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「熱中時代」傑作選 第21回「人情タコ焼き先生」 前編


 第21回「人情タコ焼き先生」(1979年2月23日)

 いよいよ最後となりました。「熱中時代」厳選レビューのお時間です。

 今回は、正直、管理人がこれをやるためだけにこの作品のレビューを始めたと言っても過言ではないフェイバレットなエピソードなのです。

 冒頭、子供たちが職員室に広大を呼びにくると、広大が前田先生に叱られている声が聞こえてくる。

 
 前田「だって北野先生、算数で今10ページも遅れているとすると、あと1ヶ月もないんだからまにあやしないでしょう?」
 広大「はあ、小数と分数のところでだいぶ手間取ってしまって……」
 前田「国語はどうなの?」
 広大「国語は大丈夫です。ただ、理科がちょっと……」
 前田「理科とか算数はねえ、3年生でやることはちゃんと3年のうちに済ませておかないと4年になってとっても困ることになるわよ」
 広大「はい、精一杯努力してなんとか追いつくようにします」

 こうして見ると意外と胸の大きな前田先生が、いつになく厳しい顔で説教するのを、それこそ教師に叱られている小学生のようにしゃちほこばった姿勢で謹聴している広大。

 受け持ちのクラスの授業の進行が遅れているのだが、広大が未熟だからと言うのもあるが、それ以上に、なるべく落ちこぼれが出ないよう懇切丁寧に、一生懸命授業をしてきた「成果」なのである。

 が、ざるソバを食いながら横で聞いていた教頭は、

 教頭「一生懸命と言ったってね、これまで一生懸命やってきて、それでも遅れたわけでしょう、だったら一生懸命やることは無駄だって言うことは明らかだねえ」
 広大「……」

 広大の指導方針をサクッと否定すると、宿題を出してページを稼ぐべきだと助言する。

 前田先生も教頭の意見に賛成するが、

 広大「校門を一歩出たら、子供たちを自由に伸び伸びと遊ばせてやりたいと思って、宿題と言うのはなるべく出さないようにと僕は……」
 教頭「何を言ってるんだ、君、そんな暢気なこと言ってる場合じゃないでしょ。君の場合は宿題以外にないの!!」

 持論を述べようとする広大の言葉を遮り、頭ごなしに命じる教頭であった。

 
 その後、広大は、自分が学級文庫に寄贈した名作全集を、身振り手振りをまじえて子供たちに読み聞かせるという、今ではまずありえない課外授業を行っていた。

 でも、実際のところ、詰め込み式の授業なんかより、こういう体験のほうが、よっぽど子供たちの人生にとって有益なのではないかと言う気もする。

 広大、一区切りついたところで本を置き、

 広大「みんな、明日の学級会の時間に、算数をやるからな、このクラスは算数と理科が遅れているから、なんとか頑張って他のクラスに追いつこうな」

 是が非でも宿題を出したくないのか、補習授業を行うことにする。

 ところが、数名の生徒が立ち上がり、代わりに宿題を出してくれと猛烈にアピールしてくる。

 さっきの子供たちが広大と教頭のやりとりを聞いて他の子供たちに伝え、広大を助けるために宿題を出してもらおうと評議一決したのだろう、誰も反対するものはいなかった。

 広大「そっかあ、よしそれじゃあ、この際宿題出すか」
 子供たち「はーい!!」
 広大「そっかぁ、そっかぁ」

 無論、子供たちの気持ちが分からない広大ではなく、じわっと胸が熱くなるのを感じたが、

 
 最前列右端の席の平山君子ちゃんが両手を広げて猫のように大きなあくびをする。

 
 広大「平山?」
 君子「……」

 怪訝な顔で広大が呼びかけるが、君子ちゃんはその声も聞こえない様子であった。

 そう、今回の主役は、管理人イチオシの平山君子ちゃんなのである!!

