「ミイラの花嫁」は、TBSの「ザ・サスペンス」枠で1983年8月13日に放送された、「名探偵 金田一耕助の傑作推理」、いわゆる「名探偵・金田一耕助シリーズ」の第2弾である。
原作は、昭和13年に発表された短編「木乃伊の花嫁」である。
ただし、戦前の作品なので、当然金田一は登場せず、代わりに由利麟太郎が探偵役を務めている。
東京は本郷の、閑静な住宅地。

とある一軒家の門の横に、そこに金田一が事務所を構えていることを示す看板が、持ち主の表札に遠慮することなく、堂々と掲げられている。
そう、金田一、他人の家に下宿して、そこを事務所代わりに使っているのだ。
自分の部屋で、何か一心に書き物をしている金田一であったが、

金田一「さてと、残りはあと10ページか、このバイトを片付けりゃ、なんとか今月も凌げるってもんだよ」
その台詞で、金田一が生活のために、翻訳か何かのアルバイトをしていることが分かる。
ま、いかにも生活臭豊かな古谷金田一らしい台詞だが、あんまり金田一の口から「バイト」などと言う軽薄な言葉は聞きたくないなぁ。
金田一が、目下常食にしているソーメンを茹でていると、
カヨ「金田一さん、金田一さん、電話ですよ」
階下から、可愛らしい女の子の声が呼ぶ。
金田一、階段を下りるが、途中で足を滑らして廊下に尻餅を突いてしまう。
金田一「階段にロウなんか塗るな、ババア」
金田一が悪態をついていると、

おかみ「ババアですか」
金田一「いたんですか……」
おかみ「いましたよ」
カヨと言う小さな娘と一緒に、下宿先の主婦がニヤニヤしながら顔を覗かせる。
しかし、まあ、今更だが、原作の金田一は「ババア」なんて、間違っても口にしないよね。
電話の相手は、「横溝正史シリーズ」のオリジナルキャラ、日和警部であった。
と言っても、演じるのは長門勇さんではなく、

日和「いやぁ、さすが名探偵・金田一耕助先生ですな、はっはっはっはっ」
このシリーズでは常連のハナ肇さんであった。
日和警部、別に何か差し迫った用事があったわけではなく、
日和「いや、私のほうはね、質屋の老夫婦殺しを解決しましてな、吉本課長はじめ、みんなでウナギの蒲焼で祝勝会やっとるとこですわ」
単に、自慢がしたくて電話して来たらしい。
しかし、この作品では京都府警に所属している筈なのに、そんなことでわざわざ長距離電話なんか掛けてくるかなぁ?
金田一「ウナギの蒲焼ですか……」
電話越しに聞こえるウナギの焼ける香ばしそうな音に、思わず声を潜める金田一であった。
日和が、得々と自分の手柄話を語るのを、適当に聞き流していた金田一だったが、電話が切れた後、自分がソーメンを茹でていたことを思い出し、慌てて2階に上がるが、既に手遅れであった。
金田一「ったく、余計な電話を……」
カヨ「金田一さん、小包よ」
金田一「ありがとう、カヨちゃん」
と、さっきの女の子が今度は小包を持ってきてくれる。
金田一「誰からかねえ」
カヨ「誰から?」
金田一、すっかりカヨを手なずけているようで、カヨは金田一の傍らにペタンと座って、開封作業を見守る。
小包は京都から発送されたものだったが、差出人の名前はなく、結婚式の招待状が入っていた。
それも、全く知らない人間の結婚式であった。
荷物の中には、もうひとつ、花嫁姿の粗末な紙人形が収められており、金田一はその場でカヨにプレゼントしようとするが、カヨは怖がって受け取らない。
金田一「どうして?」
カヨ「だってミイラの花嫁さんみたいなんだもの」
カヨはそう言って、部屋を出て行く。
言われてみれば、その顔は目も鼻も口もないのっぺらぼうで、おまけに濃い緑色に塗られていて、確かに不気味であった。
金田一「チッ、こぉんなもの送ってきやがって……」
金田一、舌打ちして人形を放り投げ、

