第10回「血は嘘をつかない」(1985年6月18日)
一見平穏な大丸邸の日常風景。
だがその裏には、千鶴子をはじめとした人間のドロドロした情念や憎悪が、いつ噴出してもおかしくない地底のマグマのように滾っており、それが、家族をして、常に漠然とした不安に駆り立てていた。
そんなある日、ダイニングで則子が郵便物の仕分けをしていると、いかにも教養のない字で書かれた一枚の葉書が目にとまる。
しのぶの父、龍作が娘に宛てた手紙だった。

則子「しのぶさん、刑務所にいるあなたのお父さんから葉書が来てますわ」
則子、それを汚物でも扱うような手付きでつまむと、

それを、こともあろうに、しのぶの目の前で床に放り捨ててしまうのである!
さすがにこんな奴おらへんやろ。 
が、しのぶたちはそんな扱いに慣れているのか眉ひとつ動かさず、その手紙を拾い上げる。
文面については不明だが、例によって、しのぶに面会に来て差し入れをして欲しいというたぐいのあつかましい内容だったと思われる。
則子はその足で夫・剛造の書斎へ行き、不満たらたらにそのことを告げる。
骨の髄までセレブな則子にとっては、犯罪者の父親を持つしのぶのや耐子のような使用人がいることが、不愉快でならないのだ。

剛造「で、その葉書は?」
則子「しのぶさんに渡しましたわ」
剛造「則子、今後、あの男からの手紙は一切しのぶさんに渡さんでくれ」
則子「でも、あなた、それではプライバシーの……」
お前が人の道を説くな、お前が。 剛造「構わん、これは私の命令だ!」
剛造は時折見せる専制君主の顔を覗かせて、則子に強く申し渡すと、自らしのぶの部屋へ向かう。
剛造「私は刑務所にいるあの男に君に面会に行って欲しくないんだ。15年間も君たちをほっといて、好き勝手に生きてきた男じゃないか。しのぶさんにも耐子さんにも輝かしい未来がある。その君たちの未来をあの男のために汚さないで欲しいんだ」
剛造は単刀直入に、だが誠意を込めて、しのぶに龍作との縁切りを迫るが、
しのぶ「確かに父は愚かでどうしようもない男です。私だって好きじゃありません。でも、娘の私たちが見捨てたら、父はひとりぼっちなんです」
耐子「自業自得じゃない」

しのぶ「タエちゃん、そうじゃないわ。お父さんだって昔はたくさんの夢を持ってたと思うの、その夢がひとつひとつ壊れていくたびに、心を汚して行ったんだと思うわ」
しのぶは、横から口を挟んだ耐子に教え諭すように語り掛けると、
しのぶ「旦那様、私たちが父に尽くせばいつかきっと父は真人間に戻ってくれる筈です」

剛造「……」
剛造は、ろくでなしの、父親の名にも値しないような男に対して、そこまで心を砕いて支えようとするしのぶのマザー・テレサのような慈愛に満ちた心根に触れて強い感動を覚えると同時に、龍作はお前の父親でない、本当の父親は自分なのだと叫んで抱き締めてやりたい衝動に駆られたが、

改めてしのぶの顔を見ると、やっぱり、つくづく
変な顔だなぁと言うことに気付いたので、やめておくのだった。
……
嘘である。渡辺桂子さん、ごめんなさい!
剛造、告白まではしなかったが、胸に満ちる熱い思いに突き動かされ、思わずしのぶの両乳、いや、両肩を強く掴んでしまう。
しのぶ「旦那様……」
そんなことをされたのはしのぶにとっても驚きであったが、その様子を遠くから見ていた千鶴子はそれ以上の衝撃を受けていた。
剛造は、妥協案として、自分が龍作への差し入れや出所後の面倒を見る代わりに、しのぶに、父親への面会を行わないよう頼み、しのぶもそれを受け入れるのだった。

千鶴子(何かある、お父様としのぶの間には私の知らない何か大きな秘密が隠されている……しのぶを見るお父様の目は他人の目じゃない。父親の目だわ)
千鶴子は急いで自室に引っ込むと、剛造があそこまでしのぶに肩入れするのには、単なる同情や静子への義理からだけではなく、何か特別な理由があるからではないかと気付く。

翌日も、川の流れを見詰めながら、剛造としのぶの関係についてあれこれ想像する千鶴子。
(しのぶはお父様の隠し子なのかしら? ……馬鹿げてるわ、お父様は慶子お母様を愛しておられた。しのぶの母を愛人にしてたなんて考えられない。だとしたらどういうこと? 私としのぶは乳姉妹、生まれて五日後に私は誘拐された……)
だが、さすがに生まれてすぐ赤ん坊の取り替えがあったなどと言う、コテコテの大映ドラマのような発想には思い至らず、せいぜい、しのぶが剛造の庶子ではないかと考えるぐらいだが、それも浮かんだそばから打ち消す。
もし、しのぶが異母妹だとしたら、まだどれほど千鶴子にとって気楽なことだったか……。
と、急速にバイクのエンジン音が近付いてきて、振り向けば、あの路男が、バイクにまたがってこちらに一直線に向かって来るではないか。

