第10回「真犯人 み~っけた!」(1984年12月8日)
誰も読んでないだろうけど、意地でも続ける「気分は名探偵」のお時間です。
冒頭、吉原探偵事務所に所用で訪れた良平、妙に上機嫌で、圭介に一緒に飲みに行かないかと誘うが、圭介は断る。
良平が帰った後、
圭介「良平さん、弁護士としては腕利きらしいですね」
聖子「なんでもね、東大の法学部を首席で出て、司法試験トップで合格出来たんですって」
圭介「じゃあ優秀じゃないですか」
聖子「ところがね、女癖が悪いのが玉に瑕よ」
果たして、良平はひとりでクラブへ行き、女の子たちに密着されてデレデレしながら酒を飲んでいた。
そこへゆかり(高沢順子)という新顔のホステスが現れ、良平に色っぽくしなだれかかってくる。
チークダンスを踊りながら、何か法律上の相談があるからアパートに来てほしいと言われ、ついでに耳たぶを甘噛みされて、良平はすっかり有頂天になり、ホイホイ彼女のアパートまでついていく。
だが、深夜、アパートのゆかり……本名、志村幸子の部屋から、女性のけたたましい悲鳴と叫び声、さらには物が激しく落ちる音などがして、他の部屋の住人たちが何事かと外へ出てくる。
と、髪が乱れ、衣服が破れて下着が露出した状態の幸子が飛び出てきて、住民に助けを求める。
続いて、下着姿の良平が泡を食った様子で出て来たので、住民たちは当然、良平がけしからぬことをしようとして、幸子がすんでのところで逃げ出したのだと理解する。

幸子「警察呼んで、警察!」
良平「ちょっと待ちたまえ、私は乱暴なんかしてないじゃないか」
幸子「嘘よ、私のこと押し倒して、パンツ取ろうとしたでしょう!」
住民「ええーっ!」
80年代のドラマでは、アパートの隣に住んでる中年女性と言うのは、寝る時に必ず頭にカーラーに巻き付けているものなのである。
自分は弁護士だと言って、なんとか彼らを宥めようとする良平だったが、「弁護士ならなにやってもいいってのか?」と、逆に反感を買い、その場でリンチにされまじき、危険な状態になる。
結局、良平は警察に捕まってしまう。

少しして、事務所の隣の圭介の寝室に聖子が慌しく入ってきて、圭介を叩き起こし、
聖子「警察から連絡あってね、良平さん連れてかれちゃったのよ」
圭介「良平さんが? どうして」
聖子「婦女にね、変なことしちゃったんだって……いやらしいことしちゃったのよ! アレしちゃったのよ」
圭介「暴行?」
聖子「それじゃないのよ~」
あ、聖子もカーラー巻いてる……。
言い忘れていたが、聖子は、良平の義理の姉(亡夫の弟)にあたるのだ。

OP後、警察の取調室で、八田と大藪を相手に、物凄い剣幕で良平のことを糾弾している幸子。
幸子「私ね、相手が弁護士だからって、絶対に許しませんからね! だっていきなりよ、いきなり私のこと押し倒してよ……」

幸子「ほらっ、ちょっとこれ見てよ、ほら……ね、ビリビリビリビリ破いてよ、私のこと力尽くで押し倒してやろうとしたのよ! 私がホステスだと思ってバカにしてんのよ!」
八田「こ、興奮しないで……」
自ら胸元を広げてブラを露出させ、良平の非道を責めてまくしたてる幸子の迫力に、八田も大藪もタジタジとなる。
幸子「私、あの人、告訴します!」
聖子と圭介が万年坂署に駆けつけると、ちょうど取調室から三人が出てきたところだった。

聖子「どういうことなの?」
大藪「どうもこうもないですよ、弁護士がね、婦女暴行働くなんてね、世も末だよ」
聖子「信じられないわ、私には」
幸子「ちょっと、あんた、じゃあ、私が嘘ついてるって言うの?」
聖子「いや……」
幸子「これ見てよ、これ、あの人、いきなり襲い掛かってきたのよぉ、あんな卑劣な弁護士は徹底的に懲らしめてやるべきよ! 絶対告訴!」
思わずつぶやいた聖子にも、猛然と食って掛かる幸子、ちょっと手が付けられない感じだった。

