ともあれ、明智と千代子は、パノラマ島の裏の顔、いわば「地獄」にあたる恐ろしげな谷に連れて来られる。

人見「ここはな、エロスの園を犯すものの処刑の谷だ。見ろ、この針の山で死んでいるものたちを……」

ここで、おっぱいギャルの乱舞よりももっと過激な、串刺しや磔にされた全裸女性の死体がこれでもかとばかりに映し出される。

大野「ふっふっ、やつらはこのパノラマ島の秘密を漏らそうと脱出を試みたのだ」
人見「まだまだいるぞ、この谷で処刑された人間は……」
なんとも強烈なシーンだが、いくら彼らが悪人でも、それくらいのことで人を殺しまくるだろうかと言う疑問が湧く。
なので、これも実はパノラマ島の「出し物」のひとつで、死体は全て精巧に出来た人形だったんじゃないかと言う気もする……と言うか、そう思いたいものである。
ただ、これだけ豪快に殺しちゃうと、その犯罪についていちいち糾明するのが馬鹿馬鹿しく感じられてしまうのも事実で、ミステリードラマとしては、このシーンはない方が良かったかもしれない。
にしても、ヌードもあれだが、正月早々、娘の串刺し死体を見せられた親御さんたちの気持ち、少しは考えたれよ、スタッフ。
それはそれとして、実際のパノラマ島の視覚効果はトホホなものばかりであったが、この「悪魔の谷」の美術セット、特にこの、それこそ地獄の深淵まで続いているような底知れぬ深さが感じられるカットは出色の出来栄えである。
4人は全裸惨殺死体を眺めながら奥に進み、溶岩の噴き出る池や、硫酸の池の前に出る。

人見「この地下溶岩の流れに突き落とされた奴、この硫酸の池に投げ込まれて瞬く間に骨と化してしまった奴、いっぱいいる」
人見はそう嘯くのだが、さすがにそこまで残酷な殺し方をするとは思えないので、それこそ明智たちを怯えさせるためのハッタリだったかもしれない。
ちなみに彼らの背後に見える壁が、巨大な悪魔の顔のようになっているのも芸が細かい。
千代子は恐怖のあまり明智の体にしがみつくばかりであったが、さすが明智はこんな状況でも冷静さを失わず、壁の一箇所から人間の右手が出ているのに気付き、
明智「あれも犠牲者の一人ですね?」
人見「そうだ、こっちへ来て、良く見てみろ」
大野がナイフの柄で、自分で埋めた岩壁を砕くと、
英子(つらいわ~) 色んな意味で最大の「犠牲者」と言えるかもしれない英子の顔があらわれる。
……
宮下さんの女優魂、しかと目に焼き付けさせていただきました!!
正直、おっぱい掘り出すことより恥ずかしい仕事だったかもしれない。
で、さっきも書いたように、これも原作にある死体隠匿トリック(……と言うほどではないが)の再現なのだ。

明智「(色んな意味で)なんというむごたらしいことを……あなたの奥さんらしいですが」
人見「違う、森三中の誰かだ」
じゃなくて、
人見「違う、大野の女だ」
大野「殺したのはあの女だ」
千代子「ああっ」
大野に指差されて恐れおののいて顔を背ける千代子であったが、原作と違い、人見たちはもうブレーキが壊れたように手当たり次第に人を殺しているのだから、いまさら英子殺害の罪を千代子になすりつけようとするのが、なんだか馬鹿馬鹿しく感じられるのである。
もっとも、大野はその件では人見も騙しているので、ここはそう言うしかないのだが。