 ちなみに「きみこ」と言う字を実際にどう書くのか、はっきりしないのだが、このブログでは便宜上、「君子」と表記させて頂く。

 壁に貼ってある習字では「きみ子」となってるんだけどね。

 OP後、天城家の夕食の席で、嬉しそうにそのことを話題にしている広大。

 
 天城「ほお、子供たちが宿題をせがんだんですか」
 広大「はい、どうも子供たち僕が教頭先生に叱られたのを知ってたみたいなんですよ。みんな僕を助けるつもりで宿題出せって言ってくれたんですよねえ」
 恵子「へえ、三年生ともなるとそんなことまで考えるのかしらねえ」
 育民「泣かせる話だねえ」

 育民が茶化すように感心してみせると、

 八代「しかしねえ、中学生ともなるとそうはいかないんですよね。そう言うのは先生の責任なんだからなんとかしろと、こうなんだから……いや、小学校ってのは可愛いもんだね、ははは」
 早苗「いかが、北野先生、ご感想は?」

 早苗がからかうように尋ねると、広大は真顔で、

 広大「は、なんだか、子供たちに借りを作ったみたいな気がします」
 育民「子供たちのほうがしっかりしてんじゃない」
 恵子「得てしてそう言うもんなのよ、家貧しくして孔子出ずって言うでしょ」

 したり顔で説く恵子に、台所から料理を運んできた綾子が、

 綾子「恵子先生、そりゃちょっと皮肉っぽいんじゃない。それじゃ北野さんかわいそうよ」
 恵子「そうだったかしら?」
 広大「あ、いやいや、ほんとそうですよ、僕なんか(教師としては)親にたとえたら、ダメな親なのかもしれません」

 失言を気にする恵子に、笑って肯定してみせる広大。

 天城「ま、私たちもダメな親ですがね、だからと言って必ずしも子供が優秀とは限りませんからね」
 綾子(無言で頷く)
 八代「はっはっはっはっはっ」
 育民「そういうこと……」

 話にかこつけて息子の出来の悪さを嘆いてみせる天城夫婦に、引き攣った笑みを浮かべる育民だった。

 研究熱心な広大は、食後、自室で教育関連の参考書を読んで勉強していた。

 そこへ酒瓶とグラスを手に八代が入ってくる。

 八代「珍しいのが手に入ってね、どうだ、付き合わないか、ひとりで飲んでたってつまんないからさ」
 広大「いや、でもあの、そう言うわけで、僕は授業の能率の上がる方法を研究しなくちゃなりませんから」
 八代「ほお、そりゃ大変だ」

 八代、机の周りに所狭しと置かれている大きくて分厚い参考書を感心したように眺め回す。

 
 八代「これはしかし、君、1冊4000いくらもするんじゃないのかい?」
 広大「はい、それを買って、それから他にもいろいろ買って、そして学級文庫の本も買ったら、給料が全部消えてしまいました。はははははっ」
 八代「随分君も思い切ったことをするもんだ、しかしこんなのはちゃんと学校の校長室にあるだろう?」
 広大「そりゃありますけど、やはり自分の本ではないと線も引けませんし……」

 広大、言いながらグラスの酒を口に持って行きかけたが、八代が慌てて取り上げ、

 八代「ダメだよ、それ、勉強だろ、君……しょうがないな、俺、これ一人でやることにするよ.はは、頑張りたまえ」
 広大「どうもありがとうございます」

 酒瓶とグラスを抱いてさっさと出て行ってしまう。

 広大「なぁにをしに来たんだ、あの人は……」

 お預けを食った犬のように、憮然として勉強を続ける広大であった。

 一方、綾子もシャンパンとグラスを二つ持って天城の書斎へやってくる。

 綾子はグラスを机に並べると、その場でシャンパンの栓を抜く。

 
 天城「ほぉ、シャンペンですか、何か今日は特別な日ですか」
 綾子「ええ、2月の今日は23日、二人でシャンパンの栓を抜いても良いですよねえ」
 天城「ちょっと待ってくださいよ、全然心当たりがないんですがね」
 綾子「2月の23日ですよ」
 天城「2月23日でしょう?」
 綾子「お分かりになりません?」
 天城「思わせぶりにしないで教えてくださいよ」
 綾子「いや、私、どうしても思い出していただきたいんです。私にとっては忘れることの出来ない日ですから」