二人は拘置されている良平に面会し、詳しい経緯を聞く。
良平は、これは何かの罠だと主張し、幸子には今日初めて会ったこと、彼女の方から声を掛けてきたこと、法律上の相談に乗って欲しいと頼まれたことなど、ありのままを話し、
良平「……で、まあ、一緒に、暫時飲んでね、飲んでるうちにこうなんだか、ロマンティックになっちゃって、で、結局、意気投合しちゃったぁ」
聖子「喜んでる場合じゃないでしょ! 鼻の下伸ばして!」
圭介「それで、彼女のアパートへ行った訳ね」
良平「うん、彼女は先にベッドに入っててって言うもんだから……」
ここで良平の証言に基づき、その時の様子が再現される。
良平、楽しそうに歌を歌いながら服を脱ぎ、下着姿になると、ベッドの中にすっぽりおさまり、

良平「ゆかりくん、僕はもうベッドインしたよ~」

幸子「……」
幸子、呼ばれて戸口のところに立ち、微笑みながら良平を見ていたが、

彼女は、いきなり自分で自分の服を引き裂き始め、ブラが露出したところで、「助けてーっ!」と、隣近所に響き渡るような金切り声を上げたと言うのだ。
さらに、「いやーっ」「誰かーっ」と、切れ目なく悲鳴を上げ続けながら、自分で自分の髪の毛を掻き毟ってぐしゃぐしゃにし、ついで、リビングにあるものを片っ端から床に叩きつける。
そして最後に玄関から飛び出し、それを良平が追いかけて、冒頭のシーンに繋がったと言う訳なのだ。
良平「状況から判断すると私は非情に極めて不利な状態にある。告訴されれば刑法180条、暴行未遂罪が成立する」
聖子「あの女、告訴するよ、きっと」
良平「冗談じゃありませんよ、」

良平「そんなことで告訴なんかされたら、私は弁護士としての資格を剥奪されてしまう」
ショックのあまり、椅子から離れて、部屋の片隅にしゃがみこんでしまう良平。
聖子「ねえ、あんた、前にね、あの女に恨みを買うようなことしてるんじゃないの?」
圭介「なんか理由がなきゃ罠に嵌めたりしないでしょう?」
二人が代わる代わるその点を確かめるが、良平はあくまで心当たりはないと言い張り、圭介に、事件の真相を解明して欲しいと縋るように頼む。
翌朝、2階からマスターがどだどた降りてくると、自分の店に駆け込み、

マスター「えらいこと聞いちゃったんだよ、今2階の事務所にコーヒー届けたろ、そしたら新聞記者が来ててな、所長と話してるの立ち聞きしちゃったんだよ」
明子「新聞記者?」
マスター「良平さん、弁護士の、警察に捕まったんだって」
マリー「あらっ」
マスター「婦女暴行の現行犯だって」
そこにいたマリーと明子に良平の一件をべらべら喋ってしまう。
明子「婦女!」
マスター「暴行!」 彼らは無責任にも、良平がほんとにそんな破廉恥行為をしでかしたと決め付けてしまう。
マスター「アパートに無理矢理押しかけてそこでやっちゃったらしいんだよ」
明子「だって弁護士でしょー」
マリー「強姦までするなんて、人は見かけによらないもんね」
と、店の前を圭介が通り掛かったので、三人は慌てて圭介を店の中に呼び寄せて、

マスター「あのさ、良平さんさ、バーの女に乱暴したんだって?」
圭介「もう伝わってるの?」
マスター「今ね、2階に新聞記者が来ててね……」
圭介「新聞記者?」
新聞記者と聞くなり、圭介は三人を打ち捨てて2階の事務所へ駆け上がる。

