傑作推理劇場「善の研究」(1981年8月20日)
「傑作推理劇場」は、1980年から81年にかけて、日本がボイコットしたモスクワオリンピックコンテンツの穴埋めとして制作された1話完結のミステリードラマシリーズである。
1時間枠の番組だが、松本清張の肝煎りだけあって、全体的にミステリーとしての完成度が高く、内容もバラエティーに富んでいて、後に粗製濫造された、いわゆる2時間サスペンスより、よっぽど面白いと思う。
2時間サスペンスだと、どうしても構成的にオーソドックスなもの、つまり、犯罪が起き、それを刑事なり探偵なりが捜査して真犯人を捕まえてザッツオール! と言う形式が多くなるが、1時間ならば、そう言う形式に囚われない色んなパターンのドラマを展開できる強みがある。
で、現在(この記事は2020年9月執筆)、そのシリーズを「日本映画専門チャンネル」で一挙放送しているのだが、自分が見た中では、田村正和が交換殺人を企む狡猾な男を演じた「ひねくれた殺人」と、松坂慶子演じる盲目の未亡人の元に死んだ筈の亭主が帰ってくるというスリリングな導入部の「黒い館の女」が特に面白かった。
さて、今回はそのうちの中から、昔BS11で録画したもので、素材が利用できる唯一の作品を紹介してみたい。
赤川次郎原作の「善の研究」である。
ちなみに「善の研究」と言うのは、西田幾太郎の有名な哲学書のタイトルから来ているのだが、無論、管理人は読んだことありません!!
冒頭、湘南地方の海岸や住宅地を、赤い上下のジャージを着た背の高い老人が元気にジョギングしている。
御前様こと、笠智衆演じる山下耕三(役名の漢字はすべて適当)である。
老人がいつものコースを走っていると、

見知らぬ若い女性が、微笑ましそうな目でその様子を見詰めていた。
互いに会釈をして擦れ違うが、

耕三「う、うう……」
芳子「おじいさん、だいじょうぶ? しっかりして……」
その直後、耕三が苦しそうにその場に座り込み、それを見た女性が慌てて駆け寄ると言う、なんか、美女に出会った寅さんみたいな展開になる。
女性は、耕三がポケットから取り出そうとしていた持病の薬を取り出して、耕三に飲ませてくれる。
薬を嚥下した耕三は、ほどなく落ち着きを取り戻す。

耕三「ありがとう」
芳子「楽になった?」
耕三「ああ」
芳子「歩ける?」
耕三「そこの駅まで連れて行ってくださると、なおありがたい」
芳子「駅? あそこまでだいぶあるわ」
芳子、耕三の言葉に少し考えていたが、ともかくしばらく休んだ方が良いと、すぐ目の前に看板の出ている「シャガ~ル」と言う喫茶店に、耕三を連れて行く。

芳子「じゃ、お願いね」
由美「うん、レコードありがとう」
芳子はその店の娘・由美の友人で、最初から彼女にレコードを渡しに立ち寄るつもりだったらしく、老人のことを任せると、自分はすぐ店を出て行く。
で、この喫茶店の娘で、ウェイトレスをしている由美を演じているのが、当時ちょうど二十歳で、キャピキャピざかりの斉藤とも子さんなのである!!

そして、マスターで由美の父親を演じるのが、このブログ的には「魔女先生」のバルでお馴染みの、牟田悌三さんである。

由美「中学の時からずっと一緒なの、よっちゃん」
耕三「そう」
由美「良く出来たんだけどねえ、お父さんいないから、高校出て勤めてんの、うちと反対」
耕三「反対って?」
由美「うちは、お母さんがいないから、私がお店で働いてるの」
マスター「何言ってんだい、勉強嫌いだから、うちで働くって言い出したのお前の方じゃないか」
由美「うふっ」
ちなみに斉藤さん自身、小学生の時にお母さんを病気で亡くされてるんだよね。

マスター「お客さん、近所ですか」
耕三「うん、国鉄の駅のね、反対側です」
由美「あ、じゃあ、三丁目の方? ジョギングも良いけど、気をつけてね。無理しちゃ駄目よ」
うう、斉藤さんにこういう素直で明るく優しい女の子を演じさせると、辛抱たまらんものがあるね。
斉藤さん、どっちかと言うと暗い性格の役や薄幸な役が多い印象なので、何気にこういう裏表のない善人の役と言うのは貴重なのだ。
耕三「親切で、良い娘さんだ」
由美「よっちゃん?」
耕三「そう、そのうちに、お礼しなくちゃ」
由美「いいわよー」
耕三「そうはいかない」
耕三は、あの女性の名前が山下芳子だと知ると、自分も同じ山下耕三だと名乗る。
そして、現在は妻と二人暮しで、長男が大学教授、次男が商社マン、長女が弁護士と結婚して、孫が5人いると、誇らしげに自分の家族のことを語る。
由美「楽隠居ね」
耕三「そう、だから考えてる」
マスター「考えることなんてあるんですか?」
耕三「ある、おおありです」
耕三は、割と順風満帆だった自分の人生を顧みて、死ぬ前に何かこの世の役に立つことをして、恩返しをしてみたいと述懐する。
マスター「そんなもんですかねえ」
耕三「そう、あんたも私の年になれば分かりますよ」

