第23回「あなた代わりはないですか」(1977年3月9日)
サラリーマンにはつきものの人事異動をテーマにしたエピソードである。
冒頭、会社の昼休みに、どういうきっかけからか、

忍「いいじゃない、北海道だって、空気は綺麗だし大地は広々としてるしね、ああいうとこで子供をね、すくすくと育てると……」
自然の豊かなところで生活する素晴らしさをOLたちに力説している忍。
と、そこへ由利と朝子がけたたましく飛び込んできて、
由利「大変よ、大変よ、大ニュース」
朝子「移動なのよ、人事異動」
由利「前の部長の藤平さんが飛ばされた福岡の営業所に回されるんですって」
榎本「誰が?」
由利「いえ、わかりません、でも、うちの部から出ることは確かですって」
不確定情報ながら、独身の男性らしいと言うことで、みんなの視線はなんとなく忍に集まる。

由利「加茂さんのほうが可能性強いなぁ」
忍「どうしてだよ」
由利「だって役のない人だって言ってたもん」
信子「ヒラの独身男性って言えば井上さん……でも、彼じゃ若過ぎるもんねえ。田中さんは経理に行くってことが内定してるって言うしねえ」
朝子「そうなると加茂さんしかいないわね」
消去法で行くと、どうしても忍に白羽の矢が刺さりそうになる。
ちなみに由利の隣にいる白い服のOL、由利たちと違って役名も台詞もなく、エキストラに毛が生えた程度の扱いだが、なかなか可愛いので、管理人ちょっと気になっている。
信子が福岡営業所のひどさを得々と語るのを聞いて、だんだん気分が沈んでくる忍であった。

榎本「ね、先輩、またあのダンディーな部長と仲良くやるんですな」
忍「なにっ?」
もう辞令が出たかのように、ニヤニヤしながら忍の背中に手を置く榎本。
忍、反射的に藤平の顔を思い出すが、身震いして頭から振り払い、
忍「冗談じゃないよ、誰があんなやつと……九州なんて行かされてたまるかっ」
榎本「空気の綺麗な所がいいんでしょ、子供を育てるには」
二人があれこれ話していると、鬼より怖い巴御前が入ってくる。
友江「もう一時過ぎたのよ、なにしてるの?」
由利「はいっ」
友江、自分のデスクに戻るなり、忍を呼びつける。
いきなり転勤を言い渡されるのではないかと、忍が戦々恐々馳せ参じるが、友江は忍の書いた宣伝コピーを突き返し、
友江「何これ? あなた変わりはないですか、日ごと寒さがつのります……なんですか、これ?」
忍「部長、知らないんですか、これは有名な都はるみさんの『北の宿』の……」
友江「なかなかユニークねえ」
忍「あ、そうですか」
友江「でもね、日ごと寒さじゃ困るのよ」
忍「えっ」
友江「もう三月、早いところじゃ桜も咲いてるわ、春物から初夏の商品を宣伝しなきゃならないの!!」
友江に初歩的なミスを指摘された忍はしどろもどろで、
忍「あの、それじゃですね、春三月、くびり残され花に舞うってのはどうですか? ……陰惨ですね」
友江「ズレてるわねえ、そんなこと言ったり書いたりしてるようじゃ、飛ばされたって仕方ないわね」
忍「それじゃ、九州決定?」
友江の手厳しい言葉に、さすがに青褪める忍であった。
OP後、会社の喫茶ルームで話している忍と榎本。

忍「彼女のさっきの目付き……やっぱり俺を飛ばす気なんだ、な?」
榎本「イエース、臭いね」
忍「お前もそう思うか?」
榎本「イエース、だいたい部長と先輩とは気が合わなかったもんね。あー、部長、先輩のこと嫌いだって言ってたよ」
口からでまかせ言って、ますます忍を不安がらせる榎本、この状況を楽しんでいるのは明らかであった。
忍「そんなことないよ、俺、あの人の下宿も探してやったし、うちの女の子に総スカン食ってるときに俺、ずーいぶん根回ししたつもりだよ」
榎本「でも、決まったらしいよ」
忍「お前、冷たいこと言うなよ。お前、友達だろ、後輩だろ?」
例によって見栄もプライドもなく榎本に縋りつく忍であったが、榎本、自分には会社の決定を覆すほどの力はないとうそぶき、
榎本「九州ってとこは食べ物はうまいし、ふっふっ、女は綺麗だし……あっ、これから外回り行かなきゃ……コーヒー頼むよ」
忍「イエース、おいエノぉっ!!」
無責任に忍を羨ましがると、どさくさ紛れにコーヒー代を忍に押し付けてさっさと出て行く。

