最後です。
さて、問題のロケの日がやってくる。場所は郊外の山の中。
内容は、悪漢が洋子の恋人を殴り、洋子をさらって車で逃走すると言う、あってもなくてもどうでもいいようなものだった。とても大作映画とは思えないチープさだが、実は原作そのままのシーンなんだよね。
厳重な警戒のもと、入念なリハーサルが行われていたが、二度目のテストの際、悪漢役が本気で恋人を殴り倒し、監督の指示も無視して車に洋子を乗せたままどんどん向こうへ行ってしまう。

明智「……」
そう、いつの間にか悪漢役の俳優が何者かに入れ替わっていたのだ。
明智はすぐ波越警部をせかして追跡を開始する。
ここから、迫力のないカーチェイスとなるのだが、意外にも洋子をさらったのが、行方不明の横堀だと言うことが視聴者に明かされる。
では、はやり横堀こそが蜘蛛男だったのか?
一方、大失態を演じたと言うのに、波越は妙に落ち着いていた。

波越「蜘蛛男の奴、まんまと罠に嵌まったね、実はね、明智君、あの車の中に黒柳博士が隠れてるんだよ。無線機を持って」
明智「トランク? 足が不自由なのに?」
波越「うん、私に責任があるからって自分で買って出たんだ」
波越はこともなげに言うのだが、何度も言ってるように、探偵でもなく、民間人に過ぎない黒柳に、いくら本人が志願したからって、警察がそんな危険なことをさせると言うのは、明らかにおかしい。
ちなみに、書き忘れていたが、黒柳博士は右足が不自由とのことで、常に杖をついているのだ。
曲がりくねって、いくつにも枝分かれした山道だったが、黒柳博士からの指示のおかげで、波越たちは迷うことなく、正確に横堀の車のとったルートを辿っていくことが出来た。
だが、犯人が黒柳の存在に気付いてしまったのか、途中から、黒柳ではなく横堀の声が聞こえてきて、ついで、二人が格闘しているような物音や、洋子の悲鳴が聞こえてくる。

横堀「ふざけんなよ、お前の力じゃどうにもなんねえんだよ!」
が、片足が不自由で小柄な黒柳博士に、顔のでかい横堀に勝てる筈もなかった。
このまま洋子を殺されていたら、波越もいよいよクビになっていたと思われるが、こんなこともあろうかと、明智さんが、あらかじめ用意させていた犬を使って車の行く先を突き止める。
車は、もう使われていない療養所の前で停まっていた。
明智たちが駆け込むと、横堀は既に逃走した後だったが、さいわい、黒柳も洋子もクロロフォルムを嗅がされただけで無傷だった。

そして、二人のいた部屋の鏡には、赤い血のようなインクで殴り書きしたような、犯人からのメッセージが残されていた。
その夜、明智はまたあのFAXで送られてきた報告書を見詰めていた。

小林「この不明のところですねー、いくら調べても分からないとの返事です」
文代「先生は、事件のルーツは遠い昔にあるって仰るんですね」
明智「そうだ」
どうしてもその空白部分が気になる明智さん、結局、文代さんに頼んで直接神戸に出張して調べてもらうことにする。
最初からそうすりゃ良かったのに……
トラブル続きだが、映画の撮影は相変わらず続いていた。

今度は、スタジオでの撮影だったが、ワインに見立てた撮影用の赤いシロップを飲んだ洋子が、例によって薬を盛られてぶっ倒れてしまう。
そのシロップは、事前に令子が自分で飲んで安全を確かめたものだったのだが……
ちなみに、ろくに顔も映して貰えない洋子の相手役の俳優、よく見たら、「ウルトラマンレオ」の松坂雅治さんだった。
どうやら、これが最後のドラマ出演になったようだ。
毒はシアン化化合物らしかったが、波越がすぐ吐かせた為、大事には至らず、撮影所の医務室に運び込まれ、専門家の黒柳が診察する。