聖子「あの女が新聞社にたれこんだらしいのよ」
記者「彼女が告訴したって言ってるんですよ、事実はどうなんですか」
で、その、額がかなり後退したあつかましい新聞記者を演じているのが、キカイダーの伴直弥さんなのである。
なんか、特撮番組で主役を張った人が、普通のドラマでこういう脇役に回されているのを見ると、そこはかとなく悲しくなるのは管理人だけではあるまい。
まぁ、これなどはまだマシな方で、この次の11話で、「バトルホーク」の主役だった時本和也さんがヤクザの下っ端役で出て来た時は、思わず涙を誘われたものである。
さて、キカイダーな新聞記者を追い返した後、聖子が良平の弁護をしている弁護士に電話して、その記事がニュースになるのを抑えてくれるよう頼む。それでなんとか三日ほどの猶予が出来たので、その間に事件を解決し、良平の無実を証明しなくてはならない。
そこへ荒木が幸子の戸籍抄本を手に戻ってくる。

荒木「彼女、離婚歴があって女の子がひとりいるんですよ」
圭介「昭和58年、夫・山上健夫と婚姻を解消か、これによると女の子は父親の方に引き取られてます」
聖子「これじゃ何の手掛かりにもなりゃしない」
聖子は溜息混じりに断定するが、それは大きな間違いだった。
夕方、圭介と荒木がとりあえず幸子のアパートの前で張り込みをしていると、保釈されたのか、良平がすたすたとやってきて、幸子の部屋に入っていった。
良平、無謀にも幸子に直接会って、自分を陥れた理由を聞き出そうとしたのだが、今度も幸子が乱暴されたと言う狂言を打ち、再び近隣住民を巻き込んだ騒ぎに発展してしまう。
良平、再び警察にしょっ引かれる。

大藪「おいっ、あんた一体どう言うつもりなんだよ、告訴するって騒いでる被害者にお礼参りだ? それでも弁護士かーっ!」
立て続けの警察沙汰に、さすがに大藪が、堪忍袋を緒を切って良平を怒鳴りつける。
八田「まずいよ、圭ちゃん」
圭介「お礼参りなんかじゃありませんよ。彼女が何故嘘をついてるのか聞きに言っただけですから」
大藪「嘘?」
良平「あの、だから私は彼女の罠に嵌まったんだと何度も言ってるじゃありませんか」
大藪「ズボン脱いでな、パンツ一枚になってた奴が、何が罠だよ!」
が、温厚な八田は、圭介が証人と言うことで、なんとか今回は大目に見て良平を解放してやる。
その後、探偵事務所に集まって事件について話し合っている4人。
圭介が、さっきの戸籍抄本を良平に見せたところ、良平が漸く幸子のことを思い出す。

良平「山上幸子? あの女か! いや、髪の形とか化粧とか洋服の感じが違ってたから全然分からなかったが、そうかーっ、あれかーっ!」
やっと謎が解けたと言うように、パシッと書類を叩くと、
良平「一年ばかり前にこの女の亭主から離婚訴訟頼まれたことがあるんだ。私が代理人になって家裁の調停から裁判まで引き受けたことがある。だいたい言い分が通って離婚は成立して、子供は亭主が引き取ると言うことで決着した」
圭介「じゃ、それが原因で良平さんを恨んでるってことですか」
良平「冗談じゃないよ、そんなことで恨まれていたんじゃ、弁護士なんてやってられませんよ。悪いのはこの女です。スーパーマーケットで万引き事件を起こして、社宅に住んでいた為に会社中にその噂が広まって、折角長年苦労して掴んだ課長の座をふいにしてご亭主は北九州に左遷されたんだ」
聖子「怖い奥さんもいたもんだねえ」
その後、当然、夫婦仲はこじれて、夫からの離婚訴訟になったのだと言う。

圭介「万引きですか」
良平「性悪な女でねえ、裁判の間中、私はやってない、やってないと強情に言い張るわけだよ、警察で始末書まで取られているのにだ。だから、私は裁判で反省の色なしと断固糾弾しましたよ。それを自分の罪を棚に上げて弁護士の私を逆恨みするとは何事ですか。私を告訴? 上等だ、私は受けて立とうじゃないか!」
相手の素性と動機が読めた途端、急に良平は威勢が良くなって鼻息を荒くし、幸子への対決姿勢を鮮明にして、すっくと立ち上がるが、