明智「そうじゃありませんね。犯人は力の強い男……しかも傷の角度から見て左利きの男」
だが、日本一の名探偵の明智さん、こんな状態の死体をちょっと見ただけで、たちまち真相を見破ってしまう。
うーん、でも、さすがにちょっと無理がないか?
しかもこんなに暗いんだし……
明智「菰田家の斧には君(大野)の指紋がついていた、君は自分の手で人見英子を殺し、失神してる千代子さんにその罪を着せたんだ」
人見「本当か、大野?」
大野「でっち上げもいい加減にしろ」
明智「人見さん、あなたはこの男の話にうまく乗せられたようですね。最初の襲撃事件も、そして墓場からのすり替え作戦も、源三郎氏の遺体を人見さんのように見せかけて橋の上から捨てたのもこのインチキ教祖でしょう」
さらに明智さん、黒幕が大野であることまでずばり言い当てる。
ここで、例の橋の上から菰田の死体を投げ落とす大野たちの姿が回想される。
明智「人見さんの正体を見抜いた芸者の桃太郎を殺し、首吊り自殺と偽装したのもあなただ」
同じく、大野が英子に手伝わせて、桃太郎を首吊り自殺のようにぶら下げる様子が映し出される。
ここにいたっては遂に大野もカブトを脱ぎ、

大野「大した探偵だ、貴様!!」
いやぁ、小池さんの声でこういう台詞を聞くと、なんかゾクゾクするなぁ。
大野「早く処刑してしまおう」
人見「……」
大野「何をしてるんだ? 針の山で死にたいか、それとも海底火山の溶岩に溶けたいか」
千代子「明智さん!!」
人見「ほっほう、心中したいのか」
一時茫然としていた人見だったが、大野に一喝されると我に返り、大野ともども明智たちにピストルを向けて脅す。
明智さんにとって幸運なことに、人見はその場でズドンと撃ち殺したりはせず、明智さんに死に方まで選ばせてくれる。
でも、繰り返しになるが、人見が即座に撃ってきたらどうするつもりだったのだろう? あ、まあ、ほんとはその銃には弾は入っていないのだが、さすがの明智さんも、そこまで知ってるとは思えないので、つくづく危ない綱渡りだったとしか思えない。
撃ち殺されることはないまでも、溶岩や針の山で殺されていた可能性だってあるんだし……
二人にじりじりと迫られて進退窮まる明智さんだったが、不意に千代子の体を突き飛ばし、大野に飛び掛ってナイフを持った腕を捉えるが、

人見「ふふふ、もう終わりだぞ」
明智「あっ、ああっ!!」
大野の顔を盾にして必死に銃口を避けていた明智さん、その踵が硫酸の池の縁を踏み外し、

明智「あっ、ああーっ!!」
人見「硫酸の池だ」
大野「骨まで解けろーっ!!」
とうとう、硫酸の池に落ちてしまい、苦悶の表情を刻みつつ白い煙の中に沈んでいく。
ま、人見たちの目がどんなに節穴だろうと、明智の体を見ていれば、それが硫酸なのか無害な液体なのかぐらい、一発で分かったと思うのだが……
池の表面も少し泡立つだけで、血が浮いてきて真っ赤に染まるなんてこともないしね。
ともあれ、二人は明智が死んだと思い込み、高らかな悪人笑いを響かせる。
しかし、伊東さんと小池さんのW悪役ってのは凄みがあるよね。
この二人の変態殺人鬼に挟まれた千代子がどれほど心細い思いをしたか、察するに余りある。