 最初は気味が悪いほど上機嫌だった綾子だが、夫の反応を見ているうちに、だんだん雲行きが怪しくなっていき、夫が完全に忘れているのを知るや、すっかり虫の居所が悪くなり、八代同様、酒瓶とグラスを回収して速やかに立ち去るのだった。

 で、この一見些細な出来事が、今回の話のサブエピソードとなるのだが、君子ちゃんのことで頭が一杯の管理人にとっては心底どうでもいいことなので、このエピソードについてはなるべく簡単に済ませることにしたい。

 翌朝、食堂に出てきた広大たちは、天城と綾子が冷戦状態に突入していることを知る。
 
 夫と、険悪なムードで会話を交わした綾子がその場を離れた後、

 
 八代「兄さん、一体どうしたんですか?」
 天城「ゆうべね、2月23日は何の日だって、いきなりこう言うんですよ。思い出せないでいるとね、段々と不機嫌になってきてこの有様ですよ」
 八代「はっはぁ……」

 広大たちも二人がそんな状態では落ち着かないので、その日がなんなのか天城に思い出してもらおうとあれこれ考え、知恵を出し合うが、結婚記念日でもなく、プロポーズした日でもなく、二人が初めて会った日でもなく、結局分からずじまいであった。

 一方、3年4組の教室では、

 
 男子「お前、どうしてしゅく、宿題やってこなかったんだよぉ」
 君子(噛んだ……)
 典子(噛んだ……)

 君子ちゃんを取り囲んでいる生徒の一人が、いきなり噛んでしまう。

 
 女子「みんなで絶対やってくるって約束したのにぃ」
 一同「そうだよー」
 君子「……」

 どうやら君子ちゃん、広大が出した宿題を忘れて来たらしく、そのことでみんなから責められているのだ。

 
 男子「お前一人が忘れると、みんなが迷惑するんだぞ」

 噛み噛みマンとは別の男子が、ほんとは好きなくせに、心を鬼にして君子ちゃんを糾弾する。

 君子「だって出来なかったんだもぉん……」

 君子ちゃん、前を向いたまま、顔立ちの割りに大人っぽい声で開き直ったように抗弁する。

 男子「授業が遅れると、また北野先生が教頭先生に怒られるじゃないか」

 生徒たちも、別に君子ちゃんが憎いから非難しているのではなく、彼女一人が遅れることで広大に迷惑が掛かることを案じているのだ。

 そこへ広大が入ってくる。

 広大「どうしたんだ」
 女子「平山さんが、宿題やってくるの忘れたんです」
 典子「約束したのにやってこなかったんです」

 ちなみに典子ちゃんも、管理人が目をつけている、いや、行く末を見守ってやらねばならないと考えている女の子の一人だが、生憎と今回は見せ場がない。

 無論、広大はそんなことで怒ったりはせず、

 広大「はい、よし、分かった、あのな、宿題と言うのは誰でも忘れるさ、な、この次ちゃんとやってくれれば良い、おい、みんなで次の平山を見守ってやろうじゃないか、な?