渚「くたびれた街を出ぇて、あ、気楽に行こうよ~♪ からみついた暮らしを解きぃ、あんたの胸の温もり焦がしてぇ~♪」
その晩、忍の気持ちも知らず、下宿の二階の部屋で、光政に色んな楽器を演奏させながら、既存の歌か自作の歌か不明だが、コタツの上に立ち、気持ち良さそうに歌っている渚。
やがて仏頂面した忍が帰ってくる。
出迎えたのは黄色いエプロンをつけた綾乃であった。

綾乃「お帰りなさいまし」
忍「バサマ、どうしたんだ、その格好?」
綾乃「今日からこの家の主婦でございますのよ」
忍「おじさん、おばさんは?」
綾乃「なんかねえ、田舎のお父様のお山が売れたとか売れないとかで二人ですっ飛んでいかれました」
忍「え?」
忍、目をパチパチさせていたが、とにかく二階に上がる。
忍「うるせえぞ、お前ら、ご主人様のお帰りだ」
渚「あ、おっちゃん、お帰り」
忍「何やってんだ、お前たち」
光政「見りゃ分かるでしょ、バンドやってんだよ」
渚「わりかし音感良いんだよ、この子」
忍「くだらねえことやってないで勉強しろ、勉強」
忍、光政の頭を思いっきり叩く。
光政「ちぇっ、親みたいなこと言うなよ、せっかく羽伸ばしてんだからー」
忍「チッ、どら息子め、ちょっと中へ入れ」
忍、二人を机の前に座らせると、

忍「お前、いくつになった?」
渚「うん、おっちゃんよりちょうど10若いの」
忍「じゃあ二十歳じゃねえか、二十歳にもなってねえ、もっとまともな商売考えたらどうなんだよ? 仕事しろよ、仕事を」
渚「だってこの頃ネックレス売れないんだもーん」
忍「ネックレスなんか売れなくったって良いんだよ、もっとまともなことを考えろと言ってるんだよ、うちの会社だってね、お前と年は同じぐらいの子が一杯アルバイトやってるんだ……」
柄にもなく渚に説教をかます忍であったが、
綾乃「ご飯ですよー」
光政「待ってました」
渚「いこいこいこーっ!」
綾乃の声に、二人は忍を放ったらかして、どたどた下へ降りていく。
忍「おいっ!! あいつら飯を食うために生きてんのかねえ……」
ちなみに、19話ではチンドン屋の仕事をしていた渚だが、生来の移り気で、とっくにやめてしまったと思われる。
やがて忍も降りてくるが、食卓を見るなり、

忍「なんだこりゃ?」
渚「おっちゃん、カレー知らないの?」
忍「知ってるよ、バサマ、
こんなものはな、大の大人が夕食に食うもんじゃないよ。こういうものはね、社員食堂でお金ない人たちが食うモンなんだよ」
CoCo壱番屋の社長が聞いたら発狂しそうな差別的な台詞を言い放つ。
でも、実際、当時の感覚としてはそんなものだったのかもしれない。
……と言いつつ、何話だったか忘れたが、忍も昼飯にカレー屋でカレー食べてたけどね。
忍「夕食ってのはね、もっとこう、魚があったり肉があったり……」
綾乃「自分でちゃんとちゃんと下宿代払って下さいましね」 忍の抽象的なリクエストを遮って、綾乃が、人類史上、これほど図々しい台詞があっただろうか、いや、ないっ!! 的なとんでもなくあつかましい要求を口にする。

忍「なにっ?」
綾乃「三人分の下宿代払ってくだされば、もう少しお夕飯でもましなおかず出すことが出来ましたのに」
忍「なんで俺がそんなことバサマに言われなきゃいけねえんだ?」
その「三人」の中に含まれる綾乃に言われて、忍が噛み付きそうな顔で尋ねるが、
綾乃「私、奥様の代行でございますから……」
忍「お前たち、ちゃんと分かってんのか、俺が養ってるんだぞ!!」
綾乃の勝手な言い草に、思わず天板を叩いて叫ぶ忍。
それでもとりあえずカレーを食べ始めるが、その異様な歯触りに顔をしかめ、

