果は抜群で、一郎は慌てて警察に電話しに家に戻り、玉村氏は助手席から動くことも出来ず、ひたすら怯えていた。
原作では、屋敷のあちこちに色んな方法(日めくりが破られているとか)で数字が出現して、それがひとつの不可能犯罪の趣向になっているのだが、ドラマではその辺は省略されている。
一郎が電話したのだろう、波越たちが屋敷に来ている。
波越「だいじょぶですよ、我々がついてるんですから。(腕時計を見て)あの時計は10分進んでますな」
玉村「あんたの時計が遅れてるんだよ!」
波越「どうもすいません、時々この時計遅れるん……止まってんだコレ」
玉村「頼りないねえ」
泣きそうな声を上げる玉村氏。
波越が余裕綽々なのは、明智が健在であることを知っているからだろう。
さて、ここで、皆様お待ち兼ねのサービスタイムでございます。
豪華なバスルームの脱衣所で、服を脱いでいる妙子。

上半身裸になったところで、カメラが切り替わり、脱ぎ女優さんにスイッチ。
この、やや弛んだ半ケツが良いよね。ねっ、ねっ?(同意を求めるな)

そしてスルッとパンツを下げる。
タオルで前を隠しながら(なんで?)、浴室へ。
体を洗わず、いきなり湯船に入っちゃう派の妙子さん。

申し訳程度におっぱいも映るが、無論、脱ぎ女優さんのもの。
リラックスして湯にひたっていた妙子だったが、福田氏が殺された時に鳴り響いた、あの奇妙な笛の音が再び聞こえだす。

怯えたように周囲を見回す妙子。
このシーンが、予告編やOPに使われているのだ。
それにしても、趣味の悪い浴室だ。ここでは妙子が入ってるから絵になるが、一郎や玉村氏が使っているところを想像すると、かなりイヤである。

息を詰めて身構えている妙子。
ミステリー的には、この表情はアンフェアなのだが……
と、小さなナイフがその腕を切りつけて、鮮血が流れ出る。
妙子「うっ、ああ……きゃあああああっ!」
妙子の絶叫を聞いて、全員浴室へ突撃する。
駆け付けてみると、妙子は浴室の床にうつ伏せになって倒れていた。
そして、妙子の体の周りには、福田氏殺害の時と同様、白菊がばらまかれていた。

田村「警部、窓が開いてます」
波越「犯人は窓から逃げたのか? ひゃっ」
波越が窓に寄った時、ちょうど音吉がひょいっと顔を出し、波越を死ぬほど驚かせる。
波越はかなりマジでびびっているので、この時点では、音吉が明智だとは知らされてなかったのかもしれない。
一郎「音吉、お前まさか」
音吉「いいえ、とんでもありません。私は悲鳴を聞いて庭の方から駆けつけたんでございますよ」
玉村氏のみならず、そこにいる全員が疑惑の目を音吉に注ぐ。
その後、玉村氏と一郎があからさまに音吉が犯人だと指弾するが、波越警部は、身許も調査済みで、高齢でもあるからとそれを否定する。
……と、すれば、やっぱり波越は音吉が明智だと知ってたのかなぁ? もっとも、美女シリーズにおける「警察の身許調査」ほどあてにならないものはないのだが。

翌日、例の牛原と言う男から玉村氏に見舞いの電話がある。
その上品な白髪の男の横顔、「魔術師」こと奥村源造その人だった。
牛原は、妙子がすぐ退院する予定だと聞くと、「退院祝いにお食事を差し上げたい」と招待する。
玉村氏も今度は快諾する。

ちょうどその頃、一郎が自宅の時計塔を妙な目付きで見上げていた。
佐伯「一郎様、何をご覧になってらっしゃるんですか?」
一郎「佐伯さん、あれを見てご覧、文字盤のところに何か白い紙が貼ってあるでしょ」
佐伯「ほんと! ねえ、なんて書いてあるんでしょう」
一郎は好奇心を満足さすべく、ひとりで時計塔の中に入り、間断なく回り続ける歯車や、巨大な振り子を横目に、狭い階段を上がって頂上へ達する。
3時と4時の間にある、開閉式の丸い穴から首を出し、紙に何が書かれているのか見ようとする一郎。
紙には、「2時20分」と乱暴な字で書かれていた。
首を出したまま考え込む一郎。
その時、ちょうど真上に来ていた長針がカキッと動き、穴の下端と鋼鉄の針とで一郎の首を挟み込む形になる。
一郎「ぬ、抜けないっ」
なんとか首を抜こうとして四苦八苦する一郎だったが、巨大な歯車は刻一刻とギロチンのような長針を無慈悲に一郎の頚骨に食い込ませて行く。
家政婦の佐伯さんもすぐ家の中に引っ込んでしまったらしく、誰も一郎の恥ずかしい絶体絶命の危機に気付いてくれない。
一郎「2時20分……俺の首が落ちる時か……」