人見「明智は死んだ」
大野「今度は千代子か」
千代子「はっ……」
大野の言葉に、思わず立ち上がってあとずさる千代子だったが、
大野「殺したくないようだな」
人見「お前もそのようだな」
大野「その前に殺したい奴がいるからな」
人見「俺もだ、ふん、ちゃんと分かってたんだよ。お前は最後には俺を殺そうとしていた、その手には乗らん」
大野「そう、このパノラマ島も菰田家の財産も頂くつもりだったが、今じゃ一番欲しいのはこの女だ」
人見「俺もだ、いや、今じゃこの女は俺の妻だ、誰にも渡さん」
案の定、二人はここで定番の仲間割れを始める。
なにしろ人見には、片目を大野に抉られたと言う根深い遺恨があるのだから、ある意味、今まで破綻を起こさずに共同歩調を取って来たことのほうが意外であった。
ただ、ここで、今まで悪人ながら無欲で謹厳な態度を崩さなかった大野が、急に自分の野望や欲望を赤裸々に語るのが、いかにもとってつけたような感じがする。
財産はともかく(註・菰田家にはまだ親族がいるのだから、赤の他人の大野が好きに出来る訳がない)、千代子に惚れていたと言うのも、今までそんなことを窺わせるようなシーンがなかっただけに、かなり唐突である。
もっとも、大野が密かに千代子を狙っていたとすれば、愛人であった英子を殺した動機にはなるけどね。
閑話休題、互いに殺意を剥き出しにした二人、当然、ピストルを持つ人見のほうが圧倒的有利に見えたが、人見が引き金を引いても発射音はせず、カチッと言う音がするだけ。

人見「むっ?」
大野「ふっふっふっふっふ、そのピストルはちゃあんと弾を抜いておいたんだ」 世にも嬉しそうな笑みを浮かべ、種明かしをする大野。
ま、これは、本家明智小五郎が二十面相に対してしばしば使う手なんだけどね。
人見「くっそぉ」
大野「死ぬのはお前だ」
大野、腰を落としてナイフを構え、人見にじりじり近付くが、
人見「くたばれっ!!」
最後の詰めを誤り、人見に飛び掛かろうとして体をかわされ、

大野「おおおっ」
自ら針の山に突っ込んで串刺しになると言う、悪党にふさわしい悲惨な死に方を遂げる。
いやー、これもキテる絵だなぁ。
人見「ふっはははは……」
大野「ううーっ」
人見「はっはっはっはっ」
大野「ぐうう」
人見「はっはっはっ」
大野「あのー、笑ってないで、これ抜いてくれない?」
人見「なんで生きてるのぉおおおっ!!」 まさにゴキブリ並みの生命力を誇る大野っちであったが、嘘である。
ちなみにこの死に方、「蜘蛛男」の犯人の死に方に似てるけど、そこから来てるのかなぁ?
それにしても、この大野と言う男、極悪人ではあったが、人見広介と言うひとりの夢想家をタネにして、常識的にはまず成功の見込みのない、荒唐無稽な犯罪および事業を不屈の意志の力で主導し、一応は完成させてしまったのだから、一口に犯罪者と言っても、極めてスケールの大きなエリート的犯罪者であったことは間違いない。
これに比類できるのは、美女シリーズの中でも限られていて、せいぜい「悪魔のような美女」の緑川夫人くらいであろうか。
さて、邪魔者を片付けた人見は、図々しくもまだ菰田源三郎として、千代子と仲良く暮らして生きたいなどと言い出すが、

千代子「汚らわしい、あなたはニセモノよ!!」
無論、千代子が「はい、よろこんで!!」などと言う筈もなく、その手を払い除けて激しく罵る。
人見「そうか、それじゃあお前の口を塞ぐしか仕方がないな」
やにわに千代子に躍りかかって両手で首を絞め、原作どおりの殺し方で千代子を亡き者にしようとするが、そこへ飛び込んで来たのが明智さん、ではなく、カラスの勘太郎であった。
さすがにカラスが屋敷から海を渡ってこの地下まで飛んでくるというのはありえないことだし、カラスは別に千代子に恩義を感じている訳じゃない(……と言うより、主人のカタキなのだが)のだから、この場面で人見に襲い掛かるというのは変である。