 と、管理人も全面的に賛成の提案をして、その場を丸く収めるのだった。

 ま、実際、普段は出さない宿題を出したのだから、君子ちゃんの他にも宿題を忘れた子がいてもおかしくないと思うんだけどね。

 広大、君子が何か言いたいことがあるようにその場に立っているのを見て、

 
 広大「なんだ、どうした」
 君子「先生、私、相談したいことがあるんですけどぉ」
 広大「あ、そっか、そいじゃ、あとで聞くなー」
 君子「授業が終わったら聞いてくれるぅ?」
 広大「いや、ちょっと待ってよ、先生、今日、研修会があんだなぁ」
 君子「じゃあ明日」
 広大「明日、日曜日だぞ」
 君子「ダメぇ?」

 勿論、君子ちゃんに上目遣いでお願いされて拒否できる男はこの世に存在しないので、

 広大「よし、そいじゃ、明日会うか、先生も出てくるから、10時に通用門のところで、いっか?」
 君子「うんっ、10時だね」

 笑顔で席に戻るが、

 広大「よし、はい、それじゃあみんな宿題を机の上に出して」

 広大の声にみんながいそいそとノートを机の上に広げる中、ひとり肩身が狭そうに俯く君子であった。

 その日の夜、広大が桃子先生と一緒に「蜘蛛の巣」に行くと、青空がいつになく上機嫌で、新日本演劇研究所に合格したと誇らしげに報告する。

 
 マスター「いや、たいしたもんだよ、勉強してたもんなー、青空君」
 広大「ちょっと待て、その新日本演劇研究所と言うのはちゃんとしたところなのか?」
 青空「勿論よ、ちゃんとしたとこですよねー、マスター」
 マスター「ああ、そらもうね、俳優教育じゃ一流のところでね、なにしろ40人しか取らないところに1200人も来たんですからねえ」
 桃子「おめでとう、良かったわね」
 広大「30人にひとりか、よくやったなぁ青空、えらいぞ」

 ポパイのように力瘤を作って自慢する青空を、桃子先生も我がことのように祝福すれば、広大も珍しく妹を褒める。

 これで済めば問題はなかったのだが、

 青空「お兄ちゃんにね、お願いごとがあるんです」
 広大「お、そっか、よし、なんでも言ってみろ」
 青空「では何でも言わせて頂きます。入学金2万円と半年分の月謝が6万円、しめて8万円、出してくれるでしょ?」
 広大「8万円か」
 青空「うん、今週中に納めないとその話はバツ」
 広大「こ、今週中か……」

 8万円と聞いて急に元気がなくなる広大。

 普段でさえ広大にとっては大金だが、参考書の購入や学級文庫への寄贈で散財したばかりの広大にとっては絶望的にしんどい額であった。

 ただ、以前、両親に仕送りするために食費を切り詰め、お陰で栄養失調でぶっ倒れたことのある青空にしては、8万円全部を兄に負担して貰おうとするのは、いささか不自然のような気もするが、そうしないとストーリーが繋がらないのだから仕方あるまい。

 と、先に来ていた小宮がめざとく広大の顔色に気付き、

 
 小宮「どうしたの、ないの、8万円?」
 広大「いやいや、あるある、8万円ぐらいはある」
 小宮「なんだか顔から血の気が引いたような気がしたけど……」
 広大「なに馬鹿なこと言ってんのかね、あんたはー、7万や8万の金で男がビクビクすると思うー?」
 小宮「顔が引き攣ってるよ」
 広大「いや、僕はいつもこういう顔だ、はははははっ」
 青空「お金ないのお兄ちゃん?」
 広大「馬鹿、お前が心配するんじゃない、よし、今週中だな、お前がそう言う立派な劇団に入ったんだったら、お兄ちゃんが喜んでお前の月謝払ってやろうじゃないか」
 青空「わぁーっ、やった、嬉しい!! ありがとう」

