「気まぐれ天使」 第25回「花の命はみじかくて」 前編
- 2023/01/15
- 19:22
第25回「花の命はみじかくて」(1977年3月23日)
冒頭、何処かのデパートの売り場であろうか、自社商品のディスプレーを行っている宣伝部一同。
商品の配置のことで対立して言い争う友江と榎本であったが、「白黒はっきりさせましょう」と、友江が今晩7時に「かに道楽」で会おうと約束する。
OP後、二人は「かに道楽」のカウンターに座って飲み食いしているが、友江の用件が仕事とは関係のないプライベートな頼みごとだと知って、榎本が素っ頓狂が声を出す。
友江は、よんどころない事情で榎本に自分の恋人のふりをして欲しいと言うのだ。
榎本「なんだ、そんなことだったんですかー」
友江「ごめんなさい、昨日からずっと悩んでたのよ。それで今朝榎本さんに会った途端にこの人こそ最適任者だと思ったもんだから……」
榎本「最適任者? 僕が?」
友江「そうよ、その甘い、それでいて素敵なマスク、カモシカのようなスタイル」
意外とおだてに乗りやすい榎本、友江に持ち上げられるとたちまち相好を崩してあることないことまくしたてて舞い上がるが、すぐ我に返って、
榎本「ダメ、ダメ、ダメですよ、だいたいね、恋人の代わりなんて、そりゃ安っぽいメロドラマと同じですよ」

友江「それもそうね……つい切羽詰って言っちゃったのよ。夫と離婚した時、お世話になった弁護士さんなの、相談に乗ってるうちに好きになっちゃったんですって」
榎本「公私混同も甚だしい奴だなぁ」
友江「それで何度かお食事やかなんかをしてるうちに結婚してって言われて、苦し紛れについ……」
榎本「はっきり言えばいいじゃないですか、およびじゃないって」
友江「だって仮にも私を好きになってくれた人を傷付けたくなかったから……」
榎本「ああ、鬼の目にも涙か、はっはっ」
友江「彼ったら自分の目で確かめなきゃ納得できないって……それで明日紹介することにしたのよ」
榎本「明日ーっ?」
榎本、その弁護士とやらに、友江の恋人として対面させられると聞くと、とんでもないと言わんばかりに手を振って断り、
榎本「そう言う役なら絶対当たり役がいますよ」
友江「えっ?」
急に目を輝かせて、別の人間を恋人役に推薦する。
無論、我らが忍であったが、ここでカメラがいつもの古本屋の二階に切り替わり、現在の忍の様子を映し出すが、

忍「渚、水くれ……」
綾乃「あ、これで入れるの? じゃ、あーんと、あーんと」
忍、風邪を引いて寝込んで会社も休んでいるのであった。
横になったまま、水差しからじかに水を飲もうとする行儀の悪い忍であったが、

綾乃「入るかしら? あ、もっと大きく……」
渚「あーーーっ!!」
忍「ぶーっ!!」
綾乃「渚、ほら」
渚「おばーちゃん!!」
忍「バサマ、俺を殺す気かっ?」
渚だけならともかく、そこに綾乃が加わると、看病を受けているのか、拷問を受けているのか良く分からない悲惨なことになるのだった。
しかし、この辺のやりたい放題は、ドリフのコントに通じるものがあるな。
綾乃、どう見てもわざと水をぶちまけてるし……
さらに、綾乃が体温計を尻の穴に入れようとか言い出すのを聞いて、

忍「俺を殺そうとしている、俺を殺そうとしている……」
綾乃「まあ、しょうがない」
冗談抜きで身の危険を感じて、布団の中に潜り込む忍であった。
それを踏まえて、再びかに道楽。
友江「ダメダメ、加茂さんは流感でうんうん唸ってる最中よ」
榎本「ああ、もう休んで五日目ですからねえ」
友江の指摘に頷く榎本であったが、忍が病気で休んでいることは同僚として当然知ってないといけないのに、あえて忍を推薦したのは、それによって忍の部屋にスムーズにシーンを切り替えるためのドラマ上の方便である。