人見「あ、ああーっ!!」
とにかく、人見はカラスの嘴で残っていた右目まで抉り取られ、完全に視力を失ってしまう。

人見「助けてくれ、見えないんだ、何にも……千代子、千代子、何処にいるんだ?」
千代子「こっちよ、こっち、危ない、そこは硫酸の池、戻って、戻って、私の声のほうへ……そう、そのまま真っ直ぐ」
人見「千代子、千代子……ああーっ!!」
千代子、目の見えない人見を巧みに誘導してわざと溶岩の中に落とし、生きながら焼き殺す。
これも割合あっさり描かれているが、考えてみればめちゃくちゃグロい死に方である。
ちなみにこの殺し方も、乱歩の傑作「赤い部屋」に出てくる、めくらの按摩を誘導して穴に落として殺すと言う方法からの着想かなぁ。
こうして、気付けば、犯罪者も探偵もみんな死んでしまったと言う物凄いことになり、エロスの園に戻った千代子は、血と泥で穢れた体を清めるために浴槽にひとり身を沈めるが、

ここでもきっちりおっぱいを掘り出してくれるのがサービス満点の叶さんであった。

はい、皆さん、これが叶さんの、そしてミミーの乳首ですよ~。
その映像を目に焼き付けてから「ギャバン」のミミーを見ると、コーフン度が3倍になりますよ~。
千代子が浴槽の中で立ち上がると、急にカメラがロングになって、明らかに脱ぎ女優さんと思われる人が、でっかいお尻を丸出しにしながら浴槽を出て、木に引っ掛けてあるローブを取りに行く。
脱ぎ女優さんとバレてもいいから、ここはもうちょっと寄りで撮って欲しかったところだ。
このシーンを見ても、やはり叶さん、おっぱいはOKでも、お尻はNGだったらしい。
ローブをふんどしのように締め直し、ピアノの前に座って、「トッカータとフーガ ニ短調」のあまりに有名な「ちゃららーちゃらららーらー」と言う、悲劇的なメロディーを奏でるが、その脳裏に思い浮かぶのは、やはり明智さんの素敵な面影なのであった。
それにしては、明智さんが死んだときのリアクションが薄かったような気がするが……

ま、明智が硫酸の池に落ちて死んだ時のことに回想が及ぶと、急に動揺して鍵盤に両手を叩きつけ、取り返しのつかないことをしてしまったような、深刻な顔になるんだけどね。
千代子「とうとう私一人になってしまった……そして何もかも私ひとりのもの」
ここで、今まで隠して来た強欲な女の素顔をさらけ出し、陶然とした眼差しで広大なエロスの園を見渡すが、

千代子「あ、あなたは、誰です?」
菰田「わからんのかね、本物の菰田源三郎だ」
千代子「う、嘘よ、そんな……」
その時、向こうからゆっくり歩いてきて千代子を死ぬほどたまげさせたのが、経帷子をまとった菰田源三郎その人であった。
千代子、さきほど人見たちに殺されそうになった時以上の極度の混乱と恐慌を来し、かすれた声を喘がせつつ、よろめくような足取りであとずさる。
菰田「私が生き返ったことは知っているね?」
千代子「あれはニセモノです」
菰田「そうだ、そして私はここにいる……と言うことは、一体どういうことなんだ?」
千代子(聞かれても……)
じゃなくて、
菰田「そうだ、、そして私はここにいる……成仏できずにさまよっているんだよ」
千代子「こっちへ来ないで!!」
それでも芯は気丈な千代子、手近にあった果物ナイフを掴むと、菰田を威嚇する。
菰田「ほっほう、
また私を殺すのか?」
千代子「……」
菰田「お前は私に毒を盛ったね。病死と見せかけて少しずつ砒素を!! 何もかも分かっているんだよ」
千代子「誤解です、主治医の先生はガーナー氏症候群の発作だと断定なさいました」
菰田「この目の裏側までは調べなかったろう」
菰田、自分の左の義眼を指差すと、
菰田「毎晩、義眼の洗浄液を作るのはお前の仕事だったんだ」
菰田の台詞に合わせて、千代子が洗浄液にたっぷり砒素を混ぜている様子が映し出される。

千代子「ひどいことを仰いますのね……
あなたは誰です?」
あくまで潔白を主張して夫の体に縋りつく千代子であったが、ここで漸く冷静さを取り戻し、それが菰田である筈がないことに気付く。
千代子「主人じゃないわ、違う……」
再び菰田の体から離れ、ピアノのところまで後退する千代子に対し、
明智「やっと気がつきましたか」
菰田が、いや、明智さんが、天知先生の声で語りかける。

