第16回「花も恥じらう独裁者」(1977年1月19日)
の続きです。
昼休みが終わり、オフィスに戻った榎本は、忍に真紀の住宅問題を相談する。
榎本「良い知恵ないかなぁ」
忍「あるある、これがね、一石二鳥の名案がある」
榎本「名案?」
忍「任しとけって、お前、良い先輩持ったぞぉ、ははははは……」
忍、自信たっぷりに請け負うと、笑いながら自分の席に戻る。
と、榎本に電話が掛かってくる。

榎本「はい、宣伝部の副部長は私ですが……はぁ、警察?」
主任「あなたの知り合いのことで、ちょっとこちらにご足労願いたいんですがね。いえ、それがどうしても名前を言わないんですよ。あなたが来たらみんな話すからって」
榎本「はぁ、はい、じゃあとにかくお伺いします」
さっぱり訳が分からず榎本が怪訝な顔をしていると、友江が戻ってきて、宣伝予算を月300万ほど追加してもらったと誇らしげに報告する。
榎本「手品でも使ったんですか」
友江「簡単よ、その3倍の売り上げを約束する念書を書いてきたの、もしダメなら私は辞表を出します」
友江の思い切った行動に圧倒され、忍などはポカンと口を開けて呆けたようにその顔を見詰めるばかり。

友江「明後日までに、各自新しいPRの案を少なくとも二つ以上、レポートにして私のところに提出しなさい。みんなの感覚、能力、才能も、あわせて評価させてもらうわ。榎本さん、あなたもよ」
榎本「部長は?」
友江「私はもう7つほどまとめてあります、あと10ほど考えるわ。明後日までに」
榎本「……」
まるで鼻面を掴まれて振り回されているような猛烈な指導振りに、さすがの榎本もお手上げと言いたげに首を横に振る。

忍の脳裏には、袴姿の友江が、ナギナタを振り回して男たちを次々と切り伏せていくイメージが浮かび上がり、思わず友江の顔を見直すのだった。
友江の、たおやかな姿からは想像もできないような辣腕と勇猛さに、その名にちなんで、源義仲の愛妾にして女武者・巴御前のことを連想してしまったのだ。
仕事のあと、榎本は電話のあった警察署に行くが、

主任「実は、マフラーを万引きしかけましてね、そのばあさん」
榎本「ばあさん?」
主任「ええ」
榎本「じゃあ、そのおばあさんが、僕のことを知ってるって言うんですか」
主任「ええ、私の身元引受人はプリンセス下着の宣伝副部長だって……そればっかし言ってるんですよ」
相変わらず、さっぱり状況が飲み込めない榎本であったが、出されたお茶を啜ろうとしたとき、聞き覚えのある「加茂さ~ん」と言う声がしたので、ギョッとして振り向く。

果たして、そこにいたのは綾乃であった。
主任「副部長さんだよ」
榎本「あ、あなた先輩の……」
綾乃「あらまぁ、あなた、いつぞや失礼致しました」
一、ニ度、顔を合わせたことのある二人、とりあえず挨拶を交わすと、
綾乃「やーねえ、お巡りさん、この方、副部長なんかじゃありませんよ、私の言ってる副部長ってのはこの辺がもじゃもじゃもじゃっとしてがっちりしたもっと良い男ですよ~」
ぶつぶつ言いながら、返事も待たずに奥に引っ込んでしまう。
そう、綾乃は忍が副部長に昇進したと言う与太を信じ込み、代わりに榎本が呼び出される羽目となったのだ。
こういう、いかにも現実にありそうな行き違いを書かせたら、松木ひろしさんの右に出るものはないね。
長い長い一日が終わり、由利たち三人が仲良く裏口から吐き出される。
朝子「これからどうする、レポート?」
由利「わかんない、私」
信子「テストだってさ、バカにしてるよなぁ」
由利「もうチンタラチンタラしてらんないわね。まったく」
気楽なOL生活が、急に看守つきの監獄になったような滅入った気持ちで帰っていく三人。
だが、このドラマ、基本的に、その回起きた仕事上の変化・問題は、忍の減俸などを除けば、次週に持ち越されることはない決まりなので、友江の念書の件も、彼女たちが心配していたレポートの件も、これっきり話題に上ることはないままフェードアウトしてしまい、三人はこれからもチンタラチンタラしたOL生活を続けていくことになるのだった。
まあ、藤平時代と比べると、だいぶ忙しくはなるけどね。
と、少し遅れて、正面出口から、友江と忍が連れ立って出て来る。
忍「うちにいた大隅妙子のマンションなんですよ」
友江「ああ、パリに研修に行かれた方ね」
忍「行って見てみませんか、交渉の方は僕が上手くやりますから」
真紀のマンションの「内見」の誘いに、はやバイクにまたがりながら気楽に応じる友江。