この前のディスコの一件もあるので、千鶴子は一瞬ギョッとしてから、反射的に反対方向へ走り出す。
そのまま川の中へじゃぶじゃぶ踏み込んで追跡を逃れようとするが、

そこは大して深い場所ではなかったので、路男もバイクを川の中へ突き入れて、盛大に水しぶきを上げながら着実に追いかけてくる。
これで路男が「ま、前が見えね~!」とか叫びながら転んだら大笑いなのだが、これはドラマなのでそう言うことは起きず、

路男は恐怖に引き攣った顔で必死に逃げ惑う千鶴子を執拗に追い続ける。
路男、傍目から見れば、
完全なレ○プ魔であった。
猛(さすがに引くわ~) 偶然通り合わせたのか、それとも路男か千鶴子をつけていたのか、河原に停めた車からその様子を見ていた悪党集団・鬼神組の皆さんも、路男の非常識な行為にいささか呆れ顔。
遂に千鶴子が川の中で倒れると、路男も漸くエンジンを止める。

ずぶ濡れで四つん這いになった千鶴子がエロティックなのである!
前にも書いたけど、「乳姉妹」って、大映ドラマの中では比較的エロ要素が強い気がする。
……って、こういうシーンをエロいと感じるお前がエロじゃ!

千鶴子「またあなたなのね? 何故私にこんなひどいことをするの? 私があなたに何をしたって言うの? こんなことをされる覚えはないわ!」
千鶴子、スカートをふとももに貼り付けさせながら立ち上がり、涙ながらに路男を責め立てる。
ま、路男が復讐を思い立った過去の出来事を鑑みれば、千鶴子が「こんなことをされる覚え」は、なくて当然なんだけどね。
そして、管理人が路男の行動にいまいち共感できないのは、「親の罪は子の罪」みたいな前近代的な発想で、路男が復讐事業に精を出しているからなんだよね。

路男「あんたの涙は清らかで美しいぜ。何の苦労も知らずに育ったお嬢さんは涙まで清らかだ」
千鶴子「何を仰りたいの?」
路男「遠いあの日、あんたが初めて海を見た日だよ、真っ白な砂浜を朱に染めた女の涙はあんたのように清らかじゃなかったんだ、貧乏が染み付いた泥の涙だったぜ。だがな、その涙は火のように熱い涙だった」
が、千鶴子の全身全霊の問い掛けにも、相変わらず、何が言いたいのかさっぱり要領を得ない、独特の言い回しで答えるポエム路男であった。
こういうのが夫や彼氏だったら、相手の女性はストレスが溜まるだろうなぁ。
千鶴子「あなたの話はいつでも謎だらけ、私に何を仰りたいのかさっぱり分からないわ! 恨みがあるならはっきり言いなさい!」 路男「……」
千鶴子にもピシャリと欠点を指摘されて、対話と作文が苦手な男子小学生が、若い女教師に叱られているような顔になるポエム路男。
しかし、自分を危うく轢き殺しかけた相手に対して、千鶴子がいちいち「仰る」と言う敬語を使っているのは、やや不自然である。
路男「今に分からせてやるさ、じっくりとな」
千鶴子「お待ちなさい、あなたは何者なの? 目的はなんなの? 私をどうするつもり?」
路男「俺は海鳴りだぁっ!」 ダメだ、もやは会話が成立しない。
朝男や大木は、まだしもコミュニケーション可能なレベルだったんだけどね。
路男は千鶴子の質問には一切答えようとせず、再びバイクをブビブビ言わせながら走り去る。

千鶴子「遠いあの日? 私が初めて海を見た日……それは私が誘拐された日のことでは?」
それでも、路男の残した断片的な言葉から、18年前の誘拐事件を調べれば、自分としのぶ、そして路男についての疑問が解けるのではないかと考える千鶴子であった。
OP後、千鶴子は久しぶりに父親の会社を訪ね、父親の腹心・手島から18年前の出来事について聞いている。
手島はすらすらとその時の事情を話してくれるが、最後に、誘拐犯、すなちわ路男の父親が、剛造が出した札束を受け取ると、赤ん坊を置いて逃げ去ったと、偽りの事実を並べる。

