第19回「これぞ男の生きる道」(1977年2月9日)
冒頭、仕事帰りの忍が、往来で、衆人環視の中、イデ隊員演じるDV男が、水上竜子さん演じる妻だか恋人だかをボコボコにして金をふんだくるのを目撃する。
一度は止めに入ろうとしたが、男の迫力に負けてあっさり引き下がる情けない忍であったが、男が立ち去ったあと、殴られた女を慰め、男のことを悪し様に言うと、
女「うるさいわよっ、私の大事な彼氏なの!!」
忍「えっ?」
女「痛かったぁ、でも痺れちゃうわ~」
女は逆に怒鳴り返すと、うっとりした目つきで男のあとを追いかける。
今だったら、色々と物議をかもしそうな描写である。
忍「ああいうのが今時流行ってんのかねえ? クールだねえ、ようし、俺も今年はあの線で行こう」
忍、あっさり感化されると、行きつけの八重に立ち寄るが、店には「本日休業」の札が下がっていて、店の中は真っ暗だった。
中を覗き込むと、雄二がカウンターに突っ伏して号泣しているではないか。

忍「雄二、どうしたんだよ」
雄二「あたしゃもう駄目だ、手遅れだ」
忍「なにがどうしたんだよ」
雄二「金、金なの忍さん!!」
忍「借金か……それならそれと早く言やいいじゃねえか」
雄二「なんとかしてくれんの?」
ふとっぱらな忍の言葉に、縋るようにその腕を掴む雄二であったが、忍は乱暴に振り払い、

忍「ばぁか、甘ったれるな、俺はな、今年からクールに生きるんだよ。で、借金はいくらなんだ?」
雄二「100万」
忍「ひゃっ100万? 100万も借りたのか」
雄二「いや、借りたのは20万なんだよ。去年の春に仕入れの金に困ってさ……」
忍「20万がどうして100万になるんだよ?」
雄二が面目なさそうに話すには、借りた相手が暴力団だったらしく、いつの間にか80万もの利息がついて合計100万に膨れ上がったとのことで、返せないと店を取られてしまうのだと言う。
忍、すぐ警察に行こうと立ち上がるが、
雄二「だめだめだめ、そんなことしたら殺されちゃうよ」
忍「……」
雄二「ああ、忍さんどうしよう、この店取り上げられたらね、あたしゃもう死ぬしかない。忍さん、助けて~」
忍の体に抱きついてオンオン泣き喚く雄二に、忍は神妙な顔で考え込んでいたが、

忍「俺に任せとけ!!」
雄二「忍さん」
忍の頼もしい言葉に救いの神があらわれたような歓喜の眼差しを注ぐ雄二であったが、

忍「……なぁーんて、言わないモンね、絶対に」
忍、下手したら殺人事件に発展しそうなサイテーの台詞を放つ。
雄二「薄情者!! このぉ」
忍「いてててて……」
が、柔弱な雄二は、忍の腕を思いっきり捻るのが関の山であった。
OP後、下宿に戻ってそのことを荻田夫妻に話している忍。
荻田「うーん」
今回の主役とも言うべき荻田は、腕を組んで唸っていたが、

荻田「任せてもらおう」
不意に、カメラ目線でズバッと言い切る。
忍「えっ」
もと子「あなたっ」
忍も妻のもと子もドキッとするが、

荻田「……と言ってみたいねえ、いっぺんぐらい、ああ、気持ちよかった」
忍「聞いたような台詞だな……」
続けて、忍と同じく、トホホなオチをつけるのだった。
もと子「あーっ、びっくりした、ああ、もう、お父ちゃん、おっちょこちょいだから、また安請け合いするのかと思ってぇ」
荻田「したくたって出来るわけねえだろ、100万もの大金」
本気で心配したように胸を撫で下ろすもと子に、荻田がぶすっとした声で応じる。
忍「人のことだからあまり口出さない方が良いよ、だいたいね、雄二の馬鹿がそそっかしいんだから」
忍、そう言って二階に上がろうとするが、
もと子「加茂さん、あなたも相当そそっかしいわよ」
忍「どうして?」
もと子「とぼけちゃってえ、下宿代、おばあちゃんたちの分二ヶ月溜まっちゃってますよ」
忍「あ、ああ、その話ならいずれまたゆっくり」
逃げようとする忍の前に立ち塞がると、