聖子「良平さん、あんたえばってるけどね、あんたその女の部屋でズボン脱いでパンツ一枚になったのよ、恥掻くのよ、新聞に乗っても良いの?」
聖子に冷静に指摘されると、
良平「それはいくないです、いくないです……」
再びしぼんで、力なく腰を落としてしまう。
良平「それは困ります、裁判に勝ったとしても私の弁護士としての社会的地位に傷がつきます」
聖子「つきすぎよ」
圭介「それにしてもパンツ一枚はまずいよ」
とにかく、今度の一件が幸子が仕掛けた良平への仕返しだということはほぼ確定したが、だからと言って何の解決にもならない。
夜、圭介が再び幸子のアパートに行くと、建物の前で、幼い女の子が退屈そうに自転車のタイヤを回して遊んでいた。
圭介「どうしたの?」
弘子「ママとおばあちゃんが喧嘩してるの」
圭介「お嬢さん、なんて言うの?」
弘子「山上弘子」
そう、それが幸子と離れて暮らしている娘の弘子だった。

圭介、台所の窓を少し開けて、中の様子を覗く。
キヨ「良いわね、幸子さん、私の目を盗んで勝手に弘子を連れてくるようなことは今後絶対にしないでください!」
幸子「お義母さん、弘子は私の子供です」
キヨ「何言ってるの、あなたなんかに母親の資格なんてないわ!」
幸子「お願いします、弘子を私に返してください」
キヨ「万引きをするような子に育てられたら、それこそ大変だわ! 息子はあなたの起こした事件のお陰で死んだようなもんですからね! 私は絶対に弘子は返しませんから!」
幸子「お義母さん……私は何度も言ってます、私は万引きなんかしてません!」
と、いつの間にか弘子が圭介のそばに立っていて、その腕をちょんちょん叩く。

弘子「ママ、悪い人なんだって……」
圭介「……」
やがて祖母が出てきて、弘子を連れてさっさと帰っていく。
その後、圭介は部屋に上がりこんで、幸子と話をする。

幸子「告訴は取り下げませんから……」
圭介「悪いと思ったんですけど、今のおばあちゃんとの話、聞いてしまいました。あなた、さっき、万引きなんかやってないって言いましたよね」
幸子「やってないわ」
圭介「ほんとにやってないんですか」
幸子「やってないって言ってるでしょ?」
しつこく尋ねる圭介に、幸子が悲しそうな目をして、訴えると言うより言い聞かせるように断言する。

幸子「はぁーっ」
立ち上がり、ティッシュで鼻を噛みながら、
幸子「裁判の時だって、あの弁護士に何度もそう言ったのよ、だけどあの弁護士、私がやったって決め付けたの、だから、こんなことになっちゃったのよ」
圭介「それ、どう言うことですか?」
幸子「……」
圭介「ね、信じてくれれば、俺、裏切りませんよ」
圭介の真剣な目を見て、幸子は再び元の場所に座り直し、ぽつぽつと語り出す。

幸子「買い物に……スーパーに行ったのよ、それでレジでお金を払って、帰ろうとしたら、急にガードマンに呼び止められたの。そしたら、私が知らないうちに買い物籠の中に子供用のセーターが入ってたの。私はほんとに知らなかったのよ」
圭介「しかし、警察で始末書書いたんでしょ?」
幸子「書かなきゃ帰してくれなかったのよ」
圭介「あの、ご主人亡くなったって聞きましたけど……」

幸子「元々心臓が悪かったの、でも、左遷されたことや事件の噂で、きっと参ってしまったんだと思う。あの弁護士、警察の始末書やガードマンの証言だけで、私が万引きしたって決め付けたの。あの弁護士が憎いわ」
圭介「だから、復讐したんですか?」
幸子「あいつだって、私と同じように苦しめば良いのよ」
憎い相手を、自分と全く同じ立場に追い込んで苦しめる……、幸子の復讐計画はなかなか高度なストラテジーに基づいていると言えるだろう。
こうなったら、過去の幸子の万引き事件の冤罪を晴らすしかないと、圭介は荒木と一緒に彼女が住んでいた社宅の集合住宅へ足を向ける。
今回は、時間の都合で、それからの展開は妙にテンポが良く、