友江「第一、彼の芝居じゃすぐインチキだって見抜かれちゃうわよ」
榎本「そうだなぁ」
友江「彼は人を騙せるタイプじゃないから」
榎本「はぁ……え、じゃあ僕は人を騙せるタイプですか?」
なんとなく相槌を打ってから、いやみっぽく反問する榎本。
友江「ええ、だからあなたに……つまり、この際、中身はどうでもいいの」
榎本「そうでしょう、僕なんてどうでもいいでしょうね、きっと」
友江「あなたって意外と僻みっぽい」
榎本、気分を害した様子できっぱり断り、そのまま店を出て行こうとするが、直前で急に気が変わったようで、結局恋人役を引き受けることになる。
たとえ「ふり」でも、憎からず思っている友江の恋人役が出来るのは願ってもないチャンスだと思い直したのだろう。
だがそのことが思わぬ波紋を作り出すことになる。
その後、真紀がひとりでケンケンパしながら自宅マンションの近くまで帰ってくると、マンションの下に榎本と友江が向かい合って立っていた。
咄嗟に電信柱の陰に隠れて様子を窺う真紀。
榎本「友江さん、僕は、あなたと別れたくない。たとえ一瞬でも……あなたのその、いたずらっぽく永遠に謎を秘めたような口元……」
友江「榎本さん?」
榎本「部長、少しは調子合わせてくださいよ、今から恋人ムードを作っておかないとね、明日失敗しますよ」
友江「そりゃそうかもしれないけど……」
明日のために万全を期して、恋人のふりの練習をしておこうと提案する榎本であったが、この機会を利用して恋人気分を満喫したいと言う下心が見え見えであった。
だが、離れたところから見ている真紀には詳しい会話の内容まで聞こえず、

榎本「友江!!」

真紀「……!!」
いきなり榎本が大きな声で友江の名を呼び、その手を握ったのを見て、その場に凍りつく。
だいぶ前から榎本にアタックしているがなかなか友達以上の関係になれない真紀が、その光景を見て、二人がそう言う関係になっていたのだと思い込んだのも無理はない。
その後も役得を利用して何度も友江の手の感触を味わう榎本だったが、あまり調子に乗っているとぶっ飛ばされるので、ほどほどにして引き揚げる。
榎本が真紀に会っていれば何の問題もなかったのだが、道々、
榎本「友江さん、君のためならしょうがない、僕たちの関係はオープンにはしたくはなかったんだけど……」
なおもひとりで恋人役の練習を続ける榎本の言葉をはっきり聞いて、真紀はますます思い込みを強めてしまう。
友江も、帰宅すると、一人で鏡を見ながら可愛らしく明日の予行演習などをしていたが、そこへ真紀が意気消沈した様子で帰ってくる。
何も知らない友江はいつもと変わらずにこやかに、

友江「どうしたの、真紀ちゃん、いやにしょぼくれてるじゃない?」
真紀「ええ、お姉さまと正反対に」
友江「あら、私だってしょぼくれの真っ最中よ」
真紀「無理しなくていいわよ」
友江「ほんとよー、頭の痛いことばかりで」

友江「頭が痛いって言えば、加茂さんが風邪引いて寝てるわよ」
真紀「ああ、人間って信じらんないなぁ」
友江「そうなのよ、トンカチで叩いても感じないみたいな人がね」
真紀「でも今度は感じると思うわよ」
友江「そうかしら」
真紀「……」
真紀、他人事のように……って、まあ他人事なんだけど……応じる友江の顔を睨み、睨んだままそのまわりを一周すると、しげしげとそのつぶらな瞳を見据えながら、
真紀「あなたって案外鈍感なのね、加茂さんってねえ、あれで感受性強いのよ、童話を書くぐらいだから……あなただって言ってたじゃない、加茂さんの童話を読んで、表面はああいう風に見えても心は優しくて本当に人を愛することの出来る気持ちを持った人かもしれないって……」
友江「真紀ちゃん、何も風邪ぐらいのことでそんな……」
真紀「風邪は万病の元、胸の痛手に耐えかねて、頓死しちゃうことだってあるわよ」
友江「真紀ちゃん……?」
悲劇のヒロインよろしく、ひとりで思い入れたっぷりに訳の分からないことを言う真紀。
真紀は、密かにと言うか、かなり分かりやすく友江に好意を抱いている忍が、もしこのことを知ったらさぞかしショックを受けるだろうと案じているのだが、さっきのラブシーンを真紀に見られたとは夢にも気付かない友江は、ひたすら戸惑うばかりであった。
真紀「ついでに言っときますけどね、私だってあのカモネギのおっさん(と同じ)くらい、感受性強いんだから」
友江「……」
ちなみにどうでもいいことだが、榎本たちの台詞では忍が風邪を引いて欠勤してもう五日目になると言うのに、友江が今日になってそのことを真紀に告げているのは、ちょっと不自然なような気もする。忍とのつきあいは、真紀の方がずっと長いんだから、すぐに教えてやるのが人情と言うものだろう。
再び忍の部屋。
忍「あーっ」
渚「どうしよう、もし死んだりしたら?」
忍「バカ言うな」
出会ってから今まで元気なだけが取柄だった忍の苦しがってる様子に、暢気な渚もさすがに心配になってくる。
そこへ、もと子と光政が様子を見に上がってくる。

