第10回「血は嘘をつかない」(1985年6月18日)
の続きです。
「悪は急げ」と言うことわざもあるように、千鶴子は帰宅するなり、オペレーションを開始する。
まず、中庭の花壇を鈴子たち三人のお手伝いが手入れをしているのを、その真上のベランダから見下ろしてから、しのぶをそこへ呼び寄せる。

しのぶ「お嬢様、お呼びだそうですが」
千鶴子「……」

千鶴子「しのぶさんのお父さんに面会してきたわよ」
しのぶ「私の父にですか?」
千鶴子「しのぶさんに手紙を出さないように申し入れにいったんだけど、さいっていの男だわ。お金のことしか考えない男よ。無知で無教養で薄汚い男だわ!」
しのぶ「はぁ」
千鶴子「いや、はぁ、じゃなくて……」
普通のろくでなしの父親なら、そこまで他人に悪し様に言われたら多少は腹も立つところだが、龍作は、そんじょそこらのクソ野郎とは桁外れの腐れ外道なので、しのぶはむしろ、全くその通りだと言いたげに、いたって涼しい顔をしている。
……と言うのは嘘だが、しのぶが大して傷付いたように見えないのは事実である。
千鶴子「お父さんがこそ泥だなんて、それも残飯をあさる野良猫にも劣る最低の男よ! しのぶさんはあの男と組んで日本中を泥棒行脚でもしたほうが似合ってるんじゃないの?」
しのぶ「お嬢様、もうお許しください」
千鶴子は、父親に絡めてしのぶの悪口も並べ立てるが、なにしろ普段から聞くに堪えないしのぶの悪口ばっかり言ってるので、しのぶにも耐性が出来ていて、これまたあまり効果はなかった。
そこで千鶴子は、今度は母親の静子の悪口を言い始める。
千鶴子「あなたのお母さんも下劣な女だったそうね、赤子だった私の様子を見に来たお父様にこれ見よがしに胸をはだけて見せたそうよ」
剛造「ああ、私も喜んで吸いに行ったよ」 千鶴子「え?」
剛造「え?」
じゃなくて、
しのぶ「ぃやめて、やめてください!」
龍作のことはボロクソに言われても一向に気にならないしのぶだったが、愛する母親のことを言われては、平静ではいられなかった。

千鶴子「静子さんは私のお父様を誘惑したそうよ」
しのぶ「嘘よ、嘘よ! 私のことならどんなことでも耐えます、でも母を侮辱することはやめてください!」
千鶴子「あなたのお母さんなんて売春婦同然の女じゃないの!」 千鶴子、さらにエスカレートしてとんでもないことを口走る。
その静子こそ、自分の実の母親なんだけどね。
しのぶ「ひどい、もうやめて!」
千鶴子「あなたのお母さんは売春婦よ!」
しのぶ「やめて、やめてよーっ!」

とうとう我慢できなくなったしのぶ、千鶴子の腕を掴んで激しく揺さぶっているうちに、既に亀裂の入っていた手摺がボコッと外れ、千鶴子はそのまま花壇の上に落ちてしまう。
そう、以前から亀裂の入っていた手摺の前でしのぶを侮辱して怒らせ、自分を落とさせようと言う千鶴子の巧妙な作戦だった。

しかし、捨て身の作戦とはいえ、あまりに危険の多い方法だったように思う。
実際、土を掘り起こす為のレーキ(熊手)で右肩を切ってしまうのだが、一歩間違えれば生死に関わる大事故に繋がっていたかも知れないからだ。
まぁ、それだけ千鶴子が切羽詰って、前後の分別をなくしていたということでもあろう。
当然、千鶴子が救急車で病院へ運ばれる騒ぎとなり、しのぶも病院まで付き添い、血液型は同じ筈だからと輸血の為の採血をして貰う。
事情はどうあれ、しのぶが千鶴子を突き落としたのは事実なので、しのぶは少し遅れて駆けつけた則子たちに、病院の廊下に土下座して、平謝りに謝り倒す。
則子「謝って済むことではありません。あなたのことは今夜主人と相談して決めます。それまで家に戻ってじっとしてらっしゃい!」
ここぞとばかり、般若のような形相でしのぶを怒鳴りつける則子。

状況が状況なので、剛造も雅人も、あえてしのぶを庇うことなく、千鶴子のところへ行ってしまう。
だが、千鶴子の怪我は思ったより軽く、手術どころか、三人が処置室へやって来た時には、もう縫合が済んでいたほどだった。