 妹がせっかく掴んだチャンスをふいにさせたくないと、すっからかんの癖に豪傑笑いをして胸を叩く、広大の、涙ぐましいほどの兄弟愛の発露であった。

 同じ頃、焼き芋を買って帰ってきた恵子は、綾子と二人で焼き芋を頬張りつつ、2月23日が何の日か、こっそり教えてもらう。

 それは、彼らがまだ学生だった頃、二人が初めてキスを交わしたと言う、他人にとっては心底どうでもいい記念日だった。

 翌朝、自分の部屋の床の上に買ったばかりの参考書を積んで、売るべきか売らざるべきか深刻に悩んでいる広大の姿があった。

 そう、妹のために、しめて96000円也で購入した参考書を、古本屋に叩き売って金を造ろうかどうしようか悩みに悩んでいるのだ。

 一方、食堂では依然、天城夫妻の冷戦が続いていた。

 二人が席を外した後、恵子が身をよじるようにして、

 
 恵子「やっぱり校長先生に教えて差し上げるべきかしら」
 早苗「なにを?」
 恵子「え、だから、2月23日の秘密」
 桃子「あら、知ってるの花井先生?」
 恵子「聞いちゃったの、奥様に、あのね、校長先生が初めて奥様にキスをした日なんですって」

 恵子、綾子に口止めされていたが、我慢できずにバラしてしまう。

 育民はウンザリしたように立ち上がって、窓際に移動しながら、

 育民「しかし、いやだね、女ってのはね、ましてお袋だと思うとますますイヤだよ」

 率直に嫌悪感を吐露するが、

 恵子「あーら、そんなこと言うもんじゃないわ」
 桃子「そうよ、そこがねー、女の可愛いところなの」

 女性軍は、当然綾子の肩を持つ。

 育民「北野さん、覚えてる?」
 広大「はっ?」
 育民「初めてのキス、ファーストキス」

 恵子たちの会話も上の空で、ひたすら参考書売却問題について検討していた広大、育民の声にやっと我に返る。

 
 広大「えっ? へへっ……いや、あの、ね、そういうことはあまり人の前ではあのぉ、ふふふふ……」

 思い切り目を泳がせながら、笑って誤魔化そうとする広大だったが、

 
 桃子「正直に!!」

 すかさず桃子先生が悪戯っぽい目をして身を乗り出し、退路を塞ぐ。

 
 広大「いやっ、ですから、そのー、まだあんまりやったことがありません」
 早苗「ずるいわよ、答えになってないじゃない」

 広大が苦し紛れに答えるが、女性軍はなおも追撃の手を緩めない。

 八代「じゃあ、魚津先生はいつですか?」

 見兼ねて八代が広大を援護すると、

 早苗「え……女はそう言うことは言わないの」

 逆襲された早苗は、逃げ口上を放ってそそくさと立ち去る。

 そのことを教えてやるべきかどうか、みんなの意見は割れるが、ちょうどそこを通りがかった天城に、

 桃子「あの、奥様との初めてのキスはいつですか?」
 天城「な、何を言うんですか、いきなり」
 恵子「あの、お芝居の打ち上げの時に思いがけず奥様と二人きりにおなりになって……」
 天城「綾子が言ったんですね、つまらないことを……」

 桃子たちにそこまで言われても思い出せないようで、天城は憮然として散歩に行ってしまう。

 みんなが「ダメだこりゃ」と匙を投げていると、天城が物凄い勢いで戻ってくる。

 天城「わかりました、そうでした、2月23日ですよ、おほほほほ、わかりました!!」

 天城はその足で綾子のところへ行って謝り、やっと冷戦に終止符が打たれるのだった。

 一方、ほとんど会話にも加わらず熟考に熟考を重ねた広大は、結局売ることにして、両手に紐でくくった本を持ち、背中に書籍でパンパンになったリュックを担いだ、まるで終戦直後の買い出し部隊のような格好で出掛けようとしていたが、それを桃子先生に見られ、

 
 桃子「北野先生、どちらに行かれるんですか? あら、本……」
 広大「はい、実は、これ売ろうと思って」

 野暮を承知を突っ込ませてもらうと、一冊4000円以上するような本を20冊も、いや、たとえ10冊であってもリュックに背負って運ぶなどと言うことは、プロレスラーでもない限りまず不可能なのだが、そうすると、ドラマが成立しなくなっちゃうからね。

