第17回「げに恐ろしきは……」(1977年1月26日)
の続きです。
一方、出社した友江は、榎本から忍の病状を聞き、美しい眉を曇らせる。
友江「悪いことしたわ、私は来なくても良いって言ったのよ」
榎本「誰もそんなこと言っちゃいませんよ、あなたが部下を私用で使うなんてとても考えられないからな」
などとやってると、由利たちがいつもより遅く出社してくるが、驚いたことに、三人とも「おまる」と水筒を持参していた。

榎本「なんだこれは?」
朝子「水筒とおまるです」
信子「トイレにもお茶飲みにも行っちゃいけないって言うんだもんねー」
由利「これがあれば席を立たずに済むでしょ」
友江の小言に対する、いささか子供じみてはいるが、強烈な面当てであった。

友江「……」
それを本気で咎めるのも馬鹿馬鹿しく感じられたのか、友江も何も言えない。
昨日少し言い過ぎたと言う、後悔の念もあったのだろう。
だが、信子たちの反撃はこれだけでは済まず、重役会議のあと、友江がオフィスに戻ってくると、デスクの上に、これ見よがしに一枚の写真が置いてあった。

友江「……」
榎本「部長、どうしたんすか?」
友江が凝然と立ち尽くしているのを見て、榎本が声を掛けるが、

榎本「これ……部長?」
それが何であるか知って、さすがの榎本も一瞬言葉を失う。
そう、信子たちが社の友人に頼んで入手して貰った、友江の別れた夫との結婚式の記念写真であった。
ま、ほんとは、横に立ってるのは、こんな見知らぬおっさんじゃなく、森本レオじゃないとダメなのだが、仕方あるまい。
横浜支社の人間からの情報だろう、信子たちは友江のプライベートなことまで知っていた。

朝子「ま、二年なら長く続いたほうよね」
信子「私が男だったら三日で逃げ出すね」
由利「ちょっと、やめなって」
信子「いいじゃないか、事実をはっきり言えって言ったわ、うちの部長は」
榎本「おい、信子」
友江「いいの、ほんとのことですもの。主人には女の人が出来て、あたしは捨てられたの」
榎本「関係ないでしょ、部長の私生活なんか」
友江も動揺したのか、言い訳するようにしなくてもいい弁解をして、榎本にたしなめられる。
榎本「おい、君たちちょっと卑劣だぞ、謝れよ」
由利「はい、すいません」
珍しく本気で怒ってみせる榎本に、元々あまり乗り気でなかったのか、由利はすぐ立って謝るが、信子は引き下がらず、
信子「謝ることないわよ、向こうだって私たちにおんなじようなことやってんだから。他人を気付けて平気なんだからさー」
榎本「いい加減にしろよ!!」
友江「仕事しましょ、由利ちゃん、この議事録コピーして」
友江、何とか平静を保とうと努力しながら、何事もなかったように仕事を再開する。

友江「……」
泣きたいのを我慢しているような友江の表情に、

信子「……」
信子も、ちょっとやり過ぎたかと、後悔の色を目に滲ませる。
どうでもいいが、劇中では明らかにスーブーキャラの前沢保美さん、このカットだけ、妙に綺麗に撮れてるなぁと思いました。
一方、自分の部屋で横臥している忍の下へ、渚がニコニコしながらあらわれ、
渚「やっと見付けたわ、おっちゃん……知恵の輪の名人」
忍「えっ」
渚「白浜さんって言うの、お願いします」
白浜「……」
無論、渚が連れて来たのはあの変な整体師であった。
忍「なに、この人、お医者さん?」
渚「黙ってりゃ良いの」
忍「だけど……うっ」
白浜、忍が枕代わりに使っていた脇息をいきなり外して忍の頭を落とす。

白浜「どれ……ぐっ」
忍「うっ……痛い、痛い」
白浜、忍の体を起こし、その腰をあれこれ押さえてから、
白浜「これ、ゆっくり治す方がいい? それとも新幹線並みに速い方がいい?」
患者本人ではなく、横の渚に治療方針を尋ねる。
渚「ジェット機並みが良い!!」 白浜「きついなぁ、それは……」
この辺が、まさに予測のつかない渚と言うキャラの真骨頂と言う感じで、迷うことなく選択肢にないオプションを希望するのだった。
忍「いや、あのぉ」
渚「ね、平気よね? おっちゃん我慢強いもん」
こうして、患者の意向を完全に無視した恐るべき治療が開始され、