令子「どうでしょう?」
黒柳「大丈夫でしょう」
プロデューサー「あ、お父さんに電話したら、すぐ来られるそうです。あの……」
黒柳「落ち着きましたよ」
プロデューサー「はぁ、そりゃ良かった」
やがて、知らせを聞いた明智も駆けつける。

明智「ワインに毒を入れた経緯は?」
波越「ところがさっぱり分からないんだよ。僕の前で令子さんが毒見して、ピンピンしてた直後だからねえ」
一方、山際、プロデューサーからの知らせを受け、撮影所からの差し回しの車に乗るが、途中、運転手にクロロフォルムを嗅がされて意識を失ってしまう。そう、その運転手が横堀だったのだ。
明智たちは、波越警部を見張りにつけて、山際が来るまで一旦事務室で待つことにする。
そこに、小林少年が興奮した様子でやってきて、二つのテープをみんなに聞かせる。ひとつは、明智と黒柳にかかってきた謎のタレコミ電話で、もうひとつは高橋美奈子がカラオケで歌っているのを録音したテープだった。
二つの声は同じだった。つまり、タレコミ電話をかけたのは美奈子だったのだ……って、まあ、視聴者にはとっくに分かってることだし、そもそも、どうでもいいことなんだけどね。
ちなみにここは、本物の撮影所の事務室で撮られているので、

俳優の後ろにこういうものが映り込んだりする。
これは、「化粧台」が放送された1982年4月3日の2週間前にオンエア済みの松本清張原作「薄化粧の男」と言う2時間サスペンスのキャスト表(?)である。
で、そのヒロインが池波志乃……つまり、中尾彬の嫁さんと言うのも奇遇である。
それでも、波越警部には耳寄りな情報だったらしく、黒柳と令子が二人して知らせに行くと、色めきたって事務室へ向かう。

黒柳「君も、もう休んでいいですよ」
キミ「はい……」
令子「キミちゃん、もう帰っていいわ、ご苦労様」
キミ「はい、それじゃあ失礼します」
洋子の付き人のキミと言う女の子は、洋子のそばから離れがたい風情だったが、二人からかわるがわる言われて、やむなく引き揚げる。
こうして、黒柳と令子で見張りをすることになるが、原作では、畔柳と波越警部の組み合わせである。
原作では、
お茶を飲みすぎてたびたびトイレに行く波越警部の姿がさりげなく書かれたあと、ベッドに寝ていた洋子が、いつの間にか人形にすり替わっていたと言う奇術的なことが起こる。
それを知った波越警部が
「二人で油断なく見張っていたのにどうちて連れ去ったのだろう?」と本気で首を傾げているのが、後ろからドロップキックをお見舞いしたくなること必定のバカである。
○○○○がやったに決まっとるだろうが!
それはともかく、事務室では、プロデューサーがなかなか山際が来ないので家に電話していたが、

プロデューサー「おかしいなぁ、山際さんの家では撮影所の車が迎えに来て、それに乗って一時間ほど前に出たって言うんですがね……ところが、そんな車は出してないって配車係が言うんですよ」
プロデューサーの言葉に、不意に明智の面に緊張が走る。

明智「警部、洋子さんは?」
波越「まだ寝てるよ」
明智「確かに?」
波越「うん、この目で見てきた。博士と令子さんが今見張ってるわ」
明智、即座に医務室へ向かうが、途中、トイレから出て来た黒柳とばったり会い、さらに、廊下の赤電話で電話をかけている令子と会う。
医務室のベッドには、洋子の黒い頭が見えていたので一同ホッとするが、

案の定、それはマネキン人形に過ぎなかった。
ベッドのそばの窓のブラインドが上がって鍵が開いており、蜘蛛男は、どうやらそこから洋子の体を運び出したらしい。
黒柳「申し訳ない、二人とも部屋を空けてしまって……」
しかし、窓には鍵が掛かっていた筈だから、犯人がどうやって室内に侵入したのか、と言う素朴が疑問が置き去りにされている。
明智ならずとも、黒柳か令子が、鍵を開けて犯人に協力したとすぐ分かりそうなものなのだが……
それに、原作だと、二階の寝室で寝ていた洋子が、探偵と警部と言う、一見、犯人でありえない二人の、少なくともひとりは常時見張っていた状況で、いつの間にか人形と入れ替わっていたと言う、一種の不可能犯罪になってるのがミソなのに、ドラマでは、その辺の設定が甘く、トリックでもなんでもない方法で洋子が連れ去られている点が甚だ物足りないのである。
さて、山際が目を覚ますと、足に鎖を巻かれ、真っ暗な地下室のような部屋に監禁されていた。しかも、同じ部屋に、娘の洋子も監禁されているではないか。