その紙人形の上にタイトルが表示される。
続いて、夜汽車に揺られて京都に向かっている金田一の姿。
招待状だけなら何かの間違いだと無視したかもしれないが、同封されていた「ミイラの花嫁」から、何か不吉な予感を感じ取ったのだろう。
ただ、金がなくてピーピーしている身でありながら、はっきりと依頼を受けた訳でもないのに、その日のうちに汽車に乗り込んでいると言うのは、いささか不自然である。
祝儀も用意しておかなきゃダメだろうし……
なので、どうせなら、宿のおかみさんに金を借りるシーンを入れて欲しかったな、と。
さて、翌朝、金田一が駅からぶらぶら歩いて目的地に向かっていると、

目の前に、白いセーターを着た、髪の長い若い女が立ち、金田一に一礼する。
だが、何を思ったか、急に身を翻して走り去ってしまう。
金田一は知る由もなかったが、後述する緒方大介の妹・八重子である。
もっとも、原作には登場しない、ドラマのオリジナルキャラである。
演じるのは松岡明美さん。
さて、原作では鮎沢慎一郎は、東京の大学の医学部教授と言う設定だが、ドラマでは京都の鮎沢織物という、繊維会社の社長となっている。
その、本陣風の立派な屋敷に、正装した招待客が続々と訪れていたが、花嫁衣裳の支度をしていた朝吹佐和子と言う女性が、クシやかんざしなど、花嫁の頭飾りがすべて折られていることに気付き、鮎沢に告げる。
これは原作にもあるシーンである。

そして花嫁である京子、つまり、鮎沢の娘を演じるのは、根本律子さん。
ちなみにドラマでは、相手の鷲尾と言う青年が、鮎沢家に養子縁組することになっている。
やがて金田一も到着し、

両家の親族たちの好奇に満ちた視線を浴びながら、庭先でモーニングに着替えるのだった。
しかし、ごく普通に着替えているのでさほど違和感はないが、やっぱり金田一には紋付袴で決めて欲しかった。
金田一「これでよし!! いっけねえ、靴下忘れたよ」
もっとも、慣れない洋装で、肝心なところが抜けているあたりはいかにも金田一らしい。
そこへ、鮎沢が、鷲尾(三ツ木清隆)を連れてあらわれ、親族たちに声を掛ける。
その機を捉えて、
金田一「あの、恐れ入ります、靴下……あ、金田一耕助です、このたびはどうも、お招きに預かりまして」
金田一が丁寧に挨拶するが、
鮎沢「金田一耕助はん?」
金田一「はい、東京で私立探偵やっております金田一、靴下を忘れまして」
鮎沢「金田一はんねえ、なんぞの間違いと違いまっしゃろかな、いや、失礼ですけどね、私はあんさんをお招きした覚えはありまへんなぁ」
金田一「ええっ、しかし、私、ちゃんと招待状を……」
思わぬ事態に金田一、慌てて招待状を見せるが、それは真っ赤なニセモノだった。

鮎沢「だぁれが、またこんな悪戯を……」
金田一「悪戯ですか……私も妙だと思ったんですがね。参りましたな、こりゃ」
バツが悪そうに封筒で小鬢を掻く金田一。
ついでに、あの紙人形を鮎沢に見せるが、

鷲尾「社長、実は僕のところにも……」
それに敏感に反応したのは、鮎沢ではなく、そばにいた鷲尾であった。
鷲尾が懐から取り出した紙人形は、金田一の持参したものと全く同じものだった。
鷲尾はいかにも不安そうだったが、鮎沢は一笑に付し、
鮎沢「あんさんも場所柄を弁えてもらいたいモンですな、早々にお引取り願いまひょうか」
金田一「はい、わかっております」
と、にべもなく金田一を追い返すのだが、いくら間違いとは言え、東京から遥々駆けつけた人間に対し、大会社の社長にしてはいささか襟度が小さいようにも思える。

