※この記事は、以前のブログに書いていたものを再編集したものです。
音吉の正体が明智だと知って、
文代「せんせいっ!」 嬉しさのあまり、思わず明智に抱き付く文代さん。
最初の頃の文代さんはとても可愛い(中期以降は可愛くないと言う意味ではない)。
文代「あっはぁ、やっぱり生きてらしたんですね。でもひどい、あたしにまで隠すなんて!」
人目も憚らず号泣する。
明智さん、その肩を優しく叩いて、「すまんすまん、敵を欺くにはまず味方からって言うだろう。はっはっ、すまんすまん、それほど相手は怖い奴だからね。波越さんにだけは相談して玉村家に入り込んだんだ」
明智の釈明の言葉も耳に入らない文代さん、ずーっと泣き続けてるのが萌えます。
波越「……と言う訳なのよ、諸君!」
田村「ひどいですよ、警部」
一郎「そうだったんですか……」
と言うことは、やはり、波越は最初から音吉の正体を知っていた訳か。
明智「いや、想像以上に怖い奴だ。この相手は」
改めて厳しい表情で闇夜を見据える明智小五郎。
ドラマでは特に言及されていないが、結局明智も奥村たちに逃げられるというヘマをしてるんだよね。
原作では、かなり長い追跡の末、「魔術師」に一杯喰わされた明智が、苦しい立場に追い込まれる様が描かれている。乱歩の小説では、明智が依頼人や警察関係者から白い眼で見られたり、軽蔑されたりする描写がしばしば見られるが、乱歩が、あまり明智のことを好いていなかった証左と言えるかもしれない。
一方、船内のアジトへ引き上げた奥村、音吉を一目で明智だと見抜いたらしい。さすが「魔術師」である。
奥村「奴を(船から)逃がしたのは……貴様だ!」
綾子「あうっ」
娘の綾子を激しく殴打する奥村。
綾子「あたしはこれ以上お父さんに悪いことして欲しくないからよ」
奥村「ばかっ、俺の50年は何の為にあったんだ? お前は良く知ってる筈じゃないか」
その後、約束どおり牛原邸を訪ね、饗応を受けている玉村一家。
牛原「まぁ、色んなことが起こってさぞご心配でしょう。それにしても妙子さんの傷が軽くてほんとよかったですね。ところでね、目の保養に良いものをお見せしましょう」
牛原は、ポケットから宝石ケースを取り出すと、大粒のダイヤを誇らしげに披露する。

玉村「ほー、見事……、あ、これは!」
妙子「お父様! 牛原さん、これは何処で手に入れました?」
牛原「ある、アメリカ人からですよ。もっとも今は国に帰っていますがね」
一郎「姉さん、どうかしたの」
妙子「これは叔父様のものよ」
玉村「間違いありません。これは先日殺された弟の福田得二郎のものです!」
牛原は明日にでもそのアメリカ人に連絡を取ってみましょうと約束する。
この宝石のくだり、原作にもあるのだが、正直、別に必要なシーンとも思えない。
その後、牛原は良い映画フィルムが手に入ったから見て行きませんかと玉村氏を誘う。玉村氏はそんなにのんびりしていられないと腰を浮かしかけるが、妙子のひきとめもあって、結局見せて貰うことになる。
映写室の準備を給仕(例の腹心の部下)に命じると共に、綾子を呼びつける。