山際「ここは何処だ?」
洋子「分からない」
怯えて抱き合う二人の頭上から、くぐもった男の声が聞こえてくる。
声「はっはっはっはっ、苦しめ、もっと苦しめ、これは25年思い詰めてきた俺の復讐だ……ゆっくりあの世へ送ってやる」
ここで犯人が、さっさと二人を殺しておけば蜘蛛男の完全勝利となり、明智さんの面目丸つぶれ、波越警部はめでたくオホーツクに左遷となるところだったが、好きなおかずは最後にとっておく主義の犯人の性格に助けられることになる。
明智事務所で波越警部が唸っていると、神戸に行っていた文代さんが帰ってくる。

文代「先生、今神戸から帰りました」
明智「ごくろうさん、どうだった?」
文代「ええ、とっても良いところでした。色々食べ歩きましたけど、明石焼きが意外と美味しかったです」
明智「おお、そうか……って、
おいっっっ!!」
じゃなくて、
文代「はい、収穫はバッチリ、1943年から54年の間は、誰に聞いてもわかりませんでした」
一同「分からんのかいっ!」 と言うのは嘘だが、結局最後まで誰にも分からないのなら、最初からそんな空白期間など設けなきゃ良かったのに……
文代「誰に聞いても分かりませんでしたけど、1957年、そこのところははっきりしました」
文代さんによると、神戸庄司商会の庄司社長、その友人だった山際、それと商会の番頭の三人がボートで夜釣りに出て嵐に遭い、山際だけが生き残ったと言うのだ。
山際によって二人が殺されたのではないかと言う噂も流れたが、うやむやのうちに山際は庄司未亡人に取り入り、その年のうちに神戸庄司商会の専務になったらしい。
明智「そして会社の金と得意先を奪って独立した」
文代「そうです。その年、庄司の奥さんは自殺しています」
文代さん、これだけでも大概優秀な探偵だが、

文代「こんな写真が手に入りました。庄司社長、奥さん、お嬢さんの真由美ちゃん、そしてこの人が番頭の大内五郎、この子が息子の友介」
なんと、25年前の関係者の家族写真まで入手していたのである! いや、下手をすると明智さんより優秀なのでは?
それに引き換え、たぶん、新聞記事にもなった海難事故のことを、報告書に一字たりとも書いてなかった関西の探偵社のへぼさ加減よ(詠嘆)

文代「先生、友介の復讐と読んでらっしゃるんですね」
明智「その線が濃くなってきたね」
が、相変わらず頑なに真相に着地しようとしない波越は、その友介が横堀だと言い出すのだった。
父親の仇に、自分の愛人まで取られるなんて言う、そんなドラマみたいな偶然がある訳ないのに……
と、文代さんが思い出したように、事故が起きたのが、つまり、庄司の命日が4月3日、つまり今日だと話すと、明智の顔色が変わる。

明智「命日? 早く二人を見つけないと命が危ない!」
その二人は、犯人に、小さなテレビで変なビデオを見せられていた。
それが「本間しげるも見たい」とかのライブビデオだったら、笑うに笑えないところであったが、

声「大造、これが25年前のお前だ……」
まず映し出されたのは、嵐の中、ボートの上で右往左往している三人の男。
そう、さっき文代さんが言った事件の、再現ビデオだったのである。
……って、これ、最初に書いたけど、まるっきり「悪魔の紋章」の、復讐の相手にその悪事を芝居で見せるというシーンと同じだよね。
若き日の自分が、その混乱の中、庄司と大内を海へ叩き落すのをまじまじと見詰める山際。

