続きです。
翌日、警視庁で明智が波越警部と、友子の投身自殺と思われる事件について話している。
明智は、現場に友子の靴がなかったことを気にしていた。投身自殺の場合、靴を脱いでから飛び込むことが多いからある。
さらに、刑事の調べで、伊勢が養子であること、友子の父・伝兵衛が、伊勢省吾の運転する車で海へ転落して死んでいることなどが明らかになる。
後に、実際に、伊勢が友子と離婚させようとした義父を、事故に見せかけて殺したことが判明する。
このように、ドラマにおける伊勢は、明智と対決させる必要上、完全な悪人として描かれているが、原作では、あくまで不運が重なって犯罪を犯さざるを得なくなってしまった男として描かれている。
明智が波越警部に別れを告げて廊下に出ると、ちょうど、波越警部に呼ばれてやってきた伊勢と鉢合わせする。

伊勢「……」
当然、伊勢は、殺した筈の良介が生きていたのかと驚いて、声もなく立ち尽くす。

明智「……」
明智は明智で、全く面識のない相手だったので、戸惑い顔で見返すばかり。
やがて、伊勢は冷静さを装って通り過ぎ、

伊勢「あ、波越警部の部屋は?」
警官「ここです」
ドアを開け、もう一度明智の顔を見てから刑事部屋に消える。

明智(あれが伊勢省吾か……何に驚いたんだろう? 間違えたんだな、ふっ)
明智、そのうち、伊勢が自分のことを沖良介だと間違えたのだと気付き、思わず笑いがこぼれるが、すぐ、どうしてあんなに驚いたのだろうと訝しがる。
ちなみにこのシーン、原作にもそっくり同じシーンがあるのだが、探偵は明智ではなく南重吉と言う悪徳探偵で、良介の妹・芳江から良介の捜索を依頼された彼は、伊勢が、良介と似ていると言う自分の顔を見て顔色を変えた一事から、とうとう真相に辿り着いてしまうのである。

伊勢「今出て行かれた方は?」
波越「あ、あれが有名な名探偵・明智小五郎ですよ」
伊勢「明智小五郎……」
波越「ええ、あなたの奥さんの遺留品の発見者ってわけですよ」
伊勢、波越の形式的なアリバイ調べに、一昨日は多摩平の別荘にいた、昨日は晴美の引っ越しの手伝いをしていたと説明する。
そして、妻の自殺の原因については、自分が近々妻と離婚するつもりだったので、それを苦に自殺したのだろうと沈痛な面持ちで話す。
しかし、夫に離婚されそうだからって自殺する奴はいないよね。
しかも、金は妻のほうがたくさん持っているのだから(友子には親譲りの財産がある)、なおさらだ。
一方、晴美は、マンションにひきこもり、死んだ友子の幻影を見ては、不安と恐怖に震えていた。

そんな折も折り、電話がけたたましく鳴り響き、ハッとして顔を起こす晴美。

晴美「もしもし?」
桃子「あ、晴美さん、私」
晴美「桃子さん……」
桃子「ね、兄さん行ってない?」
晴美「ええ」
桃子「昨夜酔っ払って出たきり戻らないのよ。家にも行ってみたけどいないの」
晴美「いつもぷいといなくなるのがお兄さんの癖なのよ」
兄のことは誰よりも良く知っている晴美、まさか既に死体となっているとは知らず、さほど気にしていないようだったが、場合が場合だけに、兄に縋りつきたい気持ちになるのだった。
ここで、つい最近の、良介の家を訪ねた時のことが回想シーンで描かれる。

晴美「はい、兄さん、お土産。お酒と、はい、おつまみ」
良介「こりゃあ気が利いてるなぁ、ありがとう、ありがとう」
晴美「でも、いっぺんに飲んじゃダメよ」
良介「お前、会うたびに説教するな、俺に」
晴美「だって昔はお兄さんが私に説教ばっかりしてたじゃない」
晴美、前々から、
「なんでテレビの横にハニワが置いてあるの?」と聞きたくて仕方なかったのだが、怖くてどうしても聞けないのだった。

良介「ああ、あの頃に比べて大きくなった。綺麗になった」
昔を思い出すような目付きで、しんみりとした口調でつぶやく良介。
晴美「兄さんもよ。妹が惚れ惚れするくらい逞しくなったわ」
良介「なぁまいき言ってえ」
しかし、天知先生と岡田奈々さんとでは、兄妹というより、親子だよね。
ま、岡田さんは年齢より大人っぽく見えるから、それほど違和感はないが。
晴美「兄さん、助けて欲しい……」
優しく頼もしい兄の面影を思い浮かべては、ひたすら涙に暮れる晴美だった。
ほどなく、良介の失踪は決定的となり、新聞にでかでかと載る事態となる。

