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「気分は名探偵」傑作選 第17話「命短し、恋せよ男」(ロング版)

 第17話「命短し、恋せよ男」(1985年1月26日)

 この17話、シリーズ中、管理人が最も好きなエピソードであり、「気分は名探偵」の厳選レビューをしようと思い立ったきっかけとなったエピソードなのである。

 物語の発端は、最近頻々と起きている「現金投げ込み事件」であった。

 万年坂一帯で、何者かが民家の郵便受けに数枚の一万円札を投げ込んでいくと言う奇妙な事件なのである。

 そんなある日の朝、朝刊を取ろうとしたかおりが、自分の家の郵便受けに輪ゴムで巻かれた数枚の紙幣が入っているのを見付けて、慌てて母親たちに知らせに行く。

 ちょうど、八田と大藪が、その犯人を捕まえる為に探偵事務所の隣の部屋、つまり、ちょっと前まで圭介が寝泊りしていた部屋に泊まり込みで張り込んでいたのだが、二人は全く気付かずにぐーぐー熟睡していた。圭介は彼らをベッドから引き摺り出して叩き起こす。

 
 聖子「あなたがたね、一昨日からうちへ泊り込みで、やれ張り込みだパトロールだって出かけらっしゃいますけど、いったい何してらっしゃんですかぁ? 立て続けに三日よ、しかもこの町内で5件目よ。しっかりして頂戴よ、あんたたち遊んでんじゃないのよ!」
 八田&大藪「……」

 聖子にピシャリと叱られて、八田も大藪も返す言葉がない。

 圭介「でも、何が目的でこういうことやるんでしょうかねえ?」
 八田「愉快犯と言うことも考えられる訳です、投げ込まれたうちの連中がびっくりしたり、気味悪がったり、それをニタニタ笑ってる手合いのことを言うんですがな」

 そこへ警官がやってきて、別の家でも同様の事件が起きたことを知らせる。旗色の悪くなっていた八田は、勿怪の幸いとばかり、大藪をせかして部屋から出て行く。

 
 圭介「こうも毎晩投げ込み事件が続くようじゃ、うちの会社もパトロールに協力した方が良いかも知れませんね」
 聖子「そうねえ」

 そんな話をしていると、マリーが浮かない顔で入って来て、亭主のマスターが昨夜から帰ってこないと心配そうに話す。

 荒木「マスター、またこれが出来たんじゃないですかね」
 圭介「何回目だよ」
 マリー「なに、その指?」
 圭介「……」
 荒木「ああっ!」

 荒木がニヤニヤしながら立てた右手の小指を、圭介が無言でへし折ったところでOPとなる。

 その夜、早速、圭介と荒木は警察に協力を申し出て、仲良しの大藪と三人で町内を巡回していた。

 
 家の前を通りかかったところで、向こうの電信柱の影にトレンチコートを着て葉巻をくゆらしている、如何にも怪しげな男が佇んでいるのに気づき、ゆっくり、慎重に近づいていくが、

 
 マスター「夢野さん……どう、似合う?」

 圭介たちが声を掛けるより先に、振り向いてくるっとターンして見せたのは、他ならぬマスターであった。

 圭介「マスター、だろ?」
 荒木「みたい」
 マスター「ふははははは、俺さ、一度オール舶来で決めてみたかったのよね、これ」

 
 マスター「これ見て、これ、イタリア製の靴、これね、12万、このスーツ、英国製、これ30万、帽子、コート、ま、しめて80万、まぁ安いもんだけどさぁ」
 荒木「安いって……80万でしょ?」