それはそれとして、この際だとばかりに娘の成熟した体の感触を思う存分味わう山際オヤジ。
声「お前はかねてから庄司の妻、芳江に惚れていた」
続いて、悲嘆に暮れる庄司の妻に、山際が言い寄り、

下手なエロビデオも真っ青の豪快な体位で、芳江をガンガン犯す様子が描かれる。
明智たちの睨んだとおり、山際は見かけによらぬ極悪人で、未亡人を社長に祭り上げ、自分は専務として庄司商会を支配した挙句、会社の金を横領して独立してしまう。
ショックのあまり、芳江が首吊り自殺をすると言うウツなシーンの後、

声「残された真由美と友介は、大内の妹に引き取られ、兄妹のように育てられた」
それから2年後、なんとか生き延びていた番頭の大内(友介の父)が二人の前にあらわれ、何もかも打ち明けた上、山際への復讐を強く訴えてから亡くなったと言うのだ。
この辺も、「悪魔の紋章」そっくりで、さすがに芸がないなぁ。
声「それから20数年、長い年月だった……ようく見ろ。これが大内のせがれ友介の今の姿だ」

最後に、そんな言葉とともにテレビに映し出されたその顔は、な、な、なんと、警察の協力者である黒柳博士その人ではないか!
そう、彼こそ今回の事件の真犯人だったのだ!
……って、まあ、ほとんどの視聴者にはとっくの昔に分かってたことだと思うけどね。「死刑台の美女」も似たようなオチだったし。
ちなみに原作の「蜘蛛男」では、終盤でやっと明智が登場し、数ページであっという間に犯人の正体を指摘し、捕まえようとするも取り逃がし、その後も蜘蛛男は、洋子と心中したり、47人の美女を誘拐し、全員裸にひんむいて、ムチで打って毒ガスで殺そうとするなど、むちゃくちゃなことをやるんだけど、もちろん、ドラマではそんなことはやらない。
洋子「黒柳博士!」
山際「ワシが悪かった。許してくれ、償いはする」
黒柳「……」
山際「頼む、財産は返す。だから助けてくれ!」
全面降伏して命乞いをする山際だったが、無論、そんなことで黒柳が復讐事業をやめる筈もなく、地下室の壁を動かして空間を狭くしてから、

壁に作られたいくつもの筒から、大量の砂を流し込む。
ま、スタッフとしては、ほんとは水を入れたかったんだろうが、水を使った撮影はお金がかかるし、俳優さんも大変だから、砂で代用したのだろう。窒息させる目的ならば、同じことだしね。

洋子「お父様!」
山際「ああ、す、砂!」
同じ頃、明智たちも、二人が撮影所のセットに監禁されているのではないかとあたりをつけ、撮影所に駆けつけ、広いスタジオの中を探し回っていた。
地下室の壁には鉄格子の入った覗き窓があり、

そこから、今度は本物の黒柳が、恐怖におののく二人の様子を冷たく見下ろしていた。
そして、その横には、サングラスをかけた金髪の女と、同じくサングラスをかけた横堀がいた。
山際、せめて娘だけでも助けてくれと嘆願するが、黒柳は返事すら与えない。
黒柳「はっはっはっは、もっと苦しめ、俺たちが25年間苦しんできたその苦しみをこれからたっぷりと味わわせてやる。これは今君が撮影している映画のラストシーンと同じだ。どうだ、面白いだろう、洋子?」
黒柳は、横堀に毒蜘蛛を取りに小道具倉庫へ行かせるが、

