傑作推理劇場「善の研究」(1981年8月20日)
の続きです。
翌日、耕三が芳子への手土産を持って店に行くと、入れ違いに雄二の父親が出てくる。額には絆創膏が貼られていた。
耕三は手土産を芳子に渡してくれるよう由美に頼む。
由美「どうもありがとう。よっちゃん喜ぶわぁ、あれからずっと会社休んでるの、よっちゃん」
耕三「ふぅーん」
由美「ショックから立ち直れないんだって……」
由美、ふと思い出したように、
由美「あ、おじいちゃん、昨夜、そこのへん歩いてたでしょう。危ないわ、あんな夜遅く」
耕三「私は出ませんよ、人違いでしょう」
由美「ほんとぉ? うそぉ」
耕三「本当ですよ」
現段階でそんな嘘をつく必要は全くないのだが、これから完全犯罪を行おうとしている耕三は、つい由美の指摘を否定してしまう。
耕三「私はもう毎晩9時には寝ますよ、昨夜もそうでしたよ」
一度否定した以上はそれで通さねばならず、耕三はきっぱり断言する。
由美「そう……」
由美も、それ以上食い下がることはしなかったが、

由美(おかしいな、おじいちゃん、どうして嘘つくんだろう?)
心の中でそんな疑問を抱くのだった。

耕三(いかん、いかん、仕事はもう始まってるんだ、気をつけなくちゃ)
耕三は耕三で、強く自分に言い聞かせていた。
と、テーブルに座って新聞を読んでいた由美が、素っ頓狂な声を上げる。
由美「あらっ、いやだーっ、またあの踏切で事故!」

マスター「えっ、何処の踏切だって?」
由美「ほら、あの三丁目の……あ、おじいちゃんちのほうじゃない。昨夜の夜中の1時ごろだって……自転車の車輪が線路に挟まってそこへ電車が来て……ああ、いやだ、おじいちゃんも気をつけてよ」
耕三「ありがとう、私はあっちは通らないから」
身震いして注意する由美に、耕三は穏やかに答える。
だが、由美の何気ない言葉が、耕三の脳裏にある恐ろしい閃きをもたらす。
そう、踏切事故に見せ掛けて雄二を殺すと言う完全犯罪の方法であった。
耕三はその足で、真新しい花が供えてある事故現場の踏切に行き、「実況見分」を行う。
そこは、車は勿論、人も二人並んで歩くのが精一杯と言う極めて細い踏切で、周囲からの見通しも悪く、耕三の「仕事」にはうってつけの場所だった。

耕三(車は通れない、人もあまり通らない。だが、やはり、時間はなるべく遅い方が良い)

耕三(最終電車は12時49分……あの踏切を通るのはその三分後、12時52分)
耕三はわざわざ鎌倉駅まで足を運び、時刻表をチェックする。
耕三(だが、どうやって、家族に気付かれずに呼び出すか、だ。これが難しい……)
耕三の脳裏に、踏切を渡っている雄二の後頭部をカナヅチで殴りつけている自分の姿が描かれる。
その方法なら、年寄りでも雄二を殺すことが可能のように思えたが、
耕三(しかし、相手は風来坊だ。うちに帰らない日もあれば、帰りが夜中になることもある……一日のスケジュールが決まっていない。どうやってひとりだけ呼び出すか……)

耕三「おい、何か良い知恵はないのか? なぁ?」
思い余った耕三は、妻の妙子に向かって語りかけるが、やはり返事はない。
その後、老人が再びジョギング中に篠塚家の前を通りがかると、初めて見る若い男が、車のトランクにスーツケースなどを積み込んでいた。
耕三(あれが秀才で、エリートの兄さんだな)
耕三が立ち止まってぼんやりその様子を眺めていると、相手も気付いて、

秀一「あの、何か御用ですか」
耕三「いやいや、ちょっとその……」
耕三は適当に答えてその場を離れるが、
耕三(大人しそうな良い息子さんだ、あんな人がいるんなら大丈夫だ……)
自分が雄二を殺しても、「スペア」がいるから問題ないと自分に言い聞かせるのだった。
秀一「早くー」
秀一が急かすと、家の中から父親と母親が出てきて、いそいそと車に乗り込む。

秀一がハンドルを握り、三人揃って出掛けるのだが、この、父親と母親のリラックスして幸せそうな表情も、ちょっとアンフェアである。
まあ、秀一を怒らせまいと、あえて楽しいふりをしていたのかもしれないが、それにしてもあまりに自然な笑顔で違和感がある。