そして掟破りの二度目の変装解除シーンとなるが、ここでもきっちり伊東さんが、天知先生っぽいカツラをつけた姿になるのがかなりのツボなのだった。
そして掟破りの二度目の「ベリベリベリ」が発動され、

菰田のマスクの下から、死んだ筈の明智さんの素顔があらわれる。
千代子「明智さん……でも、明智さんはさっき硫酸の池で……」

文代「あれは硫酸じゃありません。昨夜のうちに私がとんこつスープと入れ替えておいたんです」
じゃなくて、
文代「あれは硫酸じゃありません、昨夜のうちに私が水とドライアイスに入れ替えておいたんです」
頭の中が「なぜ?の嵐」状態になる千代子に答えたのは、明智ではなく制服に着替えた文代さんだった。
でも、昨夜から入れてたら、ドライアイス、とっくの昔に溶けてるのでは?
あと、硫酸の池を抜くなんて簡単に言うけど、文代さんひとりでどうやったんだ?

明智さん、ここでさっきはやらなかった早着替えを披露してスーツ姿になると、
明智「私の有能な助手の文代君です。早くから海底に潜入した彼女はパノラマ島の一切の秘密を調べ……」

明智「さっき岩風呂で、私に硫酸の池は安全だというメモをくれたんです。だから私は自分からあの池へ飛び込んで逃げたんです」
先ほどのシーンを繰り返しつつ、補足説明を加える。
でも、あのタイミングで明智の正体がバレ、さらに、人見たちが明智を「悪魔の谷」まで連れて行って、さらにオプションを明智に選ばせようとするなんて、予知能力者でもない限り、文代さんにあらかじめ分かる筈がないんだけどね。
千代子「そう、そうでしたの、見事ですわね、明智さんて」
からくりを知った千代子は、こんな折りながら、心からの賞賛の念を明智に捧ぐ。
明智「女性たちはどうした?」
文代「みんな大麻の中毒患者なんです、今、エレベーターで島の上に脱出させています」
文代はそう言って波越たちを呼びに向こうのほうへかけて行き、明智は再び千代子と二人きりになる。
しかし、裸婦たちはともかく、キレッキレのダンスを披露していた近藤玲子バレエ団の皆さんまで大麻中毒とは到底思えないが、彼女たちはあくまで雇われダンサーで、文代が言う「みんな」とは、あの裸婦たちのことだけを指していたのかも知れない。