牛原「私の娘です」
玉村「ほう、牛原さんにこんなお嬢さんが……お綺麗ですねえ、お幾つですか」
綾子「23です」

妙子「あら、私と同じね」
他意なく、笑顔を向ける妙子。
うーむ、どちらも甲乙つけがたい美人である。
牛原は三人を地下室に設けられた小さな映写室へ案内する。
無声映画で、牛原自身が弁士を務める。
牛原「時は今を去ること50年前であります……」
内容はごく短く、ある男の愛人の女性が、幼馴染みの男と良い仲になり、それを知った男は、女の幼馴染みに眠り薬を飲ませ、地下室のスペースに寝かせ、その上から煉瓦を積み上げ、生きたまま閉じ込めてしまうと言うストーリー。
妙子は、映画の地下室が、今自分達がいる場所だと気付き、軽く驚きの声を上げる。
煉瓦の中に閉じ込められた男が悶え苦しみ、最後に白骨死体になるところで、映画はプツッと終わる。
玉村「気味が悪いなぁ、早く灯りを!」
牛原「玉村さん、この映画の意味が分かりますか?」
牛原、スクリーンの前に背中を向けて立つ。
牛原「ははははははっ、あの穴倉で死んだ男は私の父、奥村源次郎、女は母、ミサコ、いや、本当のことを言いましょう。私の父を生き埋めにしたのは玉村さん、あんたの父、幸右衛門だ」
玉村「ええっ?」
牛原「うははははは……得二郎を殺し、ダイヤを奪ったのはいかにもこの私、奥村源造、牛原とは仮の名です」
眼鏡と口髭を外し、「魔術師」こと奥村源造の素顔を見せつける牛原。
玉村「あんたは血迷ってる! 父親のことなど私たちに関係ない、一郎、帰ろう!」
玉村は子供たちを急かして地下室から出て行こうとするが、給仕の男にピストルをつきつけられ、室内に押し戻される。
奥村「俺は17の時にこのうちを探してあて、親父の秘密を知った。そして復讐の為に一生を捧げた」

灯りをつけ、スクリーンを上げると、その向こうには壊れた煉瓦塀があった。
奥村「見ろ、ここにいるのを……誰だと思う?」
奥村の言葉に、恐る恐る煉瓦の奥の空洞を覗き込む三人。
そこには、映画で見たそのままの、白骨死体が座っていた。
奥村「お前の親父に殺された私の父親だ。どんな無念な思いで死んでいったか……その壁の遺書をよく読んでみてくれ」

その壁には、瀕死の奥村の父親がナイフか何かで刻み付けた恐ろしい遺書が残されていた。
なお、原作では奥村の母親の名前は操(ミサオ)となっているが、ドラマではより一般的なミサコと言う名前に改変されている。
奥村「お前たちはここで火で死んで貰う、この女は人質として連れて行って水で殺す! はははは、お父さん! これで復讐は完成だ!」
奥村、玉村氏と一郎に銃を突きつけたまま、妙子の手を取って地下室から出て行く。
ここで、妙子だけ連れて行くのがかなり不自然であるが、原作では4人(玉村氏、一郎、二郎、妙子)をそっくり閉じ込めて行く。そして、その殺し方も火ではなく、水によるもの。
地下水を流し入れて溺れ死にさせようというものだが、ドラマでは再現が難しい(金が掛かる)ので、外からガソリンを流し込み、火で焼き殺すという方法にアレンジされている。
また、奥村の半生については何も説明されていないので、原作から補足すると、
・操(ミサコ)はその後、玉村の父親に追い出された。
・彼女は既に源次郎の子供・源造を身篭っていた。
・彼女は源造を産み落とすとすぐ亡くなり、源造はなんの身寄りもない孤児として筆舌に尽くせぬ苦労をして生きてきた。
・17の時に父親の死体と遺書を発見し、復讐事業に人生を捧げる決心をする。
・ただし、その時点で玉村の父親は死んでいたので、その対象は息子の玉村氏や、孫の一郎たちになる。
・その準備の為、犯罪学の本を読み漁り、毒薬の研究に没頭し、射撃の訓練をし、手品師に弟子入りし、軽業も身につけ、その合間に復讐事業の資金を稼ぎ溜めるという、
とても充実した人生を送ってきたのだった。
50年前に奥村が生まれ、17才の時に父親の最期を知ったのだから、差し引き33年間もの間、そう言う多忙な生活を送ってきたことになる。
……
そんな奴おらへんやろ。 「暗黒星」や「悪魔の紋章」の犯人と言い、乱歩の通俗小説の復讐鬼と言うのは、だいたいこんなのばっかりである。
また、過去の事件を映画や芝居で再現して相手に見せるというのも、乱歩好みの手法である。
閑話休題。
奥村は二人を閉じ込め、ガソリンを流し込んでマッチで火をつける。
一方、明智と文代さんは、家政婦の佐伯さんから三人が牛原家にお邪魔していると聞いて、すぐ牛原邸へ向かう。
冷静に考えれば、そう聞いただけで牛原家に急行するというのはおかしいのだが、原作では文代さん(ドラマでは綾子)が明智のところを訪れ、父親(奥村)の犯罪計画のことを教え、更に自分も明智と一緒に牛原邸へ向かうという展開になっているのだ。
で、明智と波越たちが牛原邸に踏み込み、なんとか玉村氏と一郎を助け出す。
明智「敵の本拠地は僕を監禁した船ですよ」
波越「船を片っ端から調べたんだけどねえ、
船名が分からないので見当がつかないんだ」
見当つけてから調べましょうよぉ 文代「あらー? リュウセイ丸……」
と、文代が足元にチョークで字が書かれた煉瓦があるのを見付け、明智に示す。

