第21話「破れかぶれで30だァ!!」(1977年2月23日)
冒頭、朝寝坊した忍が大急ぎで着替えて下に降りてくる。

綾乃「お目覚めですか」
忍「何がお目覚めですかだよ、自分だけ食やいいとおもって、ちょっとぐらい声掛けてくれたっていいだろう」
自分を放置して、のんきに朝食を取っていた扶養家族に当り散らす忍。
しかも、慌てて背広の袖に腕を通そうとして、袖の裏地が豪快に破れてしまう。
まさに踏んだり蹴ったりであった。
忍はもと子に繕ってもらおうとするが、面倒臭がってやってくれない。
仕方なくバサマに頼むが、
綾乃「出掛けに針使うと、恥掻くってね、昔から」
もと子「そうそう」
忍「いつも恥掻いてるじゃねえか」
頼みの綱の渚は、いっそのことハサミで切れば? などと言う始末。
朝からすっかり機嫌を悪くした忍は、裁縫くらいできないと嫁の貰い手がないぞと渚にイヤミを言い、破れた袖のまま家を飛び出す。
渚「おっちゃん」
忍「うるせえっ、くだらねえネックレスばっか作ってんじゃねえよ!!」
渚「……」
行き掛けの駄賃とばかり、渚の商売にまでケチをつける忍であった。
それでもなんとか友江より先に会社に着いた忍、早速女の子の誰かに繕ってもらおうとするが、由利は裁縫道具は持っていたものの、こちらも針仕事は苦手なようで、
由利「えーっ、私がやるの?」
忍「当たり前じゃないか、男の俺がやる訳行かないだろ」
由利「これ凄いボロねえ、これ切って取っちゃおっか」
忍「おい、よせよ、冗談じゃないよ」
渚と同じようなことを言い出したので、慌てて取り戻す忍であった。

忍「いいよ、自分でやるよ」
榎本「ねえねえ、先輩、花の独身でしょ、スーツの一着や二着買いなよ」
忍「なんだ、エノ、お前まで俺をからかう気か」
榎本「ああ、いいや、俺のお古一着上げるよ」
忍「いや、結構です、これ以上、お前に迷惑掛けたくない」
いつになくストイックに榎本の申し出を断り、慣れない針仕事に励む忍であったが、

そのとき、何者かの手が伸び、スーツを掴む。

無論、南條友江であった。
友江「貸してご覧なさい」
友江は忍の手から服と針とを取り上げると、忍の前の席について手馴れた様子で縫い始める。
忍「へーっ、仕事だけじゃなく、こういうこともおやりになるんですねえ」
忍は心底感心したように、その繊細な手付きを食い入るように見詰める。
他の社員たちもぞろぞろ集まってきて、

信子「部長、お上手ですね」
由利「しかもぎっちょで」
お世辞抜きでその器用さを称賛するが、
忍「人の上に立つということは常にこういうことなの、君たちも勉強しなさい!!」
エラソーに忍に一喝されて、渋い顔になるのだった。

外野の声は無視して、一心に針を動かしている友江。

その、オフィスでは見せたことのないような穏やかで母性的な美貌を、とんと、友江の夫のような顔つきでうっとり鑑賞する忍であったが、
友江「何じろじろ見てるの、上着がなくても仕事は出来るでしょ!! さ、早く」
不意に飛んできた鋭い叱声に、たちまち我に返り、

忍「どうしてこう、ころころころころ変わるのかねえ」
友江「10分遅刻!!」
忍「はいっ!!」
硬軟自在の友江に鼻面を引き回される忍なのだった。
OP後、渚がヤケになったように、せっかく作ったネックレスを自分の手でバラバラに壊している。
出掛けに忍に言われたことがそれほどこたえているのである。
そこへ綾乃が来て、
綾乃「何してんの、せっかく作ったのに……」
渚「だってさぁ、おっちゃんがくだらないもんばっか作ってないで女の子らしくしろって言ったじゃないか。ねえ、おばあちゃん、女の子らしいことってどうすればいいの? お裁縫の他に何がある?」
綾乃「そりゃ色々ありますよ、お茶だとかお花だとか、お料理もそうだし」
渚「おばあちゃんもやったの」
綾乃「ええ、おばあちゃんもやったのよ、お茶は裏千家で、お花は池坊で、お料理は中条流って言うの」
渚「ふーん、でも、ピーちゃん、やってんの見たことないよね」
例によって綾乃が口から出任せを言うが、さすがに説得力がなく、孫にまで疑惑の目を注がれる。
綾乃はめげずに、若い頃はたくさん弟子を取っていたと、嬉しそうに話す。
素直な渚はそれを真に受け、