千鶴子「嘘、嘘よ、その話なら私もお父様から何度も聞かされて知ってるわ! あなたは何かを隠してるわ、何かとても大切なことを私に隠してるわ」
手島「お嬢様、会長と行動を共にし、人質交換の現場に居合わせた私が話をしているんです。何故信じて頂けないんですか?」
千鶴子「私が知りたいのは、誘拐事件の時に私としのぶに何があったのかと言うことなの」
千鶴子が肝心な点について重ねて問うが、手島はあくまで何もなかったの一点張り。
千鶴子が諦めて帰った後、手島は口止めされたにも拘らず、すぐそのことを剛造に知らせる。
手島は、ここで、自分も静子の剛造への告白を廊下で立ち聞きしていたと打ち明ける。その上で、

手島「この際、千鶴子お嬢様としのぶさんの血液鑑定をなさって、はっきりさせてはいかかでしょうか?」
剛造「いや、それはダメだ、それはできん!」
実務家の手島らしい進言だったが、剛造は強い口調で退ける。
仮に千鶴子が剛造の娘でないと判明した場合、プライドが服を着て歩いているような千鶴子は、即座に死を選んでしまうだろうと言うのだ。
一方、誘拐事件の顛末を知りたい千鶴子、今ならネットで調べれば一発だが、当時はわざわざ国会図書館まで足を運んで、昔の新聞をチェックするしかなかった。
なにしろ、日本を代表する大財閥の一人娘の誘拐事件であり、当時の新聞にもしっかり載っていたので、事実関係を把握するのは割と容易であった。
それによると、やはり手島の話は偽りで、路男の父親は事件の際、自殺しており、妻の育代も共犯として逮捕されていたことが分かる。
ちなみに新聞に書かれている誘拐犯の苗字は三森であり、田辺ではない。事件のあと、路男は田辺と言う姓に(親戚から)変えさせられたのだ。
千鶴子は警視庁まで行き、その育代の消息を知ろうとするが、15年前に出所したきり、現在、何処で何をしているのか全く分からないと言われ、そこで真相を探る糸はプツリと途切れてしまう。

悄然と警視庁のビルから出て来た千鶴子を、建物に入ろうとしている人ががっつり見ている。
カメラマンの源さん(仮名)が、
「こっち見んじゃねえ!」と、心の中で怒鳴りつけたのは言うまでもない。
さて、思い余った千鶴子は、何しろ行動力のある女性なので、今度は龍作に会いに、刑務所まで足を運んでしまうのだった。
千鶴子が面会に来たと知って、さしもの龍作も驚くが、すぐいつものふてぶてしさを取り戻す。
それでも、千鶴子に問われるまま、18年前、しのぶと千鶴子が乳姉妹になった経緯から話してやるが、生まれたての赤ん坊は、産着を取り替えたら親でも見分けがつかなくなる……と、意味ありげに前置きしてから、さも忌々しそうに、

龍作「帰ったら大丸の旦那に尋ねてみるんだな、静子の奴が教会でよ、旦那に何もかも告白したそうだから」
千鶴子「お父様に?」
龍作「はん、女なんて愚かなもんよ、それも体の心まで貧乏が沁み込んだ女ほど、他愛もねえ夢に縋るもんだ。静子の奴、自分の子供に、一度でいいから大丸の赤ん坊が着てるような産着を着せてみてえなんてほざきやがんで、怒鳴りつけてやったけどよ」

千鶴子「……」
龍作の仄めかしに、性格は悪いが頭の良い千鶴子は、目玉が飛び出るほどまじまじと龍作の顔を見詰めていたが、不意に、幽霊でも見たような顔になって卒然と立ち上がる。
龍作「お嬢ちゃん、どうしたい?」
千鶴子「……」
人非人の標本のような龍作の、からかうような問い掛けを無視して、千鶴子は勢い良く踵を返して逃げるように面会室から出て行く。
そう、千鶴子は漸く「真実」を悟ったのだ。

龍作「……」
そして、これが、生まれてこの方味わったことのない衝撃を受けたであろう娘の後ろ姿を見送りながら、実の父親が浮かべる笑顔である!
龍作こそ、日本が世界に誇る、最低のクズ野郎と言えるだろう。
千鶴子、「産着を取り替えたら……」と言う龍作が下卑た顔で言い放った台詞を頭の中でリフレインさせながら、刑務所の廊下を駆け抜け、一気に建物の外へまで出る。

千鶴子(そうだとすると、私は漁師の娘……しのぶがお父様の真実の娘と言うことになってしまう!)
刑務所の外塀で辛うじて体を支えながら、千鶴子は、突きつけられた残酷な「真実」に対し、吐き気を催すほどの恐怖を覚えていた。
千鶴子「嘘だ、そんなことがありえる筈がない……単なる私の思い過ごしだわ」
懸命にその想像を打ち消しながら、一心に走り出す千鶴子であったが、結局、一刻も早くしのぶを屋敷から追い出すしかないと言う、いつもの結論に辿り着く。
後編に続く。
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