 
 桃子「ええっ、だって勿体無いじゃない」
 広大「あの、青空の前ではあんなカッコイイこと言っちゃったんですけど、実のところすってんてんなんですよねー、あ、いや、でも、これ売ればかなりいけますから」
 桃子「そんなことしなくたって、私、少しぐらいならなんとかなりますよ」

 涙が出るほどありがたい桃子先生のお言葉であったが、それにホイホイと飛びつくような広大ではなく、

 広大「いえ、あの、青空のことで小糸先生に迷惑は掛けられません。良いんですよ、本はまた買えますから、でも、青空はこのチャンス逃したら、もう二度と合格しないかもしれませんから」
 桃子「でもぉ」
 広大「いえ、あの、ほんとに、だいじょぶですから」

 やせ我慢をして桃子先生の温情を振り切り、青空には内緒にしてくれと頼んでから出発する。

 しかし、後に自分で言ってるように、大学時代、色んなバイトをして世の中のことを知ってる広大にしては、いささか見通しが甘過ぎるように見える。

 古本屋が、その手の本をそんなに高く買ってくれる筈がないことぐらい、想像できそうなものだが……

 そして広大、昨夜から青空……と言うか、8万円のことで頭が一杯で、君子と交わした約束を綺麗に忘れてしまっていた。

 10時前、約束どおり、上下ジーンズ姿の君子ちゃんが通用門にやってきて、

 

 
 寒さを紛らわそうと手を擦り合わせながら、広大が来るのを待っていた。

 広大はまず神田の古本屋に行き、持参した本を店主に見せるが、店主はいかにも興味なさそうにペラペラめくっていた。

 
 広大「あの、いくらぐらいで買ってもらえますか」
 店主「いくらで売りたいの」
 広大「8万円です」
 店主「持って帰ったほうがいいんじゃないの」
 広大「は? じゃあいくらですか、7万? 6万?」
 店主「うーん、これねえ、新しいモンだがね、まあ、3万がいいとこだよ」

 さらに店主は、本のあちこちに赤線が引いてあったり、広大の名前が書いてあったり、煙草の焼け焦げがあったりと、容赦なくマイナス要因を指摘して、最終的には2万円と言う買値を提示する。

 ま、それでも十分良心的な価格であったが、96000円で買ったばかりの広大が納得できる筈もなかった。

 再び通用門。

 10時はとっくに過ぎたが、君子ちゃんはまだ広大が来るのを辛抱強く待っていた。

 
 君子「先生、遅いなぁ」

 
 寒さに震えながら、何度も広大が来る方を見遣る。

 広大、今度は質屋に行くが、そこでも招かれざる客であった。

 店主「困るんですよねえ、こういうものは」
 広大「しかし、これは非常に有意義な本でございまして」
 店主「そりゃそうでしょうけど、私どもとしては自分で売るしかないモンですからねえ」
 広大「あ、いや、そんな、必ず僕が受けだしますから」

 で、店主がそろばんで弾き出した数字は、15000というシビアなものだった。

 広大がなおも粘ってあれこれ交渉していると、後ろでイライラしながら順番を待っていたコート姿の男が喚く。

 
 男「ねえ、ちょっと、早くしてくんないかな、外で彼女が待ってんだよ!!」
 広大「……」

 男にペコペコ頭を下げて前を向き直った広大、

 
 広大「彼女待ってる? おおっ、あ、そうだ!!」

 男の何気ない一言が矢のようにその記憶中枢に突き刺さり、やっと君子との約束を思い出す。

 店主「あ、あ、あ、25000円」
 広大「それどころじゃない!!」

 
 君子「……」

 どれくらい経ったのか不明だが、君子もとうとう諦めて、しょんぼりと帰っていく。

 ……

 え、さっきから似たような画像ばっかり貼ってるような気がするって?

 細かいことを気にするな!!

 広大「平山ーっ、平山ーっ!!」

 広大が息せき切って現れたのは、それからほどなくであった。

 後編に続く。
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Author:zura1980
70~80年代の特撮、80年代のドラマを中心に紹介しています。

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