黒柳「どうだ真由美、あの二人の苦しむざまをよく見るんだ。そしておやじとおふくろの恨みを晴らすんだ」
真由美「やめて……もうやめて」
黒柳「何を言い出すんだ、突然」
真由美「あれだけ苦しめばもう良いじゃない、許してあげて」
突然、庄司の娘・真由美とおぼしき女性が顔を背けて、そんなことを言い出す。
黒柳「俺たちが青春を捨て、人間の幸せを捨て、どんなにこの復讐にかけてきたのか、忘れたのか」
真由美「いやよ、私にはもう耐えられないわ」
叫ぶように言うと、とうとうその場から逃げ出してしまう。
入れ替わりに毒蜘蛛のケースを持った横堀が戻ってくる。
黒柳は、一旦砂の流入を止めさせてから、毒蜘蛛を地下室に入れろと命じる。
と、横堀がうっかりケースを落としてしまい、毒蜘蛛のひとつが黒柳博士の右足にくっつく。横堀は慌てふためくが、
黒柳「心配するな、プロテクターが嵌めてある。慌てずに」
横堀、慎重に毒蜘蛛を回収すると、ついでに黒柳のプロテクターを感心したように撫でる。
横堀「おお、ニセモノも便利ですね」
黒柳「はっはっ、しかし、ニセモノは歩きにくいよ」
そう、黒柳の右足は、健康な足にプロテクターを嵌めただけの偽の義足だったのだ。
これも原作どおり。

横堀は、数匹の毒蜘蛛を地下室の中に放り込む。

洋子「ああっ、お父様、毒蜘蛛よ!」
山際「ああっ!」
首から上だけ砂から出した状態でぐったりしていた洋子もすぐ気付いて、恐怖に目を見開いて悲鳴を上げる。
ま、いくら作り物のタランチュラとはいえ、若い女性としては、あまり気持ちの良い撮影ではないよね。

黒柳「慌てることはない、ゆっくりした方がこっちの楽しみも増えるよ」
黒柳、悠然とタバコを取り出し、横堀にもすすめる。
黒柳「どうだね、そのタバコは」
横堀「妙な味がしますね、どこのタバコですか」
黒柳「私が作ったタバコだよ……吸ったら1分以内に心臓が止まる」
黒柳のさりげない言葉に、ギョッとして振り返る横堀。

横堀「じゃ、じゃあ、俺を?」
黒柳「そう、君を殺す、そうすれば君が蜘蛛男と言うことになる」
横堀「くそう、俺を助けると言って手伝わせたのは元々そのつもりだったのか!」
黒柳「そりゃそうさ、君がタランチュラを飼育し、『恐怖の毒蜘蛛』の撮影に協力するとわかったときに、私のこの計画は出来上がった」
二人のやりとりから回想シーンになり、逃走中の横堀が電話であの療養所(サナトリウム)に黒柳に呼び出され、1000万の報酬で彼らの協力者になったことが明かされる。
つまり、横堀も早い段階から犯人の一味だった訳で、複数どころか、犯人が三人もいたと言うのは、いささか拍子抜けである。
しかし、電話って言うけど、逃走中の横堀にどうやって電話を掛けることが出来たのだろう?

黒柳「そろそろ苦しくなってきたかね?」
横堀「妙だな、ちっとも苦しくない」
黒柳「……」
横堀「それにあの蜘蛛もおかしい。まだ動いてない」
言われて地下室を覗き込めば、確かに、毒蜘蛛は投げ込まれたときの位置のままで、まったく動いた形跡がない。
予想外の事態に、さすがの黒柳もにわかに落ち着きを失い、

黒柳「君は何か細工をしたのか?」
横堀「そう、あの蜘蛛は撮影用の作り物……」
この台詞から、横堀の声が、アキラから天知先生のものに変わる。
横堀「そしてこのタバコは私のタバコと摩り替えた」
黒柳「なにぃ? 君は横堀じゃないな、一体誰だ?」
横堀「賢明なる黒柳博士には、まだ私の正体が分かりませんか?」
黒柳「明智……」
横堀「そう」

べりべりべり……
今年になってから何度目だろう、この画像を貼るのは……

横堀の顔の下から出て来たのは、モチのロン、我らが明智さんであった。
同時に、波越たちが本物の横堀を連れてやってくる。
そう、横堀は毒蜘蛛を取りに行った際にあっさり捕まっており、代わりに横堀に化けた明智さんが黒柳の前に現れたと言う訳なのだ。