明智「これ、だっ! これが魔術師の根拠地だ!」
波越「誰がこんなことした?」
明智「きっと綾子さんだろう、あの人は父親の罪の償いに悩んでるんです!」
波越「田村、何処に停泊してるか徹底的に調べろ!」
原作では、文代さんが明智を手引きして船の中に侵入する段取りになっている。

その竜星丸の船室で、復讐事業の完遂を祝ってシャンパンを開けて部下たちを労っている奥村。
奥村「はははは、いやぁ、みんな良くやってくれた。これで俺の生涯をかけた復讐も終わった。乾杯!」
その場には、人質として連れて来られた妙子の姿もあった。妙子、怯えたような、いたたまれないような顔で座っていた。
……しかし、妙子がこんな表情ではべっているのは、どう考えてもおかしいのだが?
もう隠し立てなどする必要はないのだから、妙子を○○○○として遇すのが普通だろう。あるいは、何も知らない綾子に遠慮したのかもしれない。
もっとも、原作でも、妙子は依然として別室に閉じ込められていたのだが。
綾子「お父さん、お願い、自首して」
奥村「バカ、俺は魔術師だ、天才だ。俺は捕まるわけはないよ、はははは」
その時、奥村の笑声に覆い被さるように、何者かの笑い声が室内に響く。
明智「はははは、そうかな、魔術師?」
慌ててキョロキョロ周囲を見回す奥村たち。
奥村「あっ」

見れば、最初に奥村がして見せたように、壁の穴から明智さんが顔を突き出して笑っているではないか。
明智、すぐ部屋に入ってくる。部下たちは銃を取り出そうとするが、いつの間にか銃がなくなっているのに気付き、うろたえる。
明智「玉村さん親子は私が助けた」
奥村「なにぃ、貴様、また邪魔をしたな、よし今度こそ命を貰った」
奥村、手にしたシャンパングラスをオートマチックに変えて引き金を引くが、カチカチッと空しい音がするだけで、弾が出ない。
原作で明智が良く使う小賢しい弾抜きかと思いきや、

綾子「ごめんなさい、私が弾を抜いたの。みんなのピストルも私が隠したの」
と言うことだった。
原作では、明智は部下の一人に変装して文代と一緒に船に入り込み、騒ぎを起こしてその隙に
前以て弾を抜いている。
ドラマの方が自然だが、もし綾子が弾を抜いてなかったら、明智さん、どうするつもりだったのだろう?
奥村「貴様、何処までワシを裏切るんだっ」
奥村、銃を床に叩き付け、ナイフを明智に向かって投げる。明智はさっとかわす。
次々とナイフを投げるが、明智はアフリカ民族風の盾で全て受け止める。
そこへ波越たちも踏み込んできて、万事休す。三人の部下はテキパキと逮捕されて連れて行かれる。
明智「もう君の魔術は、通用しないよ」
奥村「はははは、明智君、俺の負けだ」
ドラマでは妙に潔い奥村だが、原作では、銃が使えないと知るや、用意していた爆薬で明智もろとも死のうとするが、これまた、明智に
前以て塩水をぶっかけられていて役に立たず、それではと、用意していた毒薬で自殺しようとするが、これまた、明智が
前以てシャンパンと入れ替えていたので死ねないと言う展開になる。
ついでに、妙子を人質にしようとしても、明智が
前以て助け出していたのでダメ。
原作の明智、前以て準備のし過ぎである。
原作の奥村は自殺も出来ず、最後は自ら舌を噛んで悶え死ぬと言う、乱歩作中の悪役としてもかなり惨めな最期を遂げている。
ドラマの明智さんは、そこまで悪辣(?)ではなく、奥村が指輪に仕込んでいた毒を仰ぐのを、黙って見ている。
綾子「お父さん!」
奥村「ああ、ぐぐ……」
奥村、断末魔の苦しみの中で、「明智君、俺は負けちゃいないぞ、玉村親子にそう言ってくれ、俺は魔術師だ。俺の体がなくなっても、俺の、俺の怨霊が、玉村を……必ず、必ず」
何かを求めるように伸ばす右手、それを痛ましそうな目で見詰める妙子。
奥村はあっけなく息を引き取る。