白浜「だぁああああああーっ!!」
忍「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーっ!!」
その雄叫びと絶叫に、隣室にいた綾乃まで様子を見に来て、
綾乃「どうしましたの、加茂さん?」
渚「だいじょぶ、ジェット機の音がちょっと大きかっただけ」
忍「だあああああーっ!!」
忍にとって、人生最悪の時間となるのだった。

白浜「あとは、冷やせばいいから」
渚「どうもありがと……あの、お礼は?」
白浜「いやいやいや、霊柩車のあとは墓石の指輪ぐらいのモンだろうからね」

渚「当たった!!」
白浜「やっぱりね……」
白浜の言葉に嬉しそうにその背中に抱きつく渚と、戸惑ったような顔で階段を下りていく白浜であった。
このコンビ、なかなか馬が合って楽しそうなのだが、とん平さん、このエピソードだけのゲスト出演なのが残念である。
白浜を送ってから部屋に戻ると、綾乃が煙草を吸う片手間に、ぐったりしている忍の背中をポンポン叩いていた。
渚「死んじゃったの、おっちゃん?」 開口一番、とんでもないことを口走る渚。
いいなぁ、この予測不能且つ天衣無縫の無敵ぶり。
綾乃「気絶しただけ、すぐ気がつくの」
渚「かわいそう、新幹線にすれば良かったなぁ」
退社時刻となり、由利たちは結局使わなかった「おまる」を入れた紙袋を抱えて出てくるが、
朝子「ねえ、どっか寄ってく?」
信子「真っ直ぐ帰るよ、今日は」
由利「あーあー、やめたやめたこんなの!!」
由利、心底馬鹿馬鹿しくなったように「おまる」を空高く放り投げるのだった。
友江は友江で、よほどショックだったのか、なおもあの写真を暗い眼差しで見詰めていた。

榎本「部長、あまり気にしないほうがいいですよ、奴らだって、今頃きっと後悔してますよ」
友江「私らしくもなかったわ、もうとっくに忘れてたのにいきなり写真を突きつけられたもんだから……誰に上げた写真かしら」
榎本「調べてみましょうか?」
友江「返しといて、あの子たちに……」
かと言って、友江はそんなことを根に持つタイプではなく、榎本の申し出を聞き流すと、写真を渡して帰っていく。
一人残った榎本も、憮然とした顔で溜息をつくのだった。
忍は、会社での騒ぎも知らずに、寝たまま渚にお粥を食べさせてもらっていたが、そこに友江が見舞いに訪れる。

忍「部長!!」
友江「具合、いかが?」
忍「あ、大したことないんです、すいません、わざわざお越しいただいて」

忍「お前、むこ行け、むこ行け」
渚「お粥さんは?」
忍「お前にやるから、早くむこう行けっつってんのに!!」
忍、渚の存在に気付くと、猫でも追い払うように追い立てる。
友江「妹さん?」
忍「えっ、いや、まあ、そんなもんです」
友江と渚は初対面であったが、友江もまさか、こんな子供みたいな娘が自分の恋のライバルになるとは、この時点では夢にも思わないのだった。

友江「お花、それから、甘いもの嫌い?」
忍「いや、口に合うものなら何でも頂きます」
渚に対するのとは別人のようにでれでれ恐縮している忍を、戸の隙間からじとっと見ていた渚は、つまらなそうに自分の部屋に引き揚げる。
綾乃「加茂さん、また新しい女の方が出来たのかしら?」
渚「つまんなぁい」
綾乃「だいじょうぶよ、すぐ帰るから」
二人は「ハッ」としたように視線を合わせると、

あらかじめ壁に掛けてあった、手拭いを巻いた箒に向かって手を合わせて拝み、

渚&綾乃「さよなら、さよなら、グッバ~イ♪」

歌謡曲か何かの一節を口ずさみ、最後はジュリーのような気取ったポーズを決める。
これ、知らない人にはさっぱり意味不明だが、箒を逆さにして手拭いを巻くと言うのは、京都の有名な風習で、こうすると、長居している客が帰ってくれると言うおまじないの一種なのである。
忘れがちの設定だが、綾乃も渚も、元々京都の出身なのである。
んで、このポーズとフレーズ、劇中でしばしば二人が見せるものなのだが、当時、こういう歌でも流行っていたのだろうか?
管理人、こういうことにはとんと疎く、恥ずかしながらさっぱり思い当たりません。

