●作品鑑賞
1972年12月公開。
美人女優の代名詞・八千草薫がマドンナをつとめる。
いつものオープニングのミニドラマ(コント?)は、明治大正時代っぽいカフェ。

さくらさんはそこの女給で、博がその恋人の貧乏学生。金持ちの吉田義夫に迫られるさくらさんを助けたのは、例によって寅であった。
さくらさんの娘役も、そろそろきつい。しかし、これ以降も似たような役をやらされることが多い。
OP後の現実世界では、とらやの近所の娘が結婚式を挙げる。その前にとらやに挨拶に訪れる。

で、確かこの花嫁が、源ちゃん(佐藤蛾次郎)のほんとの奥さんで、山田監督のはからいで撮影後にそのまま結婚式を挙げたんだっけ? あれ、違ったかな。なんかそんなエピソードを見聞きした記憶があるが……まあ、いいか。
その後、家に帰ってきた寅は(いろいろあって)真人間になろうと宣言し、家族たちはとらの嫁さん探しに奔走するが、考えるまでもなく寅と結婚しようなどと言う物好きがいるわけもなく、寅の夢ははかなく潰れる。
つーか、そんなの最初からダメって気付けよ。そう言う話に期待する寅がとても白々しい。

いつものように家を飛び出した寅、信州に行くが、ここの農村風景がとても綺麗である。

また、寅が弁当を使わせてもらった旧家の奥様を、大女優・田中絹代が演じているのは有名である。そこで寅は知り合いの渡世人がその家で儚い一生を終えたことを知らされ、粛然とする。
旅館で、やや暗い気持ちに落ち込む寅だが、隣の部屋から聞こえる自分の名をかたる男の声にフスマを開けてみると、

舎弟の登(津坂匡章)だった。後ろには谷よしのもいるよ!
これですっかりいつものペースを取り戻した寅、楽しく登と騒ぎ、しばらく一緒にバイをして回る。
登にとっては、この作品が事実上最後の出演になるんだっけ? 確かこれ以降、見なかったと思うが。だいぶ先の33作目で再会するのは言うまでもないが、登が退場してしまったのは個人的には寂しい。

関係ないが、二人が歩くのにまとわりつくびっこの犬がちょっと気になる。

んで、寅のいない間に、御前様の甥で、物理学教授で超インテリの米倉斉加年が寅の部屋に下宿することになる。このパターンはちょいちょいある。
この米倉斉加年の浮世離れした変人キャラも面白い。米倉は、以降も地元の警官役で何作か出ている。
そこへ寅が帰ってくるが米倉斉加年の傍若無人な態度にすっかり腹を立てる。

しかし、寅の幼馴染であるお千代(八千草薫)がマドンナとして登場し、寅はすっかり機嫌を良くする。ただ、今回は彼女に惚れると言うことではないようだ。彼女は美容院を経営しているが、離婚した夫のところにいる息子のことを思っている薄幸キャラ。
彼女に一目惚れするのは米倉斉加年のほうで、そのために寝込んでしまうと言うのがいかにも「男はつらいよ」らしい。
また、彼を見舞う寅とのやりとりも名優ふたりの掛け合いが絶品である。

寅「お医者様でも草津の湯でもって言うだろ」
教授「変な誤解はやめてください。僕の病気は感冒の初期に過ぎません」
寅「ほんとかぁ?」

教授「そんな変な目付きはよしてください。一体いつ僕がお千代さんに恋をしたって言うんですか?」
寅「あ」
教授「あ!」
この辺のくだりとかかなり笑える。
で、寅は恋の仲介役を買って出て、お千代さんはすんなりとそれを受け入れてくれるのだが、実はお千代は教授ではなく、寅自身から告白されたと思い込んでいたのだ。つまり、本作はマドンナが寅のことを好きだったと言うレアケースなのだった。
だから、結果的には寅がふったことになってしまう。もっとも、寅はあくまで彼女のことは幼馴染としか思っていないようだったが。
だから、カップルがひとつも成立しないまま、終わる。

エピローグでは、また旅先で登と一緒にいる寅が、その恋の話を潤色して話して聞かせている。もっとも、今回はほんとにマドンナに惚れられていたのでほぼ実話なんだけどね。
その店の支払いを「釣りは要らないよ」とかっこうつけて、実は金額が足りなかったと言うお約束のギャグをかましつつ、ふたりでぶらぶらと歩いていくところでエンドマーク。
登、好きだったけどなぁ。華奢な感じがとても可愛いのだ。あまりとらやの人たちと絡みがないのも残念だった。
●評価
作品自体は優れているが、個人的に八千草薫が好きじゃないので、トータルでの評価は高くない。
★★★☆☆(3点/5点中)