雅人「千鶴ちゃん、どうしてこんなことになったんだ?」
千鶴子「どうもこうもないわ、しのぶさんが私をベランダから突き落としたのよ」
雅人「しかし、しのぶさんがそんなことをするなんて……」
千鶴子「鈴ちゃんたちも見てたのよ、しのぶさんが突然私に挑みかかってきて、私を突き飛ばしたの!」
則子「千鶴子の言うとおりですわ、私も、鈴ちゃんたちから詳しい事情を聞いてまいりましたの、しのぶさんは、無抵抗な千鶴子さんをいきなり突き落としたそうですわ」
剛造「とても信じられん」
千鶴子「お父様は騙されてるのよ!」
鈴子たちはその場にいたのだから、当然、千鶴子が先にしのぶを侮辱・挑発したことを知っている筈なのだが、例によって、千鶴子の為に則子に対して偽りの申し立てをしたのだろう。
ただ、しのぶの存在を煙たがっている他の二人はともかく、鈴子は多少、しのぶたちに同情している節も見られるから、彼女まで口裏を合わせていることがいささか解せないが……。
則子「あなた、しのぶさんを警察に突き出しましょう」
千鶴子「当然よ、しのぶは私を殺そうとしたのよ!」
調子ぶっこいた千鶴子は、自分で仕組んでおきながら、母親と一緒になって、しのぶを警察へ突き出せとまで喚き立てる。
さすがに剛造はその場で決断は下さず、後でしのぶからも事情を聞いて、その上で判断することにする。その後、剛造は昔からの知り合いである院長に挨拶に行く。

剛造「この度は娘がお手数かけまして」
院長「いやいや、しかし、大したことがなくって良かったですな。そうだ、松本しのぶさんが輸血の為にと言って献血してくれたんですが、それも必要ありませんな」
剛造、何気なく院長が手にした試験管を凝然と見詰めていたが、
剛造「その血は、松本しのぶの血なんでしょうか」
院長「ええ、そうですよ」
剛造「私と千鶴子、それに松本しのぶの血液鑑定を早急にお願いできないでしょうか」
不意に、手島に勧められたが一度は突っ撥ねた血液検査を今度は自ら院長に依頼するのだった。
院長「わかりました。亡くなられた慶子奥様のカルテも残してありますから」
突然のことに院長も一瞬驚いたが、剛造とは肝胆相照らす間柄のようで、その意を汲んで余計なことは一切聞かずに引き受ける。
だが、千鶴子と一緒に剛造が帰宅すると、先に帰っていた雅人が慌てた様子で出て来て、

雅人「お父さん、大変です、しのぶさんがこの家を出て行きました」
剛造「なにっ」

千鶴子「……」
計略が見事当たってうまくいったワイと、ついニヤニヤしてしまう千鶴子。
振り返って剛造がその顔を一目見ていれば、即座に事の真相に気付いたことだろう。
しのぶは置き手紙を残していたが、殊勝にも、千鶴子に罵倒されたなどとは一言も言わず、今度の一件はひたすら自分の責任だと罪を一身に背負っていた。
もっとも、手摺に細工がしてあったことまでは知らないのだから、しのぶがすべて自分のせいだと思い込んでいたのは確かだろう。
また、しのぶは何処かで仕事を探して自活するつもりであること、それまでは耐子のことをくれぐれも頼むとも書いていた。
雅人は茫然としている剛造に声を掛け、あのベランダまで連れて行く。

雅人「見てください、この場所は、前から弱っていた部分なので修理を頼んでいたんですが、こんなにひどいものではなかったんです。これは明らかに誰かが細工したとしか思えません」
剛造「じゃあ、千鶴子が、しのぶさんを追い出すために、命懸けで罠を仕組んだというのか?」
聡明で、千鶴子の性格を良く知っている雅人は、早くも千鶴子の陰険な計画に気付いていた。
剛造は即座に千鶴子を問い質す。最初は笑って否定していた千鶴子だったが、剛造に強く射竦められると、たちまち目を伏せてしまう。