綾子「お父さん、許して、お父さん!」
父親の遺骸に縋り付いて泣き叫ぶ綾子。明智が近寄り、「綾子さん、出直すんだよ。君ならきっと出直しが出来る」と、励ます。
綾子「でも、私がお父さんを殺したのも同じよ!」
妙子「かわいそうな人ね、この人も……」 ここで初めて妙子が口を開く。
その心中を、この場の誰が察し得ただろうか?
綾子、なおも泣いていたが、父親の体の上を小さな蛇が這っているのを見て、ギョッとする。
蛇は奥村の体から落ちると、床を這って何処かへ消えてしまう……
ちなみに原作の悪村の最期は、乱歩がいかにものってる感じで筆をふるっているので、かなりテンションが高く、奥村の死の描写は凄絶である。これも一読をオススメする。
「魔術師」こと奥村源造は自殺し、娘の綾子も、三人の部下も逮捕され、事件は全て落着し、玉村家に平穏が戻ってきた……かのように見えるが、

玉村家の廊下を、あの、奥村の怨念の化身のような小豆色の蛇が這いずり回り、死んだ筈の「魔術師」の姿に変化する。
奥村「はははははははっ、はははははははっ」
が、それは、明智がうたた寝で見ていた夢の一幕だった。
文代「どうなさったんですか」
明智「いや、夢を見てたんだよ」
文代「まぁ、
珍しい、先生が夢を見るなんて」
文代さんはそう言うが、普通、人っていちいち夢を見たかどうかなんて他人に言いませんよね。
文代「きっと事件が終わってホッとなさったんですね」
明智、タバコに火をつけてから、
明智「いや、事件はまだ終わってないような気がする」
文代「あら、どうして? 魔術師は自殺したし、子分たちは捕まったし、綾子さんは拘置所だし……」
綾子は父親の復讐に消極的だったし、明智を助けたり、手掛かりを残してくれたりしたので、逮捕はされたが、起訴はされていないのだろう。
明智「あの人は、かわいそうな人だった」
文代「随分先生を助けたんでしょう、きっと先生を好きなんだわ」 まだこの頃の文代さん、明智さんが綺麗な女性に目を奪われただけで嫉妬の炎をメラメラ燃やすほど面倒臭くはない。
明智、ブラインド越しに外を見ながら、
明智「奥村の魔術がまだ残ってるように気がするんだ。何十年も周到に計画された魔術だ。どうもその鍵は綾子さんが握ってるような気がしてならないんだが」
明智、虫が知らせたのか、玉村家に電話をする。一郎が出て、何も変わったことはありませんと快活に応じ、電話を切る。だが、その直後、再び玉村邸内に不思議な笛の音が響き渡る。
一郎、父親に知らせようと部屋の前に立つが、その瞬間、笛はピタッとやむ。
一郎、話しかけながらノックするが、反応がない。一郎の声に、妙子も自室から出てくる。
部屋には鍵が掛かっておらず、二人が踏み込むと、果たして、玉村氏はベッドの上で首吊り死体となっていた。
その首には、一匹の蛇が巻き付いており、そして福田氏の時と同じく、ベッドの上には白い菊の花がばらまかれていた……
玉村氏の葬式に参列した明智、お寺で、文代さんから電話を受ける。
明智は、文代に色々と調査をさせているのだ。
文代「先生、分かりました。玉村家の血液型が。玉村さんはAB型で、亡くなった奥さんはA型です。一郎さんもA型なんですけど、妙子さんはO型なんですよ」
明智「そうか、その辺に魔術の種が潜んでるんだよ。よし、じゃあ頼んであること徹底的に調べてくれたまえ」
電話を切った後、やっと事件の真相を掴んだような会心の笑みを浮かべる明智。
そこへ喪服姿の妙子が通り掛かり、話しかける。
妙子「先生、私これからどうしたら良いのか。お願いします。私の力になってくださいね」
明智「はぁ……、妙子さん、あなた不思議な予言をする癖をお持ちでしたね。お父さんが亡くなることは分からなかったんですか」
妙子「ええ、全然、でも、犯人は分かっています。綾子さんです。あの人が部下を使ってやったのに決まってますわ」
明智「違いますね、あの人はむしろ、被害者でしょう」
妙子「まぁ、先生はあの綾子さんを愛しておしまいになったのね」
明智「同情はしてます。でも、犯人はあの人じゃありません」
妙子「じゃあ先生は犯人が分かってるんですか?」
明智「ええ、見当は大体ついてきました」
明智、自信たっぷりに「今夜必ず犯人と会わせますから」と断言する。
妙子はそのことを、呼びに来た一郎にも言うのだが、その際、一郎のちょっと険しい顔のアップでCMへ行くのは、一応、一郎が犯人なのかな、と視聴者にミスディレクションする意図があるのだろうか?
敏腕助手の文代さん、次のシーンでは早くも、事件の核心に迫る重要情報を、産婦人科でゲットしていた。
今ではありえない、と言うか、当時でもありえなかったと思うが、応対に出た看護婦さんは、玉村氏の妻が妙子を産んだ日の前々日に、奥村姓の女性も女の子を産み落としていることをペラペラ教えてくれるのだった。
文代「やっぱり! すいません、その時の看護婦さんは?」
その夜、玉村邸。
妙子も一郎もそれぞれの部屋で、昼の明智の言葉を反芻しつつ、落ち着かない時間を過ごしていた。
やがて、一郎の下へは波越警部が、妙子のところには明智がうっそりと姿を見せる。
明智「やっと犯人が分かりましたよ」
妙子「え、誰です?」
明智「この家の中に居ますよ。会う勇気がありますか」
妙子「ええ、叔父や父を殺した憎い人ですもの」
明智「じゃ、お会わせしましょう」