 得意げに自分の身に付けている真新しい服や帽子を見せびらかすマスター。

 それにしても、「舶来」って、ほぼ死語だけど、昭和の香りのする、雅趣のある言葉だよね。

 
 マスター「おい、藪ちゃん、クレジットじゃないのよ」
 大藪「悪かったね」

 かつて、大藪がクレジットでコートかスーツを新調していたのに対するイヤミである。

 何故かこのドラマに出てくる人、着道楽が多いのだ。

 普段ピーピー言ってるマスターの突然の奇行に、当然圭介たちは事情を知りたがる。

 マスター「四日前の中山の最終レースね、俺もうヤケクソでさぁ、20万突っ込んだのよ、そしたら、ドカーンと大穴来ちゃったよ」

 さらに、その後も競輪やパチコンで勝ちまくって、一夜にしてお大尽になってしまったらしい。

 
 荒木「うわっ、これっ、いくらあるんですか」
 マスター「まあ、4、500万残ってんじゃないの」

 圭介たちもやや半信半疑の顔付きだったが、マスターが懐から取り出した分厚い札束を見て、その疑いもたちまち吹き飛ぶ。

 マスター「みんなにもお裾分けで、みんなでこれから派手にバァーッと飲みに行かない? あの、ほら、駅前にキャバレー開店したでしょ?」
 圭介「出来た、出来た」
 マスター「いい女がウハウハいるんだ、これが……夢野さんなんてもてちゃってもてちゃって困っちゃうんじゃないの?」
 圭介「なんか、いいね」

 マスターに誘われて、一度はパトロールがあるからと断った圭介たちであったが、結局、みんなマスターについてそのキャバレーに雪崩れ込むことになる。

 マスター、店でも大盤振る舞いを続け、女の子たちにガンガン万札を渡していたかと思うと、

 
 マスター「めんどくせえや、好きなだけ持ってけーっ!」

 ほとんどヤケクソになったように、店内に札束をばら撒くのだった。

 そして管理人の鷹のように鋭い目は、床を四つん這いになってお金を拾い集めている女の子の、剥き出しになったお尻を見逃さないのでした。

 ま、これは単なる見せパンなので、そんなに嬉しい訳じゃないけどね。

 それにしても、いくら大金が転がり込んだとはいえ、マスターの行動はいささか常軌を逸していた。

 そうやって狂ったようにはしゃいでいたかと思えば、

 
 マスター「ううわぁー、ううう、金なんかいくら持ってたってしょうがないんだぁ、あああ……」

 一転、オンオン泣き喚いたりするものだから、圭介たちも狐につままれたような顔になる。

 一方、喫茶店マリーでは、八田や聖子たちが、いつの間にか圭介たちが姿を消してしまったので、不思議がっていた。

 あれこれやってると、やがてすっかり出来上がった圭介たちが大声で歌いながら帰ってくる。

 みんなが、こともあろうにパトロールの最中に飲みに出かけた圭介たちに、カンカンに怒ったのは言うまでもない。

 圭介と荒木が呂律の回らぬ舌で、大穴を当てたマスターに無理矢理誘われたと言い訳すると、今度はマリーの柳眉がキリリと逆立つ。

 
 マリー「あなた、また競馬やったの?」
 マスター「はいー」
 マリー「二度とやらないってまた嘘ついたの?」
 マスター「いちいち目くじら立てるなよ、ちょっとキャバレーで遊んで来たくらいで」
 聖子「キャバレー?」
 緑「ちょっと圭ちゃん、キャバレー行ったの?」
 圭介「行ったよぉ」
 緑「ナニ威張ってんのよ!」

 
 かおり「夢野さん、不潔よ」
 明子「荒木君も不潔よ!」

 番組の誇る清純コンビが、キャバレーと聞いて口々に非難の声を上げる。

 しかし、まぁ、不衛生と言うことではなく、エッチと言う意味で使われる「不潔」と言う奥床しい言葉も、最近はほとんど聞かれなくなったなぁ。

 まぁ、言うても30年以上前のドラマだからね。

 女性軍に叱られて圭介たちはシュンとなるが、怖いもの知らずのマスターは、妻の険悪な顔つきもへっちゃらで、

 
 マスター「ここでさ、二次会やるから、近所中の人、みんな集めちゃえ!」
 マリー「何馬鹿なこと言ってんのよ」
 マスター「金なら、ほら、唸るほどあるんだ、唸るほど、へっへっへっ」

 
 マスター「俺はもう働かないぞ、なぁ、こんな店でコーヒーなんか馬鹿馬鹿しくて入れてやるかよぉ」
 マリー「なんですって!」
 聖子「マスター、しっかりなさいよ、あなたおかしいわよ、いっつもおかしいけど

 調子に乗って職場放棄宣言までしてしまうマスターを、見兼ねて聖子が宥める。

 圭介が、ぼそっとキャバレーでのマスターの狂態を話すと、ますますマリーの顔が険しくなる。

 
 マリー「あなた、お金、ばら撒いたの? あなた?」
 マスター「ああ、ばら撒いたぞ、俺が俺の金をどう使おうと俺の勝手だろう、文句あんのか? 俺はね、明日も競馬行くんだよ、俺はね、バクチの天才だぞぉ、へへへ、マリーさ、お前、もう働くのやめな、な、なんでも買ってやる。毛皮のコート、指輪、何でも好きなもの買ってやるよ」