剛造「私の目を見なさい!」
千鶴子「……」
口で言わずとも、その後ろめたい表情が何よりも雄弁に己の罪を認めていた。

剛造「嘘は許さん、お前はベランダに細工をして花壇に落ちても死なないことを計算してしのぶさんを罠に掛けたんだろ?」
千鶴子「お父様……」
剛造「バカッ!」
剛造、カッとなって千鶴子の頬を引っ叩く。
剛造「私はお前をそんな卑劣な娘に育てた覚えはないぞ。私が今、どんなに悔しいか、どんなに腹を立てているか、お前に分かるか? 大丸剛造の娘が心の卑しい娘であってはいかんのだ!」
と、剛造は言うのだが、そのことなら、以前、自分の宝石箱をしのぶが盗んだように偽装した事件その他で、とっくに証明済みで、今更怒るようなことでもないと思うんだけどね。
とにかく、剛造はしのぶを連れて戻るまで家に帰ることまかりならんといつになく厳しい宣告を下す。
自分の手でその本性を暴いた雅人だったが、相変わらず涙が出るほどの優しさを見せて、千鶴子と一緒にしのぶ探しに行ってやるのだった。
そのしのぶ、大丸邸を飛び出したものの、特に行くあてがある訳でもなく、とりあえず、以前一度だけ会った優子の店、すなわちクラブ「火の鳥」へ赴き、そこで働かせてくれと頼むが、すげなく断られる。
そこへ島田と猛たちが来て、しのぶにちょっかい出そうとするのを、優子がしのぶに若山の教会へ行けと助言して帰らせる。
だが、島田の指示で猛たちがしのぶの後を追って出て行ったのを見て、不安に駆られる。しのぶが、島田や猛たちの手に落ち、自分のようにヤクザの食い物にされるのではないかと危惧した優子は、思い余って路男を頼ることにする。

路男、仲間にも見放され、あの店でひとりペットを吹き鳴らしていた。
しっかし、そもそもこの店って、誰に断って路男が溜まり場にしてるのだろう?
それとも潰れた店を、路男が勝手に使っているのだろうか? ただ、ひとりならともかく、以前は大勢の仲間もおおっぴらに出入りしていたのだから、建物の管理人に気付かれない筈はないし……。
それはともかく、店のピンク電話に優子から電話が掛かってくる。
路男は話を聞くと、何しろ暇なので、すぐしのぶを探しに店を出て行く。
そのしのぶを先に見付けたのは、千鶴子と別れてひとりで探していた雅人であった。
だが、しのぶはどうしても屋敷には戻らないと言う。雅人が口を酸っぱくして説くが、
しのぶ「私が大丸家にいると、千鶴子さんが苦しみます。雅人さん、私と千鶴子さんは別々に暮らした方がいいんです」 と、きっぱり言い切る。それは確かに、現実的には、誰にとっても一番幸せな選択であったろうが、そんなことをされるとドラマにならず、スタッフが大弱りなのであった。
雅人も、今までのことをつらつら考えると、しのぶの意見に同意せざるを得なくなり、大人しく引き下がるが、その代わりに、しのぶの職探しを手伝ってやることにする。
一方、剛造は、院長から電話で血液鑑定の結果を知らされていた。
院長「パンパカパーン! 血液鑑定の結果、千鶴子さんは几帳面で神経質でちょっぴり甘えん坊、松本しのぶさんは我慢強くて意地っ張りだけど、ロマンティックな一面もあると判明しましたぁーっ!」 剛造「病院燃やすぞ」
じゃなくて、
院長「血液鑑定の結果、あなたの真実の娘さんは松本しのぶさんと分かりました」
剛造「……」
ある程度覚悟していたことだったが、さすがにはっきりと医学的事実として突きつけられて、さしもの剛造も言葉を失う。

しのぶと雅人は、色んな店で断られた挙句、小さな定食屋に辿り着くが、

偶然にも! ほんとに偶然にも! その店では既に死んだ筈のしのぶの母親、静子が働いていたのだった。
お互い、相手の存在に気付いて驚くが、何故か静子は店の裏口から逃げ出してしまう。

雅人「人違いじゃないのか?」
しのぶ「人違いじゃないわ、私がお母さんの顔を見間違える筈がないもの! お母さんは生きてたのよ!」
二人はなおもその周辺を探し回っていたが、しつこくしのぶを追跡していた猛たちが襲ってきて、雅人を殴り飛ばすと、しのぶを無理矢理連れ去ってしまう。
路男が、雅人が、それぞれの焦燥を胸に繁華街を奔走している頃、

千鶴子はひとり、魂の抜けたような顔と歩き方で、ふらふらと歩道橋を上っていた。
で、向こうから歩いてきて肩がぶつかったのが、

問題の静子なのだった。
……
いやぁ、偶然ってあるんですねえ。
もっとも、ナレーションは、
「松本静子が生きていた。何故にその真実が隠され、静子は姿をくらませていたのか、その静子がしのぶと千鶴子に会ったのは
偶然ではない! 見えない糸で結ばれた親子の絆であろう」
などと、あつかましいこと言ってるんですけどねえ。

静子、一旦行きかけるが、相手が千鶴子……すなわち、自分の実の娘だと気付き、物陰に身を潜めつつ、じっとその涙で濡れた顔を見上げる。

ラスト、静子に気付いて振り向いた千鶴子の、涙の筋が伝う顔が異様に綺麗であった。
11話へ続く。
- 関連記事
-
スポンサーサイト