もと子「具合どう?」
忍「ダメだ、苦しい」
渚「なんだかとっても苦しそうなの……あたし氷取り替えてくるからよろしくお願いします」
渚、氷枕を持って部屋を出て行く。
もと子「渚ちゃんも良くやるわ」
光政「俺ん時にもあんなよく看病してくれるかな?」
もと子「お前はだいじょぶだよ、お母ちゃんついてるもの」
光政「看護婦はいい女じゃないと余計ひどくなっちゃう」
忍「それは言える……」
やがて、忍、うわごとのように「友江さん、ああ、友江さん……」と友江の名を呼ぶ。

もと子「いまなんて言った?」
光政「友江って聞こえたよ。加茂さんの会社の宣伝部長の名前だよ」
もと子「ああ、ああーっ、あの? ふぅううーん」
もと子、息子に教えられて感に堪えたように唸っていたが、
もと子「加茂さん、風邪で倒れても会社のこと忘れないんだね、見直したわ」
だいぶピントの外れた発言をする。
光政、珍獣でも見るような目で母親の顔を見ると、心底ウンザリしたように、
光政「これだもんなー、お姉ちゃんにはこのこと言わない方がいいよ」
もと子「なんでだよ」
光政「あーあ、もう、微妙な男女のね、心理状態が、てんで分かってないんだよーっ!!」

猫「なー、ぬー」
と、ここで突然、生後間もない茶トラの子猫が映し出される。

綾乃「お、おあがり、遠慮しないでおあがり、お前からミルク代取ろうなんてけちなこといわないからさ」
猫「なー」
綾乃、隣室の騒ぎをよそに、子猫に牛乳を舐めさせようとしているのだった。
万引きの常習犯で虚言癖があって図々しくて食い意地が張っていてガメつくて、ついでに大酒飲みの綾乃にも、こんな可愛らしい一面があったのかとホッとするようなシーンである。
氷枕を持って渚が入ってくるが、
渚「おばあちゃん」
綾乃「どうも具合悪いみたいだね」
渚「やっぱりね」
綾乃「早く元気になってね、ピー公」
忍の病気のことなど眼中にない綾乃は、本気で心配している渚と頓珍漢な会話を交わす。
渚「なんだ、猫か、脅かさないでよ、どうしたの、この薄汚いの」
綾乃「まあ、お前よりはマシでしょ。屋根の上で泣いてたんだけどねえ、何にも食べないの」
渚「おばあちゃん、猫どころじゃないよ、おっちゃん大丈夫かなーっ」
綾乃「加茂さんどうしたの?」
渚「今にも死にそうにうんうん言ってんのよ」
綾乃「ふふ、大袈裟なのね」
綾乃は孫の心配を鼻で笑い飛ばすと、
綾乃「あの方のはただの流感だろ」
渚「ただの流感じゃなかったら、もし重たい病気だったらぁ?」
綾乃「心配性だね、お前も」
渚「だっておっちゃんにもしものことがあったら……」

綾乃「あのね、殿方って言うのはね、普段はえらそうなこと言ってるけどね、指の先にちょいと怪我しただけでもね、ひーひー泣き言言うか弱い動物なのよ。女より遥かに劣る動物なの」
綾乃、まるで樹木さんの持論にも聞こえるような女性優位論を、噛んで含めるように孫に植え付けようとするが、

