第21回「牢獄で知った婚約」(1985年9月10日)
の続きです。
一方、路男は、口では断ったもののやはり千鶴子のことが気になり、昔のツテを利用して、塗装店の作業員として、警察署に潜入することに成功していた。

路男「すまねえな、うまく潜り込ませてもらって」
作業員「いいって、いいって、お前にゃあ年少で世話になったからよ」
「年少」と言うのは、少年院の隠語であろう。ま、「幼稚園の年少組」の可能性もあるが。
しかし、ちょうどうまい具合に、署の建物の塗装工事が行われており、その業者の中に路男の知り合いがいたと言うのは、あまりに出来過ぎた話である。
ま、それはいいのだが、
サングラスかけたまま仕事してんじゃねえーっ! 親方が怒らないのが凄く不自然である。

で、彼らが作業をしているところこそ、千鶴子が取調べを受けている部屋の外壁なのだった。
陰険な刑事たちは、剛造が倒れたと言う新聞記事を千鶴子に見せ、

刑事「気の毒になぁ、多分、君のせいでこんなことになったんだよ」
刑事「あまり心配をかけないほうが良いんじゃないか? 何もかも白状しちまった方が、お父さんだって喜ぶよ」
千鶴子「……」
おためごかしに、千鶴子に自分たちの都合の良い供述をさせようとする刑事たち。
千鶴子も、連日の取り調べに相当参っていたのだろう、すんなりありもしない「動機」を語り始めようとするが、

路男「気をつけろ、それは誘導尋問だぞ!」
窓の外に路男があらわれ、大声で千鶴子に警告する。
刑事たちが外から捕まえようと飛び出した後、

路男「大丸はあんたがあくまで無実を貫き通すことを願ってる。俺はそれを伝えに来た」
千鶴子「お父様が?」
路男「弱気を出しちゃ、ダメだぞ」

千鶴子「ありがとう……」
四面楚歌の彼女の前に、白馬の王子様よろしくあらわれた路男に、千鶴子が思わず乙女チックな眼差しを注いだのも無理からぬ話であった。
その後、再び留置所にぶちこまれた千鶴子だったが、その表情は希望に満ちた清々しいものだった。
例によって例のごとく、これは一旦持ち上げてから、思いっきり地面に叩きつけるための、悪魔のようなスタッフが張り巡らせた巧緻な伏線なのであった。
夜、大丸邸の庭の中を歩いている雅人としのぶ。

雅人「僕も随分悩んだんだ」
しのぶ「それで、なんと返事をしたの?」
雅人「返事はまだしてないが、決めたんだ。お父さんの命には代えられない。
しのぶさん、僕と婚約してくれないか?」
しのぶ「雅人さん……」
雅人に恋をして以来、夢にまで待ち焦がれていた言葉を聞いて、天にも昇るような気持ちになるしのぶ。
思わず「よっしゃああああーっ!」と叫びそうになったが、それより先に、
雅人「婚約するだけでいいんだ、別に結婚しなくたって……」
しのぶ「婚約だけ?」
雅人「僕らの婚約でお父さんの病気が快方に向かったら解消するんだ、そうすれば、千鶴子ちゃんも傷付かずに済む」
雅人から、あくまで剛造を喜ばせるための形式的なものだといわれ、たちまち膨れ上がった期待が萎む。

ナレ「この時、しのぶの心は雅人を奪えと言う悪魔の囁きで満たされていた」
と言うナレーションに続いて、

何故かいきなり右手を上げて、

人間の目には捉えきれない音速のビンタを、雅人の頬に叩き込むしのぶ。
雅人(あれ……?)
一見、直前のナレーターの言葉と全然噛み合ってない行動のようであったが、実は、いつの間にかしのぶが身につけていた、男をモノにするための高度なテクニックなのだった。
それにしても、前にも言ったけど、このドラマに出てくる人、ビンタし過ぎです。