渚「えらいんだね、私なんか何も出来ないもんな、だからおっちゃんに好きになってもらえないんだよね」
綾乃「そりゃ、お前のせいじゃないよ、習わせなかった親が悪いんだ、全くあの嫁と来たら、一人娘の教育も出来ないんですからねえ」
いつものように、嫁、すなわち、渚の死んだ母親をけなす綾乃であったが、渚に何か教えてくれと言われると、たちまち困った顔になる。
渚「だって先生だろ」
綾乃「そりゃまーそうですけど」
渚「私なんかさー、女の子らしいことちゃーんと習っておっちゃんのお嫁さんになりたいんだもん」

綾乃「……」
いじらしいことを言う孫の顔を、なんとも言えない切なそうな目で見遣る綾乃。
いつも嘘ばっかり言ってる綾乃だが、渚の幸せを願う気持ちだけは本物なのである。
一方、会社では、友江と榎本との間でちょっとした悶着が起きていた。
無論、仕事に関することで、友江が企画した宣伝プランの見積もりを、榎本が最初から無理だと決め付けて引き受けようとしないのだ。
榎本「数字だけ並べたってしょうがないでしょう、金が出なければ」
友江「出るか出ないか、明日の予算会議でぶつけてみなければ分からないわ」

榎本「ぶつけたって同じですよ、僕たちはね、昨年も一昨年も宣伝費をもっと寄越せってやったんでず、でも、ダメでした」
榎本は自分の経験に照らして、そんな予算が下りる筈がないと断言するが、
友江「それはあなたたちの力が足りなかったからよ」
榎本「なんですって」
友江「それとも企画の中身がお粗末だったからかしら?」
榎本「部長!!」
友江にズバリと指摘され、ますます険悪な顔つきになる。
このように、歯に衣着せぬ物言いが友江の長所でもあり、同時に短所でもあるのだ。
友江がもう少し下手に出れば、榎本も渋々引き受けたかもしれないが、そこまで言われては男が廃るとばかり、
友江「部長の命令が聞けないって言うの」
榎本「聞けませんね、そんなバカバカしい命令は……どうしてもやりたければご自分ひとりでどうぞ……僕は辞退します」
きっぱり断ると、書類をそばにいた忍に押し付けて憤然と部屋を出て行く。

友江「意気地なしね、男の癖に」
忍「あ、ああ、イイ奴なんですけどね」
友江「加茂さん、あなたがして頂戴」
忍「僕がやるんですか」
友江「そう、男でしょ。榎本さんの代わりにそれやって頂戴」
と言う訳で、ひょんなことから忍がその仕事を担当することになる。
しかし、このシーンの榎本、いささか大人気ないし、それに、着任してすぐ、経理にかけあって宣伝予算を2倍にして貰うと言う離れ業を演じている友江の言うことだから、それほど非現実的な予算案ではないと思うんだよね。
結果的に、友江の出した額の10倍の予算が認められてしまったのだから、友江の当初の企画が通る可能性は十分あったと思われ、榎本がそれを頭から無理だと決め付けるのは不自然に感じられたが、まあ、そうしないと忍にお鉢が回ってこないので、多分にストーリー上の都合と言う奴だろう。
再び荻田家。
もと子が光政のセーターを編んでいるのを見た綾乃は、
綾乃「まあ、ご器用でらっしゃる。難しいんでございましょう」
もと子「いいえ、これはね、一番易しい編み方なんですよ」
綾乃「じゃあ、渚にも覚えられるかしら」
もと子「ええ、まあねえ……」
などとやってると、店に顔見知りの駐在がやってくる。

荻田「もと子、カメさんだ、カメさんだ」
綾乃(駐在? お巡りさんだ)
警官が来たと知って、慌てて物陰に隠れる綾乃。
おそらく、忍も知らない「心当たり」がたっぷりあるのだろう。
にしても、仮にもホームドラマの登場人物が、警察が来たら身を隠すって、ありえない設定だよね。

荻田「なんかあったんですか」
警官「いやいや、これ、いつもやってる居住者調べです。一回りしてきますから書き込んどいてください」
それを聞いた途端、ホッと安堵の溜息をつく綾乃だった。

