一方、忍たちは、炉端焼き「北海」で飲んでいた。
おそらく、酒の勢いを借りて話そうと言うのだろう、いつになく友江のピッチが上がっていた。
友江「加茂さん、もう一杯」
忍「いいんですか、そんなに飲んで」
友江「心配御無用、美味しいわね、お酒って」
忍「まあ、飲まなきゃ言えないって気持ちも、わからないでもないけれど」
友江「そうなのよ」
忍の独り言に相槌を打つと、友江は忍の背後に立ち、その肩を揉みながら、

友江「言えないの」
忍「えっ?」
友江「だって加茂さんって優し過ぎるんですもの」
忍「それほどでもありませんがね」
友江「お人好しで鈍感で……」
忍「えっ?」
友江、忍の肩を強く叩くと、
友江「こら、加茂忍、ターコのことなんか諦めちまえ!!」
伝法な口調で叱り付けるように叫ぶ。
友江「いい女なんてターコひとりじゃないんですからね、ターコ程度の女は、この世の中五万といるんだから」
友江、遠回しに妙子のことを諦めろと言ってるつもりなのだが、こんなまわりくどい言い方では鈍感な忍に通じる筈もなかった。
忍「いや、五万はいないかもしれないけど……(少なくとも)ひとりはいるってことは私にはちゃあんと分かってますよ」
忍は忍で、遠回しに友江が妙子と同じくらい魅力的だと言うが、酔っ払ってる友江に通じる筈もなく、

友江「もうひとり? ふうーん、どこにいんのかしら?」
それが自分のことを指しているとは知らず、とろんとした目で店の中を見回す。
この、酔っ払って「にへらっ」とした感じの酒井さんの顔が、めっちゃ可愛いのである!!
それに、酒井さんって基本、真面目でおしとやかな役が多いので、こういうコミカルな演技はかなり珍しいのではあるまいか。
忍「またまたぁ……でも信じられないなぁ、変なことを聞くけどいつから僕に対してそう言う気持ちになったんですか」
忍は忍で、友江が自分に惚れているのだと確信し、単刀直入に尋ねる。
友江「いつって……昨夜よ。昨夜お風呂から上がった時」
忍「お風呂から上がった時?」
友江「なに、その目」
忍「いや、いや、よし、よし、飲みましょう、今夜はどんどん飲むぞーっ」
友江「手紙のことだけどねえ……」
それでも、漸く妙子の手紙のことを口にするが、
忍「手紙? そんなー、直接口から聞きたいなぁ」
友江「でも仕方がないわねえ、遠過ぎるんだから」
忍「今まではね。しかし、あなたの気持ちはようく分かりました」
友江「そう、ほんとに分かってくれた?」
忍「分かりました、乾杯」
友江「乾杯!!」
友江の酔いと、忍の早合点のせいで、今はなきアンジャッシュの「擦れ違いコント」のように、互いに全然別のことを話しているのに会話が成立してしまい、任務を果たしたと思い込んだ友江は、肩の荷を下ろしたような気分で忍と乾杯するのだった。
その後、あれからデートを続けていたらしい榎本と真紀がマンションの近くまでやってくると、

忍「さ、さあ」
一台のタクシーが彼らを追い抜き、マンションの手前で停まるが、車から出て来たのが、ぐでんぐでんに酔っ払った友江と、それを恋人のように優しく支えている忍だったので、榎本は悪夢でも見ているような顔で立ち尽くす。
さらに、二人が仲良くマンションの階段を上がっていくのを見て、

榎本「ああ、ショックだなぁ」
真紀「榎本さん……」
榎本「へっ? ああ、いや、俺は、あの、オヤジが偉過ぎるせいかね、いつも二流で我慢することにしてんだよ」
真紀「……」
榎本「あいたぁ……」
無神経な榎本の言葉に、真紀は正面にまわってその顔を思いっきりビンタすると、さよならも言わずに行ってしまう。
さて、忍にドアの鍵まで開けてもらう友江だったが、生酔い本性違わずと言うやつで、部屋の中にまでは入れず、失礼なことを言った忍の頬を引っ叩くと、ピシャリとドアを閉めてしまう。
忍「ちょっとせっかちだったかな……まだまだ我慢、忍の一字」
友江が服を脱ぎながら「洋服も下着も自分で脱ぐの、男なんて懲り懲り」などと言ってるとも知らず、忍はどたどたと階段を降りていく。
その途中で真紀と会い、

