第41話「飛行船で飛んできた人」 作画監督 田中英二・岸義之
打ち切りが決まったが、出来るだけストーリーを進めさせたいというスタッフの願いからか、今回の原作消化ペースもかなり早く、一気に30ページほど進んでしまう。
仮に打ち切られなかったとしても、原作の最後まで描くことが出来ただろうかと疑問に思うこともあったが、このペースを維持していれば、残り10話でもなんとか間に合ったのではないかと思う。紅緒が、反政府主義者のシンパとして投獄されるエピソードはカットされていただろうし。
さて、残念ながら、タマプロの誇る偉才、西城・水村両氏が参加しているのは今回が最後となる。
しかし、他の(下手な)人が担当している部分が多く、平均すると作画レベルはあまり高くない。

紅緒「仕事、仕事、頑張らなくっちゃ!」
さて、いつものように、特ダネを求めて東京中を飛び回っている紅緒。
風に髪が美しく靡く、西城or水村氏の筆によるアニメーションがいつもながら素晴らしい。

やがて、前方に、バスが電柱にぶつかって故障し、遠巻きに野次馬や新聞記者が集まって大騒ぎになっているのを発見する。
紅緒「事件だ! すいません、ちょっと通してください!」
記者「なんだ、女か」
記者「邪魔だ!」
人垣に割って入ろうとする紅緒だったが、男性記者たちに除け者扱いされ、突き飛ばされてしまう。

紅緒「ふっ、甘いのだよ、明智君! これしきで怯むような紅緒さんじゃない!」
この、怪人二十面相的な顔も実に良く描けている。

紅緒「そらぁあああーーーっ!」
滑車にぶら下がって、ターザンよろしく背後から男性記者たちを蹴散らしながら飛び越す紅緒。

紅緒「ごめんあそばっせ!」
バスのそばに立って、熱心にメモしている紅緒を忌々しげに見ながら、

記者「まったく、女の癖になんて奴だ」
記者「ほっとけ、ほっとけ、だいたい、男の仕事場にでしゃばって来るような奴は、女じゃねえ!」
口々に紅緒を罵る偏狭な男性記者たち。
……女じゃないのなら、別に問題ないのでは?

紅緒「なによ、あんたたち、言いたいこと言ってくれるじゃないの!」
紅緒が強く言い返そうとすると、記者たちの背後から、凛とした女性の声が響く。

環「恥ずかしくありませんの、あなたがた、帝国大学は女性の聴講生を許すし、企業が17万人の職業婦人を抱えていると言う世の中に、時代の先端を行く記者にそんなコチコチ頭がいるとは心外ですわね」
記者「いや、その……」
環「悔しかったら殿方らしく、女子供に負けない仕事をなさいませよ!」
女性の鋭い舌鋒に、男性記者たちもタジタジとなって、まともに言い返すことさえ出来ない。
紅緒が感心して見ていると、

環「あら、紅緒じゃないの! あはっ、あ・た・し!」

紅緒「ああーっ! 環ぃ!」
帽子の下から現われたのは、紅緒の親友・環であった。二人は手を取り合って再会を喜ぶ。
環「冗談社が女の記者を雇ったって聞いたけど、まさかそれが紅緒で、おまけにこんなところで会えるなんて」
紅緒「環こそ、女子大にでも行ってたのかと思ってたわ」
環は、現在、新聞記者をやっていると言う。
しかし、雑誌社はともかく、新聞社は、さすがに女子大くらい出てないと採用してくれないんじゃないかなぁ?
二人は旧交を温めようと、その足でカフェに行く(仕事は良いのか?)。

紫煙漂う、いかにもアダルティーなムードの店内。
もっとも、以前も言ったが、カフェの女給(要するにホステス)でさえ和服にエプロンを付けたスタイルが主流であったように、当時、女性の外出着は和服が圧倒的に多かったのだ。

青年「やあ、環!」
環「こんにちは」
と、環に気付いて、いかにもインテリ且つモダンな若者たちがにこやかに声を掛けてくる。
紅緒「知ってるの?」
環「知らないわ」
じゃなくて、
環「みんな新進の作家たちよ」
彼らの輪の中に入って軽やかに談笑を交わす環を、憧れの眼差しで見詰める紅緒。