綾乃「居住者調べですの」
荻田「忘れないうちに書いとくか、氏名、生年月日な……うちのはいいとして、あ、加茂さんの生年月日分かるか?」
もと子「さあ、加茂さんのはわかんないねえ」
荻田「分かんなきゃ会社に電話して聞けよ」
綾乃「私、明治42年だから……サル、いや、トリになります」
夫婦の会話に混じって、これは樹木さんのアドリブだろうか、聞かされもしないのに自分の生年月日を教えようとする綾乃が爆笑モノなのである。
ちなみに第1話か第2話で、入院した綾乃のカルテにも生年月日が書いてあったが、あっちは確か大正生まれとなっていて、一致しない。
まあ、先天性の嘘つきである綾乃らしいと言えば言えるが。
それはともかく、もと子が何かの書類を見て確かめると、忍の生まれたのが昭和22年の2月22日だと分かり、
荻田「明日じゃないか」
もと子「明日? あら、明日、加茂さん誕生日!!」
しかもそれがすぐ明日のことだったので、思わず素っ頓狂な声を上げるもと子であった。
まあ、これは2月23日と言う放送日に合わせて設定されたものなんだけどね。
綾乃「おいくつになられますの、加茂さん」
荻田「22年て言うからちょうどだろう」
綾乃「ちょうど? 20ですの?」
荻田「30だろー、30」
もと子「でも早いもんですよね、もうついこないだまでね、学校が卒業できるかできないかなんて、あの人ドキドキしてたんですよ」
ちなみに、もと子の台詞から、忍が思ったより長くこの家に下宿していることが分かる。
大学に入った頃から下宿しているとすれば、12年になり、彼らがほとんど家族同然の間柄なのも頷ける。
荻田「もうそろそろ身を固めなくちゃいけねえな、加茂さんも」
綾乃「固めるんですの?」
荻田「そうよ、30過ぎたら後は早いからね」
綾乃「急がなくちゃいけませんわね」
綾乃は荻田の言葉に触発されたように、急にそわそわしだして、

綾乃「奥様、おそれいりますけどそのセーター、編み物、渚に教えてやってくださいますか」
もと子「ええ、いいですよ」
綾乃「明日までにセーター編まないとね」
もと子「明日まで? あのね、どんな上手な人でもね、一日や二日でセーターなんて編めるモンじゃないんですよ」
綾乃「あ、セーター駄目でしたら、靴下でも……あ、腹巻に致します。渚、渚!!」
綾乃、二階にいる渚を大声で呼びつけるが、実際に渚がもと子から編み物を習うシーンは出て来ない。
プリンセス下着では、例によって、夕方の5時になると社員はいそいそと帰っていく。
当然ながら、明日が予算会議と言う正念場を迎える友江と忍は居残っていたが、元来が怠け者の忍は、帰り際の榎本にふぐちりに誘われてたちまち心が揺れ動く。
それを見ていた友江は自分から「いいわよ、帰っても」と声を掛ける。
忍「ほんとですか? 部長はお帰りにならないんですか」
友江「帰れるわけないでしょう、予算会議は明日なのよ」
忍「そいじゃ僕も……」
友江「無理しなくても良いわ、約束だったんでしょ」
忍「ええ、まあ……そいじゃあ」
友江のありがたいお言葉に深々と頭を下げる忍であったが、
友江「その代わり、うちで帰ってやってきて頂戴」
忍「ええ……ええっ?」
友江の一言に思わず相手の顔を二度見するのだった。
しかし、そんな驚くことかいなと、普段、いかに忍が気楽なサラリーマン生活を送っているか、良く分かるシーンである。
元々コピーライター担当の忍は、そもそもこの手の仕事には弱く、

忍「たとえば、この経費が全然わかんないんだ。な、0が8つだろ」
榎本「億に決まってるじゃない」
忍「そうなんだよ、それをずーっと合計していくとね、275円になっちゃうんだよ」
榎本「先輩、いい加減にしてよ、こんなときにこんなもの広げないで下さいよ」
榎本と飲んでいるあいだも書類を広げて、手品みたいな計算をしてみせて、榎本に文句を言われる始末だった。
榎本、よほど今回のことが頭に来たのか、その席で、明日は休暇を取るとまで言って、事前に二人への協力を拒む姿勢を見せる。
忍が帰宅して二階に上がってくると、綾乃が自分の部屋からいそいそと出てきて