 札束をちらつかせ、一気にダメ人間に成り下がってしまったマスターのゲスっぷりを、マリーは悲しそうな目で見詰めていたが、とうとう我慢の限界が来たのか、マスターの薄い頬を思いっきり引っ叩く。

 
 マスター「おっ」
 マリー「バカァ、そんなお金なんて欲しくないわよ、あんたが汗水流して働いたお金じゃなきゃ、私、何も買って欲しくない!」

 なんかこの辺のシーンは、「男はつらいよ」で、たまたま大金を手にして浮かれる寅と、堅実な妹さくらのやりとりを連想させられるが、キャストもスタッフも多少なりとも意識して作ってたんじゃないかなぁ。

 なおも怒りの収まらないマリー、「あなたの顔なんて二度と見たくない、出てって頂戴」とまで言い切る。

 普段のマスターなら泣いて詫びを入れるところだが、

 マスター「ふふふ、出て行くよ、出て行けばいいんだろ? お前はいずれ、サヨナラしなくちゃと思ってたんだ」
 マリー「……」
 マスター「ふぇっふぇっふぇっふぇっ、花に嵐のたとえもあるじゃないか、あっはははははっ!」

 まったく動じることなく、むしろ望むところだとでも言いたげなサバサバした態度で笑い飛ばし、

 
 マスター「サヨナラだけが人生だぁーい! あはははははっ!」

 いかにも文学座の俳優らしい(そうか?)捨て台詞を残すと、さっさと店から出て行ってしまうのだった。

 管理人ごときがあえて言うことでもないが、このシーンにおける草野さんの演技は絶品である。

 その後、マリーから追い出されたと言っても他に行くところのないマスター、同じ建物の別の階の圭介と緑の部屋に上がり込んでいた。

 
 圭介「マリーさんに謝ったら?」
 緑「そうよ、仲直りしなさい」
 マスター「ぼかぁ、明日出家する決心をしたんです」

 左右から圭介と緑が勧めるが、マスターは愛猫の菊丸を抱きながら、超然とうそぶく。

 こう言う極端な発想に走る辺りも、たまに他人の受け売りなどで急に人が変わったようになる、「寅さん」の奇矯さを意識しているような気がするのである。

 圭介「出家ぇ?」
 緑「お坊さんになっちゃうの?」
 マスター「人生なんて何の意味があるんですか、所詮、一切は空だよ!」

 宙を睨み据えて言い切るマスターの横顔を、両側からやや心配そうに見守る圭介と緑。

 圭介「マスター、ほんとにどうしたの?」
 マスター「せめて、子供が欲しかったなぁ、緑さん、あなたも早く子供作った方がいいですよ」

 
 マスター「美しいなぁ、花は……生きとし生けるもの、みな健気に生きてるのに、空しい、ああ、空しいなぁ……でも、花の命は短いんだよなぁ」

 緑にセクハラ気味の助言をしたかと思えば、花瓶の花に目を留めて目を潤ませながら訳の分からないことをつぶやくマスター。

 
 菊丸「にゃあああーっ」

 普段と違うご主人様の様子を、心配そうに見上げる菊丸が可愛いのである!

 結局、マスターは(菊丸と一緒に)圭介たちの部屋に泊まることになるが、夜、マスターは急に起き上がると、外出着に着替えてこっそり部屋を出て行ってしまう。

 圭介がその後をつけていくと、なんと、マスターが、近所の家の郵便受けに現金を投げ込んでいるではないか。

 そう、現金投げ込み事件の犯人は、他でもないマスターだったのである。マスターは、その現場をパトロール中の八田と大藪にも見られ、捕まって喫茶店に連れ戻される。

 
 マリー「なんで馬鹿なことをやってくれたのよぉ、お金を人のうちに投げ込むなんて……」
 八田「どうしてこんなことしたの?」

 当然、マリーたちから難詰されるマスターだったが、

 マスター「いけないんですか? 日頃、僕のコーヒーを飲んでくださるお客様に対して心ばかりの感謝の気持ちでやったことがいけないことなの?」

 開き直ったように、淡々とした口調で逆に聞き返してくる。

 聖子「感謝の気持ちって言うけど、人騒がせじゃないの、マスター。投げ込まれたほうはね、訳が分からないから気味悪がるだけじゃないか」
 圭介「マスター、なんか隠してることあるんじゃないの。出来ることなら言ってよ、俺たち力になるからさ」