千代子「どうしてこんな悪戯をなさいますの?」
明智「あなたの犯罪を暴くためです、ご主人殺しの」
そう、明智の登場に気を取られていたが、最後の最後で、被害者と思われていた千代子も実は犯罪者だったことが分かるというのが、原作にもない見事などんでん返しで、これがあるからこそ、このドラマがただのエログロサスペンスに堕するのを防いでいるのである。
千代子「何を根拠にそんな恐ろしいこと仰いますの? 証拠がございまして?」
明智「ええ、決定的な証拠がね……人見広介に見せかけて橋の上から捨てられたご主人の遺体です。私はこの犯罪に気付いて、すぐ自殺体の検案書と解剖所見を調べてみました。すると微量ながら体内から砒素が検出されていました。さらにそのルートを調べたところ、眼底からと言う結論が出たんです」
千代子「ほほ、ほほほほ……ひどい明智さん、推理が発展し過ぎて、大野とニセ源三郎の犯罪の中に、全く関係のない私を巻き込もうとなさっていらっしゃるわ」
しかし、いくらなんでも、砒素が眼底から体内に侵入したなんてことが分かるだろうか?
しかも、菰田の死体の顔は見分けもつかないほどぐちゃぐちゃに潰されていたというのに……
第一、砒素が出て来たからって、それが死因と断定することは出来ないと思うんだけどね。それとは無関係に、ほんとにガーナー氏症候群の発作で死んだのかもしれないではないか。
千代子、あくまでシラを切ろうとするが、
明智「そう、全く関係のない二つの犯罪計画が昨年の暮れから、菰田家の財産を狙って密かに並行して進められていました。ひとつはあなたの菰田家財産のっとり計画、もうひとつは大野と人見夫妻による替え玉作戦、そして砒素を使って持病の発作に見せかけたあなたの計画はまんまと成功したかに見えました。ところがもうひとつの替え玉作戦も成功してあなたの計画は根底から崩れてしまったんです。しかし妻であるあなたが、墓場から蘇ったご主人がニセモノであることに気付かぬ訳がない。にも拘らずそれを摘発することをしなかった……」
明智はそう言うのだが、千代子はどう見ても、パノラマ島に渡る前夜、初めて人見と枕を交わして、それでやっとニセモノだと気付いたようにしか見えず、最初から見破っていたと言うのは矛盾しているように見える。
ほんとにニセモノだと分かっていたなら、自分からセックスを迫る筈がないではないか。
千代子「どうしてですの? ニセモノだと分かったら、一日だって一緒に暮らせるわけがありませんわ」
明智「問題はそこです、ご主人の死後、あなたの知らぬ間に作られていた養子の誓約書が出て来たからです。ニセモノを暴けば財産は養子のものになってしまう。おまけに替え玉事件に警察が介入してきてあなたのご主人殺しも暴露されるかもしれない。だからあなたはしばらくニセモノを利用してチャンスを待ったんです」
と、明智は言うのだが、戦前の法律ならそうなっていたかもしれないが、今は、千代子にもちゃんと財産が渡るようになってるから、明智さんの指摘はいささか時代錯誤である。
と言うか、いくら誓約書があったとしても、菰田は次郎を正式に養子にする前に死んでいるのだから、(千代子が人見の正体を告発したら)そもそも養子縁組自体が不可能となり、この推論は成り立たないように思う。
それこそ、千代子が生き返った主人がニセモノだと知らなかった……と言うのなら、養子に財産を取られるのを嫌って殺したと言う説も現実味を帯びるんだけどね。
千代子「何のチャンスを?」
明智「誓約書の破棄です。しかし釘谷房枝さんは頑強に抵抗して撤回しようとしない。そこであなたは房枝さんまで殺した!!」
千代子「何をおっしゃるの? そんな……」
明智「あの事故の日、あなたは房枝さんの車からブレーキオイルを抜き取っていましたね」
千代子「そんな、作り話ですわ、いい加減なこと仰らないで!!」
ヒステリックに叫ぶ千代子に対し、今度はやっと駆けつけた波越の声が答える。

波越「いいや、作り話じゃありませんよ。明智君、やっと女性たち、全部島の上に送り出したよ」
明智「ごくろうさまでした」
明智さん、まるっきり波越の上司みたいな態度だなぁ。
が、多分たくさんのおっぱいを見れて上機嫌だったのだろう、波越は気にした様子もなく、
波越「奥さん、吉岡から証言を取りましたよ、確かにあなたが事故の晩、房枝さんの車をいじっていたってね。その上、翌日に、車の停まっていた場所にたくさんのオイルがこぼれていたことも証言しました」
……
吉岡くん、そういうことはもっと早く言ってーっ!! 
波越「それにね、奥さん、今朝方菰田家を家宅捜索しましたら、あなたの部屋からこの砒素が見付かりましたよ」
言いながら、波越は茶色い薬瓶を取り出して見せる。
しかし、あれだけ主人殺しの発覚を恐れていたのに、肝心の毒薬をすぐ見付かるようなところに隠しておくなんて、間が抜けているにも程がある。
さて、動かぬ証拠を突きつけられて、千代子もとうとう観念し、
千代子「さすが名探偵ね……何もかもお見通しだわ、そう、主人は私が殺しました。房枝さんも……」
潔く罪を認める。
千代子「主人が生き返ったとき、私は本当に肝を潰しました、でも、仰るとおり、すぐニセモノだと分かりました。それは良く似てましたけど、何から何まで違うんですもの……でも、それを騒ぎ立てて何になるんです、それより、ニセモノを利用して菰田家に復讐したかったんです」
淡々と犯行動機を語り出す千代子であったが、妻とは言え他人である千代子がすぐ気付いたのに、母親や、実の妹である房枝が気付かないというのは、やっぱり変だよね。