黒柳「さすが、明智だ」
明智「ロケ先でのあなたと横堀の連係プレーは見事でした」
ロケ現場での事件が再現されるが、当然、黒柳と横堀のあらそいは洋子に見せるための芝居であり、洋子を眠らせた後、二人で洋子の体を建物の中に運び、急いで横掘を逃がし、自分も眠らされたふりをしていただけなのだった。鏡のメッセージは、黒柳本人がマジックペンで書いたものだった。
ってことは、つまり、その筆跡鑑定をしっかりやってれば、その時点で事件は解決してたってことだよね。
少なくとも、書いたのが横堀ではないことは分かった筈である。

明智「その足が怪しいと思いましてね。あなたの交通事故を調べたら、この10年間、事故の記録はありませんでした」
さきほど、横堀に化けた明智が毒蜘蛛をわざと落として博士の足に這わせたのも、そのことを確かめる為だったのは言うまでもない。
と、不意に黒柳がその場から逃げ出す。
別の倉庫へ入り、中からかんぬきを掛ける黒柳。
ここからのフィルムのつなぎかたは、ミステリードラマとしてはなかなか巧みである。
小道具倉庫で佇んでいた真由美のところに、黒柳が慌てた様子でやってくる。
当然、視聴者は、それが本物の黒柳だと思うわけである。

黒柳「明智が来た」
真由美「ええっ、山際と洋子は?」
黒柳「殺し損ねた」
真由美「ああ、良かった……」

黒柳「早く逃げよう、もう一度やり直すんだ」
真由美「いいえ、私は逃げない。もう復讐なんていや」
黒柳「相手は明智だ。君が庄司真由美であることはもうバレている」

令子「いいのよ」
ここで、真由美がサングラスと金髪のカツラを外し、その正体が一色令子だと言うことが明らかになる。
令子「あなたに小さい時から復讐を吹き込まれて、そして協力してきたわ」
黒柳「そして自ら自分を毒蜘蛛の危険に晒した」
令子「あれは復讐の予告と、私への疑いを反らす為にあなたがやらせたんじゃない」
二人の会話で、最初のマキ殺しは黒柳がやったことが分かる。令子は、何の関係もないマキを殺すのはどうしてもイヤだと言ったらしい。

黒柳の帰った直後、横堀が来て、マキが死んでいるのを発見するのだが、その時の扱いが、いくら死体役とはいえ、あんまりじゃないかという感じがするのである。
おまけに、あれだけ惚れ込んだ相手だと言うのに、「死んでる」の一言でさっさと逃げちゃうし……
この横堀と言う男の性格設定が、はっきり言って「わやくちゃ」なのが、このドラマの欠陥のひとつである。平たく言えば、何を考えているのかよく分からないのである。
たとえば、マキを殺したのが山際だと黒柳に吹き込まれ、山際への恨みを晴らす為に黒柳たちに協力する……とかだったら、まだ理解できるんだけどね。
ちなみに、マキの部屋には、黒柳→横堀→山際と言う順で、短時間で三人もの人間が訪れているのだが、そんな偶然が果たしてあるだろうか?
一方、山際氏の長女・恵子は、お色直しの際に令子がドレスの中に毒蜘蛛を忍ばせて殺したものだった。

で、その現場を、助手の美奈子に見られてしまったのだ。
美奈子は、黒柳が共犯とも知らず、明智と黒柳、二人に電話してチクろうとしたのだが、そこへ波越が来たので未遂に終わったのは前述の通り。
現場にいたもうひとりの男は、黒柳に言われて密告者を確かめに来た横堀だったのだ。
しかし、この美奈子の行為も変と言えば変である。
令子を慕うあまり、女装までして近付いていたと言うのに、令子が犯罪を犯したと見るや、すぐにそれを第三者に密告しようとするのは、なんか納得できないのだ。
愛しているのなら、令子の為にあえて口を噤んでいるとか、逆に、そのことをネタに令子を脅し、自分のものにしようとするのが普通ではないだろうか?
しかも、令子が人殺しだと知りつつ、その後も平気な顔で助手をしていたのだから、ますますまともな感覚とは思えない。
それはともかく、美奈子を絞め殺したのは黒柳だった。