 聖子や圭介があれこれ親身になって話し掛けるが、

 
 マスター「色即是空! 昔の人はいいこと言うなぁ、そうだよ、すべては諸行無常、この世は仮の宿なんだ」

 いきなり椅子から立ち上がると、再び訳の分からないことを言い出す。

 マリー「あなた、どうしちゃったの?」
 聖子「ちょっとしっかりしてよ、マスター、競馬で大穴当てたんで、気が動転しておかしくなっちゃったの?」
 圭介「原因は競馬じゃなくて、なんか他にあるんじゃないですか?」

 マリーたちは冗談抜きでマスターを病院へ連れて行こうと言い出すが、マスターは「病院」と聞くと蜂にでも刺されたように飛び上がって騒ぎ出し、店から逃げ出してしまう。

 捨てても置けず、圭介が探し回っていると、ようやく、公園のブランコに腰掛けてしょぼくれているマスターを発見する。

 
 圭介「マスター、どうしたんですか? なんか、いつもと違い過ぎない?」
 マスター「夢野さん、このことはマリーにも他のみんなにも絶対に内緒にしてくれますか?」

 マスター、そう前置きしてから、漸く理由を語り始める。

 マスター「僕は近々、死ぬんですよ」
 圭介「……はっ! ははっ……」
 マスター「僕は、癌なんです」
 圭介「癌?」
 マスター「一週間くらい前に食欲がなくなってきて、それで胃がずーんと重くてね、体もだるいから、もしかしたらと思って三丁目の畑中病院へ行ったんですよ」
 圭介「……マスター、冗談だったら怒るよ」
 マスター「診察の途中で僕はトイレに行きましてね、で、帰ってきましたら、偶然、立ち聞きしちゃったんです、僕は癌なんだ、それも、だいぶ進んでてね、もう手術なんかしても間に合わない。この夏、過ごせるかどうか……」
 圭介「……」

 最初は思わず吹き出してしまった圭介だったが、マスターがどうやら冗談で言ってる訳でないことを知り、徐々に重苦しい表情になっていく。

 マスター「僕のおやじもね、実は癌で死んだんだ。だから僕のは先天性の遺伝性の胃癌ってことになるのかな。もっと長生きできる筈だった……」

 
 マスター「それでさ、ヤケクソになってね、定期預金解約してさぁ、死ぬまで一度大穴当てたいと思ってたからさぁ、20万バァーッとつぎ込んだのよ、そしたらほんとにきやがんの、バカヤロウ……」

 競馬で大穴を当てた経緯を、涙声で語るマスター。

 さっきも言ったけど、草野さんの演技は素晴らしい!

 マスター「使い道もわかんないしさ、だから、せめてお世話になった近所の人たちにと思って……」

 圭介、改まった口調で、「ほんとに先生、癌だって言ったの?」

 マスター「言ったよ」
 圭介「誤診じゃないの」
 マスター「ないよ、この耳で聞いたんだもん」

 マスター、自分が末期の胃癌だと、天から信じ込んでいるようだった。

 その夜は、とにかくマスターを宥めて家に帰らせて寝させるが、嘘をつくのが下手な圭介、不審な態度を聖子たちに責められ、あっさり胃癌のことをバラしてしまう。

 
 マリー「癌、あの人が?」
 圭介「マスターが診察の途中でトイレから戻った時に、先生と看護婦が話してるのを偶然聞いちゃったって言ってました。いや、これはマリーさん、あくまでも本人が言ってることですから」
 聖子「とにかくさ、病院ではっきりしたこと確かめよ、ね」
 マリー「そんな、私、ダメ、そ、そんな恐ろしいこと聞きにいけない」

 当然ながら、夫が癌だと言われてマリーは激しく動揺する。

 普段、亭主を尻に敷いているようでも、心の底ではマスターのことを深く愛しているのだ。

 圭介「でも、マリーさん、これはマスターの為ですから。もし仮に……ほんとのときは、家族とか周りの人たちがどう対処したらいいか、考えなきゃなりませんから」
 聖子「とにかくさ、これからの時間、有効に使わなきゃいけないから」