もと子「ゆっくりじゃ困っちゃうんですよ、うちだって道楽でもって下宿やってるんじゃないの、そりゃ減俸だかなんだか知らないけど、今月はちゃんと払ってもらいますからね」
忍「勿論払いますよ、勿論、月末にはすっきり、クールに行きたいから」
忍は自分の下宿代に加え、綾乃と渚の下宿代も負担しているのだが、目下、仕事上のミスで給料が35パーセントカットになっていて、財政が窮迫しているのである。
翌朝、いつものように遅刻して会社に駆け込んできた忍、宣伝部に友江の姿がないのでホッとして、

忍「どーもね、あの人が部長になってからと言うものはね、俺、朝寝坊出来なくなっちゃったでしょ、参るよなぁ、あの人には……あ、朝子ちゃん、お茶頂戴」
朝子「……」
朝子を相手にべらべら喋っていたが、実は既に友江は出社しており、忍の後ろにしゃがんで何か作業をしていただけなのだった。

忍「どうも、僕はね、ああいう女は、本質的に……」
喋りながら振り向いて、そこに部長の姿を認めた忍は、

忍「好きなんだ……」
白々しく言い繕うが、もう手遅れであった。
友江はひとしきり忍を叱ってから、

友江「加茂さん、あんまりひどいとお給料にも響きますよ。管理者としてほっとく訳には行きませんからね」
厳然と、部長の顔で申し渡す。
忍「そんな、冗談じゃありませんよ、35パーセント減俸された上に、これ以上響いちゃ……」
忍は折り入って相談があるからと言って、友江の腕を掴んで強引に試着室へ連れて行く。
忍は下宿代のことを話し、減俸の取り消しを友江に求めるが、

友江「重役が決裁された減俸処分を私の一存で撤回するわけに行かないわ」
忍「あ、でもありましょうが、そこをなんとか部長のお力で……いや、僕一人ならどうってことないんですけどね、なんせ扶養家族がおりますもので……」
友江「聞いたわ、真紀ちゃんから……あなたもよっぽど物好きな人ね。他人のことでしなくても良い苦労をするんだから」
友江、上役として忍の度外れた人の良さに呆れて見せてから、
友江「そこがあなたのいいとこね、大隅さんが好きになったわけも分かるな」
忍「……」
友江「女ってそういう優しさに弱いからついほろりとしちゃうのよね」
一転、女性目線で忍のことを称賛する。
てっきり処分を取り消してくれるのかと早合点した忍、でれでれと笑み崩れて、
忍「いやぁ、助かりましたよ、なんせ35パーセントの減俸はきついですからねえ……」
友江「慌てないで、撤回するとは言ってないわ」
忍「でも、部長、今、ほろりと……」
友江「それとこれとは話が別、加茂さん、人助けも大いに結構、でもね、その前にまず自分のこと、一番肝心なところが抜けてるわよ、あなた……これ以上の遅刻は許しませんからね」
友江、再び部長の顔になってピシャッと釘を差すと、さっさと職場に戻って行く。
忍「いや、あのねえ、部長……参ったなぁ、もう」
一方、荻田家では、
荻田「かわいそうになぁ、100万か……どうしてるのかなぁ」
もと子「何が?」
荻田「八重の雄二さんだよ」
もと子「はーっ、あんたも極楽トンボねえ」
店番しながら荻田が雄二のことを気にしていると、居間で家計簿を付けていたもと子が呆れたように溜息をつく。

荻田「何が?」
もと子「だってそうでしょう、人の借金よりもうちの台所どうなってると思ってんのよ?」
荻田「台所?」
もと子「あーっ、どうだろう、そんな暢気な顔しちゃって、ちょっと見て頂戴、ほれ、ね、暮れからずーっと赤字なのよ」
荻田「……」
もと子が家計簿を見せて厳しい現実を突きつけると、荻田は物も言わずに引っ込んでしまう。

