第14話「貸しちゃった事件!」(1975年1月15日)
の続きです。
集金に行ったっきりなかなか帰ってこないまことの身を案じ、三ッ森家の人々が不吉な予感と焦燥に駆られ、お通夜の席のように静まり返っている最中、ガラガラとガラス戸を開けて、まことが何事もなかったような顔であらわれる。

まこと「あんまり電車が混んでるんで、ふっ、歩いてきちゃった。はーっ、喉渇いた」
竹造「マコ、お前……」
滝代「朝美、お水持ってきておあげ」
朝美「うん」
甲介「おい、店の金は? 店の金」
まこと「集金してきたよ」
甲介「そうか、ごくろうさん」
まことの返事に、般若から、たちまちえびす顔になる甲介。
竹造「落としたり、すられたりしなかったろうな?」
まこと「そぉんなオタンコナスじゃないよ!」 文章では伝わらないが、まことのこの喋り方と口の形がめっちゃ可愛いのである!
まことの自信たっぷりの言葉を聞いて、形勢逆転とばかりに、タケさんが反撃に出る。
竹造「聞いたとおりだよ、この子はなぁ、そんなオタンコナスじゃないよ」
甲介「い、いやぁ、俺もほんとはそう思ってたんだよ」
滝代「ほんとにねえ、この子たちったら……タケさんに謝んなさいよ」

甲介「ああ、タケさん、ごめんね」
竹造「いや、俺はいいんだよ。ただね、俺の親戚にそういうドジがいねえってこと分かってもらえば」
甲介「わかる、わかる」
輝夫「参った、タケさん、参った」
母親に叱られて二人が竹造に半笑いで謝っていると、まことにコップの水を持ってきたチャミーが、「ダメよ、二人とも、タケさんよりマコちゃんに謝んなきゃ」と注意する。
甲介「ああ、分かってるよ、しかし、その前にさぁ、お金出して貰えないかな、あの、銀行に入れる用意しとかないとさ……なんとなく気持ち落ち着かなくてさ。タ、タケさん、頼んでよ」
それまでに散々疑っていただけに、甲介、人が変わったように下手に出る。
竹造に言われて、まことは制服の中に突っ込んでいた黒いカバンを取り出すが、

甲介「はははは、マコちゃん、残りの10万円は?」
その中の封筒の中をあらためた甲介、12万円入ってる筈なのに、2万円しかないのを見てにこやかに尋ねる。
まこと「ないっ!」 それに対し、まことは平然と即答する。

甲介「ない? ひゃはははははっ冗談きついなぁ、タケさん、この子冗談きつい!」
甲介、てっきり冗談と思ってなおもゲラゲラ笑いながらタケさんに助けを求める。
竹造「マコ、つまんない悪戯やめて早く出しちゃいな」
まこと「残りのお金は貸してあげたの」
甲介「貸してあげた?」
まことによると、集金の帰り、駅で金を落として困っている中年女性を見掛けて、ポンと10万円貸してやったのだという。
まこと「怪我をして入院してた子が退院するんで、そのお金だったんだって。10万円、今日どうしても持ってかなかったら、その子どうしても退院できないんだって」
あっけらかんとして言うまことに、滝代や朝美までも唖然としてしまう。
まこと「でも心配しないで、ほかから借金してでも明日の朝、絶対返しにくるって」
甲介「他から借金しても?」
まこと「うん、だってね、こうやってちゃーんと借用書まで書いてくれたのよ」
まことが誇らしげに出した紙切れには目もくれず、

甲介「タケさん、タケさんの親戚だったね、この子たしか」
竹造「そうそうそう」
甲介「バカヤロウ、お前は自分の金も人の金も区別できねえのかよっ!」
滝代「この子だってなにも悪気があってそんなぁ」
朝美「そうよ、マコちゃん人助けのためにやったんじゃないよぉ」
一転して鬼の形相になった甲介を二人がなだめるが、
甲介「冗談じゃないよ、俺はね、そう言う甘ったれた考えが一番嫌いなんだよ、いいかい、そういうことなら自分の金でやってくれ。人のね、人のふんどしで相撲を取るような真似をするな、てめえ!」
激怒して怒鳴りまくる甲介であったが、今回のシナリオ、誰もまことが詐欺に引っ掛かったと思わない点が、感動的である筈のオチの効果をいまひとつ弱めているように思う。
それはともかく、竹造はその場に土下座して謝り、なんとか弁済すると言うが、甲介は一向に態度をやわらげようとしない。
輝夫「もういいよ、これぐらいの金だったらなんとかなるんだから」
甲介「テル!」
輝夫「兄貴、もういいじゃないか」