 聖子たちに代わる代わる言われて、やっとマリーも病院に行く決意をする。

 マリー「こんなことになるんだったら、あの人にもう少し優しくしてあげればよかった……」

 翌朝、マリーは圭介に付き添われて畑中病院を訪ねるが、意外と気の弱いマリーは、怖くてとても聞けないからと圭介に全面的に丸投げするのだった。

 だが、二人が病院へ行っている間に、ぼんやりした頭で起きて来たマスターが、聖子や緑の態度が妙に優しいことから、口止めしておいたのに圭介が全てバラしたのだと勘付き、いじけて自分の部屋に閉じ篭ってしまう。

 
 マスター「夢野さんとマリーは病院へ行ったんだろう、そうだろう? もう駄目だ、もう何もかもおしまいだぁ~」

 自分とマリーの寝室に入り、バットとゴルフクラブを閂がわりにして扉を封鎖し、椅子に座ってふさぎ込んでいるマスター。

 聖子「私がねえ、ついうっかり言っちゃたのがいけなかったわぁ」
 緑「ううん、私がちょっとオーバーにやり過ぎたのがいけなかったんです」
 荒木「あの、社長、何があったんですか?」
 聖子「うるさい、黙れ」

 後に「2時間サスペンスの帝王」と言う、凄いんだか情けないんだか分からない称号を獲得するフナコシも、この時はまだ単なるザコに過ぎないのだった。

 と、そこへ、意外と早く圭介とマリーが帰ってくる。

 
 聖子「病院の方、どうだったのよ?」
 圭介「それがー、ね?」
 マリー「あの人の誤解だったんです」
 聖子「は?」
 圭介「先生が、他の胃癌の患者のことを看護婦と話してるのをマスターが偶然立ち聞きして自分のことだって思っただけなんですよ。先生、笑ってました」

 そう、結局、石立鉄男主演のホームドラマなどで散々やりつくされてきた、「登場人物が、自分が不治の病だと思い込んで奇矯な振る舞いをする」と言う、王道のプロットだったのである!

 
 聖子「が、癌じゃなかったの?」
 圭介「胃がちょっと荒れてるらしいんです、理由は飲みすぎ」
 聖子「べらぼうに人騒がせな人ね」
 圭介「かーっはっはっ!」

 思わず素っ頓狂な笑い声を上げる圭介。

 マスターが癌かも知れないという緊張が、安堵と共にここで一気に弾けたのだろう。

 なんだかんだで、彼らはマスターのことを愛しており、癌でなかったことを喜んでいるのだ。

 普通ならそれでハッピーエンドになるところだが、

 マスター「人の不幸がそんなに嬉しいか、ケダモノ!」

 扉の向こうからマスターの怒鳴り声が聞こえてくる。

 マリーたちが誤解だということを扉越しにマスターに一所懸命説明するが、マスターは、自分が癌だと言う考えに凝り固まっていて、全く信じようとしない。

 マスター「みんなで俺のこと担いでんだろう。あと僅かの命だから、そう言う奴にはもう好きなようにさせてやった方がいいんじゃないかとか……」
 マリー「あなた、本当なのよ、先生がね、あなたはほんとに癌じゃないって言ったのよ」
 マスター「マリー、もう、そんなに慰めてくれなくていいんだ、う、う……」

 また酒を飲み始めたこともあり、マスターはひたすら感傷的になって、自己憐憫の涙に溺れるばかり。

 聖子「ダメだわ、これは」
 緑「今は何を言っても信じそうにないみたいね」
 圭介「俺にね、ちょっと良い考えがあるんですよ」

 その夜、圭介たちはわざと喫茶店に集まって、カラオケなどで大いに盛り上がって見せ、天岩戸から誘い出されたアマテラスよろしく、酔っ払って寝ていたマスターはその物音に目覚めて寝室を出て、階下に降りて来る。

 そして、「イッキ、イッキ、イッキ」と言う、既に当時から、日本崩壊の予兆とされていた「亡国の掛け声」と共に、何杯も酒を一気飲みさせられたマスター、睡眠薬でも盛られていたのか、ばったり倒れて前後不覚で眠りこけてしまう。