紅緒「あざやかー、あれが新婦人って言うのだろうか? それに比べて、わらしは……」
自分の姿を省みて、じんわりと劣等感を覚える紅緒であったが、ファッションと言い、仕事と言い、十分、紅緒も「新婦人」の一員だと思うんだけどね。
ただし、原作では、アニメのようなおしゃれなジャンパースカートではなく、活動的なニッカーボッカー風スタイルなので、まだ納得しやすい。
その後、差し向かいでシャンパンなどを飲む二人。
紅緒「相変わらずモテてるのねえ」
環「あら、紅緒こそ、冗談社の編集長はヴァレンティノばりの二枚目だって言うじゃないの」
環の言うヴァレンティノとは、当時、女性にとても人気のあったハリウッドスター、ルドルフ・ヴァレンティノのことである。
原作では注釈が出てくるが、アニメでは省略されている。

環「あーあ、それにしても、紅緒の周りってどうしてハンサムが群がってんのかしら? ハンサムってゲテモノ食いが多いのかしらね?」
紅緒「むっ?」
原作では、もっと具体的に、紅緒の顔を「ジョン・デンバーみたいな丸顔」と評している。
ジョン・デンバーと言うのは、アメリカのフォークシンガーで、男である。
環「私なんてこれほど美しいのに恵まれないのよね! 美女とハンサムは結ばれないって言うけど、ほんとなのね」
何杯もおかわりしているうちに、日頃、腹の中に鬱積しているものがアルコールと溶け合って、徐々に環の目が据わってくる。
紅緒「た、環って酒乱だったのね」
なお、環、原作では、この少し後に帰国する鬼島と色々あって結ばれるのだが、アニメでは、まるっきり男に縁がないまま終わってしまうのが、とても不憫である。
やがて店内には、「いのち短し恋せよ乙女~」のフレーズが有名な、当時の流行歌「ゴンドラの歌」(歌・佐藤千夜子)が流れ出す。原作では、環が「こんな歌知ってる?」と、紅緒に歌って聞かせている。
紅緒「恋せよ乙女か、もう私には縁のない言葉だわ……」
そのまま夜中まで痛飲した二人は、満天の星空の下、仲良く歩いて帰っていた。

環「いのち短しー、恋せよ乙女ー♪」
紅緒「ねえ、あなた、なんだか少し酔ってるみたい、大丈夫?」
アニメでは、環がカフェの中で完全に出来上がっているように見えていたので、原作の台詞をそのまま引き写した「少し酔ってるみたい」と言う台詞に、かなり違和感がある。
紅緒、UFOでも現れたら特ダネになる……と言って、環から「時代が違うわよ」と、楽屋オチ的なツッコミを入れられるが、ふと、空を上げると、紛れもなく宇宙船のような物体が浮遊しているではないか。

紅緒「空飛ぶ円盤!」
環「あっ!」
紅緒の視線を追って空を見上げた環も、思わず叫ぶ。

立ち尽くす二人のはるか頭上を、一隻の宇宙船ならぬ飛行船が、音もなく進んでいく。
原作では、(こともあろうに)「宇宙戦艦ヤマト」の主題歌を紅緒が歌ったりしているが、当然、アニメではカット。
二人は酔いのせいで幻覚が見えているのだと自分に言い聞かせ、深呼吸してからもう一度見上げるが、やはり、飛行船はしっかり存在していた。

環「もう、いや、私、降ろさせて貰うわ!」

環「こんな冗談のきついテレビまんが、イヤよ!」
環、ショックのあまりぶっ壊れて、その作品世界から逃げ出そうとする。
このメタフィクション的な演出は、原作の同様のシーンをアレンジしたものである。
それにしても、環の言う
「テレビまんが」と言う言葉が、実に時代がかっていて良いですねえ。
骨董品と同じく、言葉にも、時代の重みと言うものがつくらしい。
さて、謎の浮遊物体の正体についてあれこれ話す二人だが、何故かそれが飛行船だと言うことには思い至らない。既に飛行船が実用化されてだいぶ経っており、日本上空を飛んだことも勿論あり、雑誌記者や新聞記者である彼女たちなら、それくらいのことは知っていそうなものだが……。
じっと見ているうちに、二人は、下部についているゴンドラの中に、人が乗っているのが見える。