友江「あの、これ置いていきますから、もし出勤できそうだったら、タクシー呼んであげてください」
荻田「分かりました、確かにお預かりいたします」
友江、荻田家を辞す際、管理職らしく、荻田夫妻にタクシー代として5000円札を渡すのだった。
当時の初乗り運賃からすれば、いささか多過ぎるような気もするが、かと言って1000円じゃ、なんかみみっちいからね。
友江を最敬礼で送り出したあと、亭主が取ろうとした5000円札を横から掻っ攫い、自分の胸元に突っ込みながら、
もと子「あれが部長かねえ」
荻田「下着会社ってのは、さすが美人がいるんだねえ」
友江の、部長とは思えない美貌と若さに嘆久しゅうする二人であった。
翌朝、友情に厚い榎本は、わざわざ古本屋に忍を迎えに来る。
忍の腰はまだ完治してないので、当然タクシーである。
その道すがら、榎本は昨日の会社での一件をあまさず忍に話す。
忍「へーっ、そんなことがあったのか」
榎本「前途多難ですよ、宣伝部も」
忍「結婚ねえ……」
榎本「ショックですか」
忍「ショックなのはお前のほうだろう?」
榎本「いやぁ、僕は真紀ちゃんがいますからね」
忍「俺だってターコのほうがずーっとマシだよ」
張り合うように強がる忍と榎本であったが、忍は次回、完全にターコにふられることになる。

榎本「しかしね、先輩、女の憎しみや意地悪って奴は怖いですね。それこそもう一歩で血の雨でしたよ。ああ、今日はまたどうなることやら……ゾッとするなぁ」
昨日の修羅場を思い出し、おじいちゃんのような情けない顔で榎本がぼやくと、
忍「ほっとけ、ほっとけ、こう世の中女がのさばり出て来たんじゃね、お互い共食いさせたほうが得だよ、我々男性軍としては、ははははっ」
リブの人が聞いたら絞め殺されそうなことを言って笑う忍であったが、次の瞬間、歩道を歩いていたOL風の女性を友江と見間違え、思わず「部長!!」と叫んでしまう。
榎本「先輩、だいじょぶ? 巴御前に憑かれたんじゃないの?」
忍「そんなことねえよ」
友江も気が重かったであろうが、忍たちより一足早く、いつものように出社してくるが、意外なことに、由利たちはもう来ていて、友江のデスクなどを掃除していた。

三人「おはようございます」
友江「……おはよう」
さらに、昨日と打って変わってにこやかに挨拶され、戸惑う友江であったが、ともかく挨拶を返しながらデスクに向かう。

由利「昨日はどうもすいませんでした」
朝子「もう、あんなことしません」
信子「あの、もっと高い花買いたかったんですけど、月給日前だから」
と、拍子抜けするくらい由利たちのほうから謝罪と和睦を申し込まれることになる。
見ているほうもいささか肩透かしを食った格好だが、大映ドラマじゃあるまいし、今後も延々と彼らがいがみ合いを続けるのを見せられるのはつらいので、これで正解だったのだろう。
ま、信子たちが豹変したのは、自分たちがやり過ぎたとの自覚もあってのことだろうが、一方で、やはり上司に逆らい続けるのは勤め人として得策ではないと言う打算も働いたのではあるまいか。
友江「私、この花、大好き。嬉しいわ」
それはさておき、友江も、すかさずお愛想を言って、彼らの謝罪を受け入れる。
やがて、忍が榎本に肩を借りながらオフィスの前までやってくるが、

中を覗き込むと、友江の周りに三人が立っていて、一見、またしても不穏な空気が流れているように見えた。
榎本「やばいですよ先輩、女どもはみんな来てるよ」
忍「部長、ぶん殴られてるかも知んねえな」
二人は努めて明るい表情を作りながら部屋に入る。