渚「おっちゃんは違うわよ!!」
恋する処女(おとめ)の心は小揺るぎもしないのだった。
綾乃「いじらしいねえ、お前……そんなにまであの方のことを」
渚、ここでやっと氷枕のことを思い出し、隣の部屋に行く。
綾乃「お前も殿方なんだろう、こんなに私を悩ませて……」
どうしてもミルクを舐めてくれない子猫を掌に載せて、哀願するような眼差しを注ぐ綾乃であった。
翌日は土曜で、昼で仕事が引けてから、榎本と友江は意味ありげな言葉を交わして一旦別れる。同僚に知られないよう、問題の弁護士の待っているホテルで待ち合わせをしているのだが、会社からタクシーを拾った榎本を、心配になって様子を見に来ていた真紀が同じくタクシーで追いかけ、さらに榎本に片思いしている由利も、同じくタクシーで尾行することになる。
二人はホテルのロビーで落ち合うが、例によってこのチャンスを私利私欲のために使いたい榎本は、今からムードを作っておかないと怪しまれる、などと言って、早くも恋人同士のふりを始める。友江も自分が無理を言って頼んだことなので、やむなくつきあうが、

友江「一光さん、あなたにお会い出来て良かったわ、離婚してから男を信じることができなかったの……でも、あなたに会えて私」
榎本「友江さん、僕もだよ、君にお会いして初めて本当の女性に会ったような気がするよ」
友江「嬉しいわ、そう言ってくださると」
榎本「ぼかぁ、死ぬまで君を離さないぞ、いいだろう?」
まさかそれを真紀や由利にばっちり見られているとも知らず、最後は仲良く腕を絡ませて、エレベーターに向かって歩き出すのだった。
それから部屋で何が行われるのか想像して、真紀や由利が嫉妬の炎をメラメラと燃やしたのは言うまでもない。
真紀はその足で忍のところへ行くのだが、由利はともかく、真紀の性格なら、直接榎本たちを問い詰めても良さそうな気がする。
由利の場合は片思いだが、真紀は一応榎本と付き合ってるという設定だからね。
ともあれ、先に来た真紀が忍の部屋に上がると、ちょうど忍が白衣を着た医者に往診してもらってるところだった。

真紀「あらぁ、お医者様に診てもらうほど悪かったの、加茂さん?」
忍「真紀ちゃん、俺、今度はダメかもしれない」
渚「そんなことありません、ただの風邪です」
医者「おいおい、医者の私を差し置いてそんな簡単に診断してもらっちゃ困るねー、はっはっはっ、でもこのお嬢さんの言うとおり、単なる風邪、流感香港B型、まぁ、ニ、三日安静にしてれば治るね」
医者は気軽に言うが、忍は実はもっと重たい病気なのではないかと疑い、医者を呆れさせる。
医者を演じるのは、「雑居時代」で石立さんの上司を演じていた二見忠男さん。
医者と渚が出て行った後、待ち兼ねたように忍の肩に縋りついて泣く真紀。

真紀「真紀ね、もう誰も信じられないんだぁ~」
忍「俺も、あの手の顔をした医者は信じられない」
と、医者と入れ替わりに今度は由利が階段を駆け上がってくる。
その後、若くて綺麗な女の子二人に息が掛かるほど密着されている、大変うらやましい忍。

忍「部長元気?」
由利&真紀「いや、それなんだけど!!」
真紀「どうぞ」
由利「どうぞ」
真紀「どうぞ」
由利&真紀「この目で見なけりゃね!!」
由利「どうぞ」
真紀「どうぞ」
由利&真紀「信じらんない……!!」
忍の左右にぴったりくっついている二人が、互いに先を譲りつつ、結局、声を合わせて同じ台詞を叫ぶというコミカルなシーンとなるが、芸達者の彼女たちにもちょっと荷が重かったようで、三回目は明らかにタイミングがずれている。
忍もたまりかねて、
忍「あのう、悪いけどひとりずつ言ってくれる? それでなくても頭がガンガンしてね」
真紀「どうぞ」
由利「いいえ、どうぞ、そちらから」
忍「なんだよ、部長になんかあったのか」
真紀「あったどころじゃないのよね!!」
忍「なに?」
聞き捨てならない真紀の言葉に、忍がゆっくりと上半身を起こす。

忍「まさか交通事故に遭った訳じゃねえだろうな、なんせあの人、オートバイをぶっ飛ばすからな……そこがまた芸術的なんだよな」
真紀「あんな女狐、ダンプカーとキスしてくたばっちまえばいいんだ!!」
由利「あら、案外あなたと気が合うじゃない?」
忍「バカヤロウ、てめえら、これ以上言うとぶっ飛ばす……いや、別に俺は個人的には興味ないけどさ……」
真紀「あの女狐、榎本さんとキスしそうなのよねーっ」
忍「エノイチと?」
由利「ううん、もうしちゃってるわよ、最後の一線越えちゃってるかもーっ!!」
忍「ははは、二人して共謀して俺をからかって来たってそうはいかないぞ、はははは……」
真紀「この目で見たのよ、聞いたのよ、離婚してから初めてほんとうの男に会ったって」
由利「一生君を離さないよ、なんてーっ!!」
忍「ほんとか、それ?」
由利&真紀「ほんとーっ!!」
無理に笑って信じまいとする忍だったが、二人にはっきり言われると、両手をがばっと上げて二人を押しのけ、