マスター「いやぁ、私はお客さんみたいに恵まれてませんから、とても恩返しなんてそんな気持ちにはなれませんねえ」
由美「お金が余ってるんだったら、何処かの慈善事業に寄付なさるとか……」
由美が提案するが、
耕三「いやぁ、寄付と言うのはあまり好きじゃない。何か世の中のため人のためになることをしてみたい。考えてるんですよ、毎日ね……」
耕三は繰り返し「恩返し」がしたいと言ってから、店を後にする。
支払いが小銭だったり、由美が上げたチョコレートを大事そうに持ち帰ったり、とても金が有り余っているようには見えなかったが、善良で常識のある由美親子は、余計な勘繰りは一切しない。
耕三は、自宅の古い木造の一軒家に戻ってくる。

耕三「妙子、帰ってきたぞ……おみやげ、美味しいお茶、入れておくれ。今日は良い娘さんに会ったぞ、二人も……」
居間にどっかと座り、妻に話しかけながら、新聞を開く耕三であったが、妻の返事は聞こえない。
察しの良い視聴者はこの段階で分かると思うが……

母親「やめて、秀一、雄二! やめて!」
父親「雄二、やめんか!」
雄二「バカヤローッ! 兄貴なんか死んじまえ!」
その夜、由美が店じまいをしていると、近くの篠塚と言う家から、怒鳴り声や叫び声、物を壊すような音が聞こえてくる。

何事かと見ていると、雄二と呼ばれる若い男が出てきて、家の前に停めてあった黄色いトランザムに乗り込むと、母親が止めるのも聞かず、爆音上げて走り去る。

母親が茫然と立ち尽くしていると、家から父親も出て来て、妻の横に立つ。
母親「あなた……」
父親「……」
父親は、このブログではお馴染みの草薙幸二郎さん。母親は、長内美那子さん。
やがて二人は肩を寄せ合うようにして自宅に引っ込む。
どうやら、篠塚家では、いわゆる「積み木崩し」の真っ最中らしい。
ただ、二人がこうやって雄二の車を見送っているのは、ミステリーとしてはいささかアンフェアな描写にも思える。
翌日、店で、客の中年女性三人がそのことをしきりに噂している。

女性「お兄さんが帰ってきたからかしら」
女性「そうだと思うわぁ、お兄さんは一流大学出て、エリートのお役人で、弟は四浪でしょう。上手く行く訳ないわよねえ」
女性「ほんとねえ」
由美「あのー、それ、篠塚さんのことじゃないですか?」
女性「そう、この頃毎晩暴れるらしいのよ、弟の方、不良息子がいるでしょう。お兄さんやご両親に暴力振るうらしいの」
その女性は篠塚家の隣家に住んでいるらしく、毎晩うるさくて眠れないと迷惑そうであったが、何処か、人の家の不幸を楽しんでいるようでもあった。

女性「お兄さんね、仙台から本庁に転勤になったのよ、そのせいらしいわ」
マスター「あの、黄色いスポーツカーに乗ってる」
由美「雄二さんて言うんでしょ?」
女性「あら知ってんの、お兄さん秀一さん、お父さん大学の教授よ。それも教育学だって」
マスター「自分の子供の教育は不得意な訳だ」
しかし、このシーンを見ていると、ネットがあろうがなかろうが、無責任な噂と言うのはとかく広がりやすいものなんだなぁと言うことが良く分かる。
と、そこへ芳子から由美に電話が掛かってくる。

由美「もしもし、よっちゃん? うん、待ってるのよ。えーっ、まだお家? これから江ノ電乗るの? うーん、仕方ないわね。うん、ここで待ってる」
続いて、その江ノ電に乗っている芳子と、たまたま同じ車両に乗り合わせた耕三とが映し出される。
やがて芳子が老人に気付いて笑顔で会釈するが、そこへふらっとあらわれて芳子に絡み出したのが、他ならぬあの雄二であった。

芳子「やめてください」
雄二「逃げることねえだろう」
座っていた芳子の体を触り出し、芳子が立ち上がって逃げようとしても、しつこくつきまとう。
かなり豪快な痴漢であった。
芳子「やめて!」
雄二「いいじゃねえか」
さすがに見兼ねて、ひとりの中年男性が注意するが、雄二は恐れ入るどころかその男性の腹を思いっきり殴って黙らせる。
雄二「こっちこいよ」
芳子「いや、誰か助けて!」
雄二はなおも芳子の尻を撫でたり、スカートをまくりあげたり、衆人環視の中、やりたい放題のお触りタイムを満喫する。