もと子「上の二人もどーいうつもりだろうねえ……加茂さんにおんぶしてゴーロゴロ……」
よほど腹に据えかねたのだろう、珍しくもと子が大きな声で厭味を言う。
荻田「シーッ、聞こえるよぉ」
もと子「少しは聞こえたほうがいいんですよ!!」
ちょうど階段を下りようとしていた渚は、その声に思わず固まり、何も知らずに降りようとした祖母の綾乃を慌てて引き止める。
綾乃「どうしたのよ?」
渚「……」
渚、無言で下を指差す。
もと子「あーっ、何から何まで値上がりしちゃって……うんとに食べていかれるのかねえ、6人もの家族」
荻田「学生も漫画ばっかり見てちっとも本買わねえしなぁ……」
もと子「どうしようかねー、今月」
荻田家の家計がかなり深刻な状況にあると知った二人は、

綾乃「ご飯よしましょ、今日は……」
渚「うん」
さすがにそんな空気の中、タダ飯を食いに行くほどのあつかましさはなく、自ら食事を辞退するのだった。
もっとも、綾乃はともかく渚は何もしていない訳ではなく、毎日アクセサリー売りをして稼ぎ、たまには食費を入れることもあるのだが、やはりそれくらいでは足りないのだろう。
もと子「しょうがない、定期預金解約しようかしら」
荻田「えっ、定期なんかあったのか?」
もと子「……いけないっ、喋っちゃった」
もと子、思案のあまり、うっかり口を滑らせてしまい、慌てて口を押さえるが、もう手遅れであった。

荻田「この野郎、俺に内緒でへそくってやがったなぁ」
もと子「当たり前でしょ!!」
荻田「なんだよ開き直って」
もと子「一家の主婦ですもの、そりゃ、最後の時にと思ってコツコツ積み立てたのよ」
荻田「何の最後?」
もと子「お父ちゃんの最後よ」
荻田「俺の最後?」
荻田が妻に口を割らせると、それが100万円に達していると分かる。
もと子が座を外した後、そこにあった電卓を叩き、

荻田「一、十、百、千、万、百万……よく、ま、貯めやがったねえ……百万!!」
その額の大きさにしみじみ感心していたが、やがて何か思いついたように叫ぶ。
その閃きが、今度の騒動の原因になるのである。
しかし、一口に100万て言うけど、現在の価値だとどれくらいになるか、良く分からない。
ちなみに綾乃が住んでいた安アパートの家賃が確か
8000円だったな……
さて、渚は綾乃と一緒にいつものアクセサリー売りをしていたが、以前のように飛ぶように売れるほどではない。
なにしろ真冬の道端なので死ぬほど寒く、綾乃はしきりに帰りたがるが、
渚「そんなこと言ってられないよ、下宿代稼いでさ、おっちゃんに渡さないと追い出されちゃうから」
殊勝な心がけの孫娘であったが、
綾乃「あの奥さん、口は悪いけど気持ち優しいんだから、それにお前定期預金があるうちは大丈夫よ」
相変わらず、図々しい心がけの祖母であった。
と、そこへチンドン屋の一団がやってくるが、たまたま彼らがチンドン屋を募集していたので、

渚はさっそくチンドン屋に入れてもらい、国定忠治みたいなコスプレをして賑やかに街を練り歩くのだった。

で、渚の後ろに、ちょっと恥ずかしそうに、ディズニーのキャラみたいな衣装をつけた綾乃がくっついているのが、めっちゃ可愛いのである!!
しかし、渚のおまけとはいえ、綾乃がまともに働いて金を稼いだのは、劇中ではこれが最初で最後のケースではなかったかと思われる。
さて、雄二は店の戸に「当分休業します」と言う貼紙をして、何処かへ行こうとしたが、そこへ荻田が来て声を掛ける。

荻田「聞きましたよ、加茂さんから」
雄二「そうですか、馬鹿を見ました……でも相手はやくざだから仕方がありません」
荻田「諦めるの?」
雄二「いえ、ちょっと金策に言って来ようと思いまして……座ってても金は出来ないし、留守の間に乗っ取られたりしたらかないませんからね」
と、雄二は言うのだが、だったら店を閉めて何処かへ行くのは、それこそまずいのでは?
雄二はマフラーで顔を隠すようにして歩き出すが、
荻田「雄二さん……」
荻田、雄二を呼び止めると、何か意味ありげな目付きで招き猫のように雄二を手招きする。
夕方、あんなことを言ったがやはり気になるのか、雄二のことが心配で、仕事が手に付かない忍。
ちなみにこの辺も隔世の感があるが、忍の勤めるプリンセス下着では、基本的に残業などと言うものは発生せず、定時の5時になるや否や、社員たちはマッハの速度で帰っていき、上司もそれに嫌な顔をしないという、夢のような職場なのである。
ま、その代わり、当時はまだ週休二日制ではなく、土曜日も午前中まで仕事なんだけどね。
忍、寒風に吹かれながら下宿に戻ってくると、もと子が荻田をなじり倒していた。