友江「いいわ、行きましょ、さ、乗って」
忍「乗ってって、これにですか?」
友江「そうよ、このヘル被って」
忍「これ被るんですか、カッコ悪いなぁ、男と女があべこべだなんて」
友江「もたもたしないで!!」
忍「はい」

友江にせかされ、よっこらしょとバイクの後ろにまたがろうとした瞬間、

バイクは忍を置き去りにして走り出す。
ありがちなギャグだけど、管理人、思わず笑ってしまった。
と、同時に、忍の天然ぶりと、友江のせっかちさを表現した、巧みな戯画にもなっている。
それでもなんとか、真紀のマンションの前に到着する二人。

友江「ここ?」
忍「そう、ここの三階」
友江「変なとこねえ……どうしたの?」
忍「えっ、だって乱暴な運転なさるんですもの……僕怖くて、怖くて」
ところで、このドラマの後半の面白さのひとつは、忍が自分より年下の女性にかしずき、振り回され、時には罵られるという、過去のシリーズでは見られなかった、一種被虐的な状況に追い込まれるところにあるのではないだろうか。
一方で、忍は家では渚や綾乃に対して相変わらず威張りまくっているので、全体としてはバランスが取れているのが心憎い設定。
また、既に書いたかもしれないが、管理人が思うに、この作品が成功した最大の要因は、主人公の私的空間=「荻田家と言う下宿」と、公的空間=「プリンセス下着会社の宣伝部」とが、きっちりけじめをつけて描写され、なおかつ、ボリュームの点でも絶妙なバランスを保っているからではあるまいか。
つまり、視聴者は、「荻田家のドタバタ」と、「下着会社を舞台にした企業ドラマ」と、ひとつでふたつのドラマを楽しめるわけで、だから、終盤まで飽きずに楽しめるような気がするのである。
たとえば、この作品の原型とも呼べる「パパと呼ばないで」などは、家庭と会社の比重が、9対1くらいで、中盤以降、下宿内でのドラマがマンネリに陥って、明らかに失速しているが、こちらは5対5か、6対4くらいなので、その弊から逃れることに成功している。
また、忍がサラリーマンとしての仕事以外に、童話作家を目指していると言う、軸と言うか、芯のようなものがあるのも成功に寄与していると思う。
閑話休題、寂しがり屋の真紀は、例によって岡崎たち応援団の下僕たちを集めて即席の雀荘を開いていたが、忍が押しかけてきて、無理やりマージャンをやめさせ、追い立てる。
同じ頃、榎本に付き添われた綾乃が、警察から下宿に戻っていた。

綾乃「何度お邪魔しても寒いお宅だわ。なにしろおっきいから」
震える綾乃の体を、渚が一生懸命擦っていたが、綾乃の言う「お宅」と言うのが、警察署だとはまさか思わない。
万引きと置き引きの常習犯である綾乃は、今まで何度となく警察署の門をくぐっているのだ。

渚「何処まで行ってたの、おばあちゃん?」
もと子「心配してたのよ、電話ぐらい掛けたっていいのに」
綾乃「ちょっとこちらにお付き合いしてたもんですから」
渚「おっちゃん、ありがと、なんだか知んないけど」
榎本「ああ、いや……」
荻田「また何かしでかしたんですか、あのばあさん?」
渚と綾乃が二階に上がったあと、荻田が声を潜めて榎本に尋ねると、榎本は朗らかな笑みを浮かべ、
榎本「いやぁ、大したことありませんよ、僕が代わりにハンコ押しときましたから」
もと子「ハンコ?」
榎本「ええ、先輩に、明日警察から電話があると言っといて下さい」

もと子「警察ぅ? またぁ……」
毎度のこととは言え、さすがに呆れ顔になる荻田夫妻であった。
しかし、まあ、明るいホームドラマのレギュラーが万引きの常習者って、今ではまずありえない設定である。
一方、友江と忍は、真紀に紅茶をご馳走になりながら、和やかにお喋りしていた。

真紀「驚いた、部長なんて冗談かと思っちゃった」
友江「貫禄ないでしょ」
真紀「そうねえ、原宿の女カミナリ族って感じだもん」
忍「真紀、ちょっと言い過ぎだぞ」
友江「いいの、はっきりモノを言う人って私好きよ」
忍は、パリで研修中の妙子に会社から支払われる嘱託料で真紀が暮らしていると説明し、真紀は分相応の、もっと安いアパートに移るべきだと主張する。
しかし、忍が最初から二人を同居させるつもりだったのならともかく、一人で住むには大き過ぎる部屋の後釜に、友江を紹介するというのはいささか矛盾しているような気もする。
友江自身、「安いアパートを見付ける」って言ってたくらいだからね。
友江の方は、妙子と言う女性に興味をそそられた様子で、