甲介「お前がそう言うんならいいよ、そのかわりな、お前が責任持ってこの子をおっぽり出してくれな!」
滝代「甲介、いい加減におしよ、マコちゃんはね、私の体を心配して行ってくれたんだよ。それじゃ何かい、途中で母さんが倒れて死んじまってもいいっていうのかい?」
甲介「母さん、俺は何もそんなつもりで……」
滝代「なによ、あんた、追い出すのなんのって、猫の子じゃあるまいし、マコちゃんはね、ずっとうちにいて貰いますよ、誰がなんと言おうと母さんはそうします!」
甲介「わかったよ、俺一人悪者になりゃいいんだろう? 俺が出てくよ、止めるな、母さん、止めるな!」
売り言葉に買い言葉、甲介、まるっきり「男はつらいよ」の寅さんのように、むかっ腹を立てて家を飛び出してしまうのだった。

甲介が喚いている間ずーっと無言だったまことが、叱られた犬のような顔で凹んでいるのが、めっちゃ可愛いのである!

朝美「マコちゃん、あんまり気にしないほうがいいわよ、兄貴のはヘタクソなドラムと同じ、がなってるだけで、中身がないんだから」
朝美が、つとめてなんでもない顔でまことを慰めれば、滝代も「さあ、早くご飯にしようね、みんなお腹空いたろ」と、湿っぽくなったその場を明るくしようとする。
竹造、帰り支度をしながら、まことに自分のところに来ないかと誘う。
だが、まことの縋るような上目遣いを受けた滝代は、
滝代「タケさん、余計なこと言わないで、さっき私が言ったこと、聞こえなかったのかい?」
どうあってもまことを手放す気はないのだと宣言する。
夕食後、自室でまことがぼんやり夜空を見上げていると、朝美が入ってくる。

朝美「マコちゃん、どうしてるかと思って……」
まこと「東京って、お星様全然見えないんだねえ」

まこと「甲介さん、私のこと、嫌いなのかなぁ」
窓を閉めて振り向くと、まことは思い詰めた口調で独り言のようにつぶやく。

朝美「マコちゃん……」

まこと「私、困っちゃうなぁ……私ね、帰りたくてもうちに帰れないんだ、父ちゃん失業しちゃってるし、私がお金稼いで送ってあげるって約束しちゃったんだもん……ね、ほかのとこに行けなんて言わないで、私、このうちが気に入ってるんだもん。おばさんは田舎のかあちゃんみたいだし、あんただって……」
朝美「変なこと言わないでよ、私だっていつまでもいて欲しいわ、私、マコちゃん好きだもん」
まこと「……ありがとう」
まこと、朝美の飾り気のない言葉に、感極まったようにその手に自分の手を重ね合わせ、啜り泣きを漏らす。
一方、輝夫は甲介の行方を探して酒井の家を訪れるが、たちまち座敷に引っ張り上げられて、忠助の酒の相手をしつつ、さっきの一件を二人に話していた。

忠助「ふうん、こりゃよっぽど気が合わねえんだなぁ」
初子「だけど、その子も非常識って言えば、非常識よね。そんなお金を見ず知らずの人に」
輝夫「うん、いや、俺もね、はじめはそう思ったんだよ。けどさ、あの子のこと見てるうちにね、なんだかこら、とっても気持ちの温かい子じゃないかって、そう言う気がしてきたんだ」

初子「……」
初子の言葉に一旦は同意して見せながら、まことのことを肯定的に語る輝夫の姿に、恋する乙女である初子の頭の中で、警報アラームが敏感に鳴り響く。
忠助「そうかもしれねえよ、今じゃこの下町もざまぁねえけどね、昔はそんな人間があちこちの横丁にごろごろしてたもんなんだ」
初子「そんなに気に入ったんなら、思い切ってうちに引き取ってあげたら?」
初子、何食わぬ顔でそんな提案をする。
無論、輝夫がその女の子とくっついてしまうのではないかと警戒しての提案であった。
忠助「な、なにを?」
初子「だって甲ちゃんと気が合わないんじゃ、かわいそうじゃない」