忍「おかえり、おかえり、どうしたの、戦時中のような格好しちゃって……あ、そうだ、ターコに手紙を出すついでがあったらこう言ってくれないかな、ターコより先に売れ口が決まりそうだって……そいじゃね!!」
真紀「加茂さん!!」
浮かれた調子で言うと、忍は真紀の返事も待たずに降りていく。
忍が階段を降りると、そこに榎本が立っていた。

忍「お、エノ、約束の10万円、俺の口座に振り込んどいてくれよな」
榎本「えーっ、それじゃあ、やっぱり?」
忍「まあな、はは、俺の口座に頼むぞ」
榎本「先輩、口座あるんですか」
忍「えっ、あるよ、2917、『憎いな』ってなっ、あはははははっ」
榎本「……」
遠ざかる忍の笑い声を茫然と聞きながら、榎本は首を振り、
榎本「信じられねえなぁ……」
真紀がマンションに戻ると、友江はすでにベッドの中で丸くなっていた。

真紀「友江姉さん、ねえ、もう寝ちゃったの」
友江「おかえり」
真紀「お姉ちゃんの手紙のこと話してくれた?」
友江「分かってくれたわ、加茂さん」
真紀「ほんとに?」
友江「案外サバサバしてたみたい、最後は明るく乾杯し合ってジ・エンド」
真紀「なんか変な感じ」
友江「そう、少し変なの、お酒飲み過ぎちゃって……おやすみなさい」
友江の話と、さっきの忍の態度がどうにも頭の中で繋がらない真紀は、怪訝な顔で友江のそばを離れ、
真紀「みんなどうなってんだろ……」
忍が妙子のことをケロリと忘れてしまうのは、ホッとする反面、妹としては少し寂しい気持ちになる真紀であった。
一方、完全に舞い上がった忍は、「嫁に来ないか~」と、新沼謙二の名曲を大声で歌いながら下宿に戻ってくる。
すでに床についていた荻田家の人々が飛び起きてきて、

もと子「加茂さん、何時だと思ってるのよ」
忍「気にしない、気にしない、僕はね、今僕はね世界中の人々を叩き起こそうとして……」
荻田「大統領のあれは終わったんだから」
もと子「近所迷惑だからやめて頂戴」
忍「聞いて、聞いて、おじさん、俺ね、婚約するかもしれない」
もと子「こんにゃく?」
荻田「こんにゃくは茨城のが旨いんだよ」
病的なまでに気の早い忍は、荻田たちにそんなことまで打ち明けるのだった。
しかし、セックスはもとよりキスさえしてないのに婚約とか言い出すのは、昔の映画やドラマでは珍しくないが、今見れば頭がおかしい以外の何物でもないけどね。
ちなみに大統領と言うのは、この少し前に行われたアメリカの大統領選のことで、現職のフォードを破ってカーターが当選したのである。

忍「嫁に来ないか~、僕のところへ~♪」
忍が引き続き歌いながら二階に上がると、廊下の手摺のところに綾乃と渚がいて、

綾乃&渚「わわわわー」
忍の歌に合わせてコーラスを入れる、シリーズでも屈指の爆笑シーンとなる。

渚「おかえり」
綾乃「ご機嫌ですのね」
忍「ははっ、まあね、あ、バサマ、バサマたちとももうすぐお別れになるかもしれないよ」
綾乃「どういうことですの」
忍「いや、結婚してまでねー、バサマたちと一緒に住む訳いかないからねえ」
綾乃「結婚てえ?」
忍「いくらあの人が優しくても、そこまで僕は甘えられないから」
綾乃「あの、あの人ってのはどの人ですの?」
忍「部長、友江さん、うーふふふふっ」
綾乃「あの、インテリのあの、ねえ……」
降って湧いたような突然の結婚話に綾乃はおろおろするが、

渚「良かったねえ、あの人ならお似合いだわ」
綾乃「お前は何処まで頭が鈍いの?」
当の渚はケロッとした顔で、逆に忍を祝福するのだった。
忍は部屋の中でもまだ歌い続けていたが、