忍「何だ、このジャガイモ、生じゃねえか」
渚「生のほうが歯応えがあって美味しいよ~」
忍「やんなっちゃうなぁ、もう……やっぱり九州行ったほうが良いかな」
ツイてないことばかり起こるので、つい口を滑らせてしまう。

これにはさすがの渚たちも驚き、思わず忍の顔を見る。
綾乃「九州へ行くんですの?」
忍「そう、九州に転勤するの、健康のためにね、空気のいいところで、ひとり伸び伸びと創作に専念するんだ」
渚「へーっ、九州か、私いっぺん行って見たかったんだ」
綾乃「九州には伊集院ってところがございましてね、親戚がたくさんいるんでございますよ、懐かしいわぁ、もうね、年取りますと、あったかいとこが一番ですからね」
渚「明日荷造りして行こう」
忍「バカヤロウ、誰がお前たちを連れて行くっていった? 俺は一人で行くんだ、ひとりで」
普通に九州までついていくつもりらしい綾乃たちのギネス級の図々しさに、思わず声を荒げる忍だった。
もっとも、忍自身、本気で九州に行きたいなどと思っている訳ではなく、翌朝、飛ばされないよう、いつになく張り切って仕事していると、そこへ懐かしい顔があらわれる。
前部長の藤平であった。
忍「部長!! 元……」
藤平「いやあ、いやあ、懐かしいねえ」
榎本「藤平さん」
藤平「いやぁ、元気でやっとるかね」
部長のときはひたすら上司の顔色を窺い、肝心の仕事は榎本におんぶにだっこしていた藤平であったが、一別以来の再会に、部下たちもさすがに懐かしそうな顔で歓迎する。
藤平、かつての自分の椅子に座ると、

榎本「今日はまた、なんですか」
藤平「うん、近々、本社に帰れそうなんでね、その下話、はははは」
OL「まあ」
信子「やっぱり」
藤平の言葉に、管理人お気に入りの女の子が声を上げ、信子と顔を見合わせる。
やがてそこへ友江がアルバイトの女の子を引き連れ資料を取りにやってくるが、いつもの伝で、藤平には愛想のひとつも言わず、まるっきり邪魔者扱いであった。
忍「あ、部長、手伝いましょうか」
友江「あなたってそんなに暇なの?」
忍「は」
友江「人手が足りないからアルバイトをお願いしてるのよ、自分の仕事をやって頂戴」
忍「あ、はい……」
助力を申し出るも突っ撥ねられ、シュンとなっている忍に、
榎本「先輩、飛んだヤブヘビでしたね」
信子「今更ゴマすっても遅いわよ」
忍「なにっ」
藤平、自分の代わりに誰が九州に飛ばされるのか明言は避けたが、友江についてあることないこと告げ、

藤平「あの女はなかなか曲者ですよ、私だってね、あの女に陥れられたって人がいるくらいですから……加茂君もやっぱりその口かな、はぁーっはははははっ」
忍「……」
言いたいことだけ言って上機嫌で藤平が出て行くと、
信子「どうやら、本決まりね、加茂さん」
忍「バカヤロウ、まだ決まったわけじゃねえや」
OL「だって他にいないもの」
信子「そ、加茂さんが一番の適任者よ」
OL「そう言えばなんとなく似てきたみたいよ、藤平さんに」
忍「うるせえっ!!」
信子たちはまるでもう忍に辞令が下ったかのように話し、ますます忍を苛立たせる。

一方、渚、なんだかんだで忍に言われたことがこたえたのか、真面目に履歴書を書いている。
……と言いたいのだが、今回キャプしてて初めて気付いたのだが、この一瞬だけ映る履歴書の内容、よーく見ると、
・京都府立バカボン小学卒業
・京都府立八宝菜中学卒業
・京都府立ピーマン高校卒業
みたいなことが書いてあって、ちょっと笑ってしまった。
しかし、ピーマン高校って、スタッフの中に「マカロニほうれん荘」のファンがいたのかも。
ちなみにこれによって渚の生年月日が、昭和32年(1957年)の3月22日であることも分かる。
うん? と言うことは、この時点では、厳密にはまだ渚は成人してないことになるのか。
それはともかく、そこへ綾乃が入ってきて、