それは、紛れもなく、死んだ筈の忍であった。

紅緒「少尉、少尉、乗ってる……」
環「何言ってんのよ、しっかりしてよ! 忍さんの筈ないでしょう?」
紅緒「ほんとだってば」
環「じゃあ、忍さんは宇宙人だって言うの?」
紅緒「だって見えたのよ!」
しかし、さすがに地上から、飛行船の中にいる人の顔が、ここまではっきりとは見えないだろう。
せいぜい人影がぼんやり見える程度ではないか。
それはともかく、二人が一旦後ろを向いて、もう一度見上げると、謎の飛行体は忽然と姿を消していた。
二人が目を離している隙に何処かへ飛んで行ってしまっただけなのだが、

環「あははっ、私たち疲れてんのよ、きっと大丈夫、一晩眠れば健康は取り戻せるわよね」
紅緒「寝ちゃいましょ!」
二人はやはり幻覚を見たのだと決め付け、冷や汗をハンカチで拭きつつ、そそくさとその場を離れるのだった。

翌朝、伊集院家のベッドには、古典的な表現でひどい二日酔いに悩まされている紅緒の姿があった。

如月「なんということでございますか!」
紅緒「うわああ、死ぬー、頭痛いー」
如月「落魄したとはいえ、華族の御台所様が恥さらしな!」
久しぶりに、如月が紅緒に雷を落とす。
CM後、食卓について新聞を読んでいる紅緒。

紅緒(あの宇宙人、何故か少尉にそっくりだったっけ? どうも分からん、新聞には何一つそれらしい記事はないし……)
ここから、わかりやすく、紅緒の顔が雑になる。

紅緒「ふわーっと浮いてて」

紅緒「あ、そいでもってパーッと消えちゃう!」
だが、その直後、冗談社で昨夜のことを青江に話している時の紅緒は、なかなか良く描けている。

青江「……」

紅緒「うん……?」
青江、紅緒の宇宙船を見たと言う話を黙って聞いていたが、

紅緒「あは、あはは……」
青江「うーん、酔い覚ましにはトマトジュースと柿の実と、風呂が一番だよ」
紅緒「やっぱりね……」
当然、日頃が日頃なだけに、酔っ払った上での幻覚だと決め付け、
青江「大体が弛んどるぞ! 朝っぱらから下らんことを並べてる間に原稿でも取って来い!」 手当たり次第に物を投げつけて紅緒を叩き出し、

最後はジョーズまで出てきて、紅緒に襲い掛かるのだった。
紅緒は、原稿を取りに行ったついでに、江戸川端からUFOのことを聞いたりする。
原作では、ここでも「ヤマト」ネタが出てくるが、アニメでは当然カットされている。
また、歩道を歩いていた紅緒と擦れ違った妖しい人たちが、

「実は私たち、屈折し、上昇する星屑の彼方、両性体の星・トランシルバニアから美男美女をスカウトしに来たのよね。あなた、かなり落ちるけど、この際どう?」
「ご一緒にタイムワープなさいませんか?」 と、意味不明のことを言って紅緒に迫る。
これは、いつものジギーさんではなく、カルト映画「ロッキー・ホラー・ショー」のパロディであろう。
大和和紀先生って、基本的にこう言うのがお好きらしい。
しかし、いきなりこんなこと言われても、一般視聴者には何のことやらさっぱり分からなかっただろう。
スタッフも、どうせもうすぐ終わりだからと、半ばヤケクソになっていたのではないだろうか。

紅緒「ええ加減にさらせーっ!」
それに対し、今度は自分がジョーズになって反撃する紅緒であった。
とにかく、流行りモノを貪欲に取り入れてギャグにするのが、この作品の特徴なのである。
なお、上のキャラの声は、鵜飼るみ子さんだが、「ご一緒に~」以降の台詞は、鵜飼さんと塩沢兼人さんが同時に喋っている。
つまり、フラウ・ボゥとマ・クベが同じキャラの声を当てている訳で、なかなか凄い取り合わせである。