由美「おじいちゃん!」
耕三が車を見送っていると、背後から買い物袋を抱いた由美が顔を覗かせる。

耕三「ん、由美ちゃん!」
由美「篠塚さんちね、奥さんとお兄さんで旅行ですって」
耕三「ほお」
由美「弟の雄二さんが風邪引いて寝てるんだって」
耕三「ふーん」
由美「あ、私、今度のお休みおじいちゃんち遊びに行こうかな」
耕三「う? 駄目駄目、女房が風邪で寝てる」
由美「そお、大変ね」
相変わらず純真で人を疑うことを知らない由美は、耕三が咄嗟についた嘘にも、大真面目に心配してくれる。
いやー、ほんと、良い子やわ。
ドラマの内容とは別に、この由美と言うキャラクターが実に魅力的なのである。
それは同時に斉藤さんの人間としての魅力でもあるのだろう。
耕三(今夜だ、決行は今夜だ、今夜やるよ、妙子……立派な息子が残ってるんだから、後の心配はない)
由美と別れて走り出しながら、耕三は心の中で妻に己の決意を告げる。
そう、いささか都合の良過ぎる話だが、待ち望んでいたチャンスが転がり込んできたのだ。
深夜、耕三は、時刻を見計らって電話ボックスから篠塚家に電話する。

雄二「はい、篠塚です」
耕三「篠塚雄二さんですね」
雄二「はい」
耕三「覚えておられますかな? 私はあなたにいつか電車の中で腹を殴られた男です。あなたを探すのに随分時間が掛かりましたよ。覚えがないとは言わせませんよ。あの時、電車の中であんたの写真を撮った人がいてね、いつでも証人になると言ってるんです」
雄二「……」
耕三「今すぐあんたの謝罪の言葉が聞きたい。そうでなければ明日の朝、あなたを警察に告訴します」
雄二「今すぐって何処行きゃいいんだ?」
耕三「良いですか、今すぐ家を出る。三丁目の角を曲がる。踏切がある。そこを越えたところに私が立っていますよ」
電車で芳子を助けようとして殴られた男だと名乗り、警察に訴えると脅して指定の場所まで誘い出そうと言う、なかなか巧妙な作戦であった。
雄二もさすがに警察沙汰は困るので、渋々言われたとおり家を出て、耕三が手ぐすね引いて待ち構える踏切に向かう。
耕三、道端に、背中を向けて立っていたが、通り過ぎようとした雄二を呼び止める。

耕三「すみません、足がもつれちゃって、踏切渡りきるまで手を……」
雄二「ちっ、しょうがねえなぁ、ほら」
耕三の頼みに、舌打ちしながら手を引いてやる雄二。
しかし、耕三は雄二のことをまったくどうしようもないクズ、「害虫」のような男だと思い込んでいるのだから、肝心の場面で、その親切心を利用しようと考えるのは、いささか矛盾しているように思える。
と、同時に、その態度から、雄二が見掛けほどひどい男ではないことに耕三は気付くべきであったが、今から人殺しをしようとしている老人の頭に、そこまで考える余裕がないのも当然であった。
雄二が耕三の手を引いて踏切の中に入ったところで、耕三は隠し持っていたカナヅチでいきなり雄二の後頭部を殴りつける。

いくら老人の力でも、この不意討ちにはさすがの雄二も参り、その場に倒れて頭を押さえて苦しがっていたが、やがて気を失う。
同時に遮断機の警報機が鳴り始め、電車が接近していることを知らせる。
耕三は、わざわざ用意していた洋酒の瓶を雄二のそばに置き、雄二が酔っ払って事故に遭ったと言う風に見せ掛けようとする。
で、これまためちゃくちゃ都合の良いことに、実際に、雄二は直前まで洋酒を飲んでいたので、警察が死体を解剖しても怪しまれることはないのである。
もっとも、肝心の雄二の指紋が瓶についていないので、警察が徹底的に捜査していれば、からくりに気付いたかもしれないが……
話が前後したが、やがて電車がやってくる。

耕三は慌てて薄暗い路地裏に入ると、さすがにその瞬間を見る勇気はなく、耳を塞ぐようにしてその場にしゃがみ込む。
やがて金属の軋るようなブレーキ音が聞こえてきて、耕三の「仕事」が完了したことを告げる。

次のシーンでは、霧雨のけぶるなか、早くも雄二の葬式が執り行われている。
警察はただの事故だと判断したようだが、冷静に考えたら、自宅にいくらでも酒があるのに、雄二が酒瓶を手にそんなところをほっつき歩いているのは明らかに変なのだが、警察が介入すると話がややこしくなるからね。
その様子を耕三も遠くから見ていたが、近所の住民たちが雄二が死んだことをむしろ良いことだと捉えていることに、密かな満足感を抱くのだった。
と、父親と一緒に見物していた由美が耕三に気付き、明るく声を掛けてくる。