令子「殺せとあなたは言ったわ。でも私には出来なかった。だからあなたが……かわいそうに」
黒柳「ワインに毒を仕掛けた、あれはお前だ」
追っ手が迫っていると言うのに、何故か悠長に自分たちのやったことをおさらいしている、昔の時代劇の悪代官と悪徳商人みたいな二人。
洋子が飲んだシロップだが、令子が、自分が毒見をすると言って飲み、その際、コルクの中に毒を仕込んでおいたのだ。
続く洋子の誘拐だが、キミちゃんを下がらせた後、

令子「あら、よく寝てるわ」
黒柳「……」
彼女に聞こえるようにそんなことを言っていた二人が、ドアが閉まるやいなや、

なんとなくかっこいいポーズで振り返るのが、ちょっと笑えるのでした。

で、既に述べたように、二人が最初から共犯だったのだから、トリックもクソもなく、こうやって二人して洋子の体を窓から運び出しただけだったのだ。
原作だと、畔柳博士が、波越が席を外した時に外で待っていた共犯者を縄梯子で2階に来させ、洋子を運び出させているのだが、冷静に考えたら、これも非現実な方法だったかもしれない。
あれこれと黒柳に協力していた令子だったが、復讐事業にほとほとうんざりしたらしく、目に涙を浮かべながら、
令子「でも、もういや、あなたひとりで逃げて、私は明智さんに何もかも話すわ」
黒柳「俺たちの愛はどうなった?」
令子「愛? あなたへの愛なんて最初からなかったわ。でも、いつの間にか同棲して」
そう、二人は「悪魔の紋章」のように兄妹ではないので、早い段階から男女の仲にあったのだ。かつて、マンションで令子を待っていた男は、令子が毛嫌いしているふりをしていた黒柳博士だったのだ。
あと、黒柳、さっき
「人間の幸せ」を捨てたとか言ってたけど、仮にもお医者さんだし、五体満足だし、美人の恋人はいるし、普通に、めちゃくちゃ人生謳歌してないか?
令子「でも、この頃じゃ、人並みの生活が羨ましくて、あなたに言われたとおり、様子を探る為に明智さんに近付いてからは、余計私の気持ちは普通の女になって行ったわ」

愛の告白とも取れる令子の言葉に、なんとも言えない複雑な表情を見せる黒柳。
それもその筈、彼こそ……
でも、令子にしたって、普段は有名なヘアドレッサーとしてバリバリ活躍しているのだから、
「人並みの生活」どころか、セレブに近い生活を送ってると思うんだけどね。
別に、日頃、毒蜘蛛の操り方なんてのを黒柳に練習させられてる訳でもないだろうし……
と、ここで、なんと、もうひとりの黒柳が駆け込んでくる。

黒柳「真由美、早く逃げるんだ! 早く……」
令子「……」
自分そっくりの人間に気付き、思わず二度見する黒柳と、驚いて二人の顔を何度も見比べる玲子。

黒柳「貴様、明智?」
令子「えっ」
そう、最初にやってきたのがニセモノで、後から来たのが本物だったのだ。これは令子のみならず視聴者も騙す編集で、なかなか面白い。

で、二回目のべりべりべり発動。

マスクの下から出て来たのは、言うまでもなく明智さんであった。
しかし、体格の差で、普通なら一発でバレそうなもんだけどね。
ま、それを言い出したら、シリーズそのものが成立しなくなるのだが。

令子「明智さん……
さっきからナニ遊んでんの?」
明智「すいません……」
酔狂が過ぎる変装の連荘に、思わず犯人に叱られる明智さんであったが、嘘である。
続けて、いつものドラムロールの高まりに合わせて、