安子「もう5件目でしょう、悪戯されるのさぁ」
主婦「誰がやったのかしらねえ」
安子「絶対に子供の悪戯よ」
主婦「警察はね、子供の悪戯にしては悪質すぎるって言ってたわよ」
主婦「きっと誰か、妬んでる人がやったのよ、うちだって課長になった途端、やられたんだもの」
安子「でも、そんな陰険なことする人、この社宅の中にいるの?」
二人がそこへ到着すると同時に、車で通り掛かった市川安子と言う主婦が、知り合いの主婦二人と聞き捨てならないことを話しているのを耳にするのだった。
味のある顔をしている市川安子を演じるのは、十勝花子さん。以前やった「シャイダー」の劇場版2作目で、教育ママやってた人ですね。
最近社宅内で起きている悪戯事件について、主婦たちは内部犯行説、安子は頑なに子供犯行説を唱えていたが、結論が出ないまま、安子は走り去ってしまう。
圭介たちは、残った二人に雑誌社の記者だと名乗って話しかけ、悪戯事件のことや、1年前の幸子の万引き事件について情報を得る。
そして、幸子が万引きしたとして捕まった時、あの市川安子が一緒だったことが判明する。さらに詳しく調査すると、安子の夫が、近所からとても出世の見込みがないと見られていること、市川夫妻がしょっちゅう夫婦喧嘩していること、などが明らかになる。
深夜、二人が敷地内の木の上に登って張り込みをしていると、ゴミを出しに安子が出てきて、そのついでに、何か人目を憚りながら、駐車してある車に釘でガジガシ傷をつけているのを目撃する。
しかも、それは、さっき安子が運転していた彼女自身の車だった。
荒木「なんで自分の車に傷つけるんですか?」
圭介「自分が疑われない為だろう」
翌日、公園で、早速安子が他の主婦たちに、昨夜、自分の車も被害に遭い、さらに犯人を目撃したなどと得意げに吹聴している。
安子「やっぱり子供だったわよ、逃げ足早くてさあ……あれ、何処の子供かしら?」
主婦「ぜんぜん見覚えないの?」
安子「ないわよ、全然」
安子、自らの証言で主婦たちの胸に渦巻いていた「内部犯行説」を跡形もなく吹き飛ばすと、車の傷を見てくれと、意気揚々と主婦たちを連れて駐車場の方へ。

彼らの会話を、圭介と荒木もあますところなく聞いていた。
荒木「どういう性格してんですかね、あの奥さんは……それにしても面白くなってきましたね」
圭介「二人でもうちょっと面白くしてみようか」
悪知恵の働く二人、シリーズ中でもかなりたちの悪い悪戯を、安子に仕掛けようとする。
身なりを変えて、大きな贈答品の箱を携え、安子の部屋のチャイムを押し、

圭介「日頃、お宅のご主人様に大変お世話になってる吉原建設のものでございます。このたびはご主人様のご栄転、誠におめでとうございます」
安子「……?」
圭介「いやぁ、この次はお宅のご主人様だろうと私どもも噂してたんですよ。それにしても大阪支社の営業課の係長じゃ大抜擢ですよねえ」
安子「そ、それ、ほんとなんでしょうか?」
圭介「あら、お聞きになってらっしゃらない?」
安子「いやぁ、はぁ、どうしましょう、お父さんが私に何にも言ってくれないもんですから」
取引先の人間に扮して、架空の栄転話のお祝いを届けに来て、夫の昇進だけが生き甲斐の安子を天にも昇らんばかりの気分にさせる。
大阪支社の係長と言うのは、社宅の住人から聞き込んだ情報をもとに考えた、安子の夫にも可能性のあるポストなのだろう。
で、一旦最高の気分にさせておいて、荒木がお祝いの品の受け取りに、安子から渡されたハンコを押そうとして、

荒木「ハーッ、ハーッ、は……?」
急に驚いた顔になって固まり、慌てて上司役の圭介に耳打ちする。
圭介「なに、市川? あの、こちら、橋口さんじゃないんですか」
安子「市川でございますけど……」