 
 翌朝、ベッドで眠りこけていたマスターを、マリーが叩き起こしている。

 マリー「あなた、ほら早く起きて」
 マスター「ああ、頭痛いよ、二日酔いだ」
 マリー「お店開ける時間じゃない」
 マスター「店ぇ、もう働かないって言ったじゃないの」
 マリー「なに言ってんのよ、起きてよあんた」
 マスター「俺はさぁ、あと僅かしか命ないんだよ、その僕を使おうっての?」
 マリー「なに冗談言ってんのよ、ほらっ!」

 甘えたような声を出すマスターの尻を思いっきり引っ叩くマリー。

 マスター、ベッドの上でひっくり返ると、二枚目の声になって、

 マスター「マリー、僕は癌なんだよ」
 マリー「あら、癌? ははっいやだ、あんた、なんか悪い夢でも見たんでしょ」
 マスター「夢ぇ?」

 
 マスター「三丁目の畑中病院で先生が言ってんの聞いたんだよ。俺はその、胃癌で……お前だって昨日行って聞いて来たんじゃないの」
 マリー「あら、行ってないわよ、私、ねえ、しっかりしてよ、いつまで夢見てんのぉ?」
 マスター「夢なんかじゃ……ちょっと、これ、俺どうしていつもと同じ格好してんの? あの、ほら、スーツとか、コートとか、どうした、舶来の?」
 マリー「舶来? わぁー、凄いわね」
 マスター「……ちょっと、あの金どうした?」
 マリー「お金、お金ってなに?」

 
 マスター「俺が、け、競馬と競輪で大穴当てた大金だよ、確か、まだ300万くらい残ってたぞ」
 マリー「いやだ、あなた、情けない夢、見るわね、ナニ寝とぼけてんのよ-、ねえ、そんなお金があるなら見せて欲しいわよ!」

 マリー、そらっとぼけると、腑に落ちない顔のマスターの両肩を強く揺すぶる。

 マスター「でも、俺、確かに競馬と競輪で……」
 マリー「まだ言ってるの、ねえ、怒るわよ、あなた! いつまで夢見てんの、あなた」
 マスター「夢ぇ? あれが……」

 逐語的に書いてみたが、要するに、圭介の言う「良い考え」は、これまた時代劇やホームドラマでやり尽くされてきた「芝浜」プロットの流用なのであった。

 思わぬ大金が転がり込んだ亭主を、女房が夢だと言いくるめてなかったことにしようとする、アレである。

 マスター、聖子たちにそのことを聞いてみるが、無論、すっかり口裏を合わせているので、

 
 マスター「ほんとに一緒に飲みに行かなかった?」
 圭介「夢でも見たんじゃないの?」
 マスター「うっそーっ、夢野さんと俺とさ、荒木君と大藪ちゃんと4人で駅前のキャバレー行ったじゃない」
 圭介「知らないよ、俺、おい、荒木、行ったか?」
 荒木「いいえ、行ってませんよ」

 みんな、判で押したような知らぬ存ぜぬで応対する。

 さらに、「現金投げ込み事件」も「競馬の大穴」も「胃癌の発覚」も何もかもなかったことにされていて、

 
 明子「ええーっ、投げ込み事件? そんなのあったかしら」

 マスター、明子とかおりに聞いてみるが、やはり答えは「NO」であった。

 あ、言い忘れてましたが、今のは「管理人が貼りたいだけ」のコーナーでした。

 
 かおり「知らないわ、マスター、夢見てるんじゃない?」
 マスター「そんな、馬鹿な……俺、頭、おかしくなったのかなぁ」

 
 マスター「は、行ってませんか? はぁー、そうすかー」

 作戦自体はありふれたものだが、その口裏合わせは徹底しており、畑中病院の医師や、現金を投げ込まれた家々、そして八田たち警察も圭介の作戦に協力してくれて、ことごとくマスターの話を否定する。

 彼らの努力が実り、だんだんマスターも「あれは夢だったのか知らん」と思い始め、

 
 マスター「……と言うことはさぁ、俺、癌じゃないってこと?」
 マリー「そう、みんな夢」
 マスター「ハッ、俺、癌じゃないんだ! 夢だったら癌じゃないんだ。なんか、生まれ変わったような気持ちだなぁ、ね、マリー、今日からバリバリ働いちゃうよ!」
 マリー「頑張ってぇ」