あ、ワン、

ツー、

スリーと、いつもの早着替えが見事に決まる。
令子「明智さん……
人をおちょくるのもいい加減にしなさいよ?」
明智「すいません……」
じゃなくて、
明智「あなたの告白は、いや、あなたの苦しみはすべて聞きました。庄司真由美さん」
令子「……」
令子は観念したように俯くが、往生際が悪過ぎる黒柳博士は、咄嗟に棚にあった水中銃で明智を撃ち殺そうとするが、令子が明智をかばって背中に矢を受けてしまう。
令子「危ないっ」
明智「令子さん! しっかりするんだ!」
ほどなく波越たちも駆けつける。なおも逃げようとする黒柳だったが、さすがに万事休す。
波越「山際親子は助け出した」
黒柳「裁かれなきゃならんのはあいつだ」
波越「それは我々のこれからの仕事だ」 黒柳「……」
波越、いつになく頼もしい口調で言うのだが、今までのへぼい仕事ぶりを見る限り、まったく信用できないのだった。
だいたい、当時の法律では、もう庄司殺しは時効になってる筈だから、山際を逮捕することも出来なかっただろう。
と言う訳で、凶悪な殺人犯にして横領犯である山際が裁かれないままドラマが終わると言う、もどかしい結末になってしまうのだった。
話が前後したが、追い詰められた黒柳は、咄嗟に、棚にあった本物のタランチュラのケースを開け、自らの首を噛ませて自殺するのだった。
殺傷能力のある水中銃といい、色々と物騒なものが置いてある倉庫である。

令子「悪い女でした、私は……」
明智「いや、不幸な星の下に生まれただけだよ」
令子「私は忘れない、あの時のこと……」
瀕死の令子、明智の胸に抱かれながら、冒頭、雨の日に明智にナンパされた時のことをうっとりとした表情で回想する。
結局、あの出会いが偶然だったのか、令子が仕組んだものだったのか、不明のままだったが、さすがに偶然だったんだろうなぁ。
令子はあっさり息を引き取る。

文代「令子さん!」
思わず首を垂れて、令子の死を悲しむ文代さん。
明智の声「死とともに、一色令子、いや、庄司真由美は復讐から解放された。その顔には今までにはない安らぎが浮かんでいた……」 ここでテーマ曲に乗ってエンドクレジットが流れ出すのだが、

そこでも、文代さんが棚にもたれるようにして、ぼろぼろと涙を流しているのが印象的だ。
「白い人魚の美女」で、大学の先輩の女性が死んだ時にも涙ひとつ見せなかった文代さんにしては、いささか奇異な感じを受けるが、令子とはそれだけ親しい間柄だったのだろう。
さて、本作だが、原作と比較すると、蜘蛛男本来の圧倒的な性倒錯、および不道徳ぶりがほとんど消されているのが不満である。ドラマでの黒柳博士は、ふるめかしい復讐心に凝り固まっているとは言え、あくまで殺害動機は筋道だったものだからね。
まあ、最初に書いたように、原作どおりにすると、色々と差し障りのある表現が出てくる(女性をレイプして殺してその死体をバラバラにして石膏像に塗り込めるとか、拉致して殺した複数の女性の死体を樽の中にしまっておくとか)し、明智の見せ場がなくなるという問題もあって、こういう風に脚色したんだろうけど、終わってみれば終盤は「悪魔の紋章」とほとんど同じだったというのは、あまりに芸がない。
しかも「悪魔の紋章」は、「死刑台の美女」として、既に一度ドラマ化してるから、余計にね……
他にも、ニューハーフの美奈子の存在が浮いてるとか、せっかくの早乙女愛さんのおっぱいが見れないとか、トリックらしいトリックがないとか、犯人が三人もいたとか、色々と不満の多い作品であった。
評価できるのは、志麻いづみさんの殺されぶりと、ラストの二重の引っ掛けくらいかな?
編集後記 いやー、しんどかった。
まさかこんなに長くなるとはね……
最初は画像だけ貼り替えてお茶を濁すつもりだったのに、結局、画像をすべてキャプし直した上に、文章もほとんどすべて書き直したので、増補版ではなく、リテイク版となってしまった。
しかも、あまり面白くないストーリーの上に、好みの女優さんもいないものだから、自分にとってはかなりの苦行であった。
とにかく、なんとか書き上げてホッとしている。
読者の皆様には、最後までお読み頂き、ありがとうございました。
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