友江「お姉さんに会いたかったわ、一度」
真紀「そうよー、絶対気が合ったと思うわ」
友江「綺麗だったそうね、妙子さんて……恋人いらしたの?」
真紀「え……だってあの……」
友江の質問にキョトンとして、反射的に忍を指差そうとするが、

忍「あ、ああ、そうだ、うちに電話しなきゃ、御飯の心配してるといけないからね」
忍、大きな声を出して誤魔化し、逃げるように電話のところへ移動する。
忍は、自分と妙子が婚約していたことを、まだ友江には打ち明けていないのである。
それを隠そうとするところから見て、忍は早くも友江に惹かれ始めているらしい。
以前、妙子がパリから戻ったら改めて結婚しようとか言っていた割りに、浮気症の忍であったが、現実と違って、ドラマでは、もう二度と妙子が帰ってくることがないと分かってるからねえ。
それはともかく、忍、荻田から綾乃がまた何かやらかしたと知らされて、あとのことは二人で話し合うように言って、あたふたと帰っていく。
真紀「いつもあの調子なの、せわしないおかた」
友江「でも、ずっと人がいいわ、榎本さんなんかより」

真紀「あら、彼のほうが断然イカスわよ!!」
榎本をけなされて思わず大声で叫んだあと、くすぐったそうな顔で、
真紀「うふっ、教えましょうか、私ね、今、彼にアタックしてるところなの」
友江「へーっ、榎本さんに? 成功した?」
真紀「うーん、可能性は五分五分ね、取っちゃイヤよ、南條さん」

友江「私が? まさか」
真紀「だって美人だもん、すごく」
友江「これで?」
真紀に褒められて、友江が不思議そうに聞き返すのだが、酒井さんが言うと、極上のイヤミにしか聞こえない。
まあ、「これ」と言うのは、顔のことではなく、その色気のないライダースーツのことを差しているのだろう。
真紀「私、嘘は言わないわよ、(忍に)紹介された時、正直、これはいかんと思ったのよ。強力なライバルが次々に出て、困っちゃうな、私」
と、ジャンプのバトルマンガの主人公のような言葉を口にする真紀だったが、いまのところ、友江しかいないのに、「次々」と言う表現はちょっと引っ掛かる。
ま、自分の姉の妙子に続いて友江が……と言いたかったのだろう。
友江「ほんとに正直ね、真紀ちゃんて」
真紀「要するにバカなのよ」
友江「ねえ、ここ、私が借りるから、あなた、下宿しない?」
真紀「え、どういうこと」
友江「二人で一緒に住まないかってことよ、部屋代は、7・3で私が出すわ、どう」
真紀「ほんと、それ?」
ここで友江が、思いがけない提案をして、真紀の住居問題が一挙に解決してしまう。
つまり、次回からは、妙子の代わりに友江がこの部屋に住むことになるワケだ。
ちなみに管理人がこの作品を初めて見たのは第33話なのだが、予備知識が全くなかったので、友江と真紀の関係が良く分からず、首を捻ったものである。
一方、下宿に戻った忍は、ほとほとうんざりしたように綾乃を怒鳴り散らしていたが、例によって例のごとく、綾乃は全く堪えていない。
マフラーを万引きするつもりなどなかったと言い訳する綾乃に、

忍「バサマ、もう嘘をつくのはよせよ、そんな調子じゃねえ、天国からお迎えが来ないぞ、きっと」
綾乃「加茂さんだって嘘をおつきになって……」

忍「俺がいつ嘘ついたよ!!」
綾乃「副部長におなりになったって仰ったでしょ」
忍「……」
痛いところを突かれて、沈黙する忍。

綾乃「私ねえ、そのお祝いのマフラー選んでたんですのね~」
忍「別に俺は嘘ついた訳じゃねえよ……だけどさぁ、突然飛び入りがあらわれてさぁ」
綾乃「それでなれなかったんですの?」
忍「うん」
綾乃「気の毒にねえ、でもね、もう人間、いつか幸せ参りますよ。ただもう正直に、真面目に生きてさえいればね……」
忍「まあ、な……」
いつの間に攻守逆転して、生まれてこの方自分の欲望以外に正直になったことのなさそうな綾乃にしみじみと励まされ、ついつい頷いてしまう忍だったが、ここでハッと我に返り、
忍「それは俺が言うこと!!」
だが、綾乃はいつの間にか襖を閉めて引っ込んでしまっていた。
忍、溜息をつくと、襖ににじりより、
忍「あのな、バサマ、嘘をつくと言うことはだなぁ……」
と、再び襖が開き、綾乃がちょこんと顔を出し、
綾乃「泥棒の始まりですよ」
忍「……」
結局、綾乃に口で勝つのは不可能なのだった。
再び真紀のマンション。