由美「おじいちゃん! おじいちゃんも来てたの?」
耕三「ああ、新聞で見たので……」
由美「どんな気持ち?」
耕三「何が?」
由美「害虫が死んだのよ」
耕三「ああ」
由美「天罰だと思う?」
耕三「さあ、私みたいな年寄りには……」
由美「嘘!」
無関心を装って口を濁す耕三であったが、由美の指摘に思わずドキッとする。

由美「一番関心あったくせに……うちのお父さんね、なんだか上手く出来過ぎてるなぁって、都合良過ぎるって」
耕三「……」
由美「私もそう思うのよねえ。でも雄二さん、風邪引いてたのにあんな時間にあんなところに何しに行ったのかしらね?」
耕三「知らないよ、私は」
由美、別に耕三の犯行だと見抜いてカマをかけているのではなく、単に自分の思っていることを素直に口にしているだけなのだった。
もっとも、由美が漠然とした疑惑を耕三に対して抱いているのは事実で、それは日を追うごとに膨らんで行き、葬式から十日後、あれ以来姿の見えない耕三を心配した父親から家に遊びに行ってはどうかと勧められるが、

由美「私が行っても喜ばないかもしれないわ」
マスター「どうしてさ?」
由美「……」
カウンターに頬杖を突き、考え込んでいた由美は、少し改まった口調で父親に相談する。

由美「お父さん、私困ってるの」
マスター「何が?」
由美「ある考えがあってね、それがどうしても頭の中から消えていかないの」
マスター「どんな考えだ?」
由美「凄いことなの」
マスター「どう凄いんだ?」
父親はコーヒー豆を電動ミルで挽きながら素朴に聞き返すが、由美は困ったような顔をして黙り込む。
ミルの音が踏切の警報音を連想させ、由美の脳裏には、踏切の上で雄二をカナヅチで殴打している老人の姿がよぎる。
でも、老人が雄二を殺したとまでは推測できても、凶器にカナヅチを使ったとまでは分からない筈なんだけどね。
マスター「どんな考えだい、どう凄いんだよ?」
由美「良いのよ!」
結局父親には言えなかったが、老人が雄二を殺したのではないかと言う恐ろしい疑惑は、由美の頭に影のように絡み付いて離れない。
だが、事件は耕三も由美も予想だにしなかった展開を迎える。
突然パトカーがサイレンを鳴らしながら篠塚家に押し寄せ、雄二の父親を息子殺しの容疑で逮捕・連行したのだ。

由美「篠塚先生がどうして?」
女性「篠塚さん、息子さん殺したんだって」
由美「え、息子さんって雄二さん?」
由美、てっきり(耕三ではなく)父親が雄二を殺したのかと思ったが、
女性「雄二さんは事故死でしょうが」
女性「長男の秀一さん」
女性「暴力振るってたのは長男の秀一さんなんだって……私たちてっきり雄二さんだと思ってたけどねえ」
殺されたはもう一人の息子の秀一であった。
そう、耕三も由美も、そして視聴者もすっかり騙されていたのだが、家庭内暴力の元凶は雄二ではなく、非のうちどころのない息子と思われていた秀一の方だったのだ。

由美「あの、東大出のお役人のエリートの?」
女性「そうなんだって」
女性「今まではね、弟さんが間に入ってたから何とか収まってたけど、弟さんが亡くなったんで、止める人がいなくなっちゃったからねえ」
由美「……」
無責任な住民たちにとってもそれは大きな驚きであったが、由美にとってはより一層深刻な事実であった。
もし自分の想像が当たっていたなら、耕三のしたことは「恩返し」でもなんでもなく……
ほどなく、耕三はニュースでその事件のことを知る。
自分が間違えて雄二を殺してしまったため、秀一の暴力に歯止めが利かなくなり、それが最悪の結末を招いたことを知った耕三が天地がひっくり返るような凄まじい衝撃を受けたのは言うまでもない。
耕三、念の為、新聞を確かめると、やはり同様の記事が載っていた。
しかし、テレビニュースの速報で伝えられている事件が、既に新聞に載っているというのは変な話だが、夕刊でも取っていたのだろうか?