その後、青江が、元気のない紅緒を励まそうと記者クラブのパーティーとやらへ連れて行く。
紅緒「すごい、タバコの煙で視界が利かない」
紅緒、テーブルに並んだご馳走を前に、たちまち元気を取り戻す。
青江「やれやれ、やっと元気が出たなぁ。あんたは食べ物に異常な執着を持ってるから、もしやと思ったがねえ」
紅緒「ああっとーっ、本質を見抜いていたか……鋭い」
青江「俺は編集長仲間に挨拶してくる」
青江が去った後、紅緒は思う存分食べようと張り切るが、そこで鶏肉の取り合い(シャレ)をしたのが、昨日の男性記者であった。
その男性記者(声は印念中佐と同じスネ夫)と言い合っているうちに、ほかの記者たちも集まってくる。

記者「おーう、やっぱり生意気な顔しとるわ」
記者「人材不足とはいえ、こんな女に仕事をやらせている、編集長の顔が拝みたいものだ」
一同「はっはっはっはっ!」
か弱い(言葉の綾です)女性一人を取り巻いて、いい年こいた男たちが寄ってたかって罵声を浴びせる情けない光景……なんか、割と最近、どっかの市議会で目にしたような既視感を覚えるが、日本人男性のメンタリティーって、100年前からほとんど進歩していないのではないかと暗澹たる気持ちになる。

紅緒(何よ、私ばかりか、編集長の悪口まで……)
紅緒、彼らと一戦交えることも辞さない覚悟だったが、

青江「編集長は俺だが……」
そこへふらりと現れたのが、当の青江であった。
青江「俺の顔を見たいと言った奴は、どいつだ?」
記者「あ、青江さん」
記者「あ、あなたでしたか」
青江「うちの記者に文句あるなら、俺に直接言ってもらおうか、仕事が出来れば男であろうと女であろうと仕事を与えるのが俺の主義なんでねえ。それが何か?」
記者「い、いえ、別に何も……」
青江、この業界では有名らしく、記者たちからも一目置かれているようで、勇ましかった彼らも急にへどもどして、そそくさとその場から立ち去る。
アニメでは分かりにくいが、原作では、はっきりその美貌に惹かれている男性記者もいる。

紅緒「編集長、私、そんなに言って頂いて、なんて言ったらいいか……」
感激の面持ちで、青江の顔を見上げる紅緒。
青江「いやぁ、俺は事実しか言わんよ、あんたが貴重な存在なのは本当だ」

そう言って歩き出した青江と、紅緒が期せずして同時に振り向き、

劇画的に互いを見詰め合う。

タイミングと言い、青江のポーズと言い、全編通して極めて印象的なシーンである。

紅緒(ああ、なんでしょう、この胸のトキメキは……)
紅緒が初めて青江に対する恋心を感じた瞬間であった。
同時に、これが、最上級ではないが、割と良く描けている紅緒の最後のアップとなる。
最終回の作画監督は、あの、富永貞義氏だからね。
青江「なにしろ、あんたは俺に蕁麻疹を起こさせない唯一の女族だからな、なんたって貴重」
紅緒「くぅぅーっ!」
青江、一応、照れ隠しにそんなことを言って混ぜっ返しているが、紅緒を好きになりかけているのは事実であった。アニメでは、その辺が中途半端なままに終わるのが実に惜しい。
長くなったので後は駆け足で。
そこへ珍しく和服姿の環が来て、青江のことを紹介してくれと紅緒に頼むが、青江は、環が物凄い美人だと察して、逸早く逃げてしまう。
ま、何度も言うように、紅緒も環も、ルックスは同じようにしか見えないんだけどね。
さて、その後、紅緒が編集室にいると、同僚記者が東京に飛行船が現れたと言うニュースを持って飛び込んでくる。
記者「なんと、ロシアからの亡命貴族、しかも男と女の二人連れ」
紅緒「へー、ロシア」
青江「ようし、行ってみよう」

ラスト、空き地に着陸した飛行船の前にやってきた紅緒が見たのは、なんと、幻覚だとばかり思い込んでいた、あの謎の物体だった。
紅緒「あれは、昨日の葉巻型UFO!」
どうやら紅緒、飛行船と言う名前は知っていたが、その実物は見たことがなかったらしい。
果たして、ロシアの亡命貴族とは何者か? と言う謎をはらみつつ、最終回へ続くのだった。
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