忠助、柄にもないことを言い出した娘の顔を穴の開くほど見詰めていたが、
忠助「ははぁ、ふふふふ……お前あれだろ、敬一の言い草じゃねえが、テルのこと心配してんだろ?」
さすが父親である。娘の魂胆などお見通しであった。
初子「父ちゃん!」
忠助「はははははは」
輝夫「僕がどうかしました?」
初子「いや、なんでもないのよ。うーん、甲ちゃんとうまくいかないんじゃないかなって思って、親切な気持ちで言ってあげてんじゃない」
ちなみに酒井家の人たちも、まことが金を騙し取られたのではないかとは一瞬たりとも思っていないようである。前述したようなオチとの相乗効果は別にしても、少しぐらいはそう考えるのが普通ではないか。
あるいは、全員、騙し取られたという前提で話しているのか、その辺が曖昧なのが残念な気がする。
ついでに言えば、甲介がまこと本人が金をくすねたのではないかと、冗談でもいいから口にしたほうが、よりリアルでドラマティックな展開になっていたのではないかと思う。
まだこの家に来て二日しか経っていないのだから、むしろそう考えるのが自然ではないか。
もっとも、このドラマの……と言うか、石立鉄男シリーズのメインテーマor醍醐味と言うのは、「人の善意の素晴らしさを謳い上げること」にあると管理人は考えているので、甲介がそこまで疑い深くならないのは、ドラマの基本姿勢と合致しているように見える。
よしなしごとはさておき、その甲介、夜遅くになってふらりと帰ってくる。
女たちはみんな寝てしまって出迎えるものもいないので、甲介は真っ直ぐ自分と輝夫の部屋に行き、輝夫の隣の布団の上に横たわる。
今まで、甲介と輝夫は別々の部屋を使っていたのだが、住み込み店員のまことのために、甲介が部屋を明け渡して、輝夫の部屋に引っ越してきているのだ。

輝夫「何処行ってたんだよ」
甲介「明日の金つくってきたんだよ」
輝夫「へー、どこで」
甲介「何処だっていいだろう」
輝夫「なあ、兄貴、あの子どうするんだ? ほんとに追い出すつもりなのか」
輝夫、ふーっと深い息をついてから、兄の真意をただす。
甲介「猫や犬じゃあるまいし、そうもいくまい」
輝夫「だったらさあ、もう少し優しくしてやれよ」
甲介「あれえ、お前、いつの間に転向したんだよ」
甲介がタバコを吹かしながらからかうように言うと、
輝夫「いやいや、兄貴らしくないっつんだよぉ、女の子をいびったりするのは」
甲介「女の子だと思えないの」
甲介の顔をまじまじと見ていた輝夫、急に何かに気付いたように、
輝夫「あら、はっはーっ、こいつはもしかすると……」
甲介「なんだ」
輝夫「いや、ほら、愛と憎しみは紙一重って言うだろ」
甲介「てめ、この野郎!」
甲介、カッとなって枕で輝夫を殴りつけ、輝夫も枕で防御する。
輝夫「冗談だよ、冗談、俺だって、兄貴をそんな物好きだと思っちゃいねえから」
甲介「テル、お前な……」
そう言いつつ、「ドキッとしたなぁ」と、自分の胸に手を当てる甲介であった。
もっとも、さすがにまだこの段階で甲介がまことに恋愛感情を抱いているなどということはありえず、とりあえず好意を持っていると言う程度であったろう。
と、いきなり障子が開いて、パジャマ姿のチャミーが現われ、

朝美「甲兄ちゃん、マコちゃん追い出せばいいわ、私も一緒に出てくから!」
一方的にまくしたてると、甲介の返事も待たずに荒々しく障子を閉めてしまう。
残された兄二人は、火を吹くようなチャミーの剣幕に気圧されたように、なんとも言えない渋い顔で押し黙るのだった。
それにしても、このドラマ、よくよく考えたら、
「主人公が血の繋がりのない女子高生の妹と同居している」と言う、エロゲームでは定番中の定番の虫の良い設定なんだよね。
健全な読者諸賢のために、甲介と輝夫が性欲の暴走機関車をチャミー目掛けて走らせなくて本当に良かったと、心から
残念に思う管理人であった。
波乱の一夜が明け、甲介たちが倉庫で仕事に出掛ける準備をしていると、

朝美「テル兄ちゃん、マコちゃん知らない?」
セーラー服の上にエプロンをつけた、最近ではとんと見なくなった、男にとってのひとつの理想形をしたチャミーが来て、おろおろした様子で尋ねる。
輝夫「いや、知らないよ」
甲介「どうしたんだ?」
朝美「何処にもいないのよ」
輝夫「さっき顔洗ってたじゃないか」
朝美「うん、それからスッといなくなっちゃって……」
輝夫「兄貴、もしかしたら昨夜の金のことで?」

朝美「出て行っちゃったかもしんないわよ、甲兄ちゃんが怒鳴ったから」
甲介「ははははははっ、バカだな、そんなタマじゃないよ、あいつは……はははは」
朝美の恨めしい目付きをされて、わざとなんでもない風を装って笑い飛ばす甲介であったが、
朝美「甲兄ちゃん知らないのよ、昨夜だって、甲介さん、私のことそんなに嫌いなのかって、とっても気にしてたのよ!」
甲介「嫌いも嫌い、いなくなって清々したって感じだな、こりゃ」
甲介、冗談めかして心にもないことを口走るが、朝美はしくしく泣き出して、憎しみの篭った眼差しを向けてくる。
やがてタケさんがやってくるが、まことがいなくなったと聞かされると、血相変えて甲介に詰め寄る。