雅人「何をするんだ?」
しのぶ「雅人さん、結婚しようって言葉は、女が一生のうちに滅多に聞く言葉じゃないのよ、それが形だけだなんて、バカにしないで! 婚約するならするで、どうして本気で言ってくれないの?」

しのぶ「私だって女よ、私が雅人さんのことをどう思っているか、雅人さんだって知ってるでしょ。千鶴子さんのためと思って堪えてきたけど、私、もう我慢できないの! 雅人さん、私のこと、好き? 嫌い?」
ついこないだ若山から言われたありがたーい忠告を、豪快なフルスイングで幸い住むと人の言う山の彼方まで吹っ飛ばすと、堂々と雅人に愛の告白をして、その返事を迫るしのぶ。
そう、しのぶ、教会のシーンで若山が見抜いたように、実は千鶴子とあんまり変わらない、性根の腐り切った女だったのである!
ま、「性根が腐り切った」は言い過ぎだが、この場面における彼女の行動は、「泥棒猫」と言う表現がピッタリなのは確かで、千鶴子に対する弁解のしようのない裏切り行為なのは間違いない。
雅人「君はどうかしてる、落ち着くんだ」
雅人がしのぶの肩に手を置いてなだめるが、しのぶは巨乳をふるわせてその腕を振り解くと、
しのぶ「答えてくれないのね、雅人さんなんて大嫌いよ! もう二度と会いたくないわ!」 あたかも、今まで付き合ってきた恋人の痴話喧嘩のような図々しい台詞を吐くと、その場から駆け出そうとする。
これも、逃げることであえて男に追わせて、追って来たところを一本背負いしようと言う、とても恋愛経験のない処女とは思えない巧みな交渉術であった。
雅人「しのぶさん、そりゃ、僕だって君のことが好きだった」
千鶴子「え? い? えっ? えええええーっっっ!?」 もし千鶴子がこの場にいたら、こんな顔で絶叫していたことだろう。
もっとも、雅人のまさかの爆弾発言に、管理人も思わず耳を疑ったものである。
こいつには、状況と言うものが理解できているのだろうか?
雅人「君がこのうちに来てから、ずっと……」

しのぶ「雅人さん……」
望外の展開に、さっきの千鶴子と同じく、三日月型の恋する目で雅人を熱っぽく見詰めるしのぶ。

雅人「でもねえ、僕には千鶴ちゃんがいる」
しのぶ「言わないで! 千鶴子さんのことは言わないで!」
ここを先途とばかり、雅人の胸に飛び込むしのぶを引き剥がし、
雅人「千鶴ちゃんにすまない、こんなことをしたら、僕らは地獄に落ちる」
しのぶ「地獄に落ちるのなら、私も一緒に落ちます! 雅人さん、愛してる!」
雅人「しのぶさん」
しのぶの切り札、シンプルな「愛してる」攻撃が最高のタイミングで炸裂し、遂に雅人を陥落させる。
正直、雅人がそこまでしのぶのことを愛していたのかと、今までの言動を見る限りやや疑問なのだが、とにかく、雅人の胸にもしのぶに対する愛が奔流のように押し寄せてきて、理性や義理などと言う小賢しいものを一掃してしまう。

しのぶの小柄だがむっちりとした体を強く抱き締めると、

あろうことか、
ぶっちゅううう~っと音が聞こえてきそうなほど情熱的、且つ、エロティックな口付けをかわす。
……
まぁ、しのぶについては、今まで長い間禁欲生活を送ってきた挙句の衝動的な行為だと、百歩譲って理解できるのだが、雅人に関しては、正真正銘、何処に出しても恥ずかしくない千鶴子に対する背信行為であり、到底容認できるものではない。
それに、ついさっき、路男に「千鶴子を裏切らない」と宣言したばかりではないか。
なんか、メインキャスト4人の中で、一番滅茶苦茶なことをしてきた路男が、実は、一番信義に厚くて常識のある人間だったのではないかと言う気がしてきた。
ま、あくまで4人の中では、と言う話だけど。
それはさておき、遠くから抱き合う二人を見ていた則子と手島は、安堵の息をつく。
則子「これで大丸家も南部開発も安泰だわ」
会社と家の安定しか頭のない則子にとって、千鶴子の気持ちなどは考慮する必要すらない些細なことなのだった。
ところが、千鶴子は、ひょんなことから逸早くそのことを知ってしまう。

中庭で日光浴をしてから監獄に戻る途中、事務室のような部屋にあったテレビに、雅人としのぶの婚約発表の模様が映し出されていたのである!