で、例によって例のごとく、周囲の乗客たちは、日本古来のうるわしい事なかれ主義を発揮して、見て見ぬふりをしてやり過ごすのだった。
耕三は勿論止めに入りたかったが、恐怖に足が竦み、結局、何も出来ずに終わる。

電車が駅に停まってやっと解放された芳子は、駅のベンチに座り込んで震えていた。
耕三「ねえ、あの、ひどい目に遭ったね」
芳子「……」
耕三が追いかけてきて、なんとか慰めようとするが、芳子は何も言わずに走り去る。
ここで耕三が勇気を出して雄二を制止していれば、たぶん、他の乗客も加勢して芳子を助けてやれることができ、ひいては耕三が常々言っている「恩返し」が果たせていたかもしれないのだが……
耕三は、そっと雄二の後をつけるが、いかにも荒れ狂った感じの若者であった。
芳子はシャガ~ルへ来て、さっきのことを由美たちに話す。
マスター「関わりたくないんだ、みんな、人のことはどうでも良い、そう言う世の中なんだ……」
傍観するだけで何もしてくれなかった乗客たちのことを、悟り切ったような口ぶりで評するマスター。

由美「元気出してよ、切符買っちゃったんだしさ、行けばスカッとするわよ、ね」
芳子「由美ちゃん、私、そんな気になれない、どうしても……」
由美「分かるけど」
芳子「ごめんなさい、私!」
由美はあれこれ慰めるが、芳子は耐え切れなくなったように店を飛び出す。
それと入れ違いに、耕三が入ってくる。
由美「おじいちゃん」
耕三「よっちゃんに悪戯したのは、そこの、篠塚ってうちのせがれだ」
由美「おじいちゃん、見てたの?」
由美と芳子は、一緒に音楽会、要するにコンサートに行くつもりだったらしい。

由美「世の中も人間も信じられなくなっちゃったって」
マスター「しかし、悪い奴だねえ、うちじゃあ親に暴力を振るう、外じゃ若い娘に悪戯をする、学校にも行かず、働きもしない、全く害虫みたいなもんだよ」
耕三「まったく……ご主人、コーヒーを」
由美「あら、ミルクじゃないの」
耕三「いや、コーヒー、ほんとなら、酒を飲みたいぐらいです。こ、興奮しておりますので……」
マスターの言葉に満腔からの同意を示し、震える声でオーダーする耕三。
別に、芳子が悪戯されるのを見て性的にコーフンしているのではなく、憤懣やる方ない心境なのである。
耕三「害虫ですなぁ……気の毒に、世の中に正義なんてものはないと思ったことでしょう。ほっといちゃいけない……大人の責任だ」
由美(なんもせんかった癖に……) 自分のことを棚に上げてよう言うわと呆れる由美であったが、嘘である。
耕三の思い詰めた表情に、なんとなく異様なものを感じているのである。
店を出た後、問題の篠塚家の前に立ち、ひとり考え込む耕三。

耕三(害虫か……まさに害虫だな、ああいう男はどっちみち、ろくなモンにはならん……人殺しか何かそのうち取り返しのつかないことをやりだすに違いない……その時になって刑務所に入れたって、もう遅い)
やがて、老人の心の中に、雄二に対する殺意が沸々と湧いてくる。
自宅に帰ると、
耕三「お前、見付かったよ、私の仕事……私の恩返し、世のため人のためにあの若者を殺してやる」
妻に対しても、はっきりそう断言する。
その場に横になって、自分が雄二を色んな方法で殺そうとしている場面を思い浮かべるが、なかなか上手い方法が見付からない。

耕三(第一、完全犯罪でなくちゃ……私が捕まったら、女房の妙子が嘆くだろうし……世の中の害虫を取り除いて捕まったんじゃ、合わない……完全犯罪、何も証拠の残らない方法はないかな……ああ、完全犯罪、完全犯罪……)
長い人生で一度も考えたことのないような命題に取り組んでいるうちに、いつしか耕三は眠ってしまう。

母親「あなた、警察に行くって、あなた……そんなことして」
父親「いいんだっ、あいつさえ、いなければ……」
深夜、またしても篠塚家でDVの嵐が吹き荒れ、とうとう堪り兼ねた父親が家から飛び出し、警察に通報すると息巻いていた。
母親「あなた……」
それでも妻に必死に止められて多少落ち着きを取り戻し、ほとんど力尽くで家の中に連れ戻される。

耕三(篠塚雄二、死刑の宣告……)
その様子を、耕三が裁判官のような厳しい顔で見詰めていた。
それを、店じまいをしている由美に見られているとも知らず……
後編に続く。
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