 急に生き生きと、生きる意欲を取り戻すマスターであった。

 このまま行けば、「芝浜」チャレンジ史上における初のミッションコンプリートとなる筈であったが、そこへ遅れてやってきた大藪の一言が、全てをぶち壊してしまう。

 大藪「マスター、キャバレー最高だったねえ!」
 マスター「!」

 よりによって第一声でぶちかまさなくてもいいと思うが、圭介たち、うっかり大藪に言うのを忘れていたと思われる。

 圭介、慌てて大藪をマスターから遠ざけると、「俺たちはキャバレーなんか行ってないよ?」と、言外に調子を合わせるよう求めるが、

 大藪「なに、行ったじゃない!」

 が、ハードボイルド刑事の大藪に、そんな機微が分かる筈もなく、ますます大声を張り上げ、圭介たちの苦労も水の泡となる。

 マスター「ちょっと待てい! 大藪さん、俺とキャバレー行ったよね」
 八田「行ってない、行ってない」
 大藪「いや、行ったじゃないっすか、それがどうかしたの?」
 マスター「やっぱりなぁ」

 
 マスター「みんなグルになって俺のこと騙して……あ、そーかー、ああ、みんなで俺の金をネコババするつもりだったんだな? やい、お前の入れ知恵だろう?」

 被害妄想的になっているマスター、芝居がバレて小さくなっているマリーに掴みかかって糾弾する。

 マリーも、善意からとはいえマスターを騙していたのは事実なので、強くも言い返せず、困惑して圭介に助けを求める。

 マリー「夢野さん!」
 圭介「マスター、落ち着きなよ!」

 
 強引に椅子に座らせ、

 圭介「夢の計画は俺の考えだよ、病院の医者にも近所の人たちにもそうしてくれるように俺が頼んだんだよ」
 マスター「どうしてそんなことしたのよ」
 圭介「癌が勘違いだっていくら言っても、マスター信じないから」
 マスター「癌が勘違い?」
 圭介「そーだよ、マスターはちょっと、ただ軽い胃炎を起こしてるだけなんだから……他の患者の話を聞いて、それをマスターが勘違いしたんだよ」
 マスター「マリー、今度のこの人のこれは、ほんと?」

 圭介に諄々と説明され、ようやくマスターも憑き物が落ちたような顔になって妻に確認する。

 
 マリー「ほんとよ、だって、勘違いだってことが分かったら、あんたが近所にばら撒いたお金のことでどんなに苦しむか、つらい思いするでしょう。だから、夢野さんと相談したの」

 ……

 どうでもいいけど、マリーさん、なんか、後ろ前みたいな服着てはりますね。

 圭介「金のことにしたって、どうせ、バクチで儲けたあぶく銭だから、また馬鹿なことに使っちゃうんだろうって……」
 マスター「それで、あの金、どうした?」
 マリー「老人ホームに寄付しちゃった!」
 マスター「ええー?」

 あっけらかんと言うマリーの答えに、さすがにマスターが嘆きの声を上げるが、すかさず圭介が、

 
 圭介「マリーさんねえ、そりゃあもうマスターことの心配してんだから、もし、癌がほんとだったら、これから一体、何をしてやったらいいんだろうか、でも、結局、何もできないんじゃないか、ただ、そばにいてやることぐらいしか出来ないんじゃないか、どうしたらいいんだろうかって……」
 マスター「……」
 圭介「幸せなんだよ、マスター」

 マリーの嘘偽りのない気持ちを、本人に代わって伝えてやるのだった。

 マスター、沈痛な面持ちで考えて込んでいたが、

 
 マスター「マリー、そうだったのか、いや、お前の気持ちも考えずに、悪かったな。いや、俺もね、結婚以来、お前に何にもしてやってなかったなって、つくづく思ってさ」
 マリー「ううん」
 マスター「何か出来ないかなって、こう、思うんだけども、気持ちがどんどん落ち込んじゃって……ごめんね」
 マリー「あなた」
 マスター「何もしてやれなかったもんな、でも、これから、俺、お前のこと大事にするよ」

 こうして、マスターの誤解から生じた様々な騒動と、加納夫婦の危機も、「雨降って地かたまる」の格言のごとく、最後は二人が前以上に固い夫婦の絆で結ばれてめでたし、めでたしとなるのだった。

 ちなみに、この後、急にドライになったマスターとマリーが、圭介たちに、キャバレーで拾った金や、キャバレーの飲み代を払えと言い出すのだが、どうせ、最初からないもの(なくなるもの)と思って老人ホームに寄付しちゃったのに、後からその一部を圭介たちから回収しようと言うのは、明らかに不合理であり、このシーンは必要なかったかな、と言う気がする。