記者「式の日取りはいつですか」
雅人「まだ詳しいことは決まってません」
雅人のそばで、少し恥ずかしそうに、けれど幸せそうに座っているしのぶを見て、千鶴子が大大大激怒したのは言うまでもないっ!
千鶴子「ちくしょう、あいつら~っ!」 千鶴子の怒りはレッドゾーンに達し、そのまま鉄格子を捻じ切りかねない勢いであった。
無論、千鶴子が怒るのも無理はないが、冒頭では、逆に、しのぶに雅人と結婚しろとけしかけていたのだから、身勝手と言えば身勝手な態度ではある。
しかし、なんで千鶴子に相談してから記者発表しようとしなかったのか、雅人の性急な行動も、甚だ疑問である。
別に急いで婚約発表をしなければならないほど、剛造の容態は悪くないのだし。
もっとも、いくら形式的とはいえ、しのぶと婚約すると言えば、どっちにしろ千鶴子は怒り狂っていただろうが。
一方、中継を見て初めてそのことを知った剛造も、千鶴子に負けず劣らず激怒していた。

剛造「私に隠れてあんなことをするとは何事だっ、私が喜ぶとでも思ってんのか?」
則子「ええ、そう思いますわ。体は心に嘘をつけませんわ、先程の心電図の検査でも、あなたの心臓の具合、ずっと良くなっておりましたのよ。内心、二人の婚約を喜んでらっしゃる証拠じゃありませんの」
剛造「しかし、千鶴子がこのことを知ったら何と思う? 測り知れないほどのショックを覚えるに違いないんだ」
そこへノックもせずに飛び込んできたのが、千鶴子本人以上に憤怒している路男だった。
さすがに雅人も後ろめたいのか、思わず視線をそらす。

路男「お前、やっぱり千鶴子を裏切ったな?」
雅人「……」
路男「あんたもあんただ、あんたが女じゃなかったら、俺は死ぬほどぶん殴ってやりたい!」
女は殴らない主義だと言いたいらしいが、路男、以前、千鶴子をボコボコにしてなかったっけ?
大映ドラマのキャラクターは、回によってポリシーがころころ変わるのである。
雅人「殴るなら僕を殴れ、しのぶさんは僕の頼みを聞いてくれただけだ。お父さんの命を救うために」
路男「それもあるだろうが、要するに言い訳よ。千鶴子が、千鶴子がかわいそうじゃねえかよ!」
病室だと言うのに、容赦なく雅人の顔をぶん殴る路男。
繰り返しになるが、お前ら、いちいち殴らんと人と会話できんのか?

しのぶ「やめて、雅人さんは、私が好きだと言ったから婚約したのよ。殴るんなら私を殴って」
路男「好きなら千鶴子を裏切ってもいいってのか? てめえらケダモノだ!」
しのぶを罵倒して押しのけ、なおも雅人を殴ろうとする路男の腕を、若山が押さえる。
……
しかし、冷静に今までのことを振り返ってみると、しのぶが大丸家で暮らしていた間、千鶴子にやられてきた数え切れないほどの意地悪、陰謀、迫害などを思えば、しのぶにも、
「男のひとりやふたり盗ったからって四の五の言うんじゃねえ!」くらいのことは言い返す権利があるのではないかとも思えるのだった。
それはともかく、