文代「先生、偶然が重なってますね。私たちは伊勢友子の遺留品を発見した。そして友子のご主人・伊勢省吾は沖晴美のプロダクションの社長で遺留品を届けに行った警察で兄良介に会った。そしてこの二人は世間では恋愛関係だと噂されている仲で、妻・友子と兄・良介の行方が分からない」
今回、まだはっきりと事件も起きておらず、誰かに依頼されてもいない明智事務所であったが、やはり不思議な偶然の重なりが気になって、文代さんがとりあえず人物関係を整理していた。

明智「その伊勢が、私の顔を見て驚いた」
文代「当然ですよ。だって先生は、晴美の兄さんそっくりなんですもの」
明智「ところが、その驚きが異様だった。どうしてだろう?」
タバコを吹かしながら、考え込む明智さん。
夜、伊勢が晴美のマンションで晴美が帰るのを待っていると、玄関のチャイムが鳴る。
ドアを開けると、真下が立っていた。

伊勢「ああ、真下……晴美を知らんか?」
真下「いいえ、その前にちょっとお話が……」

伊勢(ガチャッ)
真下「ちょっと、なんで閉めるんですかっ!」 嘘である。
今回、ちょっとギャグが少な目なので、無理矢理入れてみた。
真下、晴美がいないほうが都合が良いと、上がりこんでソファに陣取ると、

真下「見ていたんですよ、何から何まで」
伊勢「……」
友子の靴らしきものを取り出して、単刀直入に切り出す。
真下「社長は、あ、靴がないって叫んだ。その奥さんの靴ですよ。二人の死体を沼に沈めて逃げるように社長の車が行ってしまった後、茂みの中で拾ったんですよ」
レビューでは省略したが、伊勢は沼に友子の死体を捨てる段になって、ようやく靴が片方ないのに気付き、しばらくその周りを探していたのだ。
伊勢「そうか、見てたのか……それで?」
真下「今まで世話になった社長ですからね・警察に言おうかどうか私も迷ってるんですよ」
伊勢「私を脅迫するつもりか」
真下「とんでもない。何かお役に立つことがないかと思ってるんです」
伊勢、今更誤魔化しても無駄だと、一部始終をありのままに真下に打ち明ける。
ただし、友子を殺したのが晴美であること、隠蔽工作を言い出したのも晴美だと言う二つの嘘を別にして。

真下「社長の言うことを信じましょう。だが晴美の兄貴を殺したことだけは確かだ」
伊勢「皮肉なもんだよ、晴美の為にこんな恐ろしい事件に巻き込まれてしまって、そして晴美の兄さんを殺してしまうなんてね。ただ、これだけは晴美に黙っていて欲しい。その代わり君の要求は聞こう。何が欲しい?」
真下「晴美です」
真下は即答すると、自分が晴美と一緒に独立して芸能プロを起こすことを許すことと、その為の資金5000万とを要求する。

伊勢「二つとも要求を飲もう。そのかわり、私にも条件がある」
真下「聞きましょう」
伊勢「いいかね、これは晴美の犯した犯罪だ。私はただ巻き込まれて境地(ママ)に陥ってるだけだ。だから君に晴美を渡す以上、これから犯罪を隠しおおせるように協力して欲しい」
真下「わかりました、今の世の中、危ない橋を渡らなきゃ金はつかめませんからね」
真下、意外とワルだったようで、伊勢とそんな取引を成立させる。
原作では、この役は例の南探偵が受け持つことになる。
南は、伊勢を脅して金を取ろうとするが、真下と同じく、逆に伊勢に殺されてしまうのだ。
その頃、晴美は兄のアパートにいて、兄の帰りを待っていた。
そこへ晴美を探していた伊勢がやってくる。

伊勢「万事うまく行ってるよ。あとは時間が解決してくれる」
晴美「色々すいません」
伊勢「いいんだよ、晴美、私はね、君が好きなんだ」
晴美「ええっ?」
伊勢「どうだい、この事件をうまく隠しおおせたら、私と結婚してくれないか」
晴美「そんなこと……」
突然の告白に、戸惑う晴美。
伊勢、元々、友子と離婚して晴美と結婚するつもりだったと言って、遂に、今か今かと一部の読者の皆さんが待ち望んでいた行動に出る。
そう、乱暴狼藉である。