もと子「血の出る思いで貯めた100万円よ、落っことしたで済むと思ってんの?」
忍「どうしたんだ?」
もと子「ね、どうせそのへんのろくでもない女にくれてやったんでしょ?」
荻田「バカ言うなよ、女なんかいる訳ねえだろ」
もと子「じゃどうしたの?」
荻田「どうしたのって、落っことしたんだよぉ」
そう、荻田が、虎の子の定期預金100万を引き出して、それを途中で落としてしまったというのだ。
もと子は荻田が女に貢いだのだと決め付け、ありったけの罵詈雑言を並べて夫を責める。
忍が仲裁しようとするが、

もと子「でしゃばり!! 元をただせばあんたのせいでこうなったのよ!!」
もと子の怒りの矛先は忍にも向けられる。
忍「俺のせい?」
もと子「そうよー、下宿代ちゃんと払ってくれりゃ、大切な虎の子なんか見せやしなかったのよ、ねー、一体何処の女にくれちまったのよ?」
二人は盛大な夫婦喧嘩をやらかした挙句、とうとう荻田は家から叩き出され、忍もとばっちりを食って、一緒に追い出される羽目となる。
ところ変わって、友江と真紀のマンション。

真紀「おいしいー、あちちち」
友江「寒いときにはこういうものが一番ね」
真紀「友江姉さんて、日本料理もすごいのね」
友江「お鍋なんて簡単、誰にだって出来るわよ」
真紀「でもね、ほんとの姉貴がいたときよりもよっぽど家庭的よ」
湯豆腐を肴に差しつ差されつ飲んでいた友江だったが、
友江「あなた、あの古本屋知ってるわね」
真紀「古本屋って加茂さんとこ? 知ってるよ。なに?」
友江「うん、ちょっとね……」

真紀「加茂さんなら明日会えるじゃない、会社で」
友江「ううん、直接じゃないほうがいいの」
真紀「どういうこと」
友江「ねえ真紀ちゃん、明日の朝学校へ行く前に寄ってくれる?」
真紀「加茂さんとこ? いいけど、なに?」
友江「ちょっとね……」
よほど頼みにくいことなのか、友江は言葉を濁してばかりいた。
ホームレスとなった忍と荻田は、金もないので公園のシーソーに座って、震えながらタバコを吹かしていた。

忍「気になるなぁ、100万円落としたなんて……おじさん、ほんとに落っことしたの?」
荻田「落としたよう」
忍「それにしちゃいやに落ち着いてるじゃないの、警察にも届け出さないしさ……しかしねえ、100万円ったら大金だよ、雄二だってその為にね首をくくらなきゃいけない羽目に……」
何気なく雄二のことを持ち出した忍、その瞬間、稲妻のように真相がひらめく。

忍「おじさん、もしかしたら雄二に?」
荻田「なっ、なにっ、俺が? そ、そんな……」
忍「そうだね? そうだね? そうに違いないね!!」
荻田「……」
忍「そうだったのか」
そう、まさにドラマならではの展開だが、荻田はおろした100万をそっくり雄二に渡してしまったのである。
しかし、余裕があるならともかく、下手すりゃ一家心中でもしなきゃいけないような財政事情にありながら、特に大恩があるわけでもない雄二のためにそれをポンと差し出すというのは、いくらホームドラマと言っても、いささか不自然ではある。
忍、だったらそのことをもと子に話せば良いのにと言うが、
荻田「加茂さん、あんた若いね、まだ」
忍「え」
荻田「お金と言うのは一旦貸したらね、返って来るとは限らないの」
荻田、万が一金が戻ってこなくても、自分ひとりで泥を被れば雄二を傷付けずに済む、だからもと子にも言わなかったのだと告げる。
荻田「男にゃね、口が裂けたって言っちゃいけないことがあるのさ」
忍「えらい!!」 荻田「おーびっくりした」
忍「さすが江戸っ子だよ、おじさん」
荻田「そうだよ、そんなに力んで言わなくたってね、こらぁね、男にしか分からない、女子供には分からないことなの、男の意気地(いきじ)ってものなの」
忍「しかしおじさん、尊敬しちゃうなぁ」
今年はクールに行こうと決めていた忍、まさにそのお手本のような荻田の侠気を目の当たりにして感激し、ちょうどそこへ来た屋台のおでんに荻田を連れて行き、自分のおごりでじゃんじゃん飲ませるのだった。
で、二人ともべろんべろんに酔っ払って榎本のアパートに雪崩れ込み、そのまま一夜を明かすのだった。
翌朝、怒りに任せて追い出したものの、やはり亭主のことが心配でしょうがないもと子であったが、そこへ朝早くから客が来る。
友江に頼まれてきた真紀であった。
妙子は何度か来たことがあるが、真紀ともと子は初対面であった。