忍「僕のところへ~♪」
綾乃&渚「わわわわー」
その歌声に、条件反射的にコーラスを入れてしまう二人であった。
見れば、忍は着ていたコートを細長く畳んで友江の体に見立て、それこそ花嫁を抱くようにくるくる回し、最後はキスまでして笑い転げていた。
かなりの重症であった。
翌日は日曜だったので、忍は10時過ぎまで朝寝を楽しんでいたが、そこに渚が飛び込んできて叩き起こされる。
渚から、こともあろうに綾乃が友江に会いに行ったと聞かされ、大急ぎで着替えて家を飛び出すのだった。
その綾乃、ほぼ初対面の相手のマンションに押しかけ、姑みたいな口ぶりであれこれと話していた。
もっとも、友江とは初対面だが、そのマンションには以前泊まったこともあるのだ。

綾乃「なにしろ、あなた、血は繋がっておりませんけども、私は加茂忍の母親代わりでございましてね、まあ、あの人の幸せのためにもあなたって人物を良く鑑定しておきませんとね」
友江「あの、おばあちゃん、失礼ですけど……」
綾乃「ターコさんの例もございますでしょう、前のね」

綾乃「一旦婚約しときながら、解消されたんじゃ……」
友江「おばあちゃん、何か勘違いしてらっしゃるんだわ」
綾乃「加茂さんてね、表面はガサツですけど、ほんとはもう感じやすくて傷付きやすくて……童話の主人公みたいな優しい心を持った青年でございますから、変な女に……」
友江「おばあちゃん……」
灰皿をすすめながら、何とか口を挟もうとする友江だった、例によって綾乃は自分の言いたいことしか言わず、会話がなかなか噛み合わない。
ちなみに綾乃は、自分で言うように、忍の結婚相手がどんな人間か、その目で確かめようとやって来たらしい。
と、二人のやりとりを横で聞いていた真紀が、
真紀「やっぱり思ったとおりだわ、加茂さん、ひどい勘違いしてる」
友江「……」
真紀「加茂さんね、友江姉さんが想ってくれてるって誤解してるのよ」
友江「そんなぁ」
真紀「間違いないわ、榎本さんの話から判断しても」

真紀「ねえ、友江姉さん、ほんとにはっきりお姉ちゃんの手紙のこと、言ってくれたの?」
友江「……」
綾乃「どうしたんでございますの?」

真紀「ねえ、おばあちゃん、あのね、友江姉さんが加茂さんのことを好きだって言うのは、加茂さんが勘違いしてるの」
綾乃「はい? ……あら、いまさらそんな……」
真紀が綾乃の顔を覗き込むようにして噛んで含めるように教えると、綾乃はさすがに戸惑ったような顔になるが、
綾乃「あの、ちょっと誤解のないように申し上げおきますけど、私、お二人の仲裂こうなんて思ってんじゃないでございますよ」
真紀「いや、あの……」
話が通じているのか通じてないのか、遁辞めいた口調でさっきと同じような言葉を、いかにも老人らしくくどくどと繰り返す。

綾乃「加茂さん、私ども、赤の他人を引き取ってくれたこと、言葉じゃ言い尽くせないほどありがたいと思ってるんございますのよ。ですからあなたのお人柄さえ眼鏡にかなえば……そりゃもう加茂さんと別れるのは寂しいですけど、孫娘ともども、あのうち……」
ひとりで勝手に話を進めて、忍と別れることを想像して、はや涙ぐむ綾乃であったが、
綾乃「あら? これは一体どういうことになってんですの?」
物凄いタイムラグで漸く真紀の話を理解したのか、急に「素」になって問い掛ける。

綾乃「あなた、加茂さんをおからかいになったんですか?」
友江「……」
そして、いつになく真顔になった綾乃に切り込むように詰問されると、申し訳さなそうに目を伏せる友江であった。
友江自身、妙子の手紙の内容に触れることを敬遠するあまり、結果的に思わせぶりな態度を取って忍に変な期待をさせたことを、いささか反省しているのだろう。
さて、忍がタクシーを飛ばしてマンションに到着したのは、ちょうど綾乃が部屋を出て階段を降りてきたところだった。
忍「このクソババア!!」
忍は開口一番怒鳴りつけると、