明智「そんなに菰田家が憎かったんですか?」
明智の単刀直入な問いに、千代子は静かに点頭してみせると、
千代子「私たちの結婚には愛はありませんでした。夢のような贅沢な暮らしに憧れて嫁いで来たのに、主人はケチな人で、一銭だって私の自由にはさせてくれませんでした。私は財産のひとつだと言って、人間扱いもしてくれず、その上、結婚するまで断種して子供が出来ない体だということを隠してきたんです。養子の話が出た時、悔しくて、菰田家の人々を皆殺しにしたいと思ったほどでした」
明智「菰田家の財産がパノラマ島に浪費されていくのを黙って見ていたのも復讐ですか?」
千代子「……」
明智の再度の問い掛けにもう一度頷いてみせると、

千代子「私の一生を狂わせたお金が湯水のように使われ、菰田家が崩壊していくのを見ているのが良い気味でした。もうなんの欲もありません……このパノラマ島は私の復讐のために完成され、私はその女王になったんですものね」
赤裸々に自分の抱懐を語ると、エロスの園を見回しながら満足そうな笑みを湛える千代子。
なるほど、最初から動機が金銭目当てではなく、源三郎および菰田家への復讐だったとすれば、千代子が、夫がニセモノだと知ってもすぐに騒ぎ立てなかった理由も納得できる。
うーん、でも、その一方、房枝と次郎を殺したのは、どう見ても財産目当てので、いまひとつ整合性が取れない。
まあ、復讐もしたいが、金も欲しいということか……大変素直でよろしい。
波越「さあ、服を着てください、私たちもこの島を出ましょう」
大人しく千代子の演説を拝聴していた波越、焦れたように事務的な言葉を掛けるが、千代子は波越など眼中にないという様子で明智を振り向き、
千代子「明智さん、私を警察にお渡しになりますの?」
明智「理由はどうあれ、あなたは裁かれなくてはなりません」
明智の厳然とした答えを聞くと、

千代子「冷たいのね、明智さんて……姉さんも言ってたわ、明智さんには、時々、氷のように冷たいものを感じるって……」
一筋の涙を流しながら、明智を非難するような眼差しを向ける。
明智も、自覚しているのか、千代子の指摘を認めるように軽く目を伏せる。
千代子「私はこの島に残ります」
波越「何処へ行く、もう逃げられませんよ」
千代子、再び女王の威厳を身にまとうと、波越たちを無視して池に向かって進み、人が入れるくらいの大きな花火の筒の横に立ち、

千代子「私はパノラマ島の女王です、女王にふさわしい死に方をしますわ」
そう宣言して、自らの筒の中に入る。
千代子「さよなら、明智さん、好きでした」 相変わらず百合の花のような嫣然とした笑みを浮かべると、最後の最後に自分の気持ちを告白する。

明智「……」
その言葉にハッとして、まじまじと千代子の顔を凝視する明智さん。
今までの彼女の態度から、自分に気があることはいくら明智さんでも気付いていただろうが、千代子の動機の根っこには、自分に対する秘めた情熱があったのではないかと、今になって気付いて、愕然としている……ようにも見える。
つまり、襲撃事件のあと、思いがけず明智と再会したことがきっかけで、物心両面で満たされない夫婦生活のあけくれに、いつしか心の奥底に眠っていた人を愛する心が、マグマのように奔出し、それが夫殺しと言う大罪に千代子を走らせたのではないかと言う……
うーん、やっぱりジェームス三木さんの脚本は深い。
波越「何処行くんだ、待て!! うわーっ!!」
みるみる筒の中に沈んでいく千代子を見て、慌てて駆け寄ろうとする波越だったが、大きな筒の左右にあった細い筒から、いきなり花火が発射される。
何発もの花火が人工の夜空を彩り、その妖しくも絢爛たる光景に明智たちも一瞬我を忘れて見入っていたが、