圭介「君ぃ、ここだって言ったじゃないか」
荒木「これはまたー、大変な間違いをしてしまいました」
圭介「申し訳ありません、橋口さんのお宅と間違えまして、どうも失礼致しました」
荒木「失礼致しました」
圭介「いやぁ、どうも申し訳ありません」
早口に謝って、箱を抱えて風のように去って行く。
安子「あの……」
玄関先に取り残された安子が、絶頂から一転、失意のどん底に叩き落されたのは言うまでもない。
これは、いくら安子の罪状を暴き出す為と言っても、悪質すぎるペテンだよね。
残り時間も少ないので、安子は圭介たちの読みどおり、直ちに行動に出る。

アパートから、ストッキングの伝線を気にしながら出てきた橋口と言う主婦に、安子が何気ない口調で話し掛ける。
安子「ね、ね、ね、駅前のスーパー行かない? 下着のバーゲンやってんだって」
橋口「ほんと? ちょうど良かった、行く」
安子「ちょっと、聞いたわよ、旦那様、大阪支社の係長にご栄転ですってね」
橋口「うそ、ほんと?」
安子「何も聞いてないの?」
橋口「いやだぁ、もう、うちのお父さん、そう言うこと何も言ってくれないんだもん」
幸子と同じく、安子も自分と同じ気持ちを相手に味わわせてやろうと考えたのか、一緒にスーパーに行こうと誘ってから、夫の栄転の話をして、橋口夫人をコロコロ喜ばせる。
一度持ち上げておいて、ドン! と谷底に突き落とすと言う高等テクニックである。
ベンチに座って聞いていた二人は、幸子の時の万引き事件がまた繰り返されるのではないかと考え……と言うより、安子にそうさせるよう仕向けたのだが、抜かりなく彼らについていく。
果たして、安子は、橋口夫人と一緒に買い物をしながら、その買い物袋の中に、商品のセーターをこっそり忍ばせるのだった。
幸子の時も、これと同じことが行われたのだろう。
それにしても、幸子の万引きはどうやって発覚したのだろう? その現場をガードマンが見ていたのなら、商品を入れたのが幸子ではなく安子だと言うことを知っていた筈だが。

二人がレジを出て帰ろうとした時、警備員の格好(何処で調達したんだ?)をした荒木が立ち塞がる。
荒木「奥さん、ちょっと申し訳ありませんが、警備室まで来て頂けませんか、その買い物袋の中に子供物のセーターを入れたのは分かってるんですよ」
現物が出たので、橋口夫人も咄嗟に否定できず、荒木に引っ張られて連れて行かれる。
どうでもいいが、サングラスかけた警備員はいないと思うんですが、日本には。

うまくいったと悪魔のような笑みを浮かべてそれを見ていた安子の背後から、圭介が現れて声を掛ける。
圭介「奥さん」
安子「あら、あなた」
圭介「見てましたよ、今、橋口さんの奥さん、これであそこのご主人も出世チャラですね」
安子「いやぁー、橋口さんの奥さんが万引きなんて信じられないわ」
圭介「ねえ、いや、一年前にも同じようなことがあったんですよ、ご存知でしょう、山上さんの奥さん」
安子「そうだったかしら?」
圭介、さりげなく山上と言う名前を出すが、したたかな安子はまったく顔色を変えず、平然と切り返してスーパーを出て行く。
だが、人を谷底に突き落としてルンルン気分で家路を急ぐ安子の前に、再び圭介が現れる。

圭介「山上さんの奥さんの時も、やっぱり本人が気がつかないうちに買い物袋の中にセーターを入れて当人がやったように見せかけた奥さんがいたんですよ~」
安子「あんた、誰?」
圭介「先程は失礼しました、私、実は探偵なんですよ」
安子「……」
圭介「一年前、山上さんのご主人が課長に昇進したのを妬んで奥さんを罠に嵌めたでしょう」
安子「知らないわよ、そんなこと」
なおも知らぬ存ぜぬで行き過ぎようとする安子の腕を掴み、

圭介「奥さん、さっきの万引きの現場、写真に取らせて頂きましたよ」
安子「……!」
さしもの安子も、これで観念する。
安子「罠だなんて、悪戯のつもりだったのよ、山上さんがあんなことになるなんて……」
圭介「悪戯にしちゃひどすぎますよ」 お前もな。