忍「友江さんに何を吹き込んだんだ?」
綾乃「いえ、私、なんにも……」
忍「良いか、俺が帰る前にあの部屋を出て行けよ、俺が帰ってきたとき、まだうろうろしてやがったら、荷物ごとすっ飛ばしてやるからな、いいな!!」
綾乃の釈明にも耳を貸さず、一方的に言い渡すと階段を駆け上がる。
綾乃「に、荷物ごとすっ飛ばすって……あのおっちょこちょいが玉に瑕なんですの」
例によって何を言われてもけろりとしている綾乃であったが、綾乃が友江に何を言ったのか確かめもせずに追放宣言を出すのは、いささか短気過ぎるし、厳し過ぎるような気がする。
もっとも、以前、妙子に対しても、忍に関するとんでもないデタラメを吹聴して二人の仲を引き裂こうとした「前科」がある綾乃なので、忍が同じようなことを友江に言ったのだと早合点したのも無理はなかったかもしれない。
忍は友江のマンションに突撃すると、無我夢中でまくし立てる。

忍「友江さん、あのね、あのクソババアが言ったことは全部関係ないですからね、あのババアと僕とは全然関係ないんですよ!! 行き場所がないって言うんで僕の部屋にね……」
友江「加茂さん、ごめんなさい、私……」
忍「やっぱりクソババア!!」
人の話を聞かない点では綾乃と似たり寄ったりの忍、一人合点して叫ぶが、
真紀「違うのよ、加茂さん」
忍「君には関係ないだろう、黙っててくれよ!!」
真紀「ちょっと待って、違う、違うのよ」
真紀は強引に二人の間に割って入ると、
真紀「友江姉さんはね、ただ、私の頼みを聞いてくれて……」
忍「それがどうしたってんだよっ!!」
真紀「ああ、もう、こうなったらこれ読んでもらうしかないわ」
口で何を言っても無駄だと判断した真紀は、やむなく問題のエアメールを忍に渡す。

忍「なんだよ、ターコからの手紙じゃないか……」
真紀「読んでみて」
忍「読んでみてって……俺はフランス語は……英語なら自信あるけど……あ、日本語だ」
ぶつぶつ小ボケを言いながら手紙に目を通していたが、手紙の趣旨を知ると、がっくりしたように椅子に腰を落とす。
真紀「私、自分で言いにくかったもんだから、友江姉さんにその手紙のこと伝えてくれって頼んだの」

友江「ごめんなさい、私が曖昧な言い方したもんだから」
忍「じゃあ、友江さんがターコのことをさっさと諦めちまえって言ったのは……」
友江「どうしたらいいのか、傷つけまいとしてかえってあなたを」
忍「……」
忍、すぐには心の整理がつかないようで、親にはぐれた子供のような頼りない顔をしていたが、やがて、妙子が永久に自分の手から離れてしまったことへの悲しみがじわじわと込み上げてきて、その顔がつらそうに歪む。
しばらく無言で俯いていたが、

忍「ふっふっふっふっ、はははははっ、いやぁ、参った、参ったなあ、これじゃあいこだ」
不意に楽しくって仕方がないと言うように笑い出すと、手紙を手に立ち上がり、

忍「正直言うとですね、えー、僕が部長を口説いたのはですね、エノと10万円の賭けをしたからなんですよ」
友江「賭け?」
忍「ええ、あんまり部長のしごきが厳しいんでね、部長流に言わせれば下着を脱がせる殿方が現れれば少しはヒットラー台風も和らぐんじゃないかなってね」
友江「……」
忍「しかし、参ったなぁ、はは、俺はほんとに役不足だった、ほんとに参った、参った……」
榎本との賭けのことをあけすけに打ち明け、さもなんでもないことのように振舞う忍であったが、所詮は二人に対する見栄に過ぎず、再び暗い面持ちになると、

忍「真紀ちゃん、ターコに書いてくんないかな、君はもう自由なんだって……君の幸せを祈るって……」
真紀「……」
忍は絞り出すような声でそう言うと、真紀に手紙を返して部屋を出て行こうとする。
友江「加茂さん、あのおばあさんはいい人よ、あなたに感謝してて、あなたの幸せのためならいつでもあのうちを出て行くって」
忍「……」
心優しい友江は、綾乃たちのことを気遣って、忍にそんなことを言う。