若山「路男、しのぶさんたちは確かに間違いを犯したかもしれない、しかしな、それが間違いだと分かっていても、人は自分の心をどうしようもないときがあるんだ」
路男「その心を抑えるのが人間ってもんじゃないか」
若山(食い気味に)「じゃあ聞こう、お前は雅人さんの許嫁であった千鶴子さんを好きになった、それもそうなろうと思ってなったのか? そうじゃないだろう。自分で自分の心の動きをとどめようがなかった筈だ。今のしのぶさんと雅人さんと同じようにだ!」
路男「……」
やや反則気味だが、そう言う路男も道ならぬ恋をしているではないかと言って落ち着かせてから、
若山「聖書にもこうある……」 剛造(出たぁあああっ!) 軍隊時代、イヤと言うほど聞かされてきたフレーズに、剛造が心の中で思わず叫ぶ。
若山「まず、罪なき者が石で打てと……」
路男「……」
48の説得術のひとつ、「聖書固め」の前に、漸く路男も大人しくなる。
ま、単に意味が分からなくて困ってただけかもしれないが。
と、雅人が立ち上がると、黙って部屋から出て行こうとする。
剛造「雅人、何処へ行くんだ?」
雅人「千鶴ちゃんに会いにです。面会の約束があるんです」
路男「なにぃ、よくおめおめと顔が出せるな」
雅人「千鶴ちゃんを救いたいと言う僕の気持に変わりはない。それにしのぶさんと婚約したことを隠し立てはできない。僕ははっきり告げるべきなんだ」
しのぶ「私も行きます……」
まるでこれから死刑の宣告を受ける罪人のような暗い面持ちで、病室を出て行く二人だった。
このドラマの登場人物は、自分の感情を隠すと言うスキルが極めて低いので、面会室に入ってきた千鶴子は、

大変分かりやすい顔をしておられた。チーン。

雅人「なんか怒ってるみたいだぞ」
千鶴子「怒らいでか!」 と言うのは嘘だが、千鶴子の表情に気付いて、雅人が怪訝な顔でしのぶの方を見るのがちょっと笑える。
雅人「千鶴ちゃん、話がある、座ってくれ」

千鶴子、むんずとしのぶの左手首をつかみ、
千鶴子「まだ婚約指輪はしてないのかい?」
しのぶ「知ってたの、千鶴子さん?」
千鶴子「あんたたち、どのツラ下げて来たんだい? 何が希望の二文字だいっ!」 ほんと、これ以上「ごもっともです」と応じたくなる台詞はこの世にないよね。
千鶴子は、背後に立っていた婦警に「刑事さんを呼んで、私が自供するからってね」と叫ぶ。

雅人「よすんだ、そんなことしたら少年院行きだぞ!
さすがにみんな飽きてるぞ!」
千鶴子「少年院だって何処へだって行くよ、みんな、私のことなんかどうなったっていいんだ!」
雅人「……」
なにしろ、これだけ明々白々とした裏切り行為をしでかした後だけに、さすがの雅人も言い訳の言葉すら捻り出すことが出来なかった。
ほどなく刑事たちがやってくると、
千鶴子「刑事さん、あんたらの望んでる話を聞かせてやるよ、私は強盗娘さ。大丸千鶴子は脅迫されて犯罪を働くような情けない女じゃないよ、私は進んで強盗やらかしたんだ! 何なら人殺しもしたかったぐらいさ。これで満足だろ? はっははっ!」 自暴自棄になって喚き立て、ヒステリックな笑いを上げたかと思えば、一転、世にも切なげな泣き顔を浮かべる千鶴子。
やっぱり伊藤さんはうまい。
時間の都合で何故か無反応の刑事たちに背を向け、二人に向き直ると、

怒りを込めてしのぶの顔をビンタする。
しつこいようだが、ビンタのし過ぎですって、あんたら。

ラスト、無言で見詰め合う千鶴子としのぶの文字通りのバストショットを映しつつ、次回へ続くのだった。
まぁ、結局、千鶴子は少年院送りにはならないのだが、やはりスタッフの頭には「不良少女とよばれて」の繰り返しになってはいけないと言う自戒があったのだろう。
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