耕三「そんな……う、うう……」
精神的ショックが再び耕三の持病の発作を引き起こし、耕三は芋虫のように体をねじらせて悶えていたが、誰も助けてくれるものはいない。
耕三「タエ、タエ……」
それでも何とか力を振り絞って妻の名を呼ぶが、

妻はにっこり微笑んでいるだけで、返事もしようとしない。
それもその筈、

耕三が話し掛けていたのは、亡くなった妻の遺影だったからである。
ま、前述のように、これはだいたい予想のつくオチだけどね。
耕三はそのまま絶命する。
生きたまま心臓を炙られるような、名状しがたい良心の呵責に苛まれながら……
妻は、そんな夫の死に様を、冷たく光るパネルの中から静かに見下ろしていた。
翌日、由美はハンドバッグの紐をおっぱいで挟みながら、手土産持参で耕三の様子を見にやってくる。
もっとも、家を訪ねたことはないので探すつもりでいたのだが、ちょうど、玄関の戸を叩きながら耕三のフルネームを呼んでいる50代くらいの女性を見掛けたので、
由美「あの、山下耕三さんて、77、8の?」
女性「そうですよ、あなたも御用が?」
由美「ええ、ちょっと」
いくら呼んでも返事がなく、玄関のドアには鍵がかかっているので、二人は一緒に裏手に回る。
女性「私、市役所の福祉課のものです」
由美「福祉課?」
女性「一人暮らしでねえ、山下さん」
由美「……」
庭に面した戸が開いていたので、二人はそこから入るが、入ってすぐ、つけっぱなしのテレビの前で冷たくなっている耕三を発見し、凝然と立ち尽くす。

女性「山下さん!」
女性はゆっくり膝を突くと、
女性「おじいちゃん……忙しくて来て上げられなかったから……ごめんなさいね」
啜り泣きを漏らしながら、耕三の遺体に向かって詫びる。
由美も、茫然としつつ、その横に座る。
女性はテレビを消すと、

女性「私、連絡してきますから、ちょっとここに居て上げて下さい」
由美「はい、あの……このおじいさん、奥さんと二人で一緒に暮らしてるって聞きましたけど……」
女性「二人ねえ……奥さんはあの写真の中よ。三年前に死に別れてね」
女性はさらに、息子二人は仕事が忙しくて寄り付かず、娘は駆け落ちして行方不明だと意外な事実を告げる。

由美「弁護士さんのところにお嫁に行ったとか……」
女性「嘘よ……良く言えば冗談よね。長男は大学教授、次男は商社マンって言ってたでしょ?」
由美「……」
女性「お年寄りはみんな淋しいのよ……そいじゃ私、ちょっと行ってきますから。気持ち悪くなかったら居て上げて下さい」

無論、否やはなく、由美はその場にひとり残る。
老人の足元に、あの記事が載った新聞が広がっているのを見れば、何が起きたかは明白であった。
由美は老人の行為を責めたりはせず、

由美「おじいちゃん、ごめんね、おじいちゃんの気持ち分かってるつもりでいたのよ。本当に悪いのは長男だって知ったら私……おじいちゃん、良いことしたと思ってたのね……ごめん、おじいちゃん……」
逆に老人を止められなかった自分を責め、詫びるのだった。
本当に心の優しい子なのだ。

エンディングは、自然豊かな町並みを元気にジョギングしている在りし日の老人の姿に、ヴィヴァルディの「四季」が流れると言う、美しくも悲しい映像。
孤独な老人が、善意で行った無償の行為が、それとは反対の結末をもたらすという、アイロニーに満ちたミステリードラマの佳作であった。
ただ、途中で指摘したように、本当に秀一が暴力を振るっていたのなら、冒頭のシーンで両親が心配そうに見るべきは雄二の乗った車ではなく、秀一のいる家のほうでないとおかしいし、秀一と一緒に出掛けるのに、あんなに曇りのない笑顔を見せると言うのも変である。
もっとも、秀一は酒を飲むと人が変わったように暴れるとあるから、酒さえ飲まなければ、評判どおりの孝行息子だったのかもしれない。
もうひとつ、誤って殺された雄二だが、こちらも、家庭内暴力こそふるわねど、堂々と痴漢行為や暴力行為を行っていたクソ野郎なので、いまひとつ同情できない点が惜しい。
だから、雄二は見掛けこそ粗暴だが、実は優しい心の持ち主で、電車での出来事も、あれは痴漢していたのではなく、実は芳子とは恋人同士で、電車の中でふざけてあんなことをしていた……と言う風にすれば、辻褄が合うし、ドラマとしての完成度も一層高くなったのではないかと思う。
死ぬ間際に、ブツブツ言いながらも耕三の手を引いてやったことも思い合わせるとね。
でも、だとすると、芳子があそこまでショックを受けると言うのがおかしいことになるか。
かと言って、電車のシーン自体を削除すると、今度は、なんの関係もない家族のために雄二を殺そうとする老人の行為が、いかにも不可解なものになってしまうからね。
ともあれ、篠塚家は崩壊するわ、老人は後悔のどん底に突き落とされたまま死ぬわ、はっきり言ってめちゃくちゃ後味が悪いストーリーの筈なのだが、意外とそうは感じられないのは、由美親子の醸し出すアットホームな雰囲気と、由美の飾り気のない善良さ、ついでに、最後に出てくる市役所の女性の温かみなどで、その悲惨さが和らげられているからであろう。
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