綾乃「あら、渚ちゃん、何してるの」
渚「履歴書書いてんの」
綾乃「履歴書書いてどうすんの?」
渚「おっちゃんがまともに働けって言ったでしょ、だから仕事めっけなきゃ」
綾乃「私たちも九州に行くのよ」
渚「それまで遊んでちゃ勿体無いじゃない。旅費だって稼がなくちゃいけないしさ」
綾乃「そんなこといいから、おばあちゃんの荷造り手伝って頂戴よ」
渚「だってもう書いちゃったもん、仕事めっけなくちゃ履歴書無駄になっちゃうよ」
履歴書を無駄にしたくないから仕事を見付けようと言う倒錯した発想が、いかにも渚らしい。
渚、鏡台の引き出しから何枚か写真を取り出して並べ、履歴書に貼るのはどれが良いか綾乃に選んで貰おうとするが、

それが、こんな写真ばっかりだったので、
綾乃「あら、これじゃ就職無理でしょう……」
再び宣伝部のオフィス。
由利が興奮気味にどたどたと入ってくると、

由利「ね、藤平さん来たでしょう? 彼ね、猛烈な運動したんだって、本社に帰して欲しくって……社長の家に押しかけて行ってね、直訴したんだってよ、九州特産のお土産たくさん持って」
信子「あの人らしいねえ~」

由利「ところが……」
信子「まだあるの?」
由利「人事(部)でね、代わりの人を推薦しろってことになったらしいのよねえ……で、まあ、藤平さんが推薦したのが、誰だと思う? 加茂さん」
忍「……」
信子「やっぱり」
由利「まあ加茂さんは前々から田舎のほうが性に合ってるって言ってたから、ま、適任じゃないか、なんて……」
忍「ちくしょう、あの野郎……」
由利たちの噂話に耳を澄ませていた忍、ここへ来て、遂に藤平への怒りを爆発させる。
直ちに藤平を屋上へ呼び出して難詰し、その胸倉を掴んでいると榎本が止めに入る。

榎本「先輩、やめて下さいよ」
藤平「乱暴だ、榎本君、この人は~」
榎本「藤平さん、あなたも悪いですよ、本人のOKなしで人を推薦するなんて」
忍「そうだよ、それも南條部長のせいなんかにしやがって!! いや、なさいまして!!」
父親の遺訓が、人生は「忍」の一字と言う忍、怒り心頭に発しても、かつての上司にはつい敬語を使ってしまうのだった。
藤平はその場に土下座して平謝りに謝ると、実は、妻がノイローゼになったので娘と一緒に東京に帰したのだと事情を説明する。
つまり、藤平は福岡に単身赴任状態だった訳である。

榎本「じゃあ、藤平さん、一人で?」
藤平「でもねえ、家族のことが気になる、仕事のことが気になるで、毎週毎週行ったり来たりの往復だろう、それですっかり僕のほうが参っちまってねえ」
それで、社長に嘆願して、本社の誰かと交代させてくれないかと頼んだと言うのである。
忍「なんでそこで俺が出てくるんですか?」
藤平「いや、申し訳ない」
榎本「じゃあ、なんで人事部長に会ったんですか?」
藤平「うーん、あの、加茂君さえ良ければすぐに交代するって」
忍「冗談じゃないよ、誰が九州なんて行くもんか」
藤平「ねえ、頼むよ、加茂君、このままだとね、私の家庭は崩壊してしまうんだよ」
忍「そんなことは知るか、知りませんよ!!」
かつての上司にみじめったらしいほどぺこぺこ頭を下げられる忍であったが、さすがに腹に据え兼ねて、断固としてその願いを拒否するのだった。
榎本は元上司の苦境を見捨てておけず、専務に直談判して藤平を宣伝部に戻してくれるよう頼む。
だが、その件を諮問された友江は、いくつかの理由を挙げてきっぱりそれを断る。
要するに、藤平は宣伝マンとしては無能だと言うのである。
その後、オフィスでそのことを話題にしている榎本たち。
忍「へー、さすがは巴御前、はっきり言うね」
榎本「でもさ、ひど過ぎると思わない。何もあそこまで言わなくたってなぁ」
忍「しょうがないだろう、センスのないものはないんだから」
朝子「そうね、藤平さんじゃ古過ぎるわね」
信子「だいたいね、女の下着の宣伝にね、男のスタッフは要らないんじゃないの?」
さらに踏み込んで、根本的な疑問を提示する信子に対し、
榎本「なんだとぉ」
由利「いえ、あの、それは男の人によりけりですよ、そりゃまあ要らない人もいるけど……」
由利が慌ててなだめつつ、じとっとした目で忍の顔を見上げると、みんなもなんとなくそれに倣う。