榎本「はは、みんな無事だな」
忍「おーす」
由利「加茂さん、もう良いの?」
忍「ははっ、まあ、なんとかね」
朝子「お腰をお揉みしましょうか」
忍「ああ、結構ですよ、かえって悪くなるといけないからね」
信子「じじいだねえ、やだやだ」
忍「冗談じゃないよ、お前たちだって相当ババアだよ、売れ残りめ」
軽口の応酬をしつつ、友江への敵意を自分に向けさせるためか、忍がいつになく信子たちを口汚く罵るが、
信子「部長、ああいうこと言うんですよ」
由利「部長!!」
あにはからんや、信子たちは助けを求めるように友江に訴えるではないか。
友江もそれに調子を合わせ、

友江「ええ、聞こえたわ。重大な侮辱ね。私たちヤングの女性に対して」
朝子「どうしましょ」
友江「何か罰はない?」
由利「丸坊主にしちゃいましょう」
友江「風邪引いてまた休まれると困るわ」
結局、忍が4人にチャーハンとギョーザを奢ると言うことで話がつき、
友江「わかった、加茂さん?」
友江はポケットに手を突っ込み、女たちを従えるボスのように笑って見せる。

忍「なにが血の雨だよ、このトンチキめ」
榎本「なんだか、夢みてえだなぁ」
榎本も、パラレルワールドにでも迷い込んでしまったような状況に、思わず自分の目を疑うのだった。
さて、渚がいつもの場所で、なんとなくヤケクソになったように弦を掻き鳴らしていると、またあの白浜が顔を出す。

白浜「よ、なんだい、今日は馬鹿に元気ないな」
渚「冬って寒いのね、今日初めて気がついた……ねえ、おっちゃん、診てくれない? 私、体中の骨が全部外れちゃったような気がするんだ」
渚が独特の表現で、心に鬱屈しているものがあることを告げると、白浜もその横に腰を落ち着け、
白浜「よしよしよし、じゃあ話してご覧」
渚「ふられちゃったの」
白浜「あんたが?」
渚「あんな浮気っぽいと思わなかった」
渚の率直な吐露に、白浜、一瞬考え込むが、
白浜「ひったたいちゃえよ、そんな男!!」
と、まるで女友達のような口調で叫ぶ。

渚「……」
何か、思い詰めたような表情で視線を上げる渚。
これだけ、何を考えているのか分からないキャラクターと言うのも珍しい。
そこがまた、彼女の大いなる魅力なのだが……
その晩、忍が会社から帰ってくると、もと子が客が待っていると言う。
慌てて二階に上がるが、部屋には誰もいない。

忍「すぐ人を担ぐんだからもう……」
忍がぶつくさ言いながらスーツを脱いでいると、隣の襖が開き、

渚「脱いでるわ、ちょうどいいわ」
忍「なにが?」
白浜「よっ」
忍「あ……」
白浜「その後、どう?」
忍「いいえ、お陰さまでね、物凄く快調です」
白浜「そう」
忍「どうもありがとうございました」
忍、脱ぎかけたズボンのボタンを嵌め直し、即座に逃げようとするが、

白浜「ちょっと待ちなさい」
忍「いや、あの、だいじょうぶです」
白浜にすかさずズボンの後ろを掴まれ、

白浜「だぁあああーっ!!」
忍「ああ、もうやめて、もう効いた」
白浜「なんだ、大の男がこんなことで!!」
結局こうなるのだった。
ちなみに我々はここで、あまり知りたくなかった意外な事実に気付いてしまう。
石立鉄男さんのスネが、妙に白いことに…… ね? あんまり知りたくなかったでしょ?
忍「渚ちゃん、お願い、やめさせて!!」
忍、苦痛に顔を歪めながら、恥もプライドもなく渚に助けを求めるが、
渚「うふふ、あの人に見したいの、おっちゃんの顔!! もう少し我慢しなさい」
こう見えてサディスティックなところのある渚は、嬉しそうに笑いながら、忍の顔を見詰めているのだった。
あの人と言うのは無論、友江のことだが、

忍「く、渚ちゃん……」
渚「……」
その言葉の連想からか、忍の視界が戸板返しのようにバタンとひっくり返り、

渚の拗ねたような顔が、正面からにこやかに微笑んでいる友江のそれに切り替わり、忍の心に安らぎをもたらす。
だが、それも束の間、白浜が腕に力を入れると、ゴキッと言う鈍い音とともに、
忍「ぎぃやあああああーっ!!」 最後にもう一度忍の絶叫が画面一杯に轟き渡るのだった。
こうして、忍にとっては受難続きのエピソードが、漸く終わりを告げるのだった。
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