忍「むぅうううーっ!!」
拳を握り締めたまま倒れ、殺虫剤を浴びたゴキブリのように全身を痙攣させるのだった。
二人が帰ったあと、何処かに出掛けていたらしい綾乃が帰ってくるが、いつになくその足取りが弱弱しい。

渚「おかえりー」
綾乃「渚、どうして、どうして私みたいな年寄りが生き残ってて、あんな若いものが先に死ななきゃならないんだろねえ」
階段をよたよた上がってくると、忍の部屋から出て来た渚に、この世の不条理を嘆くように大仰なことを言い出す。

忍「なに……」
綾乃「加茂さんは?」
渚「眠ったとこ」
綾乃「あ、そ、あんな感受性の強い人に聞かせたくありませんからね」
渚「お医者さん、なんだって?」
綾乃「何時って、はっきりは言えないけど、もう時間の問題だって」
忍「時間の問題……?」
だが、忍は夢現ながら起きていて、ガラス戸越しに二人の会話を聞いてしまう。
渚「手当てしてもダメなの?」
綾乃「注射してもお薬飲ましても全然見込みないんだって……気休めに注射しときましたけどって」
忍「そんな……」
無論、綾乃が話しているのはさっきの子猫のことなのだが、状況がぴったり同じだったので、忍はてっきり自分のことを話しているのだと思い込む。
そう、今回は、ホームドラマでお馴染み、登場人物が自分が不治の病だと思い込んで絶望すると言う、定番中の定番プロットだったのである。
まあ、ほんとにそんな病気なら、自宅療養なんかさせる訳がないのだが、意識朦朧としている忍にそこまで考える余裕がなく、そう思い込んだとしても不思議ではない、少なくともドラマとして見る分にはさほど違和感がないのは確かである。
ちなみに次回作「気まぐれ本格派」でも似たようなエピソードがあって、ここでは、本人のみならず周りの人間まで重病だと思い込み、ついでにとうとう死んでしまったことになってしまうのだが、ほんとに患者が危篤or死んだのなら真っ先に家族に電話が掛かってくる筈で、いくらなんでも嘘っぽいなぁと興醒めしてしまったものである。
なお、迂闊にもレビューするまではっきり認識していなかったのだが、今回のストーリー、榎本と友江の仲と、忍の病気のことと、勘違いが原因で巻き起こる騒動が二つ重複して起こるというのがシナリオのミソだったんだなぁ。
閑話休題、
綾乃「なんとかって、難しい病気の名前言ってましたっけ」
渚「かわいそう」
綾乃「はぁー、命ってどうしてこんなに儚いんでしょう、ほんとに短いお付き合いでしたねえ」
渚「おばあちゃん……」
いかにも悲しそうに肩を丸めて自分の部屋に戻る綾乃に、渚が気遣いながら続く。

渚「おばあちゃん、あんまりがっかりすると体に毒だよ、ね、ピー公どうした?」
綾乃「病院に預けてきましたの、うちじゃ手当てできないからって……」
渚「また可愛い猫飼えばいいじゃん」
綾乃「だってあの猫は一匹しかいませんもの、ピー公、私のピー公」
スカーフを目に押し当て、子供のように泣きじゃくる綾乃。
渚「おばあちゃん、優しいんだね」
ふだん滅多に見せない祖母のそんな姿に、渚も思わず貰い泣きしそうになる。
綾乃「ああ、病院で思い出しましたけど、加茂さんのほうはどうなの?」
渚「さっきお医者さん帰ったとこ、ただの流感だってさ、ニ、三日寝てれば治るって」
綾乃「ほらね、だから言ったでしょ、あの方のは大袈裟過ぎるんですよ」
渚「おっちゃんたらね、お医者さんに白血病じゃないか、ガンじゃないかってさ」
綾乃「もう、何を言っても相手にするんじゃないよ、あの方のは楽しみでやってんだから……ピー公ぉ」
綾乃、猫とはえらい違う態度で忍を突き放すと、また思い出したように涙に暮れるのであった。
後編に続く。
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