綾乃「お帰りなさいまし、お待ちしてましたのよ」
忍「気持ちわりぃな、そばに寄るなよ」
綾乃は折り入って話があると言って忍と一緒に部屋に入る。
綾乃「そろそろね、身を固めて頂きたいと思いまして」
忍「なんだよ、いきなり」
綾乃「いきなりじゃございませんのよ、だってもう30でございましょう」
忍「まだ29だよ」

綾乃「今日一杯ね、12時まで……あと2時間と、ちょっ!!」
綾乃、親指と人差し指で、忍の20代最後の2時間を物凄い顔で捻り潰して見せる。
忍も、仕事に追われてすっかりそのことを忘れていたようで、思わず目を見開く。
忍「えっ、それじゃあ、明日22日か」

綾乃「そうですとも、明日30の誕生日」
忍「ああ、明日22日か、とうとう30だなぁ」
綾乃「どうですか、ご感想は」
忍「ええ、まあねえ、はたち代だ、はたち代だと思ってたらあっという間に30だね、早いもんだね」
綾乃「これからもっともっと早いですよー、40、50はあっという間に過ぎてもうすぐ60、70のジジイ」
忍「いやなこと言うなよ」
綾乃「ジジイは汚い」 バネのおもちゃをマイクに見立てて、テレビレポーターのようにインタビューしながら、たぶん、アドリブだと思うが、言いたい放題のことを言って忍を不安にさせる綾乃。
シリーズでも屈指の爆笑シーンである。
忍「そう、いきなり年を飛ばすな」
綾乃「ですからね、急いで身を固めないと」
忍「まあな、俺の友達もみんな良いおとっつぁんだもんな。いつまでもバカなことやってられないよなぁ」
綾乃「私もねえ、はたと思い当たりましてね、あなた、それで渚にも色々お稽古事をやらせようと思いましてね」
忍「えっ」
忍が冷静に我が身を顧みてしみじみとつぶやくと、綾乃がすかさずその肩を叩き、隣室から渚を連れてくる。
もと子から手ほどきを受けたのか、早くも渚は赤い毛糸で何かを熱心に編んでいた。

綾乃「ま、器用でございましょう」
渚「おっちゃん、なんか編んだげよっか。なにがいい?」
忍「いや、結構、俺は着るもんには不自由してねえんだよ」
冒頭のシーンを思い浮かべると、ぜんっぜん説得力がない言葉で謝絶するが、
渚「人の好意は素直に受ける取るもんよ」
忍「ああ、そうかいそうかい、それじゃね、マフラーでも編んでもらうかね、来年の誕生日までにね」
渚「来年でいいの?」
忍「そう、来年で良いよ、それまでずーっと編み続けてな、そしたらね、長ーいマフラーが出来るからね」
渚「長いのが良いのか」
重ねて問われた忍は、面倒臭くなったのか、どう聞いてもふざけてるとしか思えないテキトーな注文をするが、無邪気な渚はそれを真に受ける。
忍、友江に直してもらったスーツ(註1)をタンスに戻し、いつものドテラを引っ掛けると、机の前に戻り、
忍「ま、とにかくね、お前たち、向こうへ行ってくれよ、俺は今日仕事があるんだから」
綾乃「でも、まだ、肝心なお話が……」
忍「俺は仕事があるって言ってんだろっ!!」 なおもあれこれ話し掛ける綾乃に対し、ついに忍が苛立ちを爆発させる。
綾乃は渚に耳打ちして隣の部屋へ避難するが、

渚「おっちゃん、欲求不満だね」
忍「この野郎!!」
綾乃に入れ知恵されたのだろう、渚が悪戯っぽい顔で言うと、忍はカッとなって書類で渚を叩こうとするが、

綾乃「はいっ」
渚はうさぎのように四つん這いになって素早く隣室へ向かい、それにあわせて、綾乃が襖を開けて渚を助ける。
渚のデニムのオーバーオール、ぶかぶかで下半身のラインが全く見えないのが難だが、そこに僅かな可能性を見出して尻画像を追い求めるのが、尻フェチ系キャブ職人たる管理人の使命なのである。
忍「チームワークが取れてることぉ……欲求不満かも知れねえな、俺」
註1……考えたら、渚が忍の破れた袖のことを気にしないのは変だよね。そんなに女らしいことがしたいのなら、まずその袖を縫い直そうとするのが普通だからね。
後編に続く。
- 関連記事
-
スポンサーサイト