真紀「人騒がせな手紙……」
忍の気持ちを慮ってか、姉に対する憤りさえ感じられる声でつぶやくと、それをテーブルの上に逃げる真紀であった。
しかし、直前までかなり本気で友江に入れ込んでいるように見せつつ、一方では、妙子に男が出来たと知ると本気で落ち込むと言うのは、ある意味、精神的な二股のようだし、忍と榎本がそんなことを賭けの対象としていたことに、友江も少しは憤慨しても良さそうな気がしなくもないが、忍に勘違いさせた自分の態度のこともあるし、あえてそんなことを追及する気になれなかったのだろう。
それに、誤解だったとはいえ、友江にはふられるわ、妙子との復縁の望みも絶たれるわで、言うなれば「二重失恋」と言う、なかなか得難い経験をした忍に、これ以上追い討ちを掛けるのは残酷と言うものだからね。
ま、そんな小難しい話は置いといて、管理人が声を大にして言いたいのは、
真紀のケツがいやらし過ぎるぅううううっ!! と言うことなのである。
別にいやらしさを強調している訳ではなく、単にそう言う布地のせいで、秋野さんの巨尻の形が皺の一本一本まで数えられるほど克明に浮かび上がり、さらには、布地越しにその重さや柔らかさ、肌触りや体温までが伝わって来るほどで、肌は一切露出していないのにも拘らず、尻フェチ的には、ドラマ史上三本の指が入る、いや、指に入る素晴らしいお尻映像となっているのである!!
それはともかく、忍がマンションを出て坂を下っていると、

綾乃「加茂さん!!」
綾乃が、少し決まり悪そうな笑みを浮かべてあらわれる。
なんか、老けた赤ずきんちゃんみたいで可愛い。

忍「なんだよ、まだこんなところでうろうろしてたのかよ」
忍、気付かれないようにドテラの袖で涙を拭きながら、つっけんどんに応じる。
綾乃「あの、帰りの電車賃忘れちゃったんですけど……それから引っ越し代もないんですけど」
忍「引っ越し代は出せないよ」
綾乃「じゃあ、引越しできませんもの、私」
忍「……」
綾乃「良いんですか、引越ししなくても?」
忍「しつこいバアサマだなぁ、引っ越し代は出せねえってつってんだろう」
遠回しに追放宣言を撤回して、肩を怒らして帰っていく忍の後ろ姿に、綾乃がホッとしたような笑みを浮かべるのだった。
翌月曜、榎本が会社の正面階段を昇っていると、忍が走って追いかけてきて、

忍「エノ」
榎本「あ、先輩、実はね、僕は話があるんですよ」
忍「俺もなんだよ」
榎本「いや、あの、例の10万円の件ね、何とか半額にしてくんないですかね」
てっきり賭けに負けたと思っている榎本が言い難そうに切り出すと、忍はさも呆れ果てたように、
忍「なんだよ、お前、けちな野郎だなぁ、それじゃ俺が負けたら一体どうするつもりだったんだよ」
榎本「勿論先輩から金なんか取るつもりないですよ」
忍「ほんとか、ほんとだな」
榎本「そうですよ」
忍、言葉巧みに榎本の言質を引き出すと、
忍「よし、いや、実はね、俺が5万円にしてくれって頼もうと思ったんだよ」
榎本「えーっ?」
忍「いや、あれね、間違いだったんだよ、それ聞いて安心した」
忍は自分の負けを認めるとともに、賭けの件をチャラにして、さっさとその場を離れるのだった。

榎本「えっ、いや、じゃあ、先輩、部長と……部長……ははははっ、先輩!!」
一瞬面食らっていた榎本だったが、二人の間がなんでもなかったことを知ると、たちまち機嫌を良くして忍を追いかけるのだった。
友江に惹かれている榎本にとっては、10万円がふいになったことなど問題ではないのである。
互いに清々した気分でオフィスにやってきた二人であったが、彼らを待ち受けていたのはまたしても友江の雷であった。

友江「なんですか、この週刊誌の宣伝プランは? これじゃ月給泥棒って言われても仕方がないわね。よくまあ、大の男が二人も揃ってこんな広告を……これ以上ヘマばっかりやったらもう首です!!」
昨日の手前、ことさら激しく忍たちを叱り飛ばす友江であったが、まだ半分寝ているのか、友江の持っている広告の下着モデルをぼんやり見ているうちに、

友江がそれと同じ下着を着けてポーズを取っているところを妄想してしまう忍であった。
ただし、残念ながら清純派の酒井さんが下着姿になどなってくれる筈がなく、これはボディダブルの女性である。
ハッと我に返って友江の顔を見直す忍に、

友江「わかりましたね!!」
昨日とはまるで別人のような厳しい目付きで申し渡す友江であった。
忍、その刃物のような視線を自分のコートで防ぐと、コートの陰から顔を出し、
忍「今週のお話はこれで終わり」
カメラの向こうの視聴者に告げて、「つづく」となるのだった。
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