明智は廊下へ出て、つきあたりの部屋に犯人がいると謎めいた言葉を投げる。
妙子「お風呂場に?」
明智「ええ、犯人が立っていますから」
妙子は戸惑いつつ、言われるがまま、おそるおそる廊下を進んで行く。
原作でも、似たようなシーンがあるが、より複雑に謎めかして、電車で行かねばならないほど遠い西洋館へ行かせ、どこそこの部屋のカーテンを開けば犯人と対面できると指示している。
妙子、浴室のドアを開いて薄暗い中を透かし見る。
正面の花瓶に白菊の花が飾られていて、その向こうには、他でもない、妙子自身の姿が!
妙子、恐怖のあまり思わず身を翻して逃げようとするが、寸前で踏み止まり、それが洗面台の鏡に映った自分の顔に過ぎないことに気付き、「ふっ、ふふ、なんだ、私が映ってるんじゃない」と、気抜けしたように笑う。
原作では、笑った後で、明智に全て見抜かれていることに気付いて「うぎゃーっ」と悲鳴を上げるのだが、ここでは、平然と、後からやってきた明智と会話している。
妙子「いやぁねえ、犯人に会わせるだなんてもったいぶって」
明智「いいえ、いますよ」
妙子「何処に?」
明智「あなた、見たじゃないですか、今ここを覗いた時、犯人の顔をはっきり見てびっくりしましたね」
妙子「あれは鏡に映った私の顔だったのよ」
明智「だから、犯人はあなたです!」 3作目以降の美女シリーズでは、最後の謎解きの際に、変装して別人となった明智が、真犯人を指摘することが多いので、明智さんのこういう定番台詞、意外と新鮮に聞こえるのだった。
一瞬ドキッとする妙子だが、すぐまた笑い出す。