すりガラス越しに、女性の裸体が蠢いている。
そう、友江がお風呂に入っているのだが、無論、酒井さんが脱いでくれる筈もなく、これは脱ぎ女優さんのヌードである。
しかし、脱ぎ女優さんは数あれど、こんな中途半端な脱ぎを要求された人も稀であろう。
これは、酒井さんがバリバリの清純派女優で、たとえ代役でもヌードはまずいと言う判断からの生殺し演出であろう。

真紀「ぬるい?」
友江「ううん、いいお湯よ」
もっとも、浴室の映像に切り替わると、一応、酒井さんのバストアップヌードが拝める。
無論、ビーチクが映ることなどありえないが、酒井さんがその下に水着かなんかを着てる姿を想像するだけで、十分おかずになるのです。
しかし、いくらその部屋を借りることにしたとはいえ、初めて訪れた赤の他人の家に、その日のうちに風呂に入るだろうか?
友江にしてはいささか非常識な行動のようにも見える。
真紀「ねえ、南條さん、どうして結婚しないの?」
友江「二度と失敗は繰り返したくないもの」
真紀「失敗?」
友江「二年足らずで別れたわ。女の人がいたの」
真紀「へーっ」
また、意気投合としたとは言え、会ったばかりの真紀とそんな込み入った話をすると言うのも、いささか不自然である。

友江「私はもう、男なんて真っ平、それに比べると仕事は決して人を裏切ったりしないでしょ」
それはそれとして、酒井さんのうなじにほつれる後れ毛が色っぽいのです!!
と、チャイムが鳴って榎本が顔を出すが、友江は気付かずに風呂から出て、バスローブ姿で洗面台に向かいながら、なおも真紀と言葉を交わす。
友江「私ねえ、ほんと言うと、今日一日はドキドキだったのよ、ろくに実力も経験もないのにいきなり本社の部長でしょ、はじめにみんなに舐められたらおしまいだと思って」
榎本「……」
友江「オートバイもハッタリよ、ほんとはスタントが運転してるの」
榎本(何もそこまでしなくても……) 途中から嘘だが、友江の本心を知って、なんとも言えない顔になる榎本であった。
友江「オートバイもハッタリよ、必死だもの、もう、お陰で肩は凝るし、胃は痛むし、体中はくたくた……駄目よ、榎本さんや加茂さんに言っちゃあ」
真紀「遅いのよ、もう……」
友江「えっ?」
榎本、気付かれないうちに帰ろうとするが、玄関でモタモタしているうちに友江に見付かってしまう。

友江「誰かいるの? 誰?」
おそるおそる顔を覗かせ、それが一番聞かれたくない相手だと知った友江は、

友江「はーっ!!」
まるで幽霊でも見たかのように、一瞬で血の気が引け、息が止まりそうになる。
榎本「あ、こんばんは……」
友江「……」
榎本の挨拶に無意識に答えようとしたところで、漸く、自分がまっぱにバスローブ一枚と言うあられもない恰好であることに気付き、

友江「あ゛あ゛ーっ!!」
完全にパニクって、ドタバタ逃げ惑う友江が可愛いのである!!
ちなみに、ほんとにまっぱだったら素晴らしいのだが、風呂から出てきたシーンを良く見ると、しっかりバスローブの下に服を着ておられました。がっくし。

真紀「ひどいじゃないのよ、まったく」
榎本「あ、あのな、言ってくれよな、知らなかったんだって」
真紀「駄目よー、もう来てくれないわ、せっかくお姉ちゃんの後釜が見付かったのにぃ」
真紀、このことで友江が気分を害してさっきの話もパーになったと落ち込むが、無論、それくらいで臍を曲げるような友江ではなく、次回、このマンションに引っ越してきて共同生活を始めることになるのである。
もっとも、さすがにその場はいたたまれず、友江はライダースーツに着替えて真紀の部屋を後にする。
榎本が追いかけてきて、
榎本「部長、盗み聞きしたのは悪かったけど、何かこれで安心しました、明日からバリバリやりましょう、僕を信用して下さい、なんでも協力しますから」
コロッと掌返しで申し出るが、友江は無視してエンジンをキックし、
友江「聞こえないわ、何言ってるのか、明日から、よっぽど頑張らないとクビにしてもらうわよ」
榎本「部長、部長!!」
照れ隠しとしか思えない厳しい言葉を投げると、爆音を響かせ走り出す。
唖然として見送る榎本には、その後ろ姿が、ナギナタを片手に、白馬にまたがって疾駆する巴御前のように見えたのだった。
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