次の瞬間、あの大きな筒から、ほかならぬ千代子自身が打ち上げられる!!
人間ロケットのように夜空目掛けてすっ飛んで行った千代子は、
真っ赤な人間花火となって弾け飛ぶ!! いやぁ、何度も見ても強烈なシーンだなぁ。
ま、これも原作どおりの結末なのだが、原作ではきたねえおっさんだが、こっちではピチピチした美女なので、その衝撃度は原作の比ではない。

明智「……」
その凄まじい死に様には、今まで色んな犯罪者の最期を見てきた明智さんも、思わず顔をヒクヒクと歪めて言葉を失い、

文代「ああっ!!」
豪胆な文代さんも、思わず口に手を当てて言葉にならない呻き声を上げる。
先ほど千代子が弾いていた「トッカータとフーガ ニ短調」が再び響く中、

足元の池に、千代子の血が大量にぶちまけられると言う、悪趣味全開のシーンから、音楽がいつものテーマ曲に切り替わり、一気にエンドロールに流れ込む。
さらにエンドロール中でも、空から千代子の着ていたローブの血に染まった断片が花びらのように降ってくると言う、至れり尽くせりのイヤガラセ演出。
まあ、バラバラになった千代子の体を落とさなかっただけ、分別があった。
なお、同じ小説を原作(の一部)とした映画「江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間」の結末も、こんな風な感じなのだが、バラバラ死体がひらひら宙に舞っているなんてアホみたいなビジュアルより、こっちのほうが遥かにスマートで、なにより美しい。
ついでに言わせてもらえば、カルト映画などと持て囃されている「奇形人間」なんかより、このドラマのほうがよっぽど面白いと思う。
そう言えば、「奇形人間」には、小池さんも出てるんだよね。

最後は、口直しに、文代さんのお顔で締めましょう。

あと、クレジットの撮影協力施設のラインナップがこれまた壮観で、油壺、バナナ・ワニ園、シャボテン公園と言う、当時の特撮ドラマのロケ地の三冠王をコンプリートした上に、ドリームランドとよみうりランドも加わるという豪華さである。
さて、作品についての評価だが、「美女シリーズ」最高傑作とまでは行かないまでも、かなり見ごたえのあるサスペンス色の強いミステリードラマに仕上がっていて、いくつか矛盾点もあるし、肝心のパノラマ島のビジュアルがいまいちという欠点もあるが、人間の欲望や心の闇を抉り出した脚本と演出は素晴らしく、ドラマとしての満足度は総じて高い。
また、ミステリーとしての評価は別にして、これだけのエロとグロを地上波で、しかも正月に放送したということだけで、この作品が後世に残ることは間違いあるまい。
※編集後記 完全リテイクとなった本作だが、記録のために書いておくと、2020年の12月4日から開始し、12月8日まで一気呵成に書き上げたものである。
言うまでもなく、ブログ史上、ぶっちぎりの最長記事となった。
ボリュームとしては、1時間の大映ドラマ3本分、あるいは30分の特撮ドラマ6~7本分と言った感じである。
そりゃ、疲れるわけだ。
ま、この作品、いずれは取りかからねばと思いつつ、予想される長大さに尻込みしてなかなか着手できなかったが、年末になってやっと片付けることが出来て、心底ホッとしている。
そして、このクソ長い記事を、最後までお読みいただいた辛抱強い読者の皆さんに、改めて満腔からの謝意を表したいと思います。
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