真紀「こんにちは、あのー、加茂さんいらっしゃいます?」
もと子「あー、加茂さん? えー、あのー、昨晩からあの外泊……」
真紀「え?」
もと子「あなた、会社の方?」
真紀「いえ、ちょっとお使いに来たんです。本が一杯ありますね」
もと子「ええ、本屋ですから」
真紀「はぁ、やっぱしね……10万円持ってきたんですけど!!」
もと子「ええっ?」
初対面と言うことで話が弾まず、露骨に気まずそうな顔をしていた真紀だったが、やがて思い切ったように用件を口にする。
忍は、榎本のアパートから直接会社に向かい、またしても遅刻してしまう。
友江にバレないよう、こっそり自分の席に着くが、無論、その鼻っ柱の強さと抜け目のなさで「巴御前」の異名を取る友江はお見通しで、背中を向けたまま、
友江「加茂さん」
忍「は、はいっ……あの、なんでしょうか」
友江「今朝も都電?」
忍「いえ、あの、きょ、今日はあの、バスでした。エノのうち、いや、エノと一緒に……エノはですね、あの、外回りに行きました。それであの遅刻しました」
しどろもどろに言い訳する忍に、友江はくるっと椅子を回すと、

友江「なんだか支離滅裂ね。それにひどい顔」
忍「は?」
友江「よれよれのワイシャツ、曲がったネクタイ、むくんだ顔、外泊でもしたの?」
忍「いえ、外泊なんかとんでもない、僕は外泊なんかしてませんよ、あの、あの、バスで混んでましてね」
友江「顔を洗ってらっしゃい」
友江が、だらしない生徒を叱るうら若き女教師のようにガミガミ叱り付けていると、背後のドアから、例の格好をした渚がずかずか入ってきて、

渚「おっちゃん!!」
忍「……」

渚「いやさ、おっちゃん!!」
長い楊枝を咥え、芝居みたいな甲高い声を張り上げる渚に、

彼女の奇行には慣れている忍も、思わず目玉をひん剥いて言葉を失う。
渚、フッと楊枝を飛ばすと、

渚「おっちゃん、昨日何処泊まってたのー?」
忍「い、いや、別に何処も泊まってないよ。なんだよ、この格好は?」
渚「働いてんだよ、昨日から、下宿代おっちゃんに払わせちゃかわいそうだって……」
忍「ああ、そう、そう、そ、そ、そ、さ、分かった、分かった、さあ行こう行こう行こう、さぁさ、病院行って早く病院帰ろう、いやぁ、榎本の親戚なんだよ」
この上ないほど焦った忍、渚を病人扱いしつつ、急いで部屋から連れ出す。
ちなみに渚、一度ここに遊びに来たことがあるのだが、衣装が全然違うので、由利たちも気付いていないようであった。

忍「お前、なんだよ、こんな朝っぱらから?」
渚「そんなおっかない顔しないでよ、良い知らせ持ってきたんだからさ」
忍「良い知らせ?」
渚「うん、下宿代貰ったから帰ってもいいって」
忍「下宿代貰ったって、誰に?」
渚「知らない、おばちゃんがね、おっちゃんにそう言えって」
忍「わかんねえな」
渚の要領を得ない説明に、首を傾げるばかりの忍であった。
後編に続く。
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