やがて、一郎の首筋から鮮血がほとばしり、あえなく一郎は意識を失ってしまう。
このまま針が動き続けたら、そしてそれを映像化してたら物凄いことになっていたと思うが、ここは原作通り、意外な人物が、寸前で鎖を引いて、長針を逆回転させる。
ぐったりして時計塔の床に座り込む一郎、その背中を抱くように気遣うのは、あの音吉だった。
やっと、下にいた佐伯さんが騒ぎ立て、玉村氏が何事かとやってくる。
玉村「一郎がどうかしたのか」
佐伯「お坊ちゃまが時計塔にお入りになってそのまま出てこないんです」
玉村「えっ、一郎!」
音吉「はいはい、お坊ちゃまはこちらでございますよ。首を挟まれてもう一歩遅かったら、命が危ないところでございました。私がお助けしました」
一郎「お父さん、大丈夫ですよ」
玉村「音吉、お前の側にはいつも事件が起きるんだよー、お前が怪しい、クビだーっ!」 恩を仇で返す玉村氏。打ち続く変事に少々頭がおかしくなっているのだろう。
音吉、さして気分を害した様子も見せず、飄々と去って行く。
原作では、二郎(一郎の弟)は、音吉を怪しいと思いつつ、もう少し泳がして正体を見極めてやろうとして、そのまま雇い続けることになっている。
その騒ぎの直後、屋敷の周りをうろうろ探っていた文代さん、年輩の小柄な男が塀を乗り越えて出てくるのを目撃する。
どう考えても怪し過ぎるので、明智小五郎直伝(?)の尾行術で、そのまま男の後をつける。
だが、オクムラ魔術団と言うのぼりが立っている小劇場の前で見失ってしまう。
文代(オクムラ魔術団……)
小林少年を髣髴とさせるようなボーイッシュなスタイルの文代さん、「六時開演」と言う貼り紙を確認したうえで、一旦引き揚げる。
その晩、文代さんは波越警部たちを引き連れてその劇場に戻ってくる。
中に入ると、既に公演が始まっていた。
奥村「えー、ここにいるクーニャン娘、こちらの箱からこちらの箱へ移してご覧に入れます」

奥村「はい、タネも、仕掛けもございません」
無論、クーニャン役は我らが愛しの綾子さん。
文代「確かにあの男よ」
波越「よし、包囲しろ」
壇上の奥村も、すぐ警察に気付く。

奥村「では、ミュージック……ワン、ツー、スリー!」
右側の箱に綾子を入れ、ドラムロールの高まりの後、ピストルで箱を撃つ。
さらに左側の箱も撃つと、中から朗らかな笑顔で綾子が出てくる。
原作では、警察は来ず、二郎ひとりが何の気なしにマジックショーを見ている。
そして、行方不明の恋人が、大勢の観客の前で堂々と生きたまま五体バラバラにされると言う、途轍もなく強烈なエログロシーンが繰り広げられる。
無論、ドラマではそんなえげつないシーンが再現される筈もない。
そもそも、二郎の恋人(花園洋子)なんて出て来ないし、二郎だっていないからね。
しかし、原作の花園洋子、殺される為だけに出てきたようなキャラで、かなり不憫である。
奥村は続いて、綾子とアシスタントの男(明智を出迎えて拉致した部下)をそれぞれの箱に入れ、同時に消すと豪語する。そして、扉を閉める間際、自分も綾子の入っている箱に滑り込んでしまう。
奥村の「ハイッ」と言う掛け声と共に、小さな爆発が起きる。左右の扉が開き、どちらも空っぽになっていた。ぼんやりと舞台を見ていた波越たち、慌てて壇上に上がり、奥村を探して右往左往する。
楽屋に行き、団員たちを問い質すが、彼らはみな雇われたばかりで奥村のことは何も知らないようだった。
と、一郎が、薄暗い裏庭に不審な人影を認め、追いかける。
なんと、それはお払い箱にされた筈の音吉だった。
一郎「音吉ぃ、貴様ぁ、やっぱり貴様が犯人だったんだな!」
興奮して掴みかかるが、音吉は老人とは思えない膂力で、一郎の体を投げ飛ばす。

田村「貴様ぁーっ! くぉの、あいたたたたたっ」
田村刑事が殴りかかるが、難なく腕をとられ、悲鳴を上げる。
やがて、波越警部が落ち着き払った声で部下たちを制する。
波越「オイ待て、その人は味方だ」
田村「ええっ、味方ぁ?」
一郎「えっ?」
波越「もうそろそろ正体を現わしてもいいだろう」
音吉、無言で刑事を突き飛ばすと、顎鬚を外し、顔の皮をめくり始める。
その時点で早くもある予感を抱く文代さん。そう、そのまさかである。
ベリベリベリ……
音吉の正体は、死んだと思われていた明智さんだったのだ! ……って、最初から見え見えだったけど。
後編に続く。
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