晴美「やめて、社長!」
伊勢「それじゃ俺が警察に行って何もかも喋っちゃっていいのか?」
晴美「社長……あっ、いやっ!」
当然、激しく抗う晴美だったが、伊勢に耳元でそう言われると、急に抵抗する気力が萎えてしまう。

晴美「やめて、社長! いやっ、やめて!」
伊勢に組み敷かれ、すわっ、晴美の貞操のピンチ! となるが、ちょうどその時、ドアを叩く音がしたので、伊勢は晴美から離れ、晴美も慌てて起き上がると、身繕いしながら応対に出る。

晴美「お兄さん!」
ドアを開けると、廊下に良介らしきシルエットが立っていたので、思わず叫ぶ晴美。
だが、無論、それは良介ではなく、瓜二つの明智さんであった。
晴美も、すぐそれが別人だと気付く。

晴美「あなたは……」
明智「明智小五郎です。沖晴美さんですね。お兄さんとは伊東でお会いしました」
晴美「そうですか、あの、何の御用でしょうか」
明智「あ、実は伊勢友子さんの仏ヶ浦の遺留品は私が見付けて警察に届けたんです。そのことで……」
晴美「私、そんなこと関係ありませんけど」
伊勢「……」
晴美が怯えるようにあとずさると、なんとなく隠れていた伊勢も、ややばつが悪そうな顔で出てくる。

明智「あなたが伊勢省吾さんですね。今日、警察の廊下でお会いしました」
伊勢「ああ、そうでしたな、晴美の兄さんにあまりにも似てるんでびっくりしましたよ」
晴美「ほんと、良く似てらっしゃる」
明智さん、現時点では殺人事件が起きたとも言えないし、誰からも調査を依頼されている訳ではないので、
伊勢「私も晴美も今度のことでは疲れきってるんですよ、帰っていただけませんか」
伊勢にそう突き放すように言われると、大人しく退散するしかなった。
その代わり、
明智「晴美さん、私と兄さんはそっくりなくらい似ていますね。あなた今、大変お悩みのように見えますが、もしお困りなら私にご連絡ください。お兄さんと同じようにお役に立てると思います」
帰り際、晴美に、そんな誠意を込めた言葉をかけるのだった。

伊勢「ちょっとしたスター気取りだが、たいした奴じゃないよ」
晴美「でも、兄さんにそっくり」
伊勢が、せっかくのところを邪魔された上に、晴美に親しげに話しかける明智に反感を持ったのは当然だった。
伊勢のおっちゃんの凄いのはここからで、

伊勢「さあ、晴美!」
と、何事もなかったように、さっきの続きをおっぱじめようとするのだった。

晴美「いやっ」
伊勢「晴美!」
晴美「私の体に手を触れたら、警察に行きます!」
だが、晴美は晴美で、ほとんど時代錯誤と思えるほど身持ちが堅く、逆に伊勢を脅してまで純潔を守ろうとする。
伊勢「わかった、もう少し待つよ」
伊勢、その場は引き下がるが、なおも晴美を諦めはしないのだった。
一方、明智探偵事務所も本腰を入れて調査に乗り出し、早くも文代さんが、二日ほど伊勢の車がマンションに駐車されていたこと、女物の靴の片方が駐車場に落ちていたことを掴んでくる。
しかも、伊勢の家まで行って、それが友子の靴だということまで割り出してしまう敏腕助手の文代さんであった。

明智「つまり伊勢友子が、晴美のマンションにいたことになるな」
文代「殺して死体を車で運んだんじゃないでしょうか」
そこへ小林少年が飛び込んできて、

小林「先生、伊勢友子さんが泊まった伊東のホテルに泊まってきました」
明智「ごくろうさん、で、どうだった?」
小林「ええ、ジャグジー付きでとっても快適でした!」
明智「おいっっっ!!」 じゃなくて、
小林「先生、伊勢友子さんが泊まった伊東のホテルに行ってきました」
明智「ごくろうさん」
小林「フロント係の話によると、友子さんは帽子にコートにサングラスの格好で現れたそうです」
文代「つまり変装の可能性があるって訳ね」
小林「おそらく晴美でしょうね」
明智「そして伊勢は、死体を何処かへ隠した」
文代「つまり、伊勢と晴美の共犯ってことになりますね」
超優秀な明智探偵事務所の面々は、あっという間に事件の全体像を掴んでしまう。
ま、時間の都合もあるんだろうけどね。
今回は、いわゆる倒叙形式(コロンボみたいな奴)なので、明智が本格的に乗り出した時点でもう残り30分くらいしかないので、ぼやぼやしていられないのだ。
と、そんな話をしているところへやってきたのが、昨夜の明智の言葉に縋って助けを求めに来た晴美であった。
同じ頃、伊勢と真下が、倒産したマネキン工場の中で取引をしていた。
そこは真下の実家が経営していた工場で、その権利書を買い取る形で、伊勢が真下に5000万を支払ったのだ。
ちなみに原作では、ダム湖の底に沈む予定の石切工場を、真下ではなく伊勢が所有していたと言う設定になっている。