安子「みんなうちのお父さんが悪いのよ、周りはドンドン出世していくのに、いつもうちのお父さんだけ取り残されて……」
悔しそうに叫ぶと、安子はその場に崩れ落ち、嗚咽する。
ふと、圭介の顔を見上げ、
安子「あんたね、社宅の生活がどんなものか知らないでしょ? 一度住んでみるといいわよ、そしたら私の気持ちが分かるわ」
圭介「……」
それでも、最後はちゃんと泣き伏す安子の背中を叩いてやる圭介。
管理人が、この番組……と言うより、メインライターの宮田雪さんの作品が好きなのは、根底に人の善意、優しさ、そして「罪を憎んで人を憎まず」と言う、かつて日本にあった寛容の精神が横たわっているからなのである。
夕刻、幸子が仕事に行こうとアパートから出ると、圭介に連れられた弘子が立っていた。
駆け寄り、抱き合う親子。

圭介「おばあちゃんから、弘子ちゃん預かってきました。市川さんの奥さんがご主人が課長になったことを妬んであなたの買い物袋の中にセーターを入れたことを警察で白状したんです」
幸子「市川さんの奥さん……そうなんですか」
圭介「おばあちゃん、長いこと、あなたを誤解してて済まなかった、今はとても合わす顔がないと言ってました」

幸子「あなたが調べてくれたんですか」
圭介「ええ、ま……告訴取り下げてくれますか」
幸子「私が間違ってたんです、何かせずにはいられなかったんです」

幸子「私、なんだか、市川さんの奥さんの気持ち、分かるような気がします。女ってつまんないですね」
幸子、安子が犯人だと分かっても、さして怒りの色を見せず、全ての女性を代表するように、ぽつんと自嘲のつぶやきを漏らす。
圭介「大丈夫ですよ、幸子さん、男だって、そんなに面白いもんじゃないですから」 それに対し、圭介も男性を代表して幸子を励ますように言う。
なんか、じわ~っとくる良い台詞だなぁ。

弘子「おじちゃん」
圭介「なに?」
三輪車に乗っていた弘子は圭介を手招きして、
弘子「あのね、ママはほんとは良い人だったんだよ、うふふふふふふ」
圭介と母親に挟まれながら、嬉しそうにつぶやく。
結局、圭介を突き動かしたのは、探偵としての使命でも、良平への義理からでもなく、この幼い子供の傷付いた心を救ってやりたいと言う一念だったのではないだろうか。
と、そこへ良平が来て、改めて一年前のことを謝罪する。
幸子「いいんです、もう」
圭介「告訴、取り下げてくれましたよ」
良平「いやぁ、それは、どうもありがとう」

二人が部屋に入った後、しみじみと、
良平「夢野君、弁護士ってのも怖い商売だよ、あの人は許してくれたが、失った時間と言うのは取り戻す訳にはいかないからなぁ」
圭介「あんた、ほんとに東大の法学部、トップで卒業したの」
良平「30年は夢の如しだ、それを言われるとぼかぁ赤門に顔向けが出来ない」
ラスト、喫茶店マリーで、良平の無罪放免を祝って、ささやかな祝賀会が開かれている。
が、良平は今回の件で懲りた筈なのに、またお姉ちゃんのいる店に行こうと、圭介たちも誘う。圭介たちも乗り気になるが、

聖子「あんたもズボン脱いでパンツ一丁になりたいのかね?」
圭介「あ、いえ」
聖子「夢野くん!」
明子「荒木君!」
圭介は聖子に、荒木は明子に、

マリー「あなた!」
聖子「さあ、いらっしゃい、あんたの精神を鍛え直してやる」
ついでに調子に乗ったマスターまでマリーに襟首を掴まれて、それぞれのパートナーor飼い主に連れて行かれるのだった。
以上、なかなか面白いが、レビューするほどでもなかったかなぁと若干悔やみつつ、まぁ、もう書いちゃったのだから仕方ないかと諦めたようなエピソードであった。
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