妙子「ふふっふふふふ、そんなバカな、名探偵、明智小五郎ともあろう人が、そんないい加減なこと言うと笑われるわよ。ははっ、ははははっ」
と、物陰から波越と一郎が現れる。
波越「あの隅で覗いていましたがね、
あなたは確かに自分の姿に驚いた。それは自分が犯人だからですよ。これは明智君の心理的トリックですがね」
うーん、でも、誰だって暗闇で鏡の中に映る自分を見たら、多かれ少なかれギョッとするんじゃないかなぁ?
原作のように、きめ細かい心理描写が欲しかったところだ。
一郎「しかし、姉さんには動機がない」
明智「いや、動機はありますよ。妙子さんはあなたの姉ではない」
一郎「えっ、じゃあ、妙子姉さんは一体誰の子だって言うんですか?」
明智「あの魔術師・奥村源造の実の娘です!」 一郎「そんなバカな!」
遂に、最大の秘密を暴露する明智さん。
明智「証拠をお見せしましょう。綾子さんにも関係の深いことなので波越さんにお願いして拘置所からお連れして貰いました。……奥村はまず復讐の為に、生まれたばかりの赤ん坊であった玉村の娘と、自分の娘を病院で取り替えたんです!」

明智の言葉に、驚きの目を見張る綾子。
そうじゃ、貼りたいだけなんじゃ。
妙子「そんなこと嘘よ……」
妙子、弱々しい声で否定する。
ここで、文代さんが血液型の関係で、玉村夫妻の間に、O型の妙子が生まれる筈がないこと、妙子と綾子が同じ病院で同じ頃に生まれたこと、その病院の婦長が大金を積まれ、二人のすり替えに協力したと告白したこと、などをテキパキと説明する。
一郎「じゃあ、綾子さんが私の実の姉ですか」
明智「そうです。奥村は実の娘を玉村家に入れることによって復讐の手助けをさせたんです! そして牛原と名乗って玉村家に近付き、妙子さんが物心つく頃になってこっそり親子の名乗りをしたに違いない。あの地下室の煉瓦の文字(奥村の父親の遺書)を度々見せられたに違いない!」
過去のレビューでも繰り返してきたことだが、やっぱりこの話の一番納得行かないところはここである。
金持ちの娘として何不自由なく育てられてきて、ある日、知らないおっちゃんに
「お前は実はワシの娘なのぢゃ。だから、ワシの復讐の手助けをして、お前の家族を皆殺しにするのぢゃ」などと言われて、
「はい、喜んで!」と、居酒屋の店員のように引き受けるだろうか?
その一方で、妙子同様、源造から祖父の悲惨な最期と血で書かれたような遺書を見せられて育てられてきた筈の綾子は、逆に父親の復讐をやめさせたいと願う善良な女性に育っていることを思い合わせれば、余計、その不自然さが目立つのだ。
ただ、乱歩の作品では、「氏より育ち」より、「血は争えない」と言うドグマの方が優勢の場合が多い。要するに、「魔術師」の遺伝子を受け継いだから、妙子は犯罪者になったと言うこと。似たようなケースは、「暗黒星」や「地獄の奇術師」でも見受けられる。
明智「あなたは幼い頭脳の中に長い間かかって復讐の文字を刻み込まれた、恐ろしい復讐鬼の回し者だったんです! 福田氏の殺害もあなたなら出来た。横笛の葬送曲、死体の花びら、女性らしい感傷も添えてね」 でもねえ、福田氏を殺すのは可能だったろうが、その首を胴から切り落とすなんてことが、か弱い女性に可能だろうか? 殺した後、窓から仲間を呼び寄せてやらせ、首を持ち去らせたのだろうか? しかし、そんなことやってたら家族や泊り込んでいた田村刑事に絶対気付かれそうなものだが。
その後、妙子が浴室で傷付けられた事件も、彼女の自作自演だったのだ。
明智「源造が地下室からあなただけ人質にして連れ去ったのも、今思えばなんでもないことでした。殺人予告の紙もあなたの仕業だとすればいとも簡単なことでしたね」
当然、最後の玉村氏殺しも妙子一人の犯行。これも、か弱い女性が玉村氏の体を天井から吊り下げられるだろうかと言う、当然の疑問が残る。
原作ではもうひとり、意外な共犯者がいるんだけどね。
妙子「そう、仰るとおりよ、明智さん、さすが名探偵ね。みんな私がやったの……」 時間もないことだし、あっさり兜を脱ぐ妙子。だが、突然感情を高ぶらせて、
妙子「いいえ、私じゃない、この鏡に映ってる女よ! 血に飢えた女、復讐と言う宿命を負わされてきた娘!」 と、鏡に映る自分を指差す。