忍「……なんでみんなして俺の顔見るんだよ」
針のような視線を感じ、顎を突き出したまま首を曲げる忍。
由利「うん、別に」
信子「なんとなくよね」
忍「ふん、俺をバカにしやがって……」
渚「おっちゃん!!」
と、その時、会社では聞こえる筈のない声がして、忍がギョッとして振り向くと、
忍「渚……ちゃん」
そこに作業着を着て大きなダンボールを抱えた渚が立っていた。

忍「なんだよ、この格好は?」
渚「アルバイト」
忍「アルバイト?」
渚「うん、だっておっちゃんまともに仕事しろっつったからさ、バイトしてんのよ」
忍「だからと言って何も俺の会社に来ることねえだろう」
渚「だっておっちゃんのそばにいたいんだもん!!」
忍「おいっ」
渚「あ、これ部長さんに渡しといて……おっちゃん、いつ九州行くの?」
忍「九州なんか行かないよ、俺はー」
渚「なんでー? だって向こうへ言って伸び伸び暮らすって言ったじゃない!!」

朝子「へーっ」
由利&信子「そうだったのぉ」
榎本「そうだったんですか、先輩」
二人のやり取りを聞いて、何もかも腑に落ちたような顔でニヤニヤする由利たち。
忍「いや、あの、こ、こ、これはその、あの……」
榎本「だったら弁護なんかしてくるんじゃなかったな」
忍「いや、違うんだよ、エノ」
渚「だってねえ、おばあちゃんもう荷造りしてるよ」
忍「あ、そうか、良かった……荷造りぃ? いいからお前向こう行け。帰れったら」
渚「じゃあ一緒に帰ろうね」
忍「分かったよ、もういいから帰れ、帰れ」
忍、極度に狼狽して、野良犬でも追い払うように渚を帰らせる。
同僚たちに、まるで自分が九州に行きたがっているように誤解されて、忍の苦悩はますます深まるのだった。
忍「も、あの、クソババア……」
ちなみにこの後の友江の態度からして、渚があんないい加減な履歴書でも雇ってもらえたのは、友江の口添えがあったからではないかと思われる。
その頃、綾乃は光政に手伝わせて、勝手に忍の荷物の整理をしていた。

光政「おばあちゃん、これも、要らないの?」
前回もちょっとやっていた、両手を上に向けて突き出す、アメリカ人っぽいゼスチャーをしながら尋ねる光政。

綾乃「ああ、そりゃあ、加茂さんが命の次に大事にしてたものだから、上げる訳には、いかないわ」
それに対し、綾乃も同じポーズをしながら答える。
光政「これ一番、欲しかったのに」
綾乃「まあまあ、がらくたばっかし、もう加茂さん、人にはくだらないものは拾うな拾うなとおっしゃるくせに、ご自分はなんでしょ、これみんな捨てちまいましょう」
光政「みんな捨てちゃったら持ってく物なくなっちゃうよ」
綾乃「そうねえ、お荷物くらいと言えば、お布団くらいのものかしら?」
光政「布団はうちのだよ」
綾乃「あ、お宅の? ああ良かった、あんなボロ、そいじゃますますお引越しは簡単だ、あ、簡単だ、あ、簡単だっ」
節をつけて言いながら、手当たり次第に忍の私物を放り込んでいく綾乃の姿に、阿波踊りか何かの祭囃子と掛け声がBGMとして被さると言うのも、実に鋭いギャグセンスである。
後編に続く。
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