竹造「甲ちゃん、あの子にもしものことがあったらどうしてくれんだよ?」
甲介「も、もしものことって?」
竹造「あの子はね、ああ見えたって、気は小さくって心は優しい子なんだよ、もしかしたら、昨日のことを苦にしちゃって……」
甲介「はははは、冗談じゃないよ、タケさん、あの子は凄い図太いんだよ、タケさんとおんなじで……もしものことなんて冗談じゃないよ」
甲介、強いて明るく振舞うが、タケさんはにこりともせず、
竹造「思い詰めて電車にでも飛び込んでお陀仏……」
甲介「お陀仏?」
やがて、三人の冷たい視線が甲介に集まってきて、いたたまれなくなった甲介は、「俺、金取りに行って来るよ」と、逃げるように出て行ってしまう。
その後、滝代たちがあれこれ心配していると、

女性「あの、こめんください……こちらに陰山まことさんて子、いらっしゃるでしょうか?」
突然、見ず知らずの中年女性が入ってくる。
輝夫「ああ、マコちゃんだったら、今ちょっと……」
女性「私、あの、これをお返しに上がったんですけど……お借りしたお金が入ってます」
輝夫「は……」
女性が取り出した茶封筒をとりあえず受け取って、相手の顔をまじまじと見る輝夫。
竹造「えっ、そいじゃ、あの昨日の?」
そう、まことがお金を貸した相手が、約束どおりきっちりお金を返しに来たのである。
ここが、何回も言ったようにドラマとしてやや残念なところで、事前にまことが詐欺に引っ掛かったという台詞がまったくないので、この驚きが、いまひとつ効果的に作用していないのである。
それでも、

女性「私、信じられませんでした。あの人がお金貸してくれるって言った時……だって、見ず知らずの人に……私、子供抱えてひとりぽっちで、何も信じられなくなってたんです。それなのにあの人ったらお店の大事なお金だけど、明日返してくれればいいって……私、このお金だけはどうしても返さなきゃいけないと思って、昨夜、駆けずり回ったんです」
人の善意へ誠意で応えようとするこの女性の姿が、人の胸を打つ名シーンになっていることは確かだが。
女性はそれだけ言ってから、申し訳なさそうに頭を下げ、
女性「すいません、まだ、3万円足りないんです。でも、今日中にきっとなんとかしますから」
滝代「そうだったんですか、いいんですよ、無理しないで」
一方、甲介、タケさんの言葉が気になったのか、都電沿線を中心にまことの行方を必死に探していた。
だが、一向に見付からず、諦めて帰ろうとした甲介の後ろから、そのまことが自分から声をかけてくる。
まこと「何探してんの? 落し物?」
その肩には、ばかでかい行李が担がれていた。

甲介「お前、やっぱり田舎に帰るのか?」
まこと「……」
甲介「マコちゃん、いや、俺はどっちでも良いんだけど、お袋やチャミーがお前のことどういうわけか気に入っちゃってさ、いや、俺はどっちでも良いんだけど……タケさんやテルが心配してるから、な? いや、俺はどっちでも……良くないんだよ、本当は……お願いだからうちにいてくれよ」
まこと「……」
甲介「そうかい、どうしても田舎に帰るのか。それならこの荷物駅まで持ってってやるよ」
甲介の言葉を噛み締めるように聞いていたまこと、嬉しさのあまりか涙ぐんで俯くが、それを「ノー」のサインだと受け取った甲介、まことが下ろしていた行李を持とうとすると、まことが慌てて叫ぶ。
まこと「何すんのよ、折角駅の小荷物から取ってきたのに!」
甲介「えっ?」
まこと「水もれ水道屋が気に入ったからさ」
甲介「なに?」
まこと「ずっといることに決めたの」
甲介「そうかぁ」
甲介、やっと愁眉を開いて笑いかけるが、

甲介「水もれじゃねえ!」
まこと「あっ、三ッ森!」
慌てて自分の頬をぴしゃりと叩くまことがめっちゃ可愛いのである!
こうして、来て早々「大事件」を起こしたまことであったが、紆余曲折を経て、元通り三ッ森工業所で住み込み事務員として働くことになったのである。
以上、相変わらず台詞の多さに泣きそうになった管理人であったが、まことの素っ頓狂だが大らかな人柄が見事に描かれた、心に沁みる佳品であった。
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