妙子「本当はかわいそうな娘なの……こうなることは覚悟していたわ。さようなら」
妙子、奥村同様、ペンダントに仕込んでいた薬を素早く口に入れ、嚥下する。
明智「妙子さん!」
波越「おい、何飲んだんだ?」
妙子「あ、う……ああ……」
明智「妙子さん!」
妙子「父はあんたを一番怖がって私をあなたに近付けたの……父の心配したとおり、あなたは素晴らしい人だった。私は途中であんたに段々惹かれていく自分を何度叱りつけたことか……父があれだけ苦労してきた計画を恋と言う甘い感情で台無しにできなかったの……本当の私は違うの……普通の娘なのよ、普通の……分かって、分かって!」
明智に抱かれ、その体に縋り付きながら必死に訴える妙子の姿、哀れを誘う。
妙子の最期の願いに、力強く頷く明智さん。

妙子はそれを見ると、嬉しそうに微笑み、静かに息を引き取る。
一郎「姉さん!」
原作では、妙子が実の妹(ドラマでは姉)じゃないと知った途端、一郎と二郎は手のひらを返したように冷たく妙子に当たるが、ここでは、最後まで一郎は妙子を姉と呼んでいる。
人間の感情として、それが当たり前だろう。
また、原作では例によって明智は小賢しくも前以て妙子の銃から弾を抜いておいて、自殺をさせないと言う「意地悪」をしている。
管理人が、原作の「魔術師」がどうしても好きになれないのは、その部分がどうしても許せないからだ。
詳しいことは原作を読んで貰うとして、ここでは、以前のレビューでも引用した、象徴的な台詞を記しておくにとどめる。自殺も出来ず、嘆き悲しむ妙子に兄たちが放った台詞である。
「父を殺した憎いやつですが、かりそめながら兄妹のちぎりを結んだ女です。どうか、いたわってやってください……おい、妙子、もう覚悟をきめるがいい。いつまで泣いていたところで、仕方がないのだから」 それはともかく、妙子の遺体を見下ろして、文代も、そして何故か波越も涙をこぼしている。
エピローグ。拘置所の外で綾子(本当は妙子)を待っている明智と文代。
明智の声「事件は解決した。人々の胸に妙子の呪われた宿命が重苦しく残っていたが、綾子が無罪で釈放されたのはただ一つの救いであった」
文代「お迎えに来ました」
綾子「すいません」
明智「良かったね、さ」
明智、自慢の愛車、ダイハツ・シャレードに綾子を乗せて走り出す。

明智「綾子さん、一郎君はあなたに玉村家に入って貰いたいと言ってるんだがね」
綾子「妙子さんのことを思うと今すぐあの家に行く気になれません」
綾子は言外に、将来的には玉村家に戻る意向だと語っている。
一郎も、ひとりぼっちになってしまったし、その方がいいだろう。原作では、無論、綾子(文代)は明智と結婚することになるんだけどね(『吸血鬼』事件の後で)。
文代「先生も妙子さん好きだったんでしょう?」
文代さんが、いたわるように優しく問い掛ける。
明智「あの不思議な美しさに心を惹かれたのは確かだ。……やっと分かったよ」
ここで、妙子の登場シーンの映像に切り替わると共に、エンドロールに入る。
明智の声「あの人は運命と戦っていたんだ。その心の苦しさがあの妖しい美しさの正体だったんだ」 遠ざかっていく明智の車を映しつつ、幕となる。
いやー、疲れた。いくらなんでも長過ぎ。
ところで、私、今回レビューを書く為に「魔術師」を読み返して、確かに文章の勢いやボルテージの高さについては乱歩作中、屈指の力作であることを再確認した。
特に、ステージでの美女惨殺シーンや、奥村の壮絶な最期の描写など、「これぞ乱歩!」と唸ってしまうほど、鬼気迫るものがある。
一方、動機の不自然さ、トリックや最後の謎解きの粗雑さ、後味の悪さなど、欠点も多いのだ。
と言う訳で、これで終わり。最後までお読み頂き、ありがとうございました。
※なお、今回も、「妄想大好き人間」様からの車両に関する情報を使わせて頂きました。この場を借りてお礼申し上げます。
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