伊勢「高い買い物だ」
真下「いや、安い買い物でしょう。臭い飯を食うことを思えば」
伊勢「君もなかなかの悪党だね」
真下「元々は人形作りを目指した芸術学生だったんですがね」
原作では真面目なデザイナーの真下だが、犯人をゆする南探偵の役割も兼ねているので、ドラマの中では何故かこんな悪党になっているのだ。
再び明智探偵事務所。
晴美が、明智たちに何もかも打ち明けている。

文代「ナイフを取ろうとして奥さんが自分で刺したのね」
晴美「ええ、ここを」
文代「あなたは血を見て気絶した。そして目が覚めたら、奥さんが死んでたって言うのね」
晴美「ええ、心臓にナイフが刺さって……」

明智「ちょっと待って、あなたはさっき、ここを刺したと言いましたよ」
晴美「ええ」
明智「しかし、今、心臓と言った。ここは肩口、心臓はここです」
自分の体に手を当てて、食い違いを指摘する明智さん。
もっとも、明智さん、「心臓はここ」と言いながら、ほとんどみぞおちの横辺りを押さえてるんだけどね。
晴美「そう言われれば……でも社長は心臓一突きで即死だと仰いました」
文代「自殺に見せかけるこの計画は全部社長が考えたことなのね」

明智「ええ、私、明智さんにお会いした時、兄さんが帰ってきてくれたんだなぁって思いました。私、明智さんにすべてを告白して自首するつもりで来ました。お願いします、警察に連れてってください」
罪の意識に耐え切れなくなったのだろう、潔くそう申し出る晴美に対し、明智はつと立ち上がると、ブラインドの前に行き、

明智「あなたの犯罪ではないような気がする……肝心の死体がない。何か目に見えない罠があるような気がします」
いや、明智さん、死体は伊勢が隠したんだから、なくて当然だと思うんですが……。

明智「どうです、私に任せてくれませんか?」
晴美「どうすればいいんですか」
明智「警察に行くのをもう少し待つんです」
晴美は、兄に似ている明智を信頼して、その指示に従い、しばらく文代さんのアパートに身を隠すことになる。
劇中では出てこないが、文代さんと晴美の同居生活を想像すると、なんか良いよね……。
ところで、このシーン、ひとつ気になるのは、あれだけ晴美のファンを公言していた小林少年が全く目立たないことだ。台詞がないどころか、顔すら見えない。
それこそ、晴美を前にして緊張しまくっていたとも考えられるが、アイドルの晴美を目の前に見て、どぎまぎする……なんてカットが欲しかったところだ。
夜になっても晴美が帰ってこないので、真下が心配してあちこち探し回り、伊勢にも電話するが、伊勢は晴美が明智のところにいるのだとすぐ勘付く。
だが、いくつもの修羅場をくぐりぬけてきた伊勢は、明智の出馬に対しても恐れるどころか、

伊勢「いよいよ明智と勝負だな」
むしろ、明智との知恵比べを期待しているかのような笑みを浮かべる。
明智は明智で、

明智「伊勢省吾、切れるな!」
相手が容易ならぬ大敵であることを確信し、気持ちを引き締めていた。
明智「問題は、死体を何処へ隠したかだ」

伊勢「明智、負けはせんぞ」

明智「奴は……どう出る?」
この、善と悪の両雄が、離れたところにいる相手のことを考えている姿がカットバックされると言う構成は、「悪魔のような美女」中盤の、明智と緑川が恋人同士であるかのように遠く離れた相手に思いを馳せるシーンの変奏と言えるだろう。
ただ、盛り上がってるところ悪いのだが、この事件、晴美が明智にすべてを告白した時点で、もう終わってるような気もするんだよね。
晴美がわざわざそんな嘘を言う筈ないんだし……。
だから、本来なら、晴美が白状したのなら俺もおしまいだと、伊勢も観念するべきところなのに、逆に意気軒昂、ファイト一発リポビタンD的に闘志を燃やすのが、若干変だと言えば言える。
明智が、晴美を説得して警察に行くのを止めさせている、なんてことが伊勢に分かる筈ないんだし。
その4へ続く。
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