 以上、終わってみれば、70~80年代のホームドラマの定番のネタを組み合わせた、ウェルメイドなストーリーであったが、草野さんの魅力を存分に堪能できて、管理人は至極満足である。

 しかし、ドラマの中では胃癌じゃなかったと喜んでいた草野さんが、この僅か6年後に脳内出血で亡くなってしまうのかと思うと、実に悲しいものがある。

 それにしても、草野さんといい、菊容子さんといい、岸田森さんといい、天知茂先生といい、宮口二郎さんといい、沖雅也さんといい、どうして管理人の好きな俳優さんは早くに亡くなってしまうのだろう?

 
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コメント

アットホーム!

命短し、恋せよ乙女。
竹久夢二の歌のもじりですね♪

プロットは定番中の定番ですが、役者さんのセリフ廻しや
演技力が生命線なので、上手い俳優陣が起用されるから
「水漏れ甲介」等と同様に、見ていてあったかい安心感が
感じられますよね☺️
管理人様の仰る通り、昔(特に昭和後期)の俳優さんたちって
味が出て、これからって言う時にお亡くなりになってしまう
方々が多かった気がします。管理人様の挙げられた名優さん
たちはもちろん、悪役(ヒール)で名を馳せた藤岡重慶さんとか
地獄大使、潮健児さんなんか大好きだったなぁ😍

逆パターン

海外アニメ「ドラ猫大将」の「大将の仮病」と言うお話での大将は、正にここに観るマスターと真逆な悪行の数々を働いています!
猫仲間たちと野球のただ観を目論んだ大将は場外ホームランが頭に命中して医者へ。更におんぼろ時計をネタに治療費を浮かせようとしたものの
「こんなおんぼろ時計、治しても一週間の命だっ!」
と医者に一蹴されてしまいます。しかしそれを隣室で聞いていた大将たち猫仲間にとっての天敵でもあるお巡りのデイブルさん(声は田の中勇さん)が、「大将は、余命一週間」と勘違いし突如、涙ながらに大将を厚遇し出します!
最初は訳が分からずデイブルさんの様子を気味悪がっていた大将でしたが、やがて医者の言葉を勘違いしている事を知るや否や
「こいつは、死ぬって事にしといた方が得だよ~!」
と、デイブルさんをパシリとして使い倒し、葬儀費用まで搾取しようとします!そして大将の生前葬と称し盛大な追善パーティを開かれましたが、デイブルさんが医者まで招待しようとしたため、医者の口から事の真相がデイブルさんにばれてしまいます!!
猫仲間たちとキャバレーでのマスターよろしく酒池肉林に興じる大将でしたが、そこへブチギレたデイブルさんが登場!!大将は
「いやだなぁ、デイブルさんったら。目、三角にしちゃって・・・!僕は病気なんですよ~(困)。」
となおも白を切ろうとしますが後の祭り。
「大将、お前一度ニューヨークの港を見物したいって言ってたな~(怒)。」
と言い大将を通り掛かった清掃車に放り込み、大将はそのままゴミの運搬船でニューヨーク湾引き回しの刑(!)となり猫仲間たちからも
「ごきげんよう大将!道中気をつけてね~♪」
と見限られてしまうのです!
確信犯的にデイブルさんの勘違いを利用した大将に比べれば、本当に自分が死ぬと思い込んでいたマスターの方がはるかにかわいく見えます(笑)。

Re: アットホーム!

コメントありがとうございます。

> プロットは定番中の定番ですが、役者さんのセリフ廻しや
> 演技力が生命線なので、上手い俳優陣が起用されるから
> 「水漏れ甲介」等と同様に、見ていてあったかい安心感が
> 感じられますよね☺️

はい、100パーセント同意です。

最近また「水もれ」にはまって、毎日のようにDVD見てます。

> 地獄大使、潮健児さんなんか大好きだったなぁ😍

潮さん、良いですよねえ。

ライバル(?)の小林昭二さんも割りと早く亡くなられてますよね。

Re: 逆パターン

確かにマスターとはえらい違いですね(笑)

しかし、そんな海外のアニメまで見ておられるとは……敬服します。

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zura1980

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70~80年代の特撮、80年代のドラマを中心に紹介しています。

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