その後、金屏風の前に並んだ花婿・花嫁が、三々九度の杯を交わすという、定番のシーンとなる。
しかし、冷静に考えると、このシーン自体、なんか変なんだよね。
京子は元々緒方と言う男と恋仲だったのだが、父親に無理やり引き裂かれ、代わりに鷲尾と結婚させられることになったのだが、京子が唯々諾々とそれに従っているというのが、どうにも解せないのである。
この時点では、緒方の生死も不明なのだし……
もっとも、一応、京子の盃を持つ手がふるえ、瞳が異様な光を帯びていることから、まだ踏ん切りがついていない様子が窺えるんだけどね。
ちなみに原作では、京子、緒方、鷲尾の三角関係の末、京子自身が鷲尾を選んだことになっている。
だが、結局京子が盃に口をつけることはなかった。

何故なら、京子が口に運ぼうとしたその時、真っ赤な血が盃の中に落ちたからである!!

京子「!!」
驚きに張り裂けんばかりに目を見開き、「なんじゃこりゃああああーっ!!」状態になる京子。
しかも血は一箇所だけでなく、

京子「あ゛あ゛あ゛ーっ!!」
複数の場所から幾筋も垂れ落ちてきて、京子の白無垢を無残に汚す。
京子は半狂乱となり、列席者もパニック状態となり、婚礼の厳かな雰囲気は、跡形もなく吹っ飛んでしまう。
ちょうど帰りかけていた金田一も急いで取って返すが、金田一より先に天井裏に上がったのが、鮎沢の腹心・栗田と言う男だった。
少し遅れて金田一も天井裏に上がるが、

京子の座っていた場所あたりに、顔を包帯でグルグル巻きにした男が、梁に覆い被さるようにして倒れていた。
軍手を嵌めた手には短刀が握られ、その辺りは文字通り血の海となっていた。
男は既に事切れていた。

日和「天井裏か……おい」
ほどなく、日和警部が部下を引き連れてやってくる。
日和警部の部下・草野刑事を演じるのは、下塚誠さん。
天井から金田一がひょっこり顔を出したのでびっくりする日和だったが、話は後にして、金田一と入れ替わりに自ら天井裏に上がる。

金田一、ふと、柱の陰に隠れるようにして、さっきの若い女性がこちらを見詰めているのに気付く。
なんか、このカットだけ見ると、市川崑の金田一映画みたいである。
女性は金田一の視線に気付くと、またもや脱兎のごとく走り去ってしまう。
その後、金田一が応接室でいつもの逆立ちをしていると、日和が入ってくる。

金田一「日和さん、死体の検証は済みました?」
日和「ああ、司法解剖に回しました。しかし世の中には変わったやつがいるモンですなぁ、めでたい結婚式場で、それも、花婿・花嫁の真上で、頚動脈を切って自殺するなんてのは」
金田一「まだ自殺かどうか……」
金田一はひとまず帰ろうとするが、日和に引き止められているうちに、鮎沢たちの事情聴取に付き合わされることになる。
日和「京都府警の日和です、お話を伺わせていただけませんか?」
鮎沢「緒方です」
ショックのあまり、茫然としていた鮎沢であったが、日和の問い掛けに、喉から搾り出すように答える。
言い忘れていたが、鮎沢を演じるのはATGの「本陣殺人事件」にも出ていた田村高廣さん。
ちなみに京都府出身なので、京都弁もお手の物である。
鮎沢「あんなことをする奴は、緒方以外に考えられん」
日和「緒方と言いますと?」
鮎沢「つい一月前まで、私の書生をやっとった男だ。緒方大介ちゅうてね。そいつが私と京子を恨んで……娘の晴れの日を血で汚しおって……なんちゅうことを」
しかし、戦前の話じゃないんだから、さすがに「書生」はないのでは?
ちなみに原作では、緒方も鷲尾も鮎沢の弟子の医学士で、ことに緒方は孤児となって鮎沢に育てられたと言う、家族同様の間柄である。
ついでに、「大介」は原作では「代助」となっているが、これは「鬼火」にも出てくるが、夏目漱石の「それから」の主人公・長井代助から来ているのではあるまいか。
前にも何処かで書いたかもしれないが、正史は漱石を良く読んでいたらしく、「獄門島」には「草枕」の影響が随所に見られる。
日和は激昂する鮎沢をなだめ、
日和「もう少し、詳しく話してくれませんか」
鮎沢はソファに腰を落とし、目頭を押さえながら、心苦しそうに語り出す。

鮎沢「私はね、あいつがまだ学生の時分から目ぇかけてました。学資もね、全部私が面倒見た。ああ、あの鷲尾君と共に私がもっとも信頼する部下でした」
日和「じゃあ、何故、その緒方が?」
鮎沢「緒方は、京子に惚れておりました」
ここで回想シーンとなるのだが、

緒方「あなたは鷲尾と結婚なんかしちゃいけない、結婚したら必ず不幸になる、決心して下さい、この家を出て、僕と一緒に逃げて下さい」
京子「……」
ここで管理人、緒方を演じているのが速水亮さんだと言うことを思い出したのだった。
京子の態度から、彼女も緒方のことを憎からず思っているようだったが、そこへ割り込んできたのが鮎沢、栗田、そして鷲尾であった。
鮎沢、忌々しそうに緒方を何度も殴ると、
鮎沢「ワシはな、お前の気持ちを察して東京に支店を作ってそれをお前に任そうと思っとったんだよ、それをお前は……京子を連れて逃げる? お前と言う奴は……」
鮎沢、怒りに任せて緒方を「勘当」するが、
緒方「社長、僕はどんなことをしてでも、この結婚はぶち壊してやる」
緒方は悪びれる色も見せず、そう宣言したのだと言う。
鮎沢「その後、緒方から、私と鷲尾君に脅迫じみた手紙が何通も来ました」
日和は、鷲尾が持っていた手紙を見せてもらう。

金田一「鷲尾君、京子君と結婚するのはやめろ、やめなければ死があるのみだ」
日和「……」
ちなみにこの脅迫状については特に何のフォローもされていないのだが、緒方ではなく、鮎沢自身が書いたものと思われる。
などとやってると、佐和子が袱紗包みを手にあらわれる。

佐和子「ごめんくださいませ……京子さん、お休みになりました」
日和「あなたは?」
鮎沢「京子の生け花の先生でな、京子には母親がおりませんので、今日は付添い人として来てもろうております」
日和「ほおお」
佐和子「朝吹佐和子でございます」
原作にも同じような女性が登場するが、そちらは玉城夫人と言い、ドラマと違ってただの脇役である。
佐和子は、鮎沢の了解を得てから、袱紗包みの中身を日和たちに見せる。
例の、壊されたかんざしなどであった。
日和「なんですか、こりゃ」
佐和子「はい、式の前に調べておりますと、このように折られておりました。それで私、何か不吉なことが起こるんではないかと恐れておりました」
日和「これも緒方の仕業でしょう」
日和、あっさり決め付けるが、
金田一「日和さん、まだ死体の身元も分からない状態ですからね」
慎重な金田一は、その点を強調して留保を促す。
だが、早く片付けて家に帰りたい日和は、金田一を隅に引っ張って行き、
日和「金田一さん、証拠も揃ってるし、動機もはっきりしてんですよ。司法解剖の結果を待つまでもなく、これは緒方大介の恋に恨みをもった自殺と断定して